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第26話 【歯車が回りだす】

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 夜警の制度が始まって数日。湯ノ花の里は、これまでになく落ち着いた空気に包まれていた。

「カン♪カン♪カン♪見回り中だぞー! 悪いことする奴は出てこい!この棍棒で頭いわすぞ〜!」

 月明かりの下、ゴブ太郎とゴブ次郎が声を張り上げて通りを歩いていく。その後ろには小柄なゴブ三郎と、眠そうに目をこするゴブ四郎の姿。


「おい兄貴、今夜も泥棒出ねぇな!」

「グハハっ! そりゃ俺たちが怖いからだろ!」

「でもよ、オレらが見張ってるだけで“安全”って思われるのは、ちょっと嬉しいかもな」

「おう! 昔はオレたちみたら石投げられてたのにな!グハハっ!」


 すれ違う子供たちが「あっ!おまわりゴブリンだー!ここにいたー!」と大はしゃぎ、差し入れの焼き芋まで渡してくる。

「おっ!?ありがとうな! おい……これ、すげえうまいじゃねえか」

「あぁ!こりゃ夜警やめらんねぇな!」

 そんな能天気なやりとりを聞きつけ、ミサトは苦笑いしながら肩をすくめた。


「……まさか本当に“ゴブリン交番”が機能しちゃうなんてね」

『はい、ミサト。荒くれ者を秩序に組み込むのは豊臣秀吉も得意でした。適材適所というやつです』

「いやいや……この場合、適材なのかなぁ?」


◇◇◇


 次の日の午後。村の広場に机が並べられ、村人たちがぞろぞろと帳簿を抱えてやってきた。

「はい。カイルさん。これがうちの帳簿です」

 農夫の妻が差し出した帳簿を開いた瞬間、ミサトは目を疑った。


「……って、これ絵日記じゃん!夏休みの宿題??」

 ページには「きょうははれ むすこがあそんだ」と、拙い字と太陽の絵が描かれている。隅にはにこにこ顔のウサギ。

「おいおい……“畑を荒らした”って書きたいんだろうけど、これじゃ絵本だよ!」


 さらに別の帳簿には「大根三本 → 食べた ニワトリ二羽 → にげた」とあり、最後に「今日の気分•しあわせ」と赤丸付き。

「……いや、なんで“気分”を記録してるのよ!?」

 ミサトが叫ぶと、周囲がどっと笑った。


『はい。ミサト。ですが、“書く”という習慣が根づき始めたこと自体が重要です』

 リリィの淡々とした指摘に、カイルもうなずく。

「数字としてはまだ粗いが……収穫や在庫を“見える化”しようという意識は芽生えている。これなら運用を続ければ改善されていくだろう」


「うわぁ……なんかもう、テストで答案欄ぜんぶ絵で埋めるタイプの子を思い出すわ〜。外国の粋な先生なら100点なんだろうけどね〜……」

 ミサトが頭を抱えると、隣でエルナがぱっと顔を輝かせた。

「でも、ミサトさん!これって逆にわかりやすいですよ! 字が読めない人でも絵なら理解できますし、子供も参加できるんです!」

 エルナは帳簿に描かれた絵を指さしながら説明する。

「例えば、このりんごの絵を三つ描いたら収穫が三つ。なくなったらバツ印をつける。数字が読めなくても誰でも管理できます!」


「おお……それって、もしかして……」

 ミサトが思わず感嘆する。

『はい。ミサト。記録の“ゲーム化”ですね。楽しく続けられる工夫は制度の定着に欠かせません』

「ゲーム感覚で経理……まさかの発想だなぁ……。これが元の世界でも通用すれば少しは楽しくやれたのかなぁ……ははは」


◇◇◇


 夕暮れ。焚き火を囲んで村人やゴブリンが談笑する。

「おうっ!今日は泥棒来なかったな!」

「んっ?当たり前だろ。お前の顔が怖すぎんだよ!」

「なにおぉ!おまえも鏡見てこい!あははっ!」

 拳を振り上げるゴブ太郎に、子供たちがキャーキャー笑いながら逃げ回る。


 一方で帳簿の机の周りでは、村人たちが互いの帳簿を見比べながら「うちはこんなふうに描いたぞ」「おれの方が上手だ!」と競い合っていた。

「……まさか帳簿が娯楽になるとはね」

 ミサトが呆れ半分に笑う。

『はい。ミサト。制度とは歯車のようなものです。最初は重くても、一度回り始めれば勝手に動き出します』


「なるほどね。泣かぬなら、笑うまで寄り添う、ってやつか……」

『はい。ミサト。あなたの得意なスタイルですね』

 リリィがさらりと返すと、ミサトは少し照れて頬をかいた。


◇◇◇


 そのとき。広場に一人の女性が現れた。髪を揺らし、軽やかに歩いてくる。

「お〜っす!久しぶり〜。ミサト!」

「えっ?……マリー!?どうしたの?何かあったの!?」

 アルガスとの戦いで出会った女海賊、現アルガス国王が、にっこりと笑って頭を下げた。


「いやいや!お前ら全然会いに来ないから、こっちから来たんだよ!元気だったか?ずいぶんと里も変わってるし…」

「えっ、でも急にどうして……アルガスは落ち着いたの?」

「あははっ!なんとか大丈夫!リリィがマニュアルを作って置いてってくれたからな!」


「えっっ……リリィ、いつのまに!?」

『はい、ミサト。あなたたち二人が「任せろ」なんて言っておいて、どうせあなたたち夫婦に任せていたら、いつまでもほったらかしでしょうからね。少し口を出させてもらいました』

「なぬっ!だっ……誰が夫婦だぁぁぁ!!いや、助かったけど…」

 顔を真っ赤にするミサトに、マリーは思わず吹き出した。

「ふふ、それにしても、二人は本当に夫婦みたいなもんだしな!」

 マリーが楽しそうに囁くと、ミサトが即座に真っ赤になった。

「ちょ、ちょっと!どこをどう見たらそうなるの!?全然っだしっ!!しかもあいつ外交とか言って全然帰って来ないし!!」

『はい。ミサト。寂しいなら寂しいと言ったらいいじゃないですか?もぉ、ツンデレなんですから。あとマリーは事実を指摘しただけです。役割分担、息の合い方、そして、、』

「ちょっ!その先はもう言わなくていいからぁぁぁ!!どうせ変なこと言うんだろぉぉぉ!!」

 抗議の声をよそに、マリーは肩をすくめて腹を抱えて笑った。


 その場が和やかな笑いに包まれる。焚き火が弾け、夜空に火の粉が舞った。

 治安と帳簿という二つの歯車は、いま確かに噛み合い、里全体を動かし始めていた。




            続


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