第2話 【ブラック国家!?二都物語の政務パニック】
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リュウコクが王位を継ぎ、ラインハルト王国の新たな王として即位したのはつい先日のことだった。
その一方で、山深き地に築かれた湯ノ花の里は、戦乱を乗り越えて自立を果たし、正式に《一国》として承認された。
王都と湯ノ花。左右に分かれる二つの拠点が、奇妙なバランスで並び立ったのである。
……とはいえ、問題は山積みだった。
「あははっ、ミサト〜! 僕と結婚してくれ!」
朝からこれである。新王となったリュウコクが謁見の間で最初に発したのは、国政に関する布告でも、諸侯への挨拶でもなく、、またしても公開プロポーズ。
臣下たちの前で直球を投げ込まれ、ミサトは顔を引きつらせるしかなかった。
「ええと……今日呼んだのそれ??政務そっちのけで、朝イチからそれ言う? いや、私まだ心の準備とか……てか、湯ノ花も忙しいんですけど…」
「君の心の準備など待てない! 僕は君が好きなんだ!」
「……いやいやいや、そこは待てよ!国政やれよ! 仕事しろって!!王子の余裕は見せないんかい?! はぁ〜、用事がそれだけなら私、、湯ノ花帰るよ…」
「まっ、待ってくれ!!帰らないでくれっ!!」
旧王党派の貴族たちは顔を見合わせ、「これが新王か……」と一斉に嘆息した。
そのやり取りをリュウコクの隣で見ていたカリオスは笑いながら、、「あははっ!殴られ過ぎて憑き物が取れたみたいだな…あははっ!こっちのが俺は好きだぜ!」
◇◇◇
だが悲劇はそれだけでは終わらない。山奥の湯ノ花の里に帰ってからも、王都からの書状や使者がひっきりなしに押し寄せていたのだ。
「え、ちょ、ちょっと待って!?何?この書類の量はっ!! 王都からの政務処理と、里の市場管理と、両方やれってこと!? 在宅勤務と出張を同時進行しろってこと!? そんなブラック労働聞いたことないんですけど!きっちぃぃぃ!!」
帳簿を抱えて机に突っ伏すミサトの背を、リリィの言葉が冷静に叩く。
『はい。ミサト。現実を受け入れてください。処理能力が足りなければ、ただちに過労死コースです』
「でたっ!ブラックリリィ!? 励ましの言葉とか無いの!?」
『はい。ミサト。ありますよ。あと三時間睡眠を削れば、書類整理は間に合います』
「それ励ましじゃないからぁぁぁ!」
湯ノ花の里では、庶民や商人のための《楽市楽座》制度が復活しまた軌道に乗りつつあった。誰もが自由に取引でき、税の重荷も軽い。民たちは喜び、商人カイルは胸を張る。
「見ろ!ミサト。これぞ庶民の力! 王都の役人どもに何を言われようと、湯ノ花の繁栄は止まんねぇぞっ!!」
「その意気はありがたいんだけどさ……帳簿管理が、めちゃくちゃ大変なんだよぉぉ!」
数字の羅列にうんざりしながら、ミサトはインクまみれの手で頭を抱える。
そこへ届いたのは、王都からの使者の言葉だった。
「湯ノ花の楽市楽座なる物は無秩序だ。税収が不透明である。直ちに改めよ」
旧王党派の圧力である。リュウコクが庇おうとするものの、貴族たちは抜け目なく迫る。
「ならば、リュウコク王子!我々、ラインハルト王国も“王子”の政略結婚で強力な後ろ盾を得よ」
「結婚!?」
ミサトとリュウコクのこめかみがピクリと跳ねた。
「……おい待て、待て。なんで全部結婚で解決しようとするんだこの世界は!」とミサト。
「黙れ!!✖️✖️✖️✖️!!僕はミサトとしか結婚しない!」とリュウコク。
「やめろぉぉぉ!なぜ他の人にはそんな汚い言葉を使うんだぁぁぁぁ! 余計にややこしくなるだろうがぁぁぁ!!ああ!もうダメ!オーバーキルだわ…少し寝る……」
胃の痛みと頭痛を抱え、広場のベンチで横になるミサトの横で、ゴブ太郎が心配そうに拳を握りしめる。
「おいっ!ミサト。お前が倒れたら国も里も共倒れだ! 体を張るのはオレたちだ、政務は……いや政務もオレ、一緒に頑張る!」
「えっ、ゴブ太郎政務やってくれるの? じゃあ領収書整理から、、」
「あぁぁぁぁ!!数字は無理だぁぁぁ!!領収書?そんな物は無理だぁぁぁ!! 斧なら振れる!その書類叩き斬るか??」
「んぬぬぬぬぬっ!!ゴブ太には頼めねぇぇぇ!」
◇◇◇
そんな騒ぎのさなか、今度は周辺諸国からの使者までが湯ノ花に姿を見せた。
「貴国の楽市楽座なる物、我らも国際的に利用したい。ただし条件がある。政略婚で我らとの絆を結ぶことだ」
また結婚。どこへ行っても結婚。
「結婚、結婚ってうるさぁぁぁい!」
ミサトが机を叩いて絶叫する一方、リュウコクは涼しい顔で胸を張る。
「僕はミサトと結婚する!」
「やめろってぇぇぇ!ややこしくすんなっ! こっちは二拠点ブラック労働で死にそうなんだよぉぉぉ!」
リリィが静かに口を開いた。
『はい。ミサト。現在の国際取引契約における政略結婚の比率はおよそ八二%。恋愛結婚は……ほぼ例外です』
「うるせぇぇ!残り十二パーの例外に私を入れろぉぉぉ!」
◇◇◇
夜更け。帳簿と格闘するミサトの隣で、リリィがさらりと口を開いた。
『はい。ミサト。暇潰しと参考までに。歴史上で事務処理が卓越していた人物といえば、劉邦の右腕・蕭何ですね。彼は戦場に出ずとも、兵站と文書管理だけで帝国を支えました』
「へぇ……なんか地味だけど超重要じゃん……。私も蕭何さんタイプを目指せばいいのかな??」
『はい。ちなみに彼は“帳簿王”とも呼ばれ、、』
「何でも王って付ければいいわけじゃないから…それに絶対に現代じゃブラック企業の経理部長だよ!そいつ絶対領収書通さないマンでしょ!」
リリィは構わず続ける。
『はい。ミサト。他にも、織田信長は仕事に関して天才的でした。湯漬け一杯のエピソードが有名ですね』
「ああ! 桶狭間前にさらさら〜ってやつ! ……ってことは、信長って仕事の鬼だったんじゃない!?」
『はい。ミサト。あなたに最も必要な資質です』
「やめろぉぉぉ! 湯漬け一杯さらさら〜で経費ケチったら民が困るの! ブラック節約術とか推奨しないでぇぇ!」
机に突っ伏したミサトの背に向かってリリィは淡々と続けた。
『はい。ミサト。安心してください。もしあなたが過労で倒れたら、私が“偉人伝”に加筆しておきます』
「ぷぎぎぃぃぃ!もうやめてくれぇぇぇ! “異世界で帳簿に殺された女”とかで歴史に名前残したくないからぁぁ!」
夜は更けても、湯ノ花の帳簿は山のように積み上がっていた。
その帳簿の隙間からミサトの悲鳴に似た叫びが、二つの国をまたいでこだました。
続




