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第5話 【湯ノ花の夜 宴と温泉】

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 夜の湯ノ花は、山あいに灯る無数の明かりで賑わっていた。

 今日は特別だ。リュウコクとカリオスが初めてお客様として湯ノ花を訪れ、その歓迎を兼ねて城の大広間で盛大な宴が催されていたのだ。


 ゴブリンも村人も、商人もエルフも、身分も種族も関係なく、同じ席でどんちゃん騒ぎ。

 杯が飛び交い、香ばしい肉の匂いが漂い、どこからともなく歌声が上がる。

 まさに《ミサトの楽市楽座》の精神が、湯ノ花の夜を象徴していた。


「この光景……信じられんな…」

 カリオスは、杯を片手に目を細めた。

「村人やゴブリンが、城で宴をしているなど……王都ではあり得ぬ光景だ」


 その隣で、ミサトは笑いながら酌をしていた。

「気にしちゃったならごめんね☆でもさ、こっちのがいいじゃん、楽しい方が! 堅苦しくしたら息が詰まっちゃうでしょ!湯ノ花来たら無礼講ってやつで♪」

 肩をすくめるミサトに、カリオスは言葉を失ったように黙り込む。

 それを見て、ゴブ太郎がにやりと口を裂くように笑った。


「よぉ!よぉ!これはこれは、、隊長さんよぉ〜!」

 ゴブ太郎は酒を注ぎながら、不気味に首を傾げる。

「腕相撲でもするか?」


 場がざわついた。

 カリオスはにやりと唇を吊り上げ、杯をぐいと飲み干す。

「リュウコク!こいつまた腕を千切られたいらしい!あははっ! 今日は勝ってもいいんだよな!?」


「ふふっ!あぁ、酒の席だ!遠慮なくどうぞ」

 リュウコクが言い終わる間もなく、ゴブ太郎とカリオスは卓を挟んで腕を組み合った。

 力と力のせめぎ合い。

 ゴブリン特有の怪力と、人間の歴戦の筋肉がぶつかる音がメリメリと聞こえてきそうだった。


「どっちだ!?」「ゴブ太郎兄いけー!」「いや、カリオスのが強いんじゃないか??」

 周囲が声援を送り、大広間は割れるような熱気に包まれる。

 卓を挟んだ腕相撲は、何度も左に右に繰り返された。


「……ぐぬぬぬぬっ!!」

「おらぁっ! どうした隊長さん??腕が震えてるぞ!」

「ばっ、馬鹿言え! これは……杯を三つも一気に呑んだせいで筋肉が酒に酔ってるだけだ!」

「そりゃただの飲みすぎだろ!おうらぁぁぁ!!」


 勝負はゴブ太郎が勝った。だが次の瞬間、、。


「おい!終わりじゃないぞ!よし、次は左腕だ!」

「あぁん?負け惜しみか?ふふん、望むところだ!」


 今度はカリオスが勝つ。

 勝ち誇った顔で立ち上がると、ゴブ太郎が目を細めて言い放った。


「ふん……今のは俺が椅子に座り直してたからだな」

「ははは! 言い訳するのは負け犬の特権だぞ、ゴブリン!」

「おお? じゃあ次は両手でどうだ!」

「面白い!!受けて立つ!」


 両手腕相撲という謎の勝負が始まり、あっという間に大広間は爆笑の渦に包まれた。

 ミサトは頭を抱え、リュウコクは腹を抱えて笑っている。

 結局、勝敗は五分五分。酒と笑いとともに「不毛な死闘」は止められるまで続いた。

 ゴブリン対王国隊長の腕相撲の勝敗はこの夜、湯ノ花の伝説として語り継がれる事となった。


◇◇◇


 やがて宴は一区切りを迎え、次は温泉だとみんなから声が上がる。

 湯ノ花といえば、何よりも温泉。

 その中でもエルフが調合した薬湯は、旅人や兵士の間で奇跡の湯と呼ばれていた。


 男女に分かれて湯に浸かる。

 男湯では、村人、ゴブリン、リュウコク、カリオスが肩まで浸かり、薬草の香りに驚嘆していた。


「ん〜!こ、これは……凄いね〜!体が軽くなる……!」

「あぁ!まるで全身が若返るようだな。王都では味わえぬ」


 一方、女湯ではミサトとエルナが湯に肩まで浸かり、ほぅっと息をついている。

「ふぅ〜……やっぱり温泉って最高だよね」

「ええ。内政や交渉の疲れも溶けてしまいますね」

 二人は湯気に包まれながら、政務や恋バナに花を咲かせる。


 温泉を出た後は、それぞれが宿や家に帰っていった。


◇◇◇


 宴もお開きになり夜更け、、

 ミサトは自室に戻り、布団に潜り込んだ。

 ようやく一日の喧騒から解放され、まぶたが落ちかけたその時だった。


「……おやすみ、ミサト」

 隣から声がした。


「んっ?リリィ??…………は?」

 目をこすると、布団の端からリュウコクの顔が覗いている。


「ちょっ!ちょっと! あんたなんでここにいるの!? 宿は!? 城の客間あるでしょ!?」

「えっ?いや、僕は王だからミサトと同じ部屋で、、」

「黙れぇぇぇ!出てけぇぇぇぇっ!!!私は貞操観念ガチガチなんだよぉぉぉ!!」

「うわぁぁぁ!何で怒るんだよぉ〜!」

 リュウコクは枕を投げられ、追い出される羽目になった。


◇◇◇


 しんとした部屋に戻り、布団に潜り直したミサトは、ため息をついた。

「……まったく、あの王様は…、、油断も隙もあったもんじゃないんだから……」

『はい。ミサト。修学旅行の布団に友達が潜り込むノリに似ていますね』

 リリィの声が響く。


「いやいやいや! 全然違うから! てかリリィ、先生役とかやめてよ!」

『はい。ミサト。では私は消灯時間を告げる教頭先生役で。……はい。ミサト。消灯です』

「うっぜぇぇぇ!絶対いやあああぁぁぁ!」


 そしてリリィとの会話も終わり、布団に潜り込んだミサト。

 しかしさっきの大広間のゴブ太郎とカリオスを思い出して、思わず吹き出してしまう。


「……ほんと、あの二人子どもかっての」

『はい。ミサト。ですが、子どもの喧嘩ほど周囲を笑わせるものはありません。平和の証拠です』

「うん。……そうだよね……。てか寝る前の頭の中覗くのやめて…恥ずかしい」

 ミサトは少しだけ照れ真顔になり、天井を見つめた。

「でもさ〜、こうやってみんなで笑ってる時間が、一番贅沢かもね〜☆」

『はい。ミサト。世界情勢がどうであれ、ミサトが守るべきものはそこにあります』


「……なんか急に真面目だね? ちょっと前には私の呟きを“地理の小テスト”とかバカにしてくるくせに」

『はい。ミサト。テスト対策も平和の基盤です』

「もー! また先生っぽいこと言って!先生役気にいってんのか?? はいはい、じゃあ“生徒”は寝ますよ〜だ!」

『はい。ミサト。明日寝坊すんなよ』

「五月蝿いっ!あんたもたまには寝ろっ!」

 布団をガバッと頭までかぶり、くすくすふたりで笑いながら眠りに落ちていく。

 湯ノ花の夜は、温泉の余韻と笑い声を残し、静かに更けていった。


 みんなの笑い混じりのいびきが夜の湯ノ花に溶けていった。


          

            続

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