第18話 【海を囲む影】
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とある翌朝、、、
アルガスの港に、異様な静けさが漂っていた。
いつもなら朝一番の市場の喧騒が波の音と混じり合うはずだった。だが今日は違った。
港の沖合を見た瞬間、人々は息を呑んだ。
「……なんだ、、あれは……」
誰かが震える声でつぶやく。
水平線の向こう、朝日を背にしてずらりと並ぶ影。
船、船、船、ずらりと並ぶ船。
湯ノ花の蒸気と花の紋章の旗とラインハルトの紅の竜の紋章を掲げた旗の合同船団が、巨大な弧を描くようにアルガスの港を取り囲んでいた。
波間に煌めく無数の帆は、まるで白い壁。
その中央に孤立したアルガスは、巨大な罠に閉じ込められた獲物に過ぎなかった。
「馬鹿な……一夜にしてこれほどの艦隊を……」
「いったい、いつの間に……」
港の商人たちの顔が青ざめる。
兵士たちは武器を手に走り回ったが、既に戦う前から勝敗は決していた。
高台の宮殿のバルコニーに立つバレンティオが、その光景を睨みつける。
豪奢な外套をはためかせ、金と宝石の首飾りが朝日に鈍く光った。
その目は怒りに燃えていた。
「チィ……!クソがっ! 逃げ場を塞ぎやがったか……!」
握りしめた拳から血が滴る。
だが、その怒りの裏で、彼自身も悟っていた。
湯ノ花とラインハルト、、二つの勢力が、既に周到な準備を重ねていたことを。
そして、その中心にいるのが、あの女と小僧だということも。
◇◇◇
、、、時を少し巻き戻そう。
アルガス包囲の計画が始まったのは、あの夜だった。
湯ノ花の天守閣で、ミサトとリュウコクが並んで地図を睨んでいた。
「ん〜、、港を押さえる……だけじゃダメだよね?」
ミサトが呟く。
「アルガスの商路を完全に封じるには、海そのものをこちらのものにしなきゃ」
リュウコクは頷いた。
「あははっ!そうだね。だから船を造る。しかも一隻や二隻じゃない。艦隊規模で」
「えーっ!そんなの無理でしょ? 時間も資材も、人手も足りないわよ!」
その時、横からリリィの澄んだ声が割り込む。
『はい。ミサト。ご安心を。既に造船の設計図を描き上げました。必要資材のリストもございます。人材の振り分けもこちらで決めておきました』
「ぶっっ!!えぇっ!? もう用意してたの!?」
『はい。ミサト。あなたが“もしかして船が要るかも”と呟いた三日前から準備しておきました』
「……あんたってさ、、ほんとに私の脳みそを覗いてんじゃないの??」
『はい。ミサト。覗いてます。寝る前のあれやこれやの妄想も……。 はい。お察しします』
「即答すんなっ!何が“お察し”しますだよっ!!……みんなには言わないでね…恥ずかしいから…」
だが、その「即答」にミサトは内心安堵していた。
頼りになる、皮肉にも。
◇◇◇
翌日から湯ノ花は港の死角の一部を一大造船都市へと変貌させた。
森からは、エルフが切り出した特殊な木材が運び込まれる。
軽くて丈夫、加工もしやすい。古来より海上民族が重宝してきた素材だった。
港の造船所には、湯ノ花随一の大工たちが集められた。だが彼らをさらに驚かせたのは、図面の緻密さだった。
「……すげぇ……この設計、まるで未来を覗いたみてぇだ」
「板をこう組み合わせりゃ、従来の半分の時間で組み上がる……!」
感嘆の声を上げながら、大工たちはリリィの設計図に従って作業を進めた。
現場監督を務めたのは、意外にもゴブ太郎とゴブ次郎だった。
「おい! その板はこっちだ! 遅れると船が傾くぞ!」
「釘打ち班、もっと早く動け! ゴブリンの名誉にかけて完璧に仕上げろ!」
その姿に、大工たちは最初こそ怪訝な顔をした。
だが次第に、彼らの統率力と勤勉さに感心するようになった。
「……ゴブリンたちがこんなに働き者だとはな」
「いや、むしろ俺たちより手際がいいんじゃないか?」
湯ノ花の造船工場は昼夜を問わず、槌音と掛け声で満ちた。
市場には食べ物を売る屋台が並び、子どもたちは進水式を夢見て目を輝かせた。
街全体がひとつの工場のように機能していた。
◇◇◇
一方、ラインハルト、、
リュウコクは密かに徴兵を始めていた。
だが彼のやり方は単なる動員ではなかった。
「君たちは兵士であると同時に商人だ。そして新たな市場の担い手だ」
そう告げて、移住を望む商人たちを兵の船に同乗させた。
兵站を支えるのは商人。商人を守るのは兵士。
両者を同じ船に乗せることで、利害を一致させる。
社畜時代のミサトなら《部署間の合同研修》みたいな発想だった。
兵士たちは気を引き締め、商人たちは希望を胸に、新しい交易路へと漕ぎ出す準備を整えた。
◇◇◇
そして、、すべての準備が整った前日の夜。
湯ノ花で造られた新造船は、次々と海に浮かんだ。
エルフが歌い、ゴブリンが太鼓を叩き、人間の子どもたちが花を投げる。
その光景は祭りのようであり、戦の始まりでもあった。
月明かりに照らされ、船団は静かにラインハルトの艦と合流する。
波の上に描かれる大きな円。
それはやがて、アルガスを包囲する巨大な輪となった。
◇◇◇
そして今、朝日が昇り、輪は完成した。
アルガスは閉ざされた。
その中でバレンティオは吠える。
「……小娘に、小僧に……! 好き勝手に踊らされてたまるかよ!ここまででかくした俺のアルガスを奪われてたまるかよっ!!」
彼の怒りは、まだ冷めてはいなかった。
だが、その怒りが届く前に。
すでに世界の潮流は、湯ノ花とラインハルトの方へと流れ始めていた。
船上で海を見つめるミサトが、深く息を吐いた。
「さぁ……ここからが本番だね!」
『はい。ミサト。まさに偉人も言いました。“海を制する者が時代を制する”とアルフレッド・セイヤー・マハンも言ってます』
「……あんた、ほんとに毎回どっかから引っ張ってくるね〜。それだけ偉人が世界にはいるって事なんだけどね…。頭が下がります。けど、その偉人トーク、私は嫌いじゃないよ」
風が頬を撫で、帆が膨らむ。
戦いは、いよいよ幕を開けようとしていた。
続




