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第32話 【砂の王宮と、秘密の手紙】

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 砂漠の朝は、真昼よりも残酷だ。

 昇りきらぬ太陽が白い光を放ち、宮殿の壁を鏡のように照らしている。

 砂を踏みしめるたびに靴の中がきしみ、ミサトは額の汗をぬぐった。


『はい。ミサト。……気温、すでに四十度を超えています。あなたの服装では熱中症まっしぐらです。ちゃんと着替えてと言ってたじゃないですか』

「えっ?うるさいなぁ、リリィ。これでもちゃんと考えたのよ!て言うか、湯ノ花から服これしか持って来てないし!」 

 ミサトは胸を張って、紫と黄緑のストライプ布を指さした。

「これでも私のアイデンティティを守りながら目立たないようにって、地味色を選んだんだから!」

『はい。ミサト。砂漠で紫と黄緑が“地味”になる国は存在しません』

「くわぁぁぁっ!……うるさい!!」


 額に砂の汗を流しながらも、ミサトは宮殿の門へと進む。

 “ミーサント国の使者、トサミ”という名での潜入だ。

 バレンティオから受け取った豪華な腕輪が、今日の切り札になる。


◇◇◇


 宮殿の玉座の間。

 壁一面に金と青のモザイクが輝き、砂漠の光が無数の星のように反射していた。

 玉座に座るのは、ザイールの女王、、ザハラ。

 その黄金の眼は、まるで蛇のように細く、見る者の心を絡め取る。


「遠路ご苦労、トサミ殿。ミーサント国とは初めて聞く名前ですわね。そしてとても奇抜な服装で……」

 その声は低く、滑らかで、どこか挑発的だった。

「それで、、この地に何用で?」

 ミサトは深く頭を下げ、口元だけで笑った。

「謁見を賜り、光栄にございます。この度ラインハルト国王の処刑と聞きまして、私、大変興奮してしまったので女王陛下にお贈りしたき宝がございます」

 懐から取り出したのは、バレンティオの宝石の腕輪。

 光が差すと、虹色の粒が砂の上に踊る。


「おお……見事な宝石ですね。だが、贈り物の裏には、たいてい“意図”があるものよ」

「恐れながら、我が国はラインハルト国王によって多大な被害を受けました。“処刑して頂ける”と言う事で少しばかりの贈り物を……意図は陛下の寛大なる御心により、この“不幸の手紙”を彼のもとへお届け願いたく、、」 ミサトは封書を差し出した。

 ザハラは一瞥し、唇を吊り上げた。

「ほう。復讐の手紙か?」

「はい。これは彼に“反省と不幸”を促すものです」

 淡々と答えるミサトの瞳に、一瞬の火が宿る。

 ザハラはその熱を見逃さなかった。


「ふふ。おもしろい女だわ。よかろう、預かっておこう」

 その声音はまるで獲物を手に入れた肉食獣のそれ。

 ザハラが立ち上がると、金の鈴が小さく鳴った。

「だが……その男の罪は重い。あなたの手紙が届いても、彼の首は明日、、砂に落ちる運命です」


 その瞬間、ミサトの胸の奥がずくりと熱を持った。

 拳を握りしめたまま、無表情を装う。


(リリィがミサトの脳内に話しかける)

『はい。ミサト。顔が怖いです。社畜スマイルを思い出してください。ほら、スマイル、スマイル』

「あっ?脳内覗くなっつうの!これでも……我慢してるのよ、リリィ」

『はい。ミサト。あなたの元上司タイプです。意識高い系の女社長』

「分かるっ!絶対そう!!“社員を家族と思ってる”とか言うタイプ!」

『はい。ミサト。しかも年末に“ボーナスは笑顔です”って宣言するパターンですね』

「ぎゃああ、思い出させるなぁぁぁ!!」


 脳内での社畜ミーティングで必死に抑えながら、ミサトは頭を下げた。

 それでも、口から出る言葉は止められなかった。


「女王様……あなたも、誰かを信じることを忘れてしまった人なのですね…」


 その一言で、空気が凍る。

 ザハラの瞳が細くなり、唇がわずかに吊り上がる。

「ふんっ!礼儀を知らぬ女だな」

「私の元の世界では、“本音を話せるのは信頼の証”と言うんです」

『はい。ミサト。今、完璧地雷を踏みました』

「わかってるってば……!」


 女王は軽く鼻で笑い、背を向けた。

「お前のような女は嫌いではない。だが、二度とその口を利けぬようになる日も近いぞ」

 その言葉を背中で受け、ミサトはゆっくりと頭を下げ、踵を返した。


 扉の向こうに出た瞬間、リリィが小声でつぶやく。

『はい。ミサト。すごいです。社畜根性で外交してますね』

「あはは、、むしろ社畜でよかったわ。上司の圧なんて慣れてるもの」

 ミサトは乾いた笑みを浮かべ、砂の風の中へと歩き出した。


◇◇◇


 夜。ザイール宮殿の地下牢。

 鉄格子の間から差し込む月光が、淡い線を描いていた。

「おい、手紙だ」

 兵士が一通の封書を投げ入れる。

「ミーサント国のトサミとかいう女からだ。読むがいい」

 リュウコクは首を傾げ拾い上げ、封を切った。

 そこには怒りとも哀しみともつかぬ文が、整った筆跡で並んでいた。


◇◇◇

ムカつくあなたの顔を見ずに済むと思っていました。

カレの国を守るとか言って、結果はどうです?

エイエンに牢に入って反省してればいいんですよ。

二度と私の前に現れないでね。

気持ち悪いくらいポジティブなあなたが、

退屈な牢の中で何を考えるか……楽しみです。

読んでるでしょ、にやにやして、どうせ。

見る事があれば、ちゃんと感謝してよね。

さも、立派な城なんていらないんだから。

とにかくよく聞いて、バカ王子

夜の北で、待っています。

◇◇◇


 一度読み終えると、リュウコクは小さく吹き出し、やがて堪えきれずに笑い出した。

「あははっ……トサミって、、」

 牢の中で膝を抱えていた兵士たちが驚いた顔を向ける。

「な、何笑ってんだよ、リュウコク…頭でもやられたのか?」

「い〜や!風向きが変わっただけさ☆」

 リュウコクは立ち上がり、鉄格子の外に目を向けた。 砂漠の夜風が、どこか懐かしい香りを運んでくる。

 リュウコクは粗末な灯りの下、手紙を二度、三度と読み返した。

 その目がわずかに細まり、やがて口角が上がる。

「あははっ!まったく、、寂しくて僕を待ちきれなかったんだな〜!これは“別れ”じゃない。“始まり”だ」


 紙の端に走る筆圧の違い。

 “夜”“北”“待”、、この三つだけが、なぜか強い。

 ミサトの筆跡を知るリュウコクには、それだけで十分だった。

「夜、北で待つ……か。まったく、僕を傷付ける言葉の刃にこんな甘い毒を仕込むなんて、性格が悪い。しかも“向かえに来たよミサトよ”か……なんて愛くるしいんだぁぁぁ!」


 カリオスが首をかしげる。

「うるせぇ!!おい、何叫んで笑ってるんだよ。まさか惚けたか?」

「くっくっく!!いや、惚けてるのは昔からさ」

 リュウコクは軽く笑った。

「明日の処刑? ふふ、あの人が“夜に来る”なら、今日が最後の夜だな〜。あぁぁ!早く会いたいよ♡」


 そして手紙を丁寧に畳み、胸元へと滑り込ませた。

「準備をしよう、カリオス、みんな。嵐が来るぞ!あははっ!」

 その笑みは、牢の闇を照らす小さな炎のようだった。



            続


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