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第36話 【湯ノ花の光、再び】

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 砂塵を抜けた先、丘の向こうに白い湯けむりが立ち上っていた。

 ミサトは思わず息を呑み、胸の奥で何かがほどける音を聞いた気がした。

 あのとき出発したときより、湯ノ花の里はずっと明るかった。

 新しい屋根が並び、道には花が咲き、子どもたちの笑い声が風に混じっている。


 湯ノ花の里は、燃えていなかった。

 誰も戦っていなかった。

 ミサト達が残した帳簿と仕組みが、人々の手で動いていたのだ。


 リュウコクが隣で目を細める。

「ふふ、……しばらく来ない間にずいぶん変わったな」

「うん。みんな、ちゃんと守ってくれてたね〜。てか、あんた起きてたんかい!起きたならもう肩にいちゃダメです」

「えっ?! ぐーぐーぐーぐー」 「こらっ!寝たふりすんなっ!」

 リュウコクが薄目を開けて少しだけ笑った。

「あのね、、君がいない間、ずっと夢に見てたんだ。湯けむりの向こうに君が立って僕を待ってる夢を」

「はぁ?なにそれ、ロマンチック担当王子でも目指してるの?」

「うん、ミサト専属で♡」

「おえっ!ミサト専属却下します。……湯ノ花に戻って早々、口説くんじゃありませんよ!」

 ミサトが頭でリュウコクの頭をコツンと小突くと、リュウコクはわざと痛そうな顔をした。

『はい。ミサト。相変わらずイチャイチャご馳走様です。ですが、業務開始五分以内の私語率、異常値であります』

「イチャイチャしてないっ!リリィ、そこは空気読んで!」

『はい。ミサト。現在の空気解析中……。空気中の好感度上昇を検知しました』

「うわぁぁ!人工知能ジョークだっ!ずるんずるんにすべってんなっ!!あははっ!」

 笑い声が、湯けむりの中に溶けていった。


◇◇◇

 

 城門の前ではゴブ太郎とゴブ次郎が待っていた。

「ミサトーーっ! 帰ってきたぁぁぁ!」

 ゴブリンたちが手を振る。その腕には、温泉桶のロゴが入ったエプロン。

「おーい!見てくれよ。オレたち今“湯運部主任”だってよ!カイルが言ってた! 温泉運搬のエキスパート!」

 ミサトは吹き出した。

「あははっ!ただいま。 ゴブちゃん達出世したじゃない! ちゃんと残業時間計算して出してる?? ちゃんと時間教えてくれないと払わないわよ〜!あははっ」

「うぐっ……! そこはリリィにお願いします!」

 リリィのキューブがぴこっと光る。

『はい。ミサト。ゴブリンの勤務時間、適正範囲内です』

 みんなが笑った。湯気の向こう、エルナとカイルも姿を見せる。

「おかえり、ミサト。言われた通りのシステムで街を回しといたぞ。それにしてもゴブリンと大工の建てるスピードが早いな…」

 カイルが言うと、ミサトは胸がいっぱいになった。

「あははっ!本当だよね。あっという間に街が変わっちゃう。……みんなありがとう。本当に」


 その後ろで、ラクダに曳かれた馬車から降ろされたのは、鎖を外されたザハラだった。

 リュウコクの私兵たちは警戒していたが、ミサトは首を振った。

「拘束はいらない。誰が何と言おうが彼女は客人として湯ノ花の里でもてなします」

「えっ??客人……!?」と、私兵たちは目を剥く。

 だがミサトの表情は、柔らかいままだった。

 それを遠目に見るリュウコクもまた柔らかい表情だった。


◇◇◇


 湯の宿の一室。

 蒸気の中、ザハラは湯船に身を沈めていた。

 背中の傷がまだ痛むのか、時折息を詰める。

「……なぜ?敵の私をもてなす?何が望みだ?こうしてる間にも私を取り返そうと、ザイールからの軍隊がこちらに向かってるぞ…」

 その問いに、ミサトは笑って答えた。

「あははっ!戦争はやだなぁ〜、、それに敵っていう定義は私はもう古いと思うんだよね…。生きてる人はみんな、同じ現場の人だから。少し落ち着いたらみんなで話そう♪」

 湯の音が、静かに二人の間を流れる。


 すると、壁の端からリリィが話しかけた。

『ザハラ。体温、安定。傷の治癒反応良好です』

 ザハラは眉をひそめる。

「……キューブ、、ただの機械じゃないのね」

『リリィ。AIです。感情エミュレーションは搭載されています』

「??人の感情を“搭載”してるってこと?? 滑稽ね」

『合理的判断には感情補正が必要です。理想を維持するために』

 ザハラは、湯に映る自分の顔を見つめた。

「理想……そうね。わたしも昔は、それを持ってた。誰もが潤える世界…。だけど“砂漠の砂の渇き”はそれを拒んだ……」

 湯気が淡くゆらぎ、外では子どもたちの笑い声が遠く響いていた。


◇◇◇


 半日後。

 城門の前に一団の影が現れた。

 金色の旗、整った甲冑。

 前王、、リュウコクの父、ラインハルトだった。


「息子よ、今こそ立ち上がる時だ! ザイールは混乱している! 叩くなら今しかない!」

 その声に、街の空気が一瞬張りつめる。

 鍛冶場の音が止まり、湯屋の煙突から上る湯けむりが揺れた。


 ザハラは髪を乾かしながら湯屋の縁からその光景を見ていた。

「ほら、やっぱり……変わらないのね。国も王も人も、争うことでしか生きられない。結局、私の首が飛ぶか、ラインハルト王の首が飛ぶかなのよ!!」

 ミサトは静かに首を振る。

「落ち着いて……変わるよ。大丈夫。今、変わろうとしてる」


 リュウコクが前に進み出た。

「父上。……叩かないよ。僕たちはもう、誰も殺したくない。これからザイールの女王と僕とミサトとマリーで戦わない方法を考える…。もし長引いた場合、、父上。ザイールの軍隊の足止めをお願いしたい。出来るだけ血を流さずにね…」

 その言葉に、ラインハルトの目が見開かれる。


「私たちは勝つより、止めたい」

 ミサトの声がリュウコクに繋がるように重なった。

「戦争っていう“古いシステム”を、私たちは終わらせたいんです。そのためにはたくさん話さないと分かり合えないんです…。流してきた血を綺麗にするには……」


 沈黙。

 風が通り抜け、湯の香りが街を包む。

 リリィが、そっと光を放った。

『映像投影開始、、《世界平和プログラムミッション起動します》』


 ミサトはその映像を見上げた。

 湯ノ花で沢山の人が笑う映像。ミサトの目にはもう、恐れも怒りもなかった。

 あるのは、ただ、、 “人が人の手で築いた温もり”への信頼だけだった。


 ミサトが深く息をつく。

「……ねぇリリィ。こういうのってさ、たぶん“幸せ”って言うんだよね…」

『はい。ミサト。定義確認中……幸福•酸素濃度安定、心拍上昇、表情筋緩和』

「ちょ、分析すんなっ! そういうのじゃなくて感情の話!」

『はい。ミサト。了解。感情モード起動。ミサト、現在“照れ+安堵+軽度の自尊心上昇”』

「おいっ!誰の自尊心が軽度だぁぁぁっ!」

 ミサトがリリィにチョップを突き上げると、リリィの声がくすくすと笑った。

『はい。ミサト。記録完了。世界平和への一歩は、貴女のツッコミから始まります』

「はぁぁぁんっ!!そんな統計どこで取ったのよ!それ言った奴、私の前に連れて来なっ!チョップお見舞いしてやるからっ!!あははっ!」

 湯ノ花の空に、笑い声が優しく溶けていった。


◇◇◇


 湯けむりが金のように光る。笑い声が聞こえる。

 誰も剣を抜かない世界。

 ミサトは深く息を吸い込み、ぽつりとつぶやいた。


「うん。これが、これからも守りたかった景色だよ☆」



            続

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