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第35話 【三つの盤面】

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  湯ノ花の里に、再び緊張の空気が漂っていた。

 表向きは温泉の蒸気が立ち上る平和な日常。

 しかしその裏で、ミサトは三つの“盤面”を同時に動かそうとしていた。


 まず一つ目は外交。

 カッサ村との和平を維持しつつ、シルヴァン村との同盟をさらに強固にするための書状が、カイルの手で各地に送られている。形式は友好条約だが、その文面には巧みに《相互扶助》の条件が盛り込まれていた。

【物資支援は温泉利用権と引き換え】という一文により、相手は断れば損をする仕組みだ。


 二つ目は経済。

 温泉宿の建設は順調に進み、村の工房では新たに《湯の花石鹸》の試作品が作られていた。これは温泉成分を練り込んだもので、匂いと肌触りが絶品だ。

「にっひっひっ!これを都市の貴族層に売り込めば、一気にブランド価値が上がるわ」

 ミサトは石鹸を手に取り、光に透かして見る。

 手元でリリィがくるりと回転しながら言った。

『はい。ミサト。この複合的な価値構築……まるで幕末の商人•五代友厚の手法ですね。経済から外交の扉を開く』

「だれ〜?それ〜! でも、最高の誉め言葉として受け取っておくわ」


 そして三つ目が情報。

 ダルネの指示でカッサ村の若者が“旅人”を装い、近隣村や都市に潜入。噂の流れや商人たちの動きを逐一報告させていた。

「ぬっふっふ!市場の小さな値動きから、誰が動いてるのかよ〜く見えるのよね〜☆」

 ミサトが地図に駒を置くと、まるで盤上に経路が浮かび上がるようだった。


◇◇◇

 

 夕刻、作戦会議が開かれた。

 長机の上には温泉宿の図面、石鹸のサンプル、そして周辺地図が並ぶ。

「外交はシルヴァン村との締結式を来月初めに。経済は石鹸を試供品として商会経由で配布。情報はカッサ村内の反対派動向を引き続き監視」

 ミサトが指示を出すたびに、村人たちの表情が引き締まる。


 そのとき、カイルが口を開いた。

「……ミサト、最近やけに肝が据わってきたな。初めて会った頃は、荷車の車輪が壊れただけで慌ててたのにな」

「あらっ?そうだったかしら?」

 ミサトは笑い、ふと視線を落とす。

(あの頃は、生き残るだけで精一杯だった。でも今は、、)


 リリィが静かに告げた。

『はい。ミサト。あなたは今、三つの盤面を同時に制している。これはまさに“帝王学”そのものの実践です』

 その言葉に、なぜかミサトの胸の奥が熱くなった。


 ミサトは机の上に広げた地図を指でなぞった。

 湯ノ花の里から都市への最短経路を示す赤い線の横に、あえて迂回ルートを描き足す。


「おい?…ミサト。これ、本当にわざと遠回りさせるのか?」とカイルが眉をひそめる。

「うん。今回の温泉石鹸の出荷は、都市の市場じゃなく、まずカッサ村経由でトーレル商会の別ルートにも流すの」

 ミサトは淡々と言いながらも、口元にはいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「わざわざ競合の領域を通すことで、“あそこを通さないと湯ノ花の物は手に入らない”って印象を与えるわけか…強かな女だなぁ…おー怖っ!」

 リリィがピコンと青く光った。

『はい。ミサト。これは古代ローマ時代、塩の交易路を一手に握った戦略に似ています。資源の独占ではなく、ルートの独占です』


「へ〜?そうだったんだぁ? 物の値段だけじゃなく、流れそのものを握りたいなぁ〜って思っちゃってこうしてみたんだよね!」

 ミサトは不敵な笑みを浮かべ地図をくるりと回し、南西に広がる市場圏を指差した。

「この辺りは都市との距離が遠い分、商品が高くなる。そこに私たちの石鹸が回れば、高値でも売れるし、“希少品”としてのブランドも付く。すぐに手に入らない物にお金を出すのは、“人間の性”ってやつよ☆」


 カイルはそれを聞いて肩をすくめた。

「ミサト。やっぱりあんた、商売人じゃなくて戦略家だよ…これじゃまるで戦争だ…」


 ミサトは笑いながらも真剣な目をした。

「あははっ!経済ってね、戦争と同じくらい人を動かすの。今回は同盟式の場で、シルヴァン村の代表にこの流通ルートを見せるつもり。

 “湯ノ花と組めば市場を動かせるよ”ってね。

 腰が重いなら数字で証明してあげるよ!」


 リリィが締めるように言った。

『はい。ミサト。まさに孫子の“戦わずして人を屈する”の実践ですね』

 窓の外では、夜の蒸気が月明かりに揺れていた。

 湯ノ花の里は、確かに新しい時代を迎えつつあった。


◇◇◇


 湯ノ花の里の広場は朝から熱気に包まれていた。

 色とりどりの提灯が揺れ、臨時の露店からは温泉饅頭や薬草茶の香りが立ち上る。今日はシルヴァン村との正式同盟締結式。村全体が祝祭ムードに染まっていたが、ミサトの頭には戦略が渦巻いていた。

 、、今日の目的は、ただの儀式ではない。

 政治も経済も情報も、この場で動かす。


「村長〜!準備はできてる?」

「おう、ミサト。滞りなく進んどるよ。さぁ、あとはあんた次第じゃ」

 村長はにやりと笑う。以前の慎重さは影を潜め、商売人としての顔が覗いていた。


 広場中央には湯煙を背にした壇が設置され、湯ノ花の里とシルヴァン村の紋章旗が揺れている。招待客には商会代表、都市商人、近隣村の使者、そしてトーレル商会のカイルの姿もあった。


 式典は村長とシルヴァン村長の挨拶から始まる。

「湯ノ花の里とシルヴァン村は、互いに助け合い、共に発展を歩むことを誓う!」

 拍手が広場を包む。


 ミサトは息を整え、壇上へ。


 テーブルに並ぶ三つの品、、

 温泉塩、薬草茶、温泉饅頭を示す。

「本日は、湯ノ花の里の新しい宝をお披露目します」

 ざわめきが走る。

「温泉塩は保存性が高く、魚や肉の加工に適しています。薬草茶は疲労回復と安眠効果があり、都市の贈答品市場で高値が期待できます。そして温泉饅頭は季節ごとの餡や包装で、観光客の手土産需要を年間通して狙えます」


 数字を示しながら説明すると、商人たちの目の色が変わる。

「ほう、利益率が高いな」

「うちでルート独占できれば十分に回収できるな…」

 

 リリィがミサトの脳内にささやく。

『ミサト。これは中世ヴェネツィア商人の戦略の応用です。攻め時ですね』

 ミサトは頷き、さらに畳みかける。

「取引ルートは同盟村に優先提供。生産拡大時は出資額に応じて分配率を変動させます」


 場の空気は一気に商談モードに変わり、反対派も利益に引き込まれる。宴が始まると、湯煙立つ温泉鍋や饅頭、薬草茶が振る舞われ、会場は和やかな笑い声に包まれた。


 宴の片隅、覗きに来ていたカッサ村領主代理のダルネが小声で呟く。

「ははは、、……最初は全部奪うつもりだったが、これじゃ……、、今は組む方が儲かるな」

 これが、今後の布石となるダルネの本音だった。


 リリィが小声で囁く。

『ミサト。今日のあなたの動きは、まさに帝王学の応用です。経済で味方を作り、利益で反対派を取り込み戦わずして優位を取る動きです』


 湯煙の向こう、提灯が揺れる夜空に光を落とす。

 ミサトはリリィを見つめ、微笑みながら心の中で三つの盤面を確認した。



            続

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