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第11話 【毒はもう流れている】

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 月が高く昇り、宮殿のシャンデリアの残光が石畳に揺れていた。

 煌びやかな宴を終えたリュウコクは、カリオスや私兵を従えて静かに夜の街へと歩き出す。背後ではまだ笑い声と杯の音がこだましていたが、その響きはどこか空虚に思えた。


「……ふぅ。いやぁ、あの成金王、やっぱり食えないな…。なんか感触はあったのか??」

 カリオスが吐き捨てるように呟く。


 リュウコクは笑みを浮かべたまま、ゆったりと歩を進めた。

「ふふふ、ああ。けれどもう十分だ。毒は打ち込んだ。あとは効くのを待つだけさ」


「んっ?毒?いつの間に…」

「そうだ。宴の席で僕が言っただろう。物価の話を。あれはただの挨拶じゃない。アルガスの商人たちは皆、金の流れに敏感だ。こちらがほんの少し条件を変えるだけで、彼らは疑心暗鬼に陥る。価格が揺れれば、倉庫に眠る商品は一夜にして価値を失い、商会同士が勝手に食い合う」


 リュウコクは月明かりに手をかざし、指先で虚空に糸を紡ぐような仕草をした。

「こうやって金の流れを一筋変えれば、やがて川は干上がる。金は水と一緒だ。少し流れを変えればあっという間に違う方に流れる。水を求めて争うのは魚か、人か……。ふふ、、答えは同じだよ」


 カリオスは苦笑しながらも頷く。

「……なるほどな。軍を動かす前に財布を干からびさせるか。戦わずして勝つ。だがよ、いつ効くんだ? そんな毒は」


 リュウコクは瞳を細め、柔らかく答えた。

「ん〜、効くまでに時間はかかる。だが確実だ。今日の宴の場にいた商人たちは、すでに耳にした。『物価の揺らぎ』という僕の言葉を。確実にこのアルガスに毒は流れ込んだ…。だから僕が来る意味があったんだけどね…」

「ふふふ、どこまで見えてるんだか……。 相変わらず恐ろしい男だな…」

 リュウコクの声音は穏やかだったが、その奥に潜む冷たさは、夜風のように鋭かった。


◇◇◇


 石畳を抜け、大通りに差しかかったところで、、

「あっ!あぁぁぁぁ!いたっ!!いたぁぁぁ!!あんた!どこ行ってたのよ!!」


 怒鳴り声と共に影が飛び出してきた。

 乱れた髪、頬は赤く、目はギラギラと光っている。ミサトだった。背後にはマリーと船員たちも控えている。

「ちょっ!?な、何で王様に戻ってんのよ!? 勝手に姿消して、こっちは心配して探し回ってたんだからね!」

 リュウコクは片眉を上げ、にやりと笑った。

「ははっ。心配してくれたんだ♪ありがとう。でも、おかげでゆっくり仕事ができたよ」


「ゆっくり仕事ぉ!? 誰がそんなの頼んだのよ! ……てか、王様の格好して何の茶番やってんの!?バレたらまずいんでしょ??」


 ギャーギャーと詰め寄るミサトに、リリィの澄ました声が響く。

『はい。ミサト。ふふ、貴女、本当に嫌がっているのか、それとも好きなのか……判別不能ですね。今の所大好きにしか見えませんが…ががが』

「なっ……なななな……!? す、す、すすす、好きじゃなぁぁぁぁいっ!!」

 ミサトは顔を真っ赤にして手をぶんぶん振る。


 その様子を見て、リュウコクは肩を竦めた。

「ふふふ。でも嫌いでもないんでしょ??」

「ぐっ……! う、自惚れやがって!うるさいっ! あんたなんか大嫌いよっ!変態ストーカー野郎めっ!」

 周りはいつものやり取りに笑う。マリーも横で腹を抱えて笑う。

「アッハッハッ! お前ら、いいコンビだなぁ!」


 リュウコクは軽やかに一歩踏み出し、ミサトの肩を軽く叩いた。

「じゃ、観光も終わったし……帰ろうか、ミサト♡」

「ば、馬鹿じゃないの!? 帰るわけないでしょ! マリーが困ってるんだよ! アルガスをどうにかしないと……」


 その声に、リュウコクは少しだけ真顔に戻る。

「……無理だ。すぐにはどうにもできない。けれど手は打った。だから一度帰るんだ。何事も急いではいけないよ…。僕たちの結婚みたいにね♡」

「はぁぁぁ!け、け、結婚しないからっ!」

 だがリュウコクのその瞳には揺るがぬ決意があった。

 ミサトは察し、歯を食いしばり、何か言いかけたが……結局うつむいて黙った。


◇◇◇


 やがて一行はアルガス港へとたどり着く。

 月明かりに照らされ、黒々とした水面が広がっている。だがその静けさは一瞬で破られた。


 桟橋にずらりと並んだアルガスの傭兵たち。松明の炎が波間を赤く染める。

 

「ふふっ!“急いでる男”がここにいるなぁ〜!まだ帰らしてくれなそうだな…。カリオス??」

「ふん!やるならすぐにいけるぞ…!」

「あははっ!もしかしたら忘れ物でも届けてくれたのかもよ??向かうの出方を見るとしよう。僕は女連れで喧嘩するほどバカじゃない!」


 その中央に立っていたのは、豪奢なマントを纏った男、、交易王バレンティオだった。


 彼は杯を片手に笑っていた。

「ふふふ……頭が揃ってんのに、みすみす逃すと思うか? “ラインハルトの坊ちゃん”」


 傭兵たちの剣や槍が一斉に構えられ、緊張が走る。

 港の夜風は冷たく、だが火花のように熱を帯び始めていた。


 リュウコクの視線は冷ややかに輝き、バレンティオの視線と絡み合う。

 まだ剣は交わしていない。

 だが、この瞬間からすでに、、戦いは始まっていた。

 港を包囲する傭兵たちを前に、一瞬の静寂が落ちた。

 その張り詰めた空気を、リリィの声が破る。


『はい。ミサト。ふふ、どうやら修羅場ですね』

「はぁ!?この人たち、リュウコクの友達って訳じゃないのね! それじゃ、こんなの修羅場ってどころか地獄じゃん!リリィ何とかしてよ!」


『はい。ミサト。私にできるのは助言とデータ提供です。戦うのは……そこの貴女の王子様♡』

「……っ、♡じゃねーわっ!だーかーら! なんでリリィは毎回リュカ推しなのよ!? 私の味方はどこ行ったの!?」

『はい。ミサト。私はリュウコクよりもリュカ推しなのです。ですが心配しなくても、私は常にミサトの味方です。ただ、今回はリュカを支援した方が勝率が高いだけで……』


「勝率!? なにそれ、ゲームか何かのつもり!? ……っもう! 私だって頑張れるし!必殺コンボ出せるし…」

 顔を真っ赤にして拳を振り回すミサトに、リュウコクが横目で笑った。

「ふふふ、安心しろ。負けはしない。僕がいる限り君に指一本触れさせない!!」


「ふぁぁぁぁぁ!!この状況で何でそんなセリフ言うの??だ、誰も頼んでないから! あんたなんか、あんたなんか……っ!」

『はい。ミサト。ああ、これは完全に“ツンデレ”の症状ですね。記録に追加しておきます。あと教科書にも載るようにしておきますね』

「この、アホ!記録すんなぁぁぁっ!!」


 、、重苦しい空気の中、三人のやり取りだけは妙に軽やかで、傭兵たちの何人かが思わず顔を引きつらせた。

 だが次の瞬間、バレンティオの傭兵がジリリと動き、緊張が一気に弾け飛ぶ。



            続


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