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第34話 【絹の仮面と鉄の爪】

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 ラグレアの探索班と接触してから十日後。

 湯ノ花の里に一本の早馬が駆け込んできた。

 村の門前で馬から降りた男は、深緑色の外套に銀の刺繍をあしらった制服姿、、、

 その胸元には、ラグレア商業ギルドの紋章が輝いていた。


「突然失礼します。湯ノ花の里を治めるミサト殿に、ラグレア商業ギルド代表よりご挨拶を申し上げたく、参上いたしました」

 その声はよく通り、礼儀も完璧。

 しかしミサトは心の中で警鐘を鳴らす。

 、、礼儀正しさは、時に最も厄介な武器になる。

「いやぁ…治めてんのは私じゃなくて……」

 ミサトがそっと指差す方向に村長が居た。

「いや…わしには荷が重いじゃろ…」

 村長は苦笑いを浮かべそっと後ろに下がった。


◇◇◇


 急遽開かれた応接の場。

 使者は名を「セドラン」と名乗った。

 年の頃は四十前後、整った口髭と切れ長の目が印象的だ。

 立ち居振る舞いは上品だが、その視線は常に周囲を観察している。

 机の上の茶器、室内の配置、付き従う者の人数、、

 何もかも記憶しているような動きだ。


「はははっ!いやはや、着いて早々に湯を頂けるとは…!まったく“骨抜き”になりそうですな!この湯ノ花の里の温泉は噂以上のものでした。湯質、効能、そしてこの静かな環境。まるで都の喧騒とは別世界ですな」

「ありがとうございます。セドランさんは湯が“お好み”かなと思いまして…勧めさせていただきました」

 ミサトはにこやかに答える。

 

 だが、その笑顔の裏で別の思考が働く。

 、、褒め言葉は必ず下心とセット。

 さて、、彼らは何を狙っている?


 リリィが膝上でミサトの脳内に声を響かせる。

『はい。ミサト。彼の発言パターンは“褒めて距離を詰める”古典的交渉術。セドランのようなタイプは、初動でこちらの懐を緩ませ、その後に要求を滑り込ませます』

「えぇ、分かってる。昔、あんな奴ばっかりだよ!古典的とは知らなかったけどね…さぁ、こっちもやるわよ!」

 ミサトは微笑みを絶やさず、話題をこちらに引き寄せる。


◇◇◇


 ミサトが仕掛けていく、、。

「ところでセドランさん。ラグレアでは、温泉文化はまだ珍しいのでは?」

「ええ、そうですな。領内でも限られた地域にしか湧いておりません。ですが、こうして入ってみると……実に湯ノ花の里の温泉は魅力的だ。領主様もきっとお喜びになられるでしょう」

「ほぉ?“領主様”、、ですか?」

 あえて興味深そうに言葉を繰り返すと、セドランはうっかり口元を緩めた。


『はい。ミサト。引っかかりましたね。今の一言で、彼がただの商業ギルドの使者ではなく、領主家の意向も背負っていることが確定しました』

 リリィの分析を脳内で聞き、ミサトは心の中で頷く。

 (、、やはり、これは経済だけの話じゃない)


◇◇◇


 応接の後半、セドランは切り出した。

「もし湯ノ花の里が、ラグレアに定期的な温泉供給をしていただければ……我々は全面的な交易支援をお約束いたします」

「定期供給、ですか?」

「はい。ラグレア市民に温泉水を届ける仕組みを作りたい。そのための権利と供給量を、ぜひ専属契約という形で……」


 それはつまり、ラグレアに温泉市場を独占させる契約だ。

 一見、湯ノ花の里に利益が出るように見えるが、裏を返せば他の都市との取引が制限され、湯ノ花の里の販路が大きく制限されることになる。


 ミサトは表情を崩さず、穏やかに答える。

「うふふ、とても面白い提案ですね。ただ、私たちはまだ村の需要を完全には把握していませんので……契約の前に、ぜひラグレアの方々に直接湯ノ花を体験していただきたいのですが…」


 セドランが目を細めた。

「それはつまり、招待を?」

「はい。領主様をはじめ、商業ギルドの皆さまにお越しいただき、温泉祭を開きましょう。そこで直接話し合うのが一番です」


 それは単なるおもてなしではなかった。

 こちらの主導で人を呼び込めば、客人は完全に“湯ノ花の里の舞台”に立たされる。

 情報も人脈も、こちらの土俵で手に入る。



 セドランは少し考え込み、やがて笑顔を作った。

「ふむ……悪くないですね。では、準備が整い次第、ご案内をお待ちしましょう」


 セドランの背中が村の門の向こうに消えると、カッサ村のダルネが腕を組んで近づいてきた。

「……ああいう手合いは油断ならんぞ、ミサト殿。笑顔の下に帳簿と刃を隠しておる」

「あらっ??ダルネさん、来てたんですね?温泉取られちゃうと思いました??あははは。ええ、ちゃんと感じてましたよ。だからこそ次は、こっちが土俵を用意します」

 その返事に、ダルネはふっと笑った。

「ふふっ。もう頭の中で戦いが終わった様な顔だな……ならば今回、カッサ村も手伝わしてもらいたい。我々は警備と人の流れを整える。客人がどこで何を見て、誰と会うか、、すべて管理だ!俺もミサトに学ばせて貰うとするかな…」

「えぇ、共同経営ですもんね…“半年間”の、、是非お願いしますわ」

 

 横で聞いていたゴブ次郎が首をかしげる。

「ボス〜?客人なら普通に歓迎すればいいんじゃないの?」

 ミサトはゴブ次郎の目をまっすぐ見る。

「あははっ!もちろん歓迎するわよ。でも、歓迎は“おもてなし”だけじゃないの。こちらの未来を守るための、戦いの一部でもあるの」


 その言葉に、ゴブ次郎は小さく頷いた。

 湯気の向こうに見える村の景色が、少しだけ引き締まって見えた。


 使者が去った後、リリィが声を落とす。

『はい。ミサト。今のは孫子の“彼をして来らしむ”の応用でしたね。相手をこちらの領域に引き込み、環境そのものを味方にする。まさに帝王学の実践ですね』

「また、帝王学〜?孫子〜?使ってるつもりないんだけど…褒められると嬉しいけど、油断はできないわ。 向こうは必ず何か仕掛けてくる。あとカッサ村もね…」

『はい。ミサト。前門に虎を防ぎ後門に狼を進むですね』

「ん〜?虎も狼も怖いのでお断りですよっ!あははっ!」

 

 ミサトはそっと窓の外を見た。

 冬の風が、湯気を遠くまで運んでいく。

 、、次は、湯ノ花の里そのものが舞台になる。



            続


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