第4話 【港に沈む影 風を探す者たち 】
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朝の潮が、港の石畳を細く濡らしていた。
夜よりも落ち着いた光がアルガスの海を包み、波のひとつひとつが、ゆっくりと呼吸するように寄せては返す。
朝日が昇り始めるとミサトはマリーと向かい合い、机に積まれた山のような書類を前に、思わずため息をこぼした。
昨日、三人で“お祭り騒ぎ”のように片付けた残り。だが、やはり書類というものは、夜を越えるとなぜか増えているように見える。
「なぁ、、ミサト。ここ、印が違うんだよなぁ……」
マリーが指差したのは、橙色の封印が押された荷受け帳。
ミサトは覗き込み、眉を寄せた。
「んっ?どれどれ?? あれっ?昨日の港で見た荷札……緑だったよね? 同じ商会の名前のはずなのに」
リリィが机の上でピカピカと光り、紙の束をパラパラと風に遊ばせながら言う。
『はい。ミサト。封印が違うのに、宛先は同じ商会。
そして、荷受け書類も微妙にズレていますね。これは……“仕事の匂い”がしますね、ミサト』
「仕事って言い方をしないでよ。私だって、あんまり“社畜の頃の顔”には戻りたくないんだから」
マリーがくすりと笑った。
ただ、すぐに真剣な眼差しに戻る。
「ラインハルト港の担当者に確認したいんだけどさ……。あの書記官のルディアさん、、だっけ?今日こっちに来る予定だったような気がすんだよな…?忘れたけど??あははっ!」
「ルディア来るんだ?しかも予定忘れて“あははっ”って。だったら、会いに行こっか。こういうのは“現場”で見ないとね☆」
ミサトは立ち上がり机に散らかっていた紙の山をひとまとめにする。
朝日がマリーの赤色の髪に火を灯し、その瞳に宿る影がほんの少し深く見えた。
◇◇◇
昼前のアルガス港は、朝の喧騒を忘れたように穏やかだった。
ミサトとマリーが桟橋を渡ると、潮風にまじって香辛料の匂いが漂ってくる。
商船の帆が照らされ乳白色に染まり、遠くの海鳥が低く鳴いた。
「ルディアさ〜ん!来ていますか〜??」
ミサトが声をかけると、荷下ろし場の奥から姿を現したルディアは目をミサトに向け、いつもの落ち着いた笑みで迎えた。
「あらっ?ミサトさん、マリーさん。こないだはありがとうございました。よかった。今から会いに行こうと思ってたんですよ。……今日、お伝えしたいことがありまして」
ルディアは書類を一枚取り上げる。
ミサトが目を通すと、そこには“港湾管理外通過”の印が、薄く押されていた。
「えっ?これ……って…勝手に荷が動いてる?」
「はい。 港の正式ルートを通さずに倉庫へ向かう荷が、少しずつ増えています。数はまだ多くありませんが……“港の中に、もうひとつの港”があるような動きです。こちらも注意はしているのですが……毎回少しづつ手を変えて送ってくるもので、、対応しきれてないのが現状です」
リリィがチカチカと瞬き、ミサトに合図を送る。
『はい。ミサト。まさに、影の物流ですね。ミサト。あなたの社会科の血が騒いでません?』
「騒がないわよ。別に社会得意とかじゃないし! 騒がないけど……う〜ん、でもさ、どう考えても怪しいんだよね。裏ルートって、普通、こんな露骨に増やすもんなの??しかもラインハルト港、アルガス港と同時に??」
「そうですね……得策ではないと思います。私が思うに、、増えている、というより……“試されている”気がします」
ルディアが静かに言った。
ミサトは一瞬、無言で風の方向を見る。
太陽が頂点に昇る前で、港の影だけが少しずつ伸びていた。
「……何者かが、港の動き、、もしくは国全体を揺さぶってるのかもね」
ルディアが口を引き結んだそのとき、背後から豪快な声が響いた。
「おいおい、嬢ちゃんたち?!
顔がずいぶんと物騒になってきたんじゃねぇか?」
振り向くと、バレンティオが荷縄を肩に担ぎながら歩いてきた。
その隣にはフィオナもいて、フィオナはルディアに軽い会釈を送る。
「バレンティオ?」
「まだ確定にはちょっと早いけどよ、、お嬢ちゃんに伝えときてぇ話があったんだ」
ミサトが小首を傾げると、バレンティオは港の外れの路地を指差した。
「ちょっとそこ見ろ、、最近な、あそこの通り……妙に静かなんだよ」
「えっ?あんたの友達が治安悪いだけじゃないの?」
「ちっちっちっ!あまちゃんだな!違うんだなぁ〜。
船乗りと商人は、危ねぇ場所ほど鼻歌混じりで歩くもんだ。それが“気配が消えた”ってことは、、誰かが、“仕事の匂い”を消してるってことだ」
ミサトは苦笑しながらも、背筋をひやりとさせた。
バレンティオの“勘”は侮れない。元海賊でアルガスの元国王という経歴は伊達ではない。
バレンティオは続けた。
「それでよ。俺の昔の悪友にも声かけといた。今でも港の暗いとこだけは鼻が利くやつなんだ。明日にはなんか掴んでくるはずだ。分かり次第情報は送るよ」
「ありがとう。助かる。でも、、バレチン……裏まで動かすとか、またアルガスが治安悪くなっちゃうよ?あははっ!」
「おいっ!お前はバレチンって呼ぶな!それに治安が悪くなっても俺とマリーが居れば事足りる。アルガスの治安は、裏は裏でまとめるのが俺の仕事だ!」
「あははっ!治安が悪かったのは“バレチン”のせいってのもあったしな!」
マリーがバレンティオを指差してニヤニヤしながら言った。
「だから〜!お前らは俺を“バレチン”って呼ぶなって!!」
やり取りを見ていたフィオナが呆れたようにため息をつき、
「……誇らしいのか恥ずかしいのか分かんないですわね〜。まっ!格好つかない所がバレチンのいい所なんだけどねぇ〜」と呟く。
その光景にミサトは思わず吹き出した。
太陽の光が港の青に溶け、三人の影が並んで伸びていく。
◇◇◇
夕方、、、。
マリーたちに礼と別れを告げ、ミサトとリリィとルディアは帰りの船に乗った。
甲板に立つミサトの髪を、未明の風がやわらかく揺らす。
『はい。ミサト。港の風が、また変わりましたね。何やらくっせぇ〜臭いがしてきましたね』
「うん。リリィ。くっせぇ〜とか汚い言葉使っちゃダメ。でもさぁ、、きっと、もう少ししたら“来る”んだよね。はぁ〜、、帰ったらやることいっぱいなんだ。きっと湯ノ花も忙しくなってるんだろうから……。有給申請していい??」
『はい。ミサト。もちろん却下で。帰ったらもっとくっせぇ〜風が吹いていますよ♪社畜女王がゆっくり出来るのはまだまだ先ですけど』
「だから、くっせぇ〜って言うなっての!!うるさいってば!あははっ!」
ふたりの笑い声が海に散り、波間には、誰かの影がゆっくりと沈み込んでいく。
やがてミサトの瞳に、遠くの山々、、湯ノ花の里が、月光の中で姿を現した。
まだ知らない“影”が迫っているとも知らず、
ミサトは胸の奥に小さな決意を灯す。
今は帰ろう。そしてまた、働こう。仲間たちと。
そしてアルガス港は静かに目を伏せていた。
続




