第0話 【この夢の名前を幸せと呼ぶことを私はまだ知らない】
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これは、ひとつの“夢”から始まる物語。
けれど、ミサトが見たこの夢が何だったのかを知るのは、きっと最後です。
暗闇だった。どこまでも、果てのない黒。
足音だけが響く。コツ、コツ、と。
「えっ?……ここ、どこ?」
声を出してみる。
けれど返ってくるのは、自分の声の残響だけ。
不思議と怖くはなかった。
なぜか、この場所を知っている気がしたから。
ただ、少しだけ寂しい。
私は歩く。理由も分からないまま、ただ前へ。
すると、ふいに、光が灯った。
「……え?」
それは、宙に浮かぶ“何か”。
まるで写真のような、映像のような。
けれどどこか立体的で、触れられそうな不思議な光景。
ひとつ、またひとつと、闇の中に浮かび上がっていく。
ミサトは、そのひとつに近づいた。
そこには、、
「……誰?」
自分がいた。
知らない場所で、リクルートスーツで。
でも、確かに自分。
手には、透明な立方体。
クリスタルのように輝くそれを前にして、誰かと言い合っている。
「だから違うってば!それはこう使うんだって!」
楽しそうに、でもちょっとムキになって。
隣にいるのは、見たことのない存在。
なのに、不思議と安心する。
「……なにこれ……?」
分からない。けれど、胸の奥がじんわりと温かくなる。
懐かしいような、愛しいような。
ミサトは、そっと手を伸ばす。
触れた瞬間、光はふっと消えた。
「……え?」
振り返ると、また別の光の映像が浮かんでいる。
今度は、、
◇◇◇
静かな湯気。白く、やわらかく揺れるそれの向こうで、誰かが笑っている。
「ほんっとに面白い人ですね、ミサトは☆」
振り向く、眼鏡の男。
どこか飄々としていて、けれど目だけは鋭い。
湯の中で、誰かと肩を並べている自分。
「うるさいなぁ、あんたも大概でしょ?」
軽口を叩き合いながら、笑っている。
その空気は、不思議と心地よくて、、
「えっ?……誰……?誰なの?」
名前も知らないはずなのに、
なぜか、嫌いじゃないと思ってしまう。
触れようとした瞬間、光が揺らいで消えた。
次の光。そこにいたのは、、
◇◇◇
「ギャギャッ!!ミサトすごい!!」
小さな影たち。緑色の肌に尖った耳。
見たこともない姿のはずなのに。
その中心で、自分は笑っている。
「でしょ〜?だから言ったじゃんゴブ次、こうやればうまくいくって!」
胸を張る自分。その周りで、無邪気に跳ねる存在たち。肩を叩かれ、手を引かれ、囲まれて。
まるで、、「……家族……みたい……」
ぽつりと、零れる。
その言葉に、自分でも驚く。
光は、また消えた。
◇◇◇
次に浮かんだのは、静かな森。
風が、木々を揺らす音。
その中に立つ、一人の女性。
長い耳。透き通るような肌。
どこか現実離れした、美しさ。
「……あなたが、ミサトさんですね」
穏やかな声。
その視線は優しくて、でもどこか試すようで。
「うん、まぁ……そんな感じ?てか、何で名前知ってんの?」
軽く返す自分。けれど、その距離は不思議と遠くない。
張り詰めているのに、安心できる。
その女性が、わずかに微笑む。
「ふふ……面白い方ですね」
その一言に、なぜか胸が温かくなる。
理由もなく。ただ、少しだけ嬉しくて。
次の瞬間、光はほどけた。
◇◇◇
そして、次に浮かび上がったのは。
「いらっしゃいませー!!」
小柄な女性の明るい声。
湯気に包まれた街。
笑い声。湯の音。人の気配。
行き交う人々が、みんな楽しそうで。
「こっち空いてますよー!」「すっげぇ!」「また来たいな!」「ここは極楽じゃ〜」
賑やかな空間の中で、、
自分は、「はいはい!みんな順番守ってね〜!」
忙しそうに、でも楽しそうに走り回っている。
誰かに呼ばれ、誰かに笑われ、誰かに感謝されて。
その中心にいる。
その光景を見た瞬間、、
「……なに……これ……」
胸が、強く締め付けられた。
さっきまでの“懐かしい”とは違う。
もっと強い。もっと深い。言葉にならない感情。
それでも、はっきりと分かる。
「なに……これ……」
小さく、震える声。
「……めちゃくちゃ……いい……」
思わず、そう呟いていた。
理由なんて分からない。意味も分からない。
それでも、この光の中に、ずっといたいと。
そう、願ってしまうほどに。
◇◇◇
ミサトは次の映像に触れてみる。
「あははっ!それ本気で言ってんの??」
笑い声。自分が、誰かと笑い合っている。
隣にいるのは、少し背の高い男。
整った顔立ちで、どこか軽い調子の笑み。
「ほら、ミサト☆そんな顔してると損だよ?」
「うるさいなぁ!別にいいでしょ!あんたこの顔好きなんでしょ?」
「うん。ミサトの顔はぜ〜んぶ好き☆」
言い合っているのに、楽しそうで。
距離が近くて、自然で。
「……なにこれ……」
知らないはずなのに。
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
もう一度触れようとする。
けれど、また、消える。
◇◇◇
次の光。次の映像。
次々と浮かび上がる“知らない自分”。
金色の双眸をした女性と、静かに言葉を交わす自分。どこか張り詰めた空気の中、それでも対等に立っている。
◇◇◇
荒くれ者たちに囲まれながら、女友達と大笑いして酒を飲む自分。肩を組み、騒ぎ、まるで仲間のように。
どれも、知らないはずなのに。
どれも、なぜか懐かしい。
「……なんで……こんなに……」
涙が、出そうになる。ミサトは立ち尽くす。
理由は分からない。意味も分からない。
全身青い服に身を包み、両サイドに三つ編みを揺らして下品に笑う男。
不気味な真っ黒な目でこちらをジロリと見る、オールバックの男。
でも、分かることがひとつだけあった。
「……これも……あれも…」
小さく、呟く。
「なんか……すごく……いい……」
言葉にできない感情。
胸の奥が、あたたかくて。
少しだけ、苦しくて。
でも、嫌じゃない。
むしろ、ずっとここにいたいと、思ってしまう。
その時だった。
遠くで、音が鳴る。
ピピピピピピ………
「……ん……?」
世界が揺れて、光が歪む。
「え、ちょ、待っ……!」
伸ばした手は、何にも触れられず。
闇も、光も、すべてがほどけていく。
意識が、引き戻される。
ゆっくりと現実へ。
◇◇◇
「……ぐっはっ!!今何回目のスヌーズだっ!?」
ミサトは目を覚ました。
見慣れた天井。見慣れた部屋。
鳴り続ける携帯の目覚まし時計。
「……なに……今の……」
ぼんやりとした頭のまま、手で顔を覆う。
胸が、少しだけざわついている。
「……なんのこっちゃ……」
ぽつりと呟く。
夢。ただの夢だ。
そう結論づけて、時計を見る。
「……って、やばっ!!ラストスヌーズ過ぎてんじゃん!!」
飛び起きる。慌てて着替え、髪を整え、鞄を掴む。
ドタバタと家を飛び出す。
◇◇◇
「遅い!!何時だと思ってる!!」
怒鳴り声。
「はい。すみません!野良犬に追いかけられまして、そして道に迷いまして…何なら人生も迷いまして…」
頭を下げる。
「はぁ?野良犬??人生??お前舐めてんのか?言い訳はいい!やる気がないなら帰れ!」
(はぁ、いや、やる気あるから来てんじゃん?帰っていいなら帰るんだがががが!)
心の中で呟く。だが口には出さない。
出せるわけがない。
理不尽な叱責。関係のない仕事の押し付け。
終わらない業務。減らないタスク。
時間だけが、削られていく。
「……はぁ……」
小さく、ため息。気づけば、もう夕方。
体は重く、心も重い。
それでも、「今日は……」小さく、呟く。
「今日は定時で帰ります」
少しだけ、勇気を出した一言。
◇◇◇
外に出る。綺麗な夕焼け。
ビルの隙間から差し込む赤い光。
「はぁ……なんか疲れた……」
ぽつりと呟く。
でも、どこか少しだけ軽い。
帰れる。それだけで、少し救われる。
ふと、空を見る。何もない空。
なのに、「……変な夢だったな……」
あの光景が、頭をよぎる。
知らないはずの記憶。
知らないはずの笑顔。
知らないはずの、あたたかさ。
「……まぁ、いっか」
肩をすくめる。
現実は、変わらない。
明日もきっと、同じ日。
同じように怒られて、同じように働いて。
同じように、疲れる。
それでも、歩き出す。
いつもの帰り道。いつもの日常。
その先に、何があるかなんて、考えもしないまま。
この日、私はまだ知らなかった。
今日、自分が死ぬことも。
そして、今日見た夢の名前を、“幸せ”と呼ぶことを。
始
最終話を書き終えて、やっと、この0話が書けました。
読み終わった人も、これからの人も楽しんで貰えたら嬉しいです。




