第43話 【新たな火種】
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順調な湯ノ花の里の朝は、いつも湯気の匂いと共に始まる。温泉宿から漂う硫黄の香りが村中を包み、朝市の掛け声が石畳の通りに響く。
だが、今日のミサトの表情は曇っていた。
「なぬぅぅぅ、……港町商業連合が、山岳都市と裏で動いてる?」
低く呟くと、隣に浮かぶリリィの光がわずかに強まった。
『はい。ミサト。確度は七割です。情報網から港町の強硬派商人と、山岳都市の鉱山利権保持者が複数回接触していることを確認しました』
リリィが宙に地図を投影する。湯ノ花はちょうど港町と山岳都市の中間にあり、この二つが手を組めば、挟撃される形になる。
「ん〜?つまり、また包囲網ってわけね〜。本当ああいう人達って出る杭はめり込むぐらい打つわよね…。へこみ過ぎて立ち直れなくなるっつぅの!」
『はい。ミサト。あなたそんな弱くないですよね…。しかし、物資の流れを締め付けられれば、湯ノ花の里は半年持ちません』
会議室の長机を挟んで、村長とカイルが険しい顔で頷いた。
「どうすんだ?ミサト?軍を持ってない湯ノ花の里じゃ、正面からの衝突は……」
「物騒ね…戦う気なんてないわよ!でも、この包囲を壊すのに一番いいのは……ぶっ壊すより、相手に逃げ道を作ってやることの方がいいような……」
ミサトは地図上の二カ所を指差した。
一つは港町の倉庫街。もう一つは山岳都市の市場通り。
「よし、まず、港町中立派を引き込みつつ、山岳都市の利害を分断する。二正面でいくわ。港町は観光利益で揺さぶる。山岳都市は食糧ルートをちらつかせて親湯ノ花派を作る」
カイルが顎に手を当てて唸った。
「あは…は、なるほど……お前の頭の中は化け物でも住んでんのか? だが港町の中立派は腰が重いぞ、、連合内部の力関係も複雑だしな」
「がおぉぉぉ!なんてね♪えぇ、一筋縄じゃいかないのは分かってる!だから情報網を拡張する。港町方面には密偵、山岳都市方面には物資を運ぶ商人を潜り込ませる」
リリィがすかさず補足する。
『はい。ミサト。情報網の強化には最低三日。港町の中立派商人への接触は、次の満潮期が狙い目です』
村長が地図の端を見て、ふと眉をひそめた。
「山岳都市の連中は、港町から海産物を仕入れておる。もしそこの流れを止めれば……」
「えぇ、……両方が困る。でも、困らせすぎるとどっちも敵に回すわ。あくまで利害の天秤を動かすだけ。天秤は揺さぶれば必ず傾く!」
◇◇◇
会議が一旦終わったあとも、ミサトは会議室に残って港町方面へ向かう商隊リストの資料を広げ続けた。
窓の外では湯煙の向こうに朝日が差し込み、白い蒸気が黄金色に染まっている。
「……外交は時間がかかる。だけど、経済の方は即効性があるはず」
『はい。ミサト。ただし、経済的揺さぶりは過剰だと反発を招きます。やるなら“恩恵”を見せつける形が望ましいと思います』
「うん。分かってるつもり。港町の中立派には、湯ノ花産の高級品を“特別価格”で回すわ。観光パッケージとセットで」
そう言って、ミサトは帳簿をめくった。温泉まんじゅう、湯の花石鹸、薬効草入りの酒、、、
これらはすべて港町の上流層にすでに人気の商品だ。
『はい。ミサト。経済軸はそれで動かせますね。では情報軸はどうしますか?私の方でプラン練りますか?』
ミサトは小さく笑って、地図上の港町地区を指先でなぞった。
「ふふ、お気遣いありがと!でも、もう考えついてるんだなぁ〜☆商業連合の中立派幹部、名前は……ラジエル。彼の倉庫番に、うちの連絡員を紛れ込ませる。物資の出入りを抑えれば、強硬派は焦るはずだわ」
『はい。ミサト。港町の“物の流れ”そのものを握る作戦ですね。お見事です』
経済と情報の合わせ技だ。強硬派を直接叩くのではなく、港町の物流の“要”を抑えて、彼らを自然に孤立させる。
外交はその状態で交渉の席に座らせる、、
それがミサトの描く筋書きだった。
そこへ、カイルが地図を覗き込む。
「山岳都市の親湯ノ花派を作るためには、港町経由でしか手に入らない海産物を直接供給すればいい。買い物しなくてもいいように、こっちの船を使って港町を素通りさせるんだ」
「カイル。それいいねぇ〜!直接供給……それなら港町も完全に切り捨てられないわね」
村長が椅子にもたれながら口を挟む。
「ただし、港町を経由しない取引は“規約違反”とされる可能性があるぞ」
『はい。そこは抜け道を。港町籍の船を借り受け、形式上は港町経由とする。これなら合法で可能です』
ミサトは頷き、羊皮紙にさらさらと作戦を記した。外交、経済、情報の三つが絡み合い、相手の立ち位置を変えていく様が頭の中で鮮明に描かれていく。
「よしっ!……動くわよ。カイル、港町にいる中立派の連絡先を全部押さえて。村長は物資供給ルートの確認。リリィは港町と山岳都市の情報収集、二十四時間態勢で」
『「「了解」」』
動き出す歯車の音が、ミサトには確かに聞こえた。「港町へ行く商人には“特定の噂”を広めてもらう」
“湯ノ花の物流は港町抜きでも成り立つ”“むしろ港町が必要としているのは湯ノ花だ”。
夕方、港町方面の連絡員が駆け込んできた。
「強硬派の中でも、山岳都市との取引に反発してる連中がいるようです。『鉱山都市なんぞに依存するな』って」
リリィが光を瞬かせる。
『ふふ。ミサト。ついに分断の芽が出ましたね』
ミサトは小さく笑った。
「はははっ。芽は大事に育てるものよ。
さてと……次は港町で、水を撒く番ね☆」
『はい。ミサト。どんな花が咲くか楽しみですね』
続