第9話 【策士たちの夜】
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酒場で散々に騒いだ夜。
アルガスの街はまだ喧噪を残していたが、港から少し外れた宿は静けさを取り戻していた。
その廊下を、一人の青年が足音を忍ばせて歩いていた。背中には、豪快に大イビキをかく女。
リュカ、、いや、リュウコクは、肩を揺らされるたびに苦笑していた。
「ふふ。まったく……君ってやつは……。どこまで可愛いんだか…」
酔い潰れたミサトは、幸せそうに口を開けたまま涎を垂らしリュウコクの背中で夢の中だ。
ミサトをそっと布団に横たえ、布団をかける。
ミサトはごろんと寝返りを打ち、さらに盛大にイビキをかいた。
リュカは呆れ半分、安堵半分でその寝顔を見下ろした。
『あれ?何もしないのですか??……ふふ。チャンスですよ?』
リリィの声が不意に響いた。
「おいおい、機械が茶化すのかい?」
『だって、今なら何でも出来るじゃないですか。ほら、こう……“お姫様にキス”とか。魔法が解けて素敵なプリンセスになるかもしれませんよ…』
「ははっ!もう充分すぎるプリンセスだよ。 僕は反則はしないよ」
リュカは肩をすくめて笑った。その声音はどこか優しい。
『ふふふ。……ではここから少し真面目に。リュカ、いえ、リュウコク。これからどう動くつもりですか?』
リリィの調子が少し変わる。人工知能らしい冷徹な響き。
リュカは布団に腰を下ろし、眠るミサトの気持ちよさそうな寝顔を見つめた。
「機械。お前は、どこまでわかってる?」
『はい。アルガスは交易国家。沢山の商人が集まり出来た国。背後に複数の商会の思惑が絡んでいます。軍事力ではなく経済力が武器。力で潰せば必ず経済の圧力が来る。つまり、リュウコク。ラインハルト王国とは相性最悪。……そうですね?』
「うん。その通り。では、この戦い……どちらが有利だと思う?」
短い沈黙。やがてリリィが答えた。
『はい。私の計算では、……このままでは六対四で、あなたの負けです』
リュカは目を細め、口角を上げた。
「あはは、それは“ミサトを除いた数値”だろう?」
『ふふ。……さすが策士ですね。けれどミサトの動きは誰にも読めませんよ。この私にも…』
リュカは声を殺して大笑いした。
「くくくっ!確かに。だからこそ……愛おしくてたまらない」
その笑みがふと消え、瞳に影が落ちる。
「機械。……ミサトが起きたら伝えてくれ。“国に帰れ”と。血が見たくなければな」
そう言い残し、リュカは部屋を後にした。
戸口から洩れる灯りが閉じられると、残されたのはイビキと寝言だけ。
◇◇◇
翌朝。
「はうぅぅぅ!……うぅ、頭いてぇ……」
ミサトは布団の中でのたうち回っていた。こめかみがガンガンする。
『はい。ミサト。おはようございます。二日酔い姫』
「誰が姫じゃ! ……って、何だっけ、昨日……?あっ…くっそ飲み過ぎた、、途中でライフガードにしとけば良かったよ…。てか、私どうやってここまで…??」
『はい。ミサト。ライフガードはこの世界にありません。昨日、リュウコク王子がここまで運んでくれましたよ。後、伝言を預かっています』
リリィは淡々と昨夜のリュカの言葉を告げた。
『、、“起きたら国に帰れ。血が見たくなければな”』
ミサトは布団から飛び起きた。
「はあぁぁぁ!? 何それ!? 私が帰る? 血を見る? あの馬鹿、なんかやらかす気満々じゃん!」
『はい。ミサト。暴走機関車モード突入、カウントダウン三秒前。三、二、』
「カウントダウンやめてぇぇ!頭に響く。しかも誰が機関車だコラァ!体、青にして線路走ったろか?! しかし、あのヤロー! 血を見るのはそっちだろうがぁぁぁ!またボコしたろかっ!!」
頭痛を押さえつつ怒鳴り散らすミサトに、リリィは呆れを隠さない。
『……二日酔いでそのテンションのツッコミは、もはや人類の敵です』
「うるさいっ!リリィ! あいつのとこまで案内して。 探し出して見つけて、やっぱりまたボコす!」
そんなやり取りが、宿の一室に木霊した。
◇◇◇
一方その頃。
アルガスの裏通り。倉庫の陰で二人の男が合流していた。
「よぉ、リュウコク……いや、リュカって呼んだ方がいいかい?」
カリオスがニタリと笑いながら現れる。
「ははは!やめてくれ。お気に入りの変装が台無しだ」
リュカはフードを深く被り、軽く肩を竦める。
「くくくっ!似合ってるぜぇ〜、その胡散臭ぇマント」
「ははは、、そりゃどーも♪」
二人は軽口を交わし、すぐに真剣な顔に戻った。
「それで、アルガスの内情は?何か分かったかい??」
「あぁ、、想像以上に腐ってる。商人同士で牽制しあって、表の顔は派手でも裏はボロボロだ。……が、油断は禁物だ。奴らは“金の臭い”に敏感だ。何よりアルガスの王と呼ばれてる“バレンティオ”はかなりのやり手みたいだな…」
リュカは酒場を思い出し、口元に笑みを浮かべる。
「アルガスの王……ね。なるほどね〜。やりがいがありそうだな」
「そんで、どう動くつもりだ?」
カリオスの問いに、リュカは背を向け、街の喧噪を見下ろした。
「ふふ、まだ教えな〜い。後のお楽しみ!……さぁて、始めるか?」
その声は低く、だが確かな熱を帯びていた。
アルガスの街に、策士の影が動き始める。
嵐の予兆は、すぐそこに迫っていた。
◇◇◇
その頃、アルガスの中央宮殿。
黄金の装飾を施された広間の玉座に、酒場でミサト達に声をかけた男が腰掛けていた。
細身で上品な衣を纏っているが、その眼差しは氷のように冷たい。
彼の名は、、アルガスの商人達を束ねる“交易王”バレンティオ。
豊かに見える宮殿の床にも、小さな影が走る。
鼠だ。どこからともなく迷い込み、壁際を駆け回っていた。
王はそれをじっと見つめ、コインを指で踊らすと、くすりと笑った。
「ふむっ、……鼠がちらほら迷い込んでおるな。さて、どう処理してやろうかな??」
指先を軽く動かすと、側仕えの護衛が剣で一閃。小さな鼠の悲鳴が石床に響いた。
「う〜む!なるほど……潰すのも一興、飼いならすのも一興。私の選び方ひとつで“死に様”も変わる」
バレンティオは窓から外を眺め、杯を傾け、赤い葡萄酒を口に含んだ。
その瞳が細められ、裏通りの倉庫街を見つめ、北の空を思わせる方向へと向けられる。
「さぁて、、このアルガスを攻略できるかな? “ラインハルトの坊ちゃん”よ」
低く囁いたその声は、宮殿の石壁に吸い込まれていった。
続




