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第31話 【冷えた温泉外交】

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 第三勢力の発見から数日後。

 湯ノ花の里の温泉宿は、急ピッチで改装が進められていた。

 といっても、風呂を豪華にするためではない。今回は、、三拠点を一度に迎える外交の舞台にするためだ。


 大広間は床を磨き、障子を新しく張り替え、炉端には囲炉裏の代わりに湯気の立つ小さな足湯を設置した。

 招待客は三つの村の村長と商会代表。どの顔も、湯ノ花の里の急成長を警戒している相手だ。


「ミサト、本当にやるんだな? こういう顔ぶれを一度に招くなんて」

 カイルが不安げに耳打ちする。

「あははっ!やる。温泉で一緒にくつろがせながら交渉するのが私の狙いだから」

 ミサトは笑って答えた。


 その時、ミサトのポケットから小さなキューブが光る。リリィだ。

『はい。ミサト。作戦の前提確認です。今回の招待客の好物リスト、すでに用意済みです』

「ありがとう。助かる。やっぱりこう言う時は相手の胃袋をつかむのが早いからね〜」

『はい。ミサト。これは“カエサルの饗応外交きょうおうがいこう”と似ていますね。古代ローマの将軍が、敵国の貴族を宴で懐柔した手法です』

「出たっ!今度はローマ将軍っ!あははっ!」


◇◇◇ 


 会議の開始時刻。

 村の入口に立って客を迎えると、それぞれが互いを意識して微妙な距離感を取っている。

 ミサトはあえてにこやかに、、

「いらっしゃいませ!まずは湯ノ花の里のお風呂へどうぞ」と案内した。


 湯気の中で、最初は互いに言葉少なめだった村長たちも、湯のぬくもりに肩の力が抜けてくる。

 足湯の脇では、地元の魚と山菜を使った料理が並び、湯上がりに冷えた果実水を差し出す。

 表情が少しずつ和らぐのがわかった。


「ところで湯ノ花の里は、急に商売を広げすぎではないか?」

 最年長のアーレン村長が切り出す。

「いえいえ、広げているというより、必要とされた場所に温泉と物資を運んでいるだけですよ」

 ミサトはあえて笑顔を崩さず答える。

 その返答に、横でカイルが「相変わらずやるな〜」と小さく呟くのが聞こえた。


 食事の席に移ると、各村長の前にはそれぞれの好物が置かれている。

 甘党のグリーム村長には温泉まんじゅう、辛党のザルフ村長には山椒味噌。

 驚きと喜びが同時に浮かぶその顔に、ミサトは小さく頷いた。


 食事が進むにつれ、話題は互いの村の課題へと移る。

 ミサトは要所で相槌を打ち、時には自分から「それなら共同で解決しましょうよ」と提案した。

 誰も即答はしなかったが、拒否の色も見せない。

 温泉の湯気と満腹感が、ゆっくりと壁を溶かしていく。

 

 リリィの声がミサトの脳内に届く。

『はい。ミサト。順調です。カエサルの時代も、宴の終わりには敵が友に変わっていたそうです』

「うんうん!そっか。じゃあ今日は、帰る頃には“また来たい”って思わせてあげましょう!」

 私は杯を掲げ、三つの村長と静かに盃を交わした。


 宴も佳境に入り、湯気の立つ湯殿からは笑い声や酒盛りの歌が響いていた。

 ミサトは湯上がりの髪を肩に垂らし、縁側で涼をとっていたが、その横にふらりとアーレン村長が現れた。頬は赤く、手には徳利。


「いやぁ、ははは、ミサト殿……湯は最高じゃ。すっかり骨まで温まったわい」

「ふふふ、それは良かったです。“疲れも悩み”も取れた事でしょう?」

「うむうむ……。しかし…あんたの湯ノ花の里は、本当に恐ろしいところじゃな…」


「えっ?……恐ろしい??」

 思わず眉をひそめるミサトに、アーレンは酔った笑みを浮かべたまま、声を潜めた。

「人を骨抜きにする力がある。武器も槍も使わずにな」

「あははっ!……それは、褒め言葉と受け取っていいですか?」

「もちろんじゃ。じゃが……これを恐れる者もおるじゃろうな」


 アーレンは徳利を口に運び、しばし黙り込んだ。

 ミサトは視線を外し、夜風に揺れる提灯を見やる。

 やがて、アーレンは吐息混じりに漏らした。


「ひっく、、カッサ村の領主代理、ダルネ……あやつは必ずこの湯を欲しがる。だが欲しがるだけでなく、縛ろうともするじゃろう」

「……」

「表向きは交易の話をするじゃろうが、裏では湯の管理権を奪う策を練っておるはずじゃ…奴はそういう性格じゃ」


 酔いで緩んだ舌が、余計なことまで滑らせたのだろう。

 ミサトは軽く笑って、何も聞かなかったふりをした。


 そのやり取りを、少し離れた柱の陰からゴブ次郎とカイルが聞き取っていた。

「カイルさん……この話し…結構やべぇ話っすよね」

「……ああ。リリィ、記録は?」

『はい。もちろん。完璧に』


 リリィの声は小さく、しかし妙に満足げだった。

『今回のミサトは、まさに古代ローマで使われた“酒席の情報収集”の応用ですね。宴は戦の一部……帝王学の初歩ですよ。ミサトナイスです』


 ミサトは小さく息を吐き、夜空に輝く星を見上げた。

 宴の笑い声の奥で、次の一手が静かに形を成し始めていた。


◇◇◇

 

 宴が一段落した後、村人たちが片付けを始める。残った料理の器を見渡しながら、ミサトは小声でリリィに話しかけた。


「ねぇリリィ。今回の宴、村の予算にどれくらい響くかな?」

『はい。ミサト。只今計算中……はい。出ました。湯治宿の一晩の売上換算で、おおよそ三週間分の利益が消えています。ただし、今夜の外交効果を資産価値で計上すれば、十倍以上の見返りが期待できます』

「ふぁっ!?十倍〜!?」

『はい。ミサト。三村の課題を共有できたこと、特に“食糧不足”と“労働力流出”の問題を把握できました。解決策を提示すれば、相手は取引を断れません』


 ミサトは頷きながら、空になった徳利を手に取った。

「ただの酒盛りに見えて、実は未来の契約書を作ってたってわけね〜……さすがリリィ!」

『はい。ミサト。そして、宴で漏れた一言一言が、あなたの情報資産になります。カッサ村の件、後で調べておきます』

「うん…いつもありがとうね」

 

 すると柱の陰に潜んでいたゴブ次郎が目を丸くする。

「つまりボス……今日のごちそう、全部“投資”ってことっすか?」

「あははっ!うん。未来のうんと高い利子つきで返ってくるやつ!損して得取る。毎度あり〜!なんてねっ☆」

 ミサトは軽く笑った。その眼差しには、すでに次の交渉の青写真が浮かんでいた。



            続


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