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第26話 【湯けむりの下の取引】

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 夜明け前、湯けむりの谷は白い靄に包まれていた。

 見張り台の若い村人が声を張り上げる。

「来ました! カッサ村の本隊です!」


 山道を降りてくるのは十数名の武装兵、その中央には旗と馬車。

 そして、馬上にゆったりと腰掛ける男、、

 濃紺の外套に金糸の縁取り。

 カッサ村領主代理、ダルネだ。


◇◇◇


 広場に急ぎ集まった村長、カイル、ダーレンらに、村長が告げる。

「わしは出迎えはするが、交渉はミサトに任せる」

「オッケー!任しといて、、失敗したらごめんだけど…」

「いや、どうせわしが出ても古い因縁を蒸し返される。ミサトならまだ色がついておらんはずじゃ!それに交渉はわしより遥かに上手い!」

 

 カイルがぼそっと笑う。

「ふふっ!すでに白旗か?村長?

 だが一理あるな……ダルネは女の方が口説きやすいと思ってる節があるはずだ」

「うわ〜っ!あいつ男尊女卑なの??めんどくさっ!」


 ミサトは深く息を吐き、リリィを撫でた。

『はい。ミサト。心配いりません。ダルネは現実主義者です。利益を提示すれば必ず揺らぎます』


◇◇◇


 やがて、ダルネの一行が広場に到着した。

 馬から降りたダルネは、以前とは違い、口元に柔らかな笑みを浮かべる。

「お久しぶりです、湯ノ花の皆さん。前回は交渉の道中で少々行き違いがありましたが……今日は話し合いに来ました」


 彼の背後には灰髭の副将と兵士たち。

 副将は鋭い眼光で周囲を警戒し、ダルネは逆に朗らかに手を広げる。

「単刀直入に申し上げます。我らカッサ村は、この温泉の利用権を求めます。拒めば、、」

「力ずく、ですね?」とミサトが先に言葉を継ぐ。


 ダルネは口角を上げ、指をひらひらと振った。

「ふふふ、こちらとしても物騒なことは言いたくありませんな。ですが資源の独占は、隣人としてはとても望ましくない!」


◇◇◇


 机を挟み、交渉が始まった。

 表では笑顔の応酬、裏ではカイルたちが山道の補給路に障害を設けていく。

 丸太での仮柵、滑りやすい泥道、そして温泉の余熱による霧、、小規模な嫌がらせだが、長期戦になれば致命的だ。


◇◇◇


 ミサトはゆっくりと言葉を置く。

「温泉はこの里の命綱です。でも、あなた方の農地や物資も私たちには必要で魅力的です」

「“交換を提案するって事”、、ですか?」とダルネ。

「はい。農産物と温泉利用権の相互提供をこちらは希望します」


 副将が眉をひそめるが、ダルネは笑みを崩さない。

「ふふっ!実に面白い。ですが、私にどうやって“お前たち”を信用しろと?」

「はい。まず半年間の試用契約を望みます。そして互いに物資と温泉を提供し合い、これに不正があれば即破棄」


 ダルネの目が細くなる。計算している、、

 そう、彼は常に損得勘定を忘れない男だ。

 補給路のことも、すでに部下から報告を受けているはずだ。


◇◇◇


 数瞬の沈黙の後、ダルネは椅子を引いて立ち上がった。

「……半年間、だな。それなら試す価値はあるな…」

 副将が抗議しかけたが、ダルネは手で制した。

「力で奪えば反発を買う。だが取引なら、相手は感謝すらする……そうだろう?」

「えぇ…お互いにね!」

「良しっ!なら、この取引を飲むとしよう!!」

 ミサトとダルネの握手が交わされ、契約書作成が決まった瞬間、広場の緊張が解けた。


◇◇◇


 その夜、温泉にはカッサ村の兵士たちの笑い声が響く。

 温泉脇の広場では、村人たちが焚き火を囲み、魚や肉を焼いていた。

 ゴブ次郎たちははしゃぎながら肉串を頬張り、カイルは酒を片手に商会の話をしている。

 ダーレンは灰髭の副将と腕相撲をし、どちらも引かぬ力比べに周囲が歓声を上げた。


 ミサトは湯気に包まれた宴の輪を少し離れた場所から眺めていた。

 そこへダルネが現れる。外套は脱ぎ、普段の飾らない声色だ。

「……思った以上に賑やかな村だな。私兵も笑ってる。正直、拍子抜けだな…」

「ふふふ、戦場になると思ってたんですか?」

「いや……そうなればこちらの負けだと分かっていた。補給路をいじられれば長くは持たん。部下には黙っていたがな。最初から戦場にするつもりなら、、交渉などせんよ!あははっ」

 

 ダルネは焚き火の光で赤く照らされる杯を傾ける。

「私は領主代理だが、領主ではない。村を豊かにすれば領主も私を認める。だが戦で隣村を荒らせば、その功績も潰える。だから、この取引は……悪くない」


 ミサトは朗らかに笑った。

「あははっ!じゃあ、半年間は共に稼いじゃいましょうか!」

「ああ!半年後……もし利益が大きければ、正式な同盟を持ちかけるつもりだ」

 ダルネの目が一瞬だけ鋭く光った。

「“ミサト”のやり方は厄介だ…。だが、お互いに利用できるなら悪くない」


 そう言ってダルネは杯を空け、再び賑やかな輪の中へ戻っていった。

 ダルネは振り返らずに、、

「ミサト、なかなかやるもんだな!半年後が楽しみだ」

 

 ダルネの挑発にも似た声に、ミサトは涼しい顔で返す。

「楽しみにしてますよ…ダルネさん。お互いにね!」

『はい。ミサト。交渉ミッション、成功おめでとうございます』

「あははっ!しっこマン漏らさないで良かった〜!」


 月明かりの下、ミサトとリリィの笑い声と湯けむりがゆらりと揺れていた。



            続


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