第43話 【西の風、砂の誓い】
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一週間が過ぎた湯ノ花の街は、まるで季節が変わったかのように穏やかだった。
笑い声が響き、湯けむりが空へ昇る。戦の痕跡はすっかり日常の中に溶け込んでいる。
だが、ミサトの机の上では、真新しい羊皮紙の地図と設計図が広がっていた。
「、、じゃあ、派遣メンバーはこのメンツで行こうか」
ミサトが印をつけると、ゴブ次郎が手を挙げた。
「あっ?ボス、俺も行く! 工事現場に行って、ボスに何かあったら大変だろ!」
「いやいや、気持ちは嬉しいんだけどあんたが一番ケガしそうなんだよね……」
リリィがチカチカと光り、ゴブ次郎にツッコミを入れる。
『はい。ミサト。安全管理上、ゴブ次郎さんが行く場合は“自己責任書”の提出が必要です』
「おいっ!リリィ!オレがそれにサインしたら後で何書き足されるかわかんねぇよ!」
会議室に笑いが広がった。
派遣先は東の国ザイール王国。
砂漠の国であり、今や湯ノ花の友好国。
約束の水路、トイレ、そして、、温泉。
人の暮らしを支える《インフラ三種の神器》建設のためのメンバーだ。
「そう言えばリリィ、頼んでた設計図できてる?」
『はい。ミサト。もちろんです。ザイールの砂質と水脈をもとに設計しました。名付けて“湯ノ花式オアシス循環モデル”です。トイレも快適に過ごせる様に広めに。名付けて最新PA式スライム循環トイレ。そして温泉は湯ノ花から定期的に運ぶ事によって源泉掛け流しスタイルを実現。これぞ匠の技です』
「おおぉ、ネーミングセンスが相変わらず理系だね、、。でもなんか…最後の言葉がテ○朝っぽい…」
「ボス、リリィの言ってることは難しいけど、つまり“気持ちよくお風呂入って、水飲んで、綺麗なトイレでスッキリってやつ”ってことだろ?」
『はい。……まぁ、そうですね。それでいいです…』
「よっしゃ完璧にわかった!!」
「何が完璧よ!完璧じゃないわよ!リリィが泣く泣く納得したじゃない!ゴブ次はもう少し言葉を覚えなさい…」
ミサトが頭を抱えたその瞬間、笑いが再び弾けた。
「よし。段取りオッケーね。工事が始まる前に一度ザハラ女王に挨拶行っとくか」
ミサトのその一言で、一行の出発が決まった。
◇◇◇
砂漠の国・ザイール王国。
熱気を孕んだ風が頬を撫で、香辛料の匂いが鼻をくすぐる。
まるで大地そのものが息をしているようだった。
「すっげぇな……空が白い!」
『はい。それは砂埃です。吸いすぎると喉を痛めますよ』
「おいリリィ、もうちょっと“ロマンテッヌ”なこと言えないのかよ!?」
『はい。では訂正します。“乾いた風の調べが魂を揺らす、砂の交響曲”です。これでよろしいですか?“ロマンテッヌ甘噛みちゃん”』
「うわぁ!急に訳わかんない言葉きたぁーー!」
「あははっ!甘噛みイジられてやんの!それにどっちも極端すぎるんだよぉ!」
ゴブ次郎の嘆きに、ミサトが吹き出した。
◇◇◇
やがて見えてきたのは、建設現場の喧噪だった。
カイルが中心でザイールの民が先に取り掛かってくれたのだ。
木材を担ぐ人々、測量器を覗く職人たち。
その中心で、額の汗をぬぐう男がいた。
「、、、カイル……!」
ミサトの声が、風に溶けた。
カイルが顔を上げる。
その表情に、一瞬驚きが浮かび、すぐに笑顔が咲く。
「おぉぉお!?ミサト。来てくれたのか??」
「うん……! 工事の進捗も見たくて……それに、ザハラ女王にも挨拶もしたかったの」
「はは、ミサトらしいな。ザイールの大工たちにも人気だぞ。こんな図面見た事無いってな。“ミサト式”って呼んでる」
ミサトは久しぶりのカイルの声に思わず涙ぐんだ。
「あはは、、図面はリリィなんだけどね……」
その横でリリィが呟く。
『はい。ミサト。今回は泣いちゃダメですよ。塩分とミネラル無くなりますから』
「あのさぁ……もうちょっと感動的なフォローしなさいよぉ」
カイルが苦笑し、作業員たちが微笑ましく見守った。
「そうだ、ザハラ女王にご挨拶をしたいんだけど」
「えっ? 残念だけど、二日前に出立して行ったぞ。行き先は、、ラインハルト王国だって話しだ」
「え……?」
ミサトの胸に、一抹の不安がよぎった。
その名は、リュウコクのいる国。
また、何かが動き出している予感した。
◇◇◇
その頃、、ラインハルト王国の城門前。
砂を被った黒馬が駆け抜ける。その背には、ザハラ女王。金の装飾を施した外套が風に翻る。数名の兵が後に続く。
「おい!そこの!止まれ!通行証を!」
「通行証??何を…門番が騒いでいる。そんなもの、いらぬ。私はザイール王国女王ザハラ。リュウコク王と話がある!早く通せ!」
門番が一歩退いた。
「いえっ!いくらザイールの女王でも、事前の許可が、、」
「ふんっ!約束などいらぬ。必要なのは“私がここに来るという意志”だけだ」
凛とした声に、空気が張りつめる。
その時、門の上から声がした。
「おやおや、騒がしいと思ったら……。女王様、遠い砂の国からいらっしゃい。う〜ん、なるほど、リュウコクが考えてたのはそういうことか……」
登場したのは、カリオス。
「こちらへどうぞ。リュウコク様がお待ちです」
◇◇◇
玉座の間。
煌びやかな部屋の中で、リュウコクは豪華な椅子に深く腰掛け、指を組んでいた。
ザハラがゆっくりと近づくと、リュウコクは目を細めて笑う。
「やぁやぁ……どうした?どうした?女王自ら砂漠を超えて来るなんて……。まさか僕と“人ならざる者”の話でもしに来たのか?」
その言葉を聞いたザハラの唇が歪む。
「ははは!わかっているではないか。お前も、そのつもりなのだろう?」
リュウコクの瞳が、わずかに光る。
「……あぁ。だが、ここからの戦いは熾烈だ。相手は、言葉が通じるような存在じゃないよ」
「ふふ……良いではないか。砂も血も、同じ赤だ」
二人の視線が絡む。静かな、だが確かな火花が散る。
リュウコクは静かに立ち上がり、酒瓶を手に取り歩き出す。
「では……少し二人で話すとするか? 女王、奥の部屋に…」
リュウコクの言葉にザハラは静かに頷き、後をついて行く。
◇◇◇
薄暗い奥の部屋に入るとリュウコクが言葉を切り出す。
「僕たちが手を組むということは、、“西のマルディア”が近いうちに必ず動き出す…」
「あぁ、そうだろうな。我々が歪みあってるうちは高みの見物……だが手を取り合ったと情報が入れば必ず動き出す。マルディアだけなら“問題はない”が……。問題はあいつらだ!“獣でも神でもないもの”をついに討つ、か」
「いや……“理”を取り戻す、それだけだ」
ザハラが笑い、グラスを受け取る。
ふたりの杯が、乾いた音を立てて触れ合った。
「始まれば、当然、、湯ノ花もアルガスも動かすのだろう?」
「いや…湯ノ花は戦闘向きじゃない、、。無論アルガスも然りだ」
「?? ゴブリン部隊にエルフ部隊が戦闘向きじゃないだと?アルガスだって赤狼のマリー、バレンティオと金で雇う傭兵部隊がいるではないか?」
「ふふふ。確かにその軍団が同時に動けば強力だ!だが、、それをミサトが動かすならね…」
「ふふ、そう言うことか、、ならば、風と砂がひとつになる夜に、運命を賭けようか?ラインハルト王国、国王リュウコクよ!」
「あはは!ずいぶんと詩人だな、、。 西が動かぬ限りこちらからは仕掛けない…。動いた場合ラインハルトとザイール二国で即座に叩く。これでいいね?」
「ふっ、、問題ない!!抜け駆けするなよ!」
話しが終わるとザハラは奥の部屋を後にする。
扉から出る前に振り返り、、
「リュウコクよ、、其方と同じ考えだった事を光栄に思う。この同盟100年続くことを祈ってる」
「あぁ!僕もザイールと同じ祈りだ。帰り道気を付けてね☆」
夕陽が差し込み、赤い光が二人の影を重ねる。
その西方、果てしない荒野の向こうに、
ゆっくりと動き始める“第三の国”が今は沈黙していた。
続




