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第33話 【砂漠の嵐 再会の予感】

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 夜風が砂を巻き上げる。焚き火の灯がオレンジに揺れ、作戦前の砂丘を染めていた。

 ミサトは火を見つめながら、ポケットのリリィとマリーの顔を順に見た。

 バレンティオとフィオナもそこにいた。五人の影が長く伸びる。


「とりあえずミサトに言われたこれが“奪還作戦”の全貌だ」

 地面に描かれた地図の上を、バレンティオの指が滑る。

「俺が雇った傭兵団スコルピオンが宮殿正面で暴れる。その混乱で北門の兵が薄くなる。その隙に、ミサトたちがリュウコクの坊ちゃんを救い出す」


 ミサトは眉をひそめた。

「傭兵団って、、いつの間に?……それに暴れるって、どのくらい?」

「そりゃあ、いきなり突っ込んで奪還出来るほどザイールは甘くない。ふふ、暴れる規模は砂漠の夜が昼になるくらいさ。派手じゃなきゃ意味がないし、つまらないからな!はははっ!」

 バレンティオが白い歯を見せて笑う。


 だが、ミサトは笑えなかった。

 胸の奥がざわついていた。人が死ぬ匂いがする、、、そんな夜だった。


「ねぇ、傭兵さんたちに伝えて欲しいんだけど……」

「えっ?何を?」とフィオナが首を傾げる。

「、、絶対に、死んじゃダメだって!」

 一瞬、風が止まった。


 焚き火の向こうで、傭兵たちがこちらを見ていた。筋骨隆々の男たちが、まるで子供のように目を丸くする。

 やがて一人が笑い出した。

「がははっ!雇い主にそんなこと言われたの、初めてだな!」

「ぎひひっ!そうだなぁ〜!俺たち、死ぬ覚悟で金もらってんだぜ?」

「でも、、なんか悪くねぇな、そういうの」


 彼らの笑い声に混じって、ミサトは小さく拳を握った。

「家族はいるの?故郷にお金は送れた?」

 傭兵のひとりが、頬を掻いてうなずく。

「あぁ、、送ったさ。これで女房も息子も食ってける。後は野となれ山となれ、ってな」


 ミサトは涙目で鼻をすすった。

「必ず生きて帰って。そして家族で湯ノ花の里に来て!来たら、美味しいお酒と温泉、奢るから☆」

「温泉!? 奢り? 本当かよ!」

「それに女王自ら接待だぜ!」

「ミサト様様の入湯祝いってやつだな!ぎひひっ!」


 笑いが夜風に溶けた。

 リリィの電子音声が静かに響く。

『はい。ミサト。あなたは相変わらず“ブラックな現場”でも優しすぎます』

「……あはは。優しいか……。社畜はね、人が倒れる姿見るのが一番つらいの」

『はい。ミサト。了解。ではこの作戦、全員無事故で終えることを最優先目標に設定し直します』

「あははっ!リリィに安全祈願される日が来るとはね」 

 ミサトが笑うと、風がまた砂を運んだ。


『はい。ミサト。ところで帰還後の残業申請はもう提出済みですか?』

「誰がするかっ!ていうか、どこの世界でも残業制度はあるのね……。しかもその書類、どうせ私の所に来るんでしょ??」

『はい。ミサト。勿論貴女が処理します。でも安心してください、今回も異世界労基法に照らしても違反です』

「むっきゃぁぁぁ!異世界労基法とかあったんかい?? はいはい、そりゃ頼もしいですな。でもその法律、まず私の湯ノ花に導入してよ?」

『はい。ミサト。承認プロセスには上司のサインが必要です』

「んっ?リリィに上司いるのかいっ?! でもリリィ……あんたも結局、上司には逆らえないのね」

『はい。ミサト。AIも二十四時間三百六十五日勤務の社畜の鏡ですから』

「あははっ!ご苦労様です。チーン♪」


 夜明け前。月が雲に隠れる瞬間、作戦は始まった。

 傭兵たちが火薬を抱え、宮殿の外壁へと散る。

 轟音が砂を割り、炎が砂丘を照らす。

 その隙に、ミサトたちは北門へと走った。

 、、そして同じ頃、王都の地下牢では。


◇◇◇


 松明の灯りがゆらゆらと壁に踊る。

 リュウコクは鎖に繋がれた手首を見つめ、静かに息を吐いた。

「ふふっ!……ずいぶんと風の匂いが違うな。そろそろかな??」


 その時看守が一人、巡回に現れた。

 足を引きずるその姿。利き腕に松明を持っていない。

 リュウコクは低く囁いた。

「やぁ、そこの君、、“故郷の味はまだ覚えてるかい”?」


 男が一瞬、立ち止まる。

 次の瞬間、震える声が返った。

「……えぇ。昨日のことのように、覚えております」


 錆びた鍵が鳴る。

 牢の扉が静かに開かれ、リュウコク達を解放した。

 リュウコクは微笑み、男の肩に手を置く。

「長い間、ご苦労だったね」

 男は涙を流し、膝をついた。

「王子様、、いや国王。こんな私に、勿体ないお言葉を……」


 カリオスが眉をひそめた。

「おいっ?リュウコク、これはどういうことだ?」

「あははっ!父上の時代から仕えてくれた影の一人サミールだ。ずっと潜んでいたのさ」

 サミールは深く頭を下げた。

「ラインハルト王国の志を、いつか果たせる日を待っておりました」


 牢の外に出ると、夜の冷気が肌を撫でた。

 遠くで爆音が響く。砂漠の空が赤く染まり始めていた。


「おっ?……始まったのかな? でもまた随分と派手にやるねぇ…」

 リュウコクは呟き、サミールを振り返った。

「お前はどうする?」

「私はここに残ります。目立たぬよう後方を支えますので…。後ろはご安心を」

 そしてサミールは両手を合わせ、静かに言った。

「ラインハルト国王。ご武運を」


 リュウコクは微笑みその手を握り返した。

「君の舌が故郷の味を忘れる前に必ず平和な世界にする。その時は一緒にラインハルトで飲もう☆」

 リュウコクが笑うと、松明の火が彼の瞳に映り、黄金のように輝いた。

 サミールはその光景を胸に焼き付けた。


「おいっ!リュウコク!」カリオスが前方を指す。

 北門の方角から、爆炎の光が走った。

 ザイール兵士たちが慌てて走る様子が見える。

 その混乱を縫って、リュウコクたちは影のように動く。


◇◇◇

 

 風が吹く。砂が舞い、炎の赤と夜の黒が混じり合う。

 その時、リュウコクの耳に微かな音が届いた。

 遠くで、、女性の声が風に乗って響いた気がした。

「お〜い!バカ王子!何捕まってんだよっ!!本当!私が居ないとダメなのか?? よく聞いて、リュウコク。“迎えにきたよ”」


 リュウコクは思わず空を見上げ、笑った。

「あははっ?幻聴?それか本当に言った??……あぁ、まったく。君は本当に、予想外の人だな……」

 カリオスが怪訝そうに見る。

「何ニヤニヤしてんだよ!早く行くぞっ!」

「んっ?あぁ、、ゴメンゴメン。なんかミサトの声が聞こえた気がしちゃって。あははっ!」

「するかっ!惚けるのは逃げてからにするぞ!」


 砂漠の夜に、嵐の予感が走った。

 誰も知らぬ再会の時が、すぐそこまで迫っていた。



            続


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