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第45話 【社畜三種の神器】

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 朝の砂漠は、驚くほど静かだった。

 夜の冷気がまだ残る砂を踏みしめながら、ミサトは深く息を吸い込んだ。乾いた空気の中に、ほんのわずかに湯気のような温もりが混じっている。


「じゃあ、私たちは先に帰るね〜♪」

 ミサトとゴブ次郎はザイールの人々に手を振った。

 子どもたちが走り寄って「ミサト女王ー!ゴブちゃんー!また来てねー!」と叫ぶ。

「あはは、女王なんだけど、女王じゃないってば!」と笑いながら答えるミサトの声は、朝日に溶けていった。

 カイルも見送りに来ていた。手に持った工具袋を掲げて、「わざわざ来てくれてありがとうな。帰り道気をつけて帰るんだぞ。……本当に、ありがとうな!」

 その言葉にミサトは軽く会釈して、「あはは!あー!子供扱いしたな!ちゃんと気をつけて帰りますぅ〜。こちらこそ!またね☆」と明るく返した。


 ラクダニ頭がゆっくりと砂を踏み出す。

 前を行くのはミサト。リリィの光で投影された地図。まるで青い糸が砂の上に浮かんでいるようだった。

「ねぇリリィ、このラクダって燃費いいよね。エコだよね〜。エコラクダ!」

『はい。ミサト。ラクダは生体燃料ですからね。ミサトもラクダに転職したらどうですか?ミサト、ラクダ、転職で検索しましょうか??』

「はいっ!馬鹿にしたぁぁ!また私のこと完全にバカにしたぁぁ!!私に人間やめさせんな!」

 後ろでゴブ次郎が笑い転げる。

「あひっ!あははっ、ボス、案外似合うかもしんないぞ! 毛むくじゃらのシャチク女王!!まつ毛も似てるもんなっ!あははっ」

「このっ!誰がラクダ社畜だよっ!!」

 

 そんな軽口を交わしながら三人は砂の道を進んでいく。太陽が真上に上がるころ、ミサトの腹が小さくグ〜っと鳴った。

「ぶぅきゅゅう〜……ねぇ、リリィ。お腹すいた〜。この辺に村とかない?」

『はい。ミサト。検索します。検索中です。……二十分ほど進んだ先に、小さな集落を確認しました』

「おっしゃ! 行ってみよー!」

 ミサトの声にゴブ次郎が「えっ??行くの?帰らないの?? エルナに怒られるよ、、楽しそうだし、まっ、いっか!」とラクダをミサトの後ろに走らせる。

 ただ一人、リリィの声だけが少し引き気味だった。

『はい。ミサト。あの〜、、危険区域かもしれませんよ……まぁ、貴女は止めても行くんですよね』

「えっ??もちろん!」ミサトは満面の笑みで親指を立てた。


◇◇◇

 

 やがて砂の彼方に、白い壁と青い屋根が見えてきた。小さいが賑やかな村だ。

 屋台から煙が上がり、香ばしい匂いが風に乗って流れてくる。

 その香りの中に昔に嗅いだ事のある懐かしい匂いがして、ミサトが鼻をクンクンさせた。

「むっ?むむっ!!……ねぇリリィ? この匂い……って……もしかして?」

『はい。ミサト。匂い解析完了。ミサトの前の世界で言うところの“コーヒー”に類似している匂いが混ざっています』

「ネッスカフェェェェェ!!(叫び)よっしゃっ!!きたぁぁぁーーーっ!!!」

 ミサトはラクダの上で立ち上がり、両手を空に突き上げた。

「リリィっ!!私、今、異世界の神に愛されてるっ!、、いやっ!愛されまくってるってっ!!マジでカフェイン半端ないって!!」

『はい。ミサト。私、、カフェインの匂いで覚醒しちゃう人初めて見ました、、。私の知識に登録しておきます』

「やめろっ!やめろっ!登録すんなっ!やかましい!みんな早く行くよ!!」

 三人は匂いをたどって村の広場に入る。

 

◇◇◇

 

 そこで見つけたのは茶褐色の豆を炒る老人がいた。

 大きな鉄鍋を木べらで回しながら、香りを立ちのぼらせている。

 ミサトは駆け寄り、「それっ!きたぁぁぁぁ!!この豆ス○バで見たやつぅぅぅ!!おじさん?それコーヒー!?」と興奮気味に尋ねた。

 老人は興奮しているミサトにドン引きして、目を丸くして笑った。

「ははは、いやいや、こりゃ“苦豆”ってやつだよ。薬だ。飲めば胃が動く。若いのに効くぞ。」

「えっ??、、これ、コーヒーじゃなくて……健康食品なのか〜い!」ミサトが脱力する。

 

 リリィが静かに言う。

『はい。ミサト。ただ、成分はカフェインに非常に似ています。焙煎で調整すれば、コーヒー状の飲料が再現可能です。レシピを出しますか?』

「えっ?マジで!?いけるの?? よっしゃ、やろう!!ここで今すぐやろう!!」


 ミサトは即座に豆を購入した。

 ゴブ次郎とリリィを巻き込み、そして必要な材料を全て手に入れ、村の片隅に臨時の“喫茶スペース”を作り始める。

「へへっ、、けっこうお金使っちゃったけど、、まずは焙煎ね!」

 ミサトが即席かまどの火の前で鉄鍋を揺する。

 豆がポンッと弾ける音。

 香ばしい煙が立ちのぼると、空気が一気に変わった。

「ボス! すっごい……いい匂い!」

 ゴブ次郎が思わずうっとりと鼻を鳴らす。

 リリィがデータを読み上げる。

『はい。ミサト。鍋の温度上昇。150度を超えました。現在の焙煎レベル•ミディアムロースト。」

「はいはい、それぐらいが一番香り立つんだよ!知らんけど! 豆からやった事は無いからわかんないんだけどね〜!あははっ!」

 ミサトは木べらをシュッシュッと器用に回す。

 焦げ色が濃くなるたび、香りが甘く、深く変わっていく。風に乗って村の人たちが集まってきた。

「んっ?なんだいその匂いは」「なんだか香ばしいなぁ〜」

 ミサトは笑いながら、「いっひっひっ♪みなさまお楽しみに〜」と答える。


 焙煎が終わると、今度は豆を潰す番だ。

 ゴブ次郎が石臼を持ってきて、「ボス、力仕事だな?オレに任せて!」と腕まくり。

「おっ?ゴブ次頼もしい〜!ゴリゴリと頼むよ〜」

 ギリギリと石が回り、粉が香りを立てる。

 その香りは、砂漠の乾いた空気にまるで命が宿ったように広がっていく。

 ミサトはその香りを胸いっぱいに吸い込み、目を閉じた。

「ふぁぁぁぁぁ!!……あぁ、これだよ、これこれぇぇ!」

 リリィがため息の様に小さく瞬く。

『はい。ミサト。まるで前世カフェイン依存者ですね。」「リリィ、、依存じゃなくて、信仰ね!」


 そして最後の工程。

 湯を沸かし、粉の上にゆっくりと注ぐ。

 ジジジ……と小さな音。

 湯気がふわりと立ちのぼり、香りが濃くなっていく。

 リリィのレンズに水滴がついた。

『はい。ミサト。煙から離してください。視界が……湯気で曇ります。離れていてもちゃんと見えますから…』

 ミサトが笑う。「あははっ!いいでしょ。絶対失敗出来ないんだからっ!ちゃんと見てっ!これが“働く前の儀式”ってやつよ☆」

 ゴブ次郎がわくわくしながらカップを受け取る。「これが……シャチクの聖水……!」


 ミサトとゴブ次郎でカップを掲げる。

 「「かんぱーい!」」

 口に含むと、熱くて、苦くて、深い。

 砂漠の太陽が背中を照らす中、ミサトは小さくつぶやいた。

「ぶっ、、ブレンディィィィィ!!(叫び) はぁぁ……これこれぇぇ!!脳天まで痺れるぅぅぅぅっ!!仕事やる気になるぅぅぅ!!」

 リリィが淡々と呟く。

『はい。ミサト。社畜、再誕の儀式、完了です』

「あははっ!!これがあれば社畜も捨てたもんじゃないもんね〜!」

 ミサトたちの掛け合いにみんなの笑い声が風に溶けていく。

 そしてミサトは小さな村のみんなにコーヒーを振る舞った。

 

◇◇◇


 コーヒー、、、。

 ミサトは腕を組み、満足げに頷いた。

「あははっ!ミサトは社畜三種の神器の一つコーヒーを手に入れた。後はエナドリと低反発マクラを開発したら二十四時間戦えるな……。ってもう戦わねぇよっ!!」

 リリィが小首を傾げる様に瞬く。

『はい。ミサト。ヒトリノリツッコミご苦労様です。それって、、労働神話の復活ですか?』

「やかましいっ!復活させるかっ!私は世界がホワイトになるために頑張ってんの!あははっ!」

 彼女は笑いながら砂を蹴った。

 手に持つ木のカップの中で、黒い液体がきらりと光った。

 それはまるで、、異世界に根付いた、新しい“朝”そのものだった。



            続


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