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第50話 【国王、前線へ。揺らぐ士気と迫る影】

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  二十日、、、

 国王の軍勢が湯ノ花の里を取り囲んでから、すでにその日数が過ぎ去っていた。


 兵士たちの顔には深い疲労の影が刻まれ、槍を握る手は細く痩せこけていた。戦場に立つよりも、彼らの心は今や「腹の虫」との戦いに費やされている。

「くっ……また干し魚かよ…」

「なんだこれ…豆のスープも薄すぎる。これじゃ体がもたねぇ」

「麦の粉はどうしたんだ?荷車が来なくなったのはもう五日目だぞ」


 ぼやきは鬨の声よりも大きくなり、行軍の足音よりも重く耳に響いた。兵たちは互いに目を逸らしながら、ただ矢の雨を避け、城門に迫ろうと槍を突き出す。だが、その突撃はいつも途中で折れ、エルフたちの精密な矢に足を止められ、ゴブリンたちの押し返しに弾かれて終わる。


 不思議な戦いだった。敵は殺さぬ。だが国王は決して退かせぬ。兵士たちは疲労と空腹に蝕まれながら、突破できぬ壁に延々と額を打ち続けていた。


 そして、ようやく国王の耳にもその異変が届いた。


「あぁん?!……何だと?」

 王の顔がみるみる赤く染まった。

「兵糧が届かぬだと?荷車はどうした?麦は?豆は?肉は?補給係は何をしているっ!!答えろ、この無能どもっ!」


 副官が恐る恐る答える。

「は、はい……連絡が途絶えておりまして……どうやら港で何らかの滞りが……」


「んぐぐぐっ!!馬鹿を言うなぁっ!」

 怒号とともに副官の頬に拳がバチンと叩きつけられた。骨のきしむ音がして、地面に転げる副官。兵士たちは凍り付いたように目を伏せる。

「補給が滞るなど有り得ん! そもそもまだこんな小さな村一つ攻め落とせんのは、貴様らが怠けているからだ! ちゃんと魚鱗の陣を組めと命じたはずだ! 我が魚鱗は天下無敵! なぜ突破できぬ!それは貴様らが無能だからだっ!!」


 王の怒声は風よりも鋭く、雨よりも冷たく兵士の背に突き刺さる。だがその声に、もはや奮い立つ者はいなかった。


「よい……もうよいぞ。貴様ら無能どもでは埒が明かん。我が行く!」


 その一言に兵士たちはざわめき、次の瞬間、血の気を失ったように青ざめた。

「ま、まさか……国王が自ら前線に……?」

「終わった……」

「我らの王は……狂ったか……」


 王が自ら剣を取る、、それは古来から《勝利の象徴》とも《死に体の証》とも言われてきた。だが今この場にいる兵士たちの心には、後者の意味でしか響かなかった。


◇◇◇


 その頃、湯ノ花の城壁の上では。


 ミサトは固く腕を組み、温泉まんじゅうを食べながら敵陣を見下ろしていた。

「んんっ??……また来てるね。何度目だろう、あの突撃」

 矢を射るエルフたちの背で、ミサトの目は鋭く光っていた。


 ポケットの中で小さな光が揺れる。リリィの声が響いた。

『はい。ミサト。補給は確実に滞っています。兵の動きも鈍っていますね。あと一押しで崩壊が始まるでしょう』


「あと一押し……ね、、よしよし、、うん……。こっちもあっちも作戦通りなら三十日が限界なはず……残り十日……耐え切れれば……」

 ミサトは自分に言い聞かせるように呟いた。


「ねぇ?カイル?湯ノ花の備蓄は?」

 帳簿をめくったカイルの眉間に皺が寄る。

「あぁ、予定通りあと十日だな。長引けばこっちが干上がる」

「うん……やっぱりね…はは」ミサトは淡々と答えた。

「やっぱりねって!笑ってる場合かよ!俺はハラハラが止まらねぇーぞ!」

「うん。私もだよ、カイル。でも計算通りだよ。あと十日で向こうの兵糧は完全に崩れるはず。その前に国王が焦って顔を出すでしょ。そうなれば私が前に出て交渉するっ!!はいっ!仲直り!戦争終わり〜!みんなでご飯食べましょう♪……ってなるかな??あはは…」

 カイルは額を押さえて苦笑した。

「あははって……完全に博打だな……だが、ミサトの賭けは今まで一度も外れちゃいない…それに賭けるしかないな…」


 矢を射続けるエルフの弓手、兵士達を押し返すゴブリンたち、石を積み直す村人たち。人々を癒すリュシアとエルナ。その誰もが疲弊していた。だが、その目には光が宿っていた。

 殺さず、退かせるだけ。それでもここを守り抜く。

 

 誰一人、無駄に死なせない、、ミサトが掲げた方針は、彼らの心を確かに繋いでいた。


「リリィ?……あと少し、あと少しだよね?」

『はい、ミサト。もう少し、もう少しで勝利が見えます』


◇◇◇


 さらに遠く、高台に陣取る二つの影。


 リュウコク王子は双眼鏡を覗き込み、にやりと口の端を歪めた。

「ククッ……見てよ、カリオス。あのバカ親父、ついに自分で泥をかぶる気になったよ」

 隣で腕を組むカリオスは渋い顔をする。

「だが、王が自ら剣を取れば兵の士気も、、」

「あははっ!ハズレ。逆だよ、カリオス」

 リュウコクは双眼鏡を下ろし、空を仰いで笑った。

「これは死に体の証だ。兵はもう誰もついてこない。王が動くのは、もはや最後の足掻きにすぎない」


 風が吹き抜け、兵士たちのざわめきが高台まで届いてくる。

「うぅぅぅ、腹が減った……」

「なんで俺たちが……」「こんな村、ほっとけばいいのに……」

 呻くような声を聞きながら、リュウコクの目は鋭く光った。

「よしっ!時は来た。……カリオス、さぁ!国を貰いに行くぞ!」


 その声は風に乗り、戦場の空を震わせた。


◇◇◇


 魚鱗の先頭に立つ国王は高々と剣を掲げた。

「我が先陣を切るぞ! 突撃ぃぃぃっ!」

 しかしその背を追う兵たちの声はか細く、槍の列は乱れ、足取りは鈍い。


 城壁の上でミサトが息を呑んだ。

「……国王が来る!」


 同じ瞬間、高台からリュウコク率いる二百の私兵が、ゆっくりと、だが確実に戦場へと下り始めていた。


 戦場の空気は、ついに最高潮へと張り詰めていく。



            続


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