第27話 【和平の翌朝、湯煙再び】
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夜明け前、村の空気はまだ薄く冷たい。
ミサトは布団から半分だけ体を起こし、天井の木目をぼんやりと見つめていた。
昨夜の宴の賑わいは、まだ耳の奥に残っている。
笑い声、杯の音、温泉の湯気に包まれた人々の顔。
和平という重荷を一つ下ろした安堵と、これからの仕事への緊張が入り混じっていた。
「ぐうむぅ、、こいつは……寝不足だな…」
『はい。ミサト、いつも通りです。むしろ今は、心拍数も安定しています』
「むむぅ…AIに安眠度チェックされてる私って……」
ミサトは小さく笑い、布団から抜け出した。
窓を開けると、外ではゴブ次郎とゴブ三郎が、なぜか湯桶を頭に被って競争していた。
「あっ!おはようございます、ボス!」
「えっ!おはようございます、ボスぅ!」
声がやたら元気だ。宴の二日酔いはどこへ行ったのか。
◇◇◇
朝食後、ミサトは村の広場で《温泉事業再始動会議》を開いた。
カイル、ゴブ次郎、村長、カッサ村領主代理のダルネも顔をそろえる。
「さて、みんな。昨日は宴で盛り上がったけど、今日からまた仕事再開です」
「温泉はもう十分人を呼んでるけど、まだ規模は小さいな」カイルが地図を広げた。
「現状は村の浴場が一つ、露天が一つ。訪問客の上限は一日二十人程度……これ以上は宿泊設備や湯量の確保が必要だな」
『はい。加えて、温泉街としての魅力向上が必要です。今は物珍しさで客が来ていますが、継続的に呼び込むには“また来たくなる理由”が必須です』
リリィの声が広場に響く。
「つまり、リピーターってことね!そこが一番難しいんだけどね〜」ミサトは頷く。
「あも、それと、昨日までの騒動で思い知ったけど……防衛体制も整えておかないとね」
ダルネが腕を組み、ゆっくりと頷いた。
「同感だ。我々カッサ村は一応引いたが、他の連中は別の理由を見つけて来る。湯の利権は甘い蜜だからな。稼ぐ前に奪われてしまっては元も子もない!」
「う〜ん、、防衛と観光の両立、ってことか…」
カイルが眉をひそめる。
「あははっ!要は“見せる防衛”ってことね!ここに攻めてきても奪えないってね」ミサトは笑った。
「物騒に見えすぎず、でも来る奴には“やばい”と思わせるや〜つ!」
『はい。ミサト。例えば、温泉の湯煙を利用した視界阻害、防衛柵を兼ねた装飾柵、見張り台を展望台として兼用……そういう観光+防衛ハイブリッドのや〜つ!』
「うわっ、真似してきた!しかも便利ワード出してきたな!」
ミサトは口元を緩める。
「よし、それで行こう。ついでに温泉街の中心には、シンボルになる施設を置きたいよね!」
「例えばなんじゃ?」村長が首を傾げる。
「……巨大足湯とか、村人と客が自然に交流できる場所。あと土産物屋も近くに置く」
カイルが苦笑した。
「ははは、さっすが!社畜上がり……売り場動線まで考えるとは…恐れ入ったぜ…」
◇◇◇
会議後、早速作業班が動き出した。
ゴブ次郎たちは木材を運び、若い村人たちは温泉周辺の整地を始める。
ミサトはリリィと共に温泉源を見回り、湯量の調整や管路の新設計画を立てた。
作業の合間、ダルネがミサトに近づいてきた。
「ミサト……昨日の宴ではあまり言えなかったが、感謝している」
「んっ?感謝?なんで?」
「カッサ村は長らく、他の村と交易路を巡って摩擦を抱えていた。今回の和平は、我々にも恩恵がとても大きい」
「でも、うちはまだカッサ村と正式な同盟を結んだわけじゃ……」
「ミサト。君の対応ならいずれそうなるだろう。だが、そのためには……」
ダルネは視線を村の外へ向けた。
「この温泉街が、単なる観光地で終わらぬことだ」
ミサトは一瞬だけ口を引き結び、それから笑った。
「あははっ!じゃあ、絶対に終わらせない。むしろ始まりになるよ☆」
ダルネは薄く笑い、手を差し出した。
握手は固く、短く。
◇◇◇
夕方、作業を終えた一同は、完成したばかりの展望見張り台に集まり、小さな宴を開いた。
そこからは、夕陽に染まる温泉の湯煙が一望できる。
「うわぁ〜、これ、バチコン過ぎ…!絶対インスタ映えするやつだな〜……」
ミサトが呟くと、ゴブ次郎が首を傾げた。
「インスタ……?食い物…?」
『ゴブリン様。説明すると長くなります。ご理解を』
リリィが即答する。
笑い声が夕暮れに溶けていく。
その笑顔の裏で、ミサトの頭には次の一手がすでに浮かんでいた。
『はい。ミサト、あなたの今の動きはまさに帝王学です』
リリィの静かな声が、耳元で響いた。
「あははっ!なんじゃ、そりゃ!私、何か学んでんの??」ミサトは少しだけ頬を緩めた。
帝王学なんて言葉、前世じゃ無縁だったのに。
けれど今、その言葉がミサトの心に妙にしっくりきた。
◇◇◇
ミサトはまだほのかにお酒の残る頭を押さえながら、湯けむりの向こうに広がる温泉地を見渡していた。
「……さて、ここからが本番だよ。リリィ」
『はい。ミサト。戦いに勝ったあとこそ油断禁物です。勝利の余韻に浸っている暇はありません』
「なっはっはっ!わかってるって。温泉を本格稼働させるには、まだまだやることが山積みだからね」
ダルネとの協定で温泉の共同利用が決まったとはいえ、肝心の設備や管理体制は整っていない。
シルヴァン村とカッサ村、さらに都市からの観光客も受け入れる予定となれば、受け皿を早急に作る必要がある。
午前中は早速、カイルやゴブ次郎たちと現地調査。
湯の温度を測り、泉源ごとの水量を記録し、岩場の危険箇所には仮の柵を設けていく。
「ボス〜!こっちの湯は少しぬるいッス」
「じゃあ、そっちは子供や高齢者向けの浴場にしようか。安全面で有利だしね」
『はい。ミサト。温度の異なる泉源を使い分けるのは良い判断です。商品ラインナップの差別化になります』
「……リリィ、それ商売の話だよね?」
『はい。ミサト。歴史においても“資源の最適配分”は重要ですから』
「んっ?歴史?またそれ?」
『はい。またです』
昼には仮設の休憩所作りに取り掛かった。
ダーレン商会から仕入れた帆布を屋根に張り、木製の簡易ベンチを並べる。
カイルは図面を片手に職人たちへ的確に指示を飛ばし、ゴブリンたちは木材を運びながら鼻歌を歌っている。
「ボス!これなら一週間で最低限の施設は完成します」
「早っ……。でもさ欲を言えば、も〜ちょっとおしゃれな作りにしたいな〜☆」
『はい。ミサト。機能性と見た目、どちらを優先するのですか?』
「え〜?そりゃあ両方でしょ!」
『はい。ミサトは欲張り女帝王過ぎです』
午後になると、シルヴァン村とカッサ村から共同管理委員会のメンバーが集まった。
代表はシルヴァンの村長。そしてカッサ村側はもちろんダルネだ。
「では、僭越ながら私の方から説明を、、、
今後の利用規則についての案を提示させていただきます」
カイルが読み上げる。
入浴時間帯の制限、料金の取り決め、売上配分の割合、清掃と修繕の責任分担。
ダルネは腕を組み、難しい顔をして聞いていたが、反論はせず頷いた。
「……正直に言えば、我らの村にとっても新しい挑戦だ。だがミサトの言う通り、この温泉は両村の宝となるだろう」
その声音は、戦いの時に見せた刺々しさではなく、どこか柔らかかった。
『はい。ミサト。あなた今、異世界の歴史の一歩を踏み出していますよ』
「なにそれ?? でも……この感じ、そうなのかもね」
ミサトは内心で微笑んだ。
こうして、温泉事業は本格的に動き出した。
戦いを経て結ばれた協力関係が、やがて村を超えた力となる、、。
そんな未来の予感が、湯けむりの向こうでゆらりと揺れていた。
続