第44話 【忍び寄る影と流れる噂】
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ミサトの三つの策が動き出した数日。
湯ノ花の里は、ひとときの賑わいを取り戻していた。温泉宿には旅の商人や行商人が立ち寄り、土産物の温泉まんじゅうや薬草湯の袋が飛ぶように売れている。
けれども、その空気に混じって、微かな違和感が漂っていた。
「むむむぅ〜……おかしいなぁ…街道沿いで流れている噂が、ど〜うにも作為的すぎんだよなぁ…??」
湯気の立つ足湯に腰かけながら、ミサトは眉をひそめた。
今、ミサトの耳に届く風聞は二種類。
一つは「湯ノ花の里は女村長の気まぐれで支配されている」という揶揄。
もう一つは「カッサ村や他の村々と和睦したのは、裏で金を積んだからだ」という疑惑。
村人たちは真に受けていない。だが、外の商人や近隣の村に広まれば、湯ノ花の里の信用に大きな傷を残すだろう。
「ねぇ?リリィ、出所を追跡できる?」
『はい。ミサト。現在解析中……。出ました。発信源は港町の商業連合に属する一派と思われます。特定の酒場で繰り返し流布されていますね』
「港町ねぇ……やっぱり、あそこか」
カイルが険しい顔で隣に座り込む。
「なぁ、ミサト。あの連合は、湯ノ花の里の成長を警戒しているからな。港の物流を抑えれば、全ての村は逆らえないと思ってんだろ。あいつらにとってミサトの存在は“計算外”なんだろうな…」
「ふ〜ん!なるほど……つまり、あえて噂をばらまいて牽制してきたってことね。やるじゃん!」
ゴブ次郎が湯船から顔を出す。
「ボス、そいつら……正面からぶん殴っちまえば早くないっすか?オレたちでいっちゃいますか??」
「あはは、暴力はんた〜い!それじゃあ向こうの思うツボだよ。軍隊出されて村ごと終わり〜!」
ミサトは首を横に振り、指を一本立てた。
「ねぇ、ゴブ次。噂は“情報戦”。戦場に出る前に勝敗が決まることもある。だから、、ねぇリリィ?」
『はい。ミサト。だから、、こちらも対抗情報を流しましょう。古代中国の兵法にも“流言の制御”があります。虚を実に見せ、実を虚に隠す。これもまた帝王学の一端です』
リリィが冷静に補足した。
ミサトは少し考えてから、にっこりと笑った。
「うん。完璧な答え、どうもありがとう。そう、やり返すんじゃなく、“別の話題で塗りつぶす”。私もそれが効くんだと思うよ」
◇◇◇
数日後、港町の市場。
行き交う商人たちの間に、新しい話が流れ始めていた。
曰く「湯ノ花の里には、不思議な薬湯があるらしい」
曰く「旅人が入れば、腰痛が治り、肌もつやつやになる」
曰く「その効能は神の加護に等しい」と。
噂の発信源は、湯ノ花の里と取引のある小規模商会や、実際に温泉に入って帰った旅人たちだった。
事実を少し脚色し、体験談を混ぜた口コミ。
それは金で買った風評よりも、ずっと早く、強く広まる。
「相変わらずうまいなぁ……。“攻撃”の噂より、“夢のある話”の方が広まりやすいんだな。本当ミサトが敵じゃなくてつくづく良かったと思うよ……」
カイルが市場の隅で呟く。
ゴブ次郎は鼻を鳴らした。
「そりゃそうっすよ。誰だって、悪口より面白い噂の方が好きっすから!」
そして、その様子を密かに見ていた一人の男がいた。
黒い外套に身を包み、帳簿の束を抱えたその影は、広まる噂を冷ややかに見下ろす。
「……この騒動、、あの小娘が仕組んでるのか??くっくっ、カッサ村を抱き込み、さらに情報まで掌握するか…小賢しいやつめ!」
低く呟き、彼は港の雑踏に紛れた。
◇◇◇
その夜。
ミサトは帳簿を広げながら、リリィの声に耳を傾けていた。
『はい。ミサト。ひとつ警告です。今夜、港町から出発した使者がいます。行き先は……カッサ村』
「えぇー?カッサに? なんでまた……」
『はい。ミサト。恐らく、あなたとカッサの関係を分断しようとしています。港町連合と結んでしまえば、カッサ村は“湯ノ花離れ”を余儀なくされます』
ミサトは静かに息を吸った。
「……なるほど。つまり、第三勢力が本格的に湯ノ花の里を潰しに動き始めたってわけね」
窓の外には、静かに星が瞬いている。
しかし、その下で確かに、見えない戦火は広がり始めていた。
『はい。ミサト。帝王学の基本は、敵を知り、己を知ること。ミサト、これからが本番ですよ』
「うん。もちろん、負けないよ。港町にも、カッサにも。ぬっはっはっ!元ブラック企業の社畜を舐めんなよっ!!」
夜の帳の中で、彼女の決意だけが熱を帯びていた。
噂が広がるにつれ、村人たちの会話にも微妙な変化が現れていた。
「おらぁ、こないだ隣村に行ったらよ、湯ノ花は裏で怪しい金を使ってるって聞かされてなぁ……」
「そうそう!俺も聞いたよ!もしかすっとミサトさんはやべぇーことしてんのかもな?」
「なにっ!お前らばっか言うな。ミサトがそんなことするもんか!」
居酒屋での口論に、村長が仲裁に入る。
以前なら信じもしなかった話が、ほんの少しずつ、里の人々の胸をざわつかせていた。
さらに厄介だったのは、和睦したはずのカッサ村からの反応だった。
ある夜、カッサ村に送り込んでいる若者が馬を飛ばしてやってきた。そして息を荒げながら告げる。
「カッサ村に港町からの使者が来たぞ! “湯ノ花よりも港と結んだ方が安全だ”って、連中は言いふらしてるんだ!領主代理のダルネが交渉してるみたいだ!」
報告を受けたミサトはしばし沈黙した。
温泉を共に使うことで築いたはずの信頼。それを根本から揺さぶる策。
やはり、情報は武器であり、経済を左右する“見えない刃”だった。
「リリィ。これ以上の拡散は止めたい。カッサ村との絆を守るには……」
『はい。ミサト。こちらも“証拠”を用いた情報を流すのです。虚言より事実の力が強い時もあります』
ミサトは拳を握った。
嵐は、まだ序章に過ぎない。
続