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第41話 【神様の悪戯】

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「っ……うぅ……ぶぅぇええぇぇええん!!カイル……ありがとう……!みんな、、ありがとうございます!ぶえええええんんっ!」


 月明かりの下、ミサトはその場に膝をつき、肩を震わせて大声で泣いた。

 しばらく泣いたミサトの嗚咽はいつしか大きなイビキにに変わり、風に豪奢マントとミサトのイビキがそよぐ。


「あははっ!……まったく、泣き疲れて寝ちゃうなんてな。君は底なしの可愛さか?♡」


 背後からそっとミサトを抱きしめていたリュウコクが、苦笑まじりに呟く。

 ミサトは涙の跡を残したまま、子どものようにすうすう、ぐーぐーと寝息を立てていた。

 リュウコクはそっとお姫様抱っこでミサトを抱き上げ、涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃの寝顔を見つめる。

「ほ〜んと、君はずるいよ。泣き顔も寝顔も……今回の戦いも、、ぜ〜んぶ“いいところ”持ってっちゃうんだから」


 そのままリュウコクは夜の道を白馬で歩き出す。

 冷たい風の中、腕の中の体温だけが、確かな現実のように温かかった。


◇◇◇

 

 湯ノ花の門前に着くと、見張りの兵たちが驚いて頭を下げる。

 リュウコクは軽く首を振って、唇に人差し指をあてると静かに通り抜けた。

 灯籠の明かりに照らされながら天守閣に上がり、そっと彼女を布団に寝かせる。

 眠るミサトの頬を見つめ、彼は小さく笑った。

「おやすみ。……いい夢を、ミサト」

 そう言って立ち上がると、リュウコクは踵を返し、扉の外へ向かう。

 外に出る瞬間、リュウコクの耳に微かな言葉が届いた。

『添い寝していかないのですか?』

「ふふ、機械。君はいつも僕の心をくすぐるね、、。パンツ脱いじゃっていいかな??」

『はい。その提案は却下します。パンツ3枚ぐらい履いてさっさと帰りやがれですね』

「あははっ! うん。帰るよ。またね」

『リュウコク、、今日は感情でミサトに寄り添ってもらってありがとうございます。私はどうもそちらは弱いもので……』

 するとミサトの寝言が聞こえて来た。

「……リリィ……、もうちょっとだけ……あと五分……」

 リュウコクは吹き出し、肩を震わせた。

「ふっ……ああ、やっぱり君はずるいな。 機械気にするな。君には大変感謝してる。ではまた」


 月の光が湯ノ花の屋根を白く照らし、彼の背を静かに送り出していった。

 ミサトは小さく笑いながら目を閉じ、下の眼球を動かした瞬間、意識がふっと遠のいた、、。


◇◇◇

 

 次の瞬間耳に届いたのは、聞き慣れた“紙の音”。

 次に、機械の「ガガガ……」という音。


「え……? なに、これ、、何の音??」


 ミサトは目を開けた。

 そこは、白い蛍光灯に照らされたオフィスの一角。

 目の前では、紙がシュレッダーに吸い込まれていく。

「もしも〜し?桜井さん?? どうしたんですか、ぼーっとして。あぁぁぁっ! 桜井さんそれ! 明日の会議資料ですよ!?」 同僚の女性が青ざめて叫んだ。

「え、えぇぇぇ!?」

 ミサトが慌てて手を離すと、紙はすでに細切れになっていた。


「おいおい!!お前、何やってんだ!!」

 怒号が響く。騒ぎを聞き上司らしき男が駆け寄り、机を叩いた。

「桜井! お前なぁ、、どう責任取るつもりだ!? 今日も残って自分でやってけよ!もちろん“タイムカード切ってな”!!自分のミスなんだからな!!」


 オフィスの空気が凍りつく。

 ミサトは状況が掴めずオロオロと周囲を見回す。

 上司の声が、蛍光灯の唸りよりも鋭く響いた。

「なぁ?桜井!“仕事”って言葉の意味、わかってんのか? 遊びじゃないんだぞ!」

 資料の束が机に叩きつけられ、紙が宙を舞う。

 周囲の社員たちは誰も顔を上げなかった。

 ただ、カチャカチャとキーボードを打つ音だけが規則正しく続いている。

「何ぼぉ〜っと突っ立ってんだ!?なぁ!お前は反省の仕方も知らないのか? そういう態度が一番腹立つんだ!ぼぉーっとしやがって!早く席に戻って仕事やれっ!!」

 背中にみんなの視線が突き刺さる。

 ミサトは唇を噛み、震える指で書類を拾い集めた。

 その手に力が入り、書類の一枚をぎゅっと握る、、。

 蛍光灯の白い光が、それを容赦なく照らしていた。


「ねぇ……リリィ? ねぇ、リリィ??」

「え? 桜井さん? 何言ってんの? Siriに何か頼みたいなら“Hey Siri”でしょ?」

 近くの同僚が苦笑してそう言った。


 ミサトは曖昧に笑い、席に座ろうとした。

「あっ?そこ、俺の席だけど」

 冷たい声が落ちる。

 何も言えず、ミサトは苦笑いし、ただ自分のデスクを探し、座った。


 カタカタカタ……とタイピングの音だけが響く。

 定時の鐘が鳴っても、誰も席を立たない。

 やがて夜の帳が落ち、ひとり、またひとりと帰っていく。

 最後に残ったのはミサトとパソコンの光だけ。


 そのとき、不意に着信音が鳴った。

 画面には《母・忍》の文字。


『もしもし、ミサト? 最近連絡ないけど元気なの? お正月には帰ってくるんでしょ? まったく、仕事ばっかりして……ちゃんとご飯たべてるの?お母さん、心配だよ』


 懐かしい声に、胸が温かくなる。

「あ、、うん……大丈夫だよ。なんか…長い夢を見てたようでさ、、うん。ちょっと疲れてるだけ。ありがとう。暇みてまた帰るよ……」

 通話を切ったあと、ミサトはふとパソコンに文字を打ち込む。


《湯ノ花の里……リリィ……リュウコク……》


 ぽろ、ぽろ……と涙が落ちる。

「あはは……なにこれ……全部夢だったの??ねぇ、リリィ? 私、、あっちの世界の方が恋しいなんて……。みんな私いなくなって心配してるかな?、、ザイールから来たあの人上手くやれてるかな?、、ザハラ女王と約束したんだけど…上手くやってるかな、、?うっ、、うぅぅぅ、、、」


 その時、奇妙な機械音が空間全体に響く。

『みぃぃさぁぁとぉぉ〜〜!!』


「ひゃあっ!?」

 ミサトは飛び起きた。そこは、、湯ノ花の天守閣、自分の布団の上。

 リリィがピカピカと光っていた。


『はい。ミサト。おはようございます。どんだけうなされてるのですか??何で夢の中でも泣いてるんですか?怖い夢でも見たんですか?“包丁持ったぬいぐるみ”に追いかけられたとか??起床時の水分ロスが大きすぎます。水分補給とミネラル補給を推奨します』

「リリィ!! ちょ、ちょっと!聞いて! 夢でね……なんか前の世界の会社に戻ってて……。でもなんか久しぶりにお母さんとも話せた気でいるんだけど…」

『はい。ミサト。もしかしたら神様の悪戯かもしれませんね。現実より過酷な夢を見せるタイプの……案外夢じゃないかも知れませんよ、、ほら肩に紙屑……』

「えっ??やめてよ?ほんとに? 嘘つきっ!ついてないじゃん!?マジで焦ったんだから!」


 顔を洗い、唇を二本指でぺんぺんして、歯ブラシをくわえながら、ミサトは窓を開けた。

 朝の光が、湯ノ花の街を黄金色に染めている。


「よっしっ!!!今日も頑張るかっ!」

『はい。ミサト。AIリリィ、業務開始します!』

「ねぇ、リリィ……ほんっと社会って異世界より怖いよね〜。久々に残業したよ…」

『はい。ミサト。しかも異世界より社会の方が残業が強い傾向です。魔王より上司的な』

「やめて!嫌な現実的な例えやめて!!そもそもこの世界に魔王って居るの??」

『はい。ミサト。魔王は現段階では確認していません。ですがミサトがなる可能性あり。でもミサト、あなたなら大丈夫です。だって魔物より厄介な上司とも戦えますから』

「誰が魔王だよ!大気圏の先までぶん投げたろか??しかもフォローになってないよ!?私、夢の中で上司の攻撃に防戦一方だったよ?“クリンチして耳、あんぐ〜って噛もうか”悩んだわっ! てかリリィ、あんた社畜の味方なの?敵なの?」

『はい。ミサト。どちらでもありません。私は“残業の神”です』

「ぶっっ!なんだ“その残業の神”って??!怖いこと言わないでぇぇぇ!!」

 

 その声に、ミサトは笑った。

 もう夢じゃない。ここが、わたしの現実なんだ。




            続

 

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