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逆転世界はもうどうしようもない  作者: あああああ
32/36

こちらを舐め腐ったような気安さ

 

 ファトゥスが帰ってこない。

 別に帰ってきて欲しいわけでもないが、聖都に着いてから一週間以上経っていて何もないのは流石に不自然だ。


 あいつは人に危害を加えるようなやつじゃない。

 挑発に挑発を重ね、手を出されたら更に煽り散らかし、一方的に手を出されたという優位を盾に冷笑する。

 あいつはそういう、もっとタチの悪い何かだ。


 実害が精神にしかない以上はギルドの負担は少ないはずで、取り敢えずの決定が下されたなら『水面の金月』まで伝達が来ることになっていた。

 それが来ない。


「そういえばあたしがリアの怪我を報告した時、慌ただしそうだったわよ。聖都のギルドは規模が大きい分忙しいのかしらとしか思わなかったけれど……」

「聖都近郊の魔物は確かに多いけど、『嫌悪の魔法』で被害が少ないから業務自体はそう忙しくないって聞いたよ。僕が教えてもらった限りでは、ギルド本部の仕事は他支部との通信とか士官学校との提携とか……それくらい?」


 ギルベリタが作ってくれた朝ご飯を食べながら話してみたが、やはり何やらおかしなことが起きているらしいというのが結論だった。


「何をするにしても、リアさんの怪我が治ってからにしませんか? まだあの人を迎えに行く必要はないですから」


 可能な限り顔を合わせたくない、とルナが分かりやすく嫌う。

 確かにそれは俺も理解する所だが。


「帰ってこないにしても事情を把握くらいはしておくべきだ。一応パーティーの一員になったわけだし。そうだろ、リア」

「まあ否定はしないけどさ」


 歯切れ悪く頷いた。

 目で聞けば、リアは躊躇いがちに。


「たぶん、また溜まってきたんだよね? だからギルはファトゥスについて気になってる。仲間の状況を確認するのは賛成だけど、ギルがファトゥスに頼むのは賛成できないよ」


 図星だった。

 誤魔化しても無駄だろう、ティアやルナは「それ今話すの?」と咎めるような目つきこそしているが、驚いた様子は見られない。


「あたしたちがどれだけあなたを見ていると思ってるのかしら?」

「それに、視線がいつもより下に行ってますから」

「……それは気付かなかったけれど」


 ないものに視線をやることはできない。

 ダメージを受けたティアを他所に、リアは話を続ける。


「ギル。僕らは君の助けになりたいと思ってるんだよ。でも強引に助けようとすれば傷付くかもしれない、そうも思ってるから動けない」

「……気を遣わせたか」

「そういう考え方はやめなさい。あなたのそれはあたしたちのものとは訳が違うのよ。傷を負えば心配されるなんて当たり前のことでしょう」

「もしもギルさんが私たちのことを考えてファトゥスさんを選んでるなら――あの人の思い通りに甘んじてるのなら、私は強引にでもギルさんを助けますから」


 そこまで分かられているのか。

 ずずい、と顔を寄せてきたルナの頭を撫で繰り回しつつ、どう答えたものかと考える。


「一つ聞いていいか?」

「何かな」

「本当に助けたいだけ? 性欲はひとかけらも混ざってないんだな?」


 ティアとルナがサッと目を逸らした。

 特に大きな反応も返さなかったリアは呆れた様子で溜息を吐く。


「ギル、あのさ」

「うん」

「無理だよ」

「うん?」

「ギルを助けてあげるためとは言え、そういうことするんだよ? 助けてあげたい気持ちの中にそういうことしたいって考えも入るのが普通だよ」

「だから嫌なんだ」

「それを嫌がられたら、まあどうしようもないんだけど」

「違う」


 ……これ以上隠しているのは、俺が三人を信用していないも同じことか。


「三人との関係が変化する切っ掛けになることが嫌なんだ。これをただの処理として見てくれるなら良かった。でも、きっとそうはならないんだろう」

「私たちとそういう仲になるのが、そんなに嫌なんですか」

「それも違う」


 確かに俺は結婚したくないし、それどころか恋愛もしたくない。

 もし本当にそれだけを優先するなら、処理してもらいつつ突っぱねればいい。

 性欲を処理するために都合よく使える道具として相手を見ればいい。


 ――それが嫌なんだ。


「こんなことで歪めたくない。三人と仲を深めるならもっと自然がいい。もっとこの関係を大事にしたいんだ」


 リア、ティア、ルナ。

 俺が心から信頼する仲間だ。

 その関係をファトゥスに歪められるなんて許容できるはずがない。


「俺は三人のことが好きだから。この性欲は好意と関係ないもので、そんなものが混ざってほしくないんだ」

「ギルさんはそんなに、私たちのことを……。思いは受け取りました。結婚してください」

「そういうことじゃねえよ」

「でも結婚したら正規の手順になるわよね」

「まあ、それはそうだが」


 婚約者がいれば相手になってもらっただろう。

 元々そういう仲じゃない相手と性欲によって変な関係になるのが嫌なだけだから。


「あたしの人生すべてをかけて幸せにすると誓いましょう。ギル、あたしと一緒に生きてくれないかしら?」

「話聞いてたか?」

「聞く限りで言うと、結婚していないこの状況が不自然に思えるくらいあなたはあたしたちのことが好きだったわよ。これは自然なプロポーズなんだから受け取りなさい」

「そういう好きじゃねえよ、勘違い処女」

「――がはっ」


 ティアを撃退するための呪文は知っている。

 血を吐いて椅子から落ちていった彼女を憐れみに満ちた視線が貫く。

 まだ残っている朝食には血がかかっていないようで良かった。


「ごほんっ。確かに、ギルさんの望み通りに世界が動けば、それがきっと理想です。でもそうならなかったから今があるんですよ。もうそれは願望でしかないんです」

「そんなことは……」

「妥協してください。これはファトゥスさんの――ファトゥスのせいで取らざるを得ない選択肢なんです。もう、他にないんですよ」


 妥協、か。


 俺は自然に三人との仲を深めたい。

 その先で俺の「恋愛したくない」が変わる可能性だってあるし、そうなったなら喜んで先に進みたいと思える。

 もっとゆっくり、俺と三人の考えを重ね合わせて答えを探りたい。


 それが、今では高望みになってしまったのか。


「……分かった。考えてみるよ、ルナ」

「はい。何にせよ、ファトゥスは選ばないでください。ティアさんの頭が今度こそ壊れちゃいます」

「寝取り……チャラ女……うぅ、頭が……」

「難儀な業を背負ってるなぁ」


 一夫多妻が多数派なこの世界では生きにくそうだ。


「ギル。僕からも一つだけ」

「聞かせてくれ」

「結婚してほしい」

「なんて?」

「少し前まで、どうして僕だけギルに無害だと思われてたのか分からなくて、考えてたんだけどさ。僕はあんまり自分の考えを口に出してなくて、そのせいだと思うんだ」

「……それで?」

「もし僕の気持ちが伝わってなかったら嫌だから、前もって宣言しておくけど。僕は君のことが好きだよ。結婚だって受けてくれるならしたいなって思ってる」


 俺はコップの水を飲んだ。

 頭の後ろを掻いて俯く。


 そういうことを真剣な顔で言えるから、照れるわけないって思われるんだよ。


「リアって天然で照れること言うよな」

「分かるわ」

「分かります」

「えぇ? ギルの方がそうじゃない?」

「それも分かるわ」

「分かります」


 まあ、異性として魅力的に見られたいと毛ほども思ってないからな。

 意識的に餌をやったのはティアの手綱を握ろうとした時が最初で最後だ。


 朝食を食べ終える。


「それで、今日の予定は? リアは療養な」

「言われなくても分かってるよ。早く治して仕事貰いたいし。……あ、デートも楽しみだよ?」

「はいはい」

「デートって、何よそれ。聞いてないわ」

「言ってないからね」

「ギルさん、今日は私とデートしませんか?」

「やることあるから」


 ルナは暇、と。

 まあ隙を見て男の一人向け道具を見かけたことがないか聞いてみるか。


「ティアは?」

「……人と会ってくるわ。たぶん、きっと、恐らくは大丈夫でしょうけど……もしあたしが戻らなかったら、キサラか司教様を頼りなさい」

「それって、まさか」


 ティアは何やら複雑な顔つきで一通の手紙を取り出し、俺たちに見せる。


「セルウィタ・クーラ。あたしが貴族だった頃の専属メイドに呼ばれたのよ。ご丁寧に、セルペンス家が次女、イーティア様へ、なんて言葉を添えてね」


 俺が聖都に来て攫われたのが一週間と少し前。

 苦労して取り返したあとにすぐ同じような事態が起こるのか、とリアは顔を顰めていたが、手紙の本文を見た瞬間に困惑顔になった。


『イーティア様、私めは職場が見つからずつらみでございます』


 ふざけた文章である。


『三年前に仕える主を失い家から追い出された私めに、どうかお顔を繋いでいただきたくこうしてご連絡いたしました。ええ、この三年、私めはひもじい思いをしてばかりでした。突然に家を飛び出しなされたどこかのお嬢様が原因でございます』


 結構根に持つタイプだなこの人。


『そちらのパーティー専属の使用人として縁故採用とかありませんか? イーティア様にもう一度お仕えできるのならば私めも頑張っちゃうぞ、なんて申し上げますけれども』


 うちに就職しようとしてるのかぁ。


『お嬢様のおかげで大変な苦労を背負わされ人生設計が粉々になった私めを哀れにお思いでしたら、どうか今一度チャンスをお与えください。お与えくださるのですね、ありがとうございます。それでは心優しきイーティア様、こちらの日時と場所をお忘れなきよう』


 ティアが複雑な顔をしている理由がよく分かった。

 この手紙が実家と繋がっている可能性はなきにしもあらず。

 だが危険だと断じるには文章がこちらを舐め腐ったような気安さで不自然である。


『P.S. 来ていただけなかったらこちらから伺います』


「なあティア、これ俺たちのパーティーに雇われる気満々だよな」

「そうね」

「断るとティアの実家に連絡がいくかもしれないよな」

「……そうね」

「雇うしかないんじゃないか」


 ティアは天井を見上げた。

 深い深い溜息を吐き、リアを見る。


「しばらくはあたしの貯金から給料を払うことにするわ。有用だったらパーティーの共同資産から給料を割り振る、それでもいいかしら」

「いや、初めから給料を払っていいよ。今のままだとティアに事務作業が集中しちゃってるまま二級の仕事を振られることになるし、そういう人が必要なのかなってちょうど思ってた所だから」

「そう言ってくれると嬉しいけれど」


 ティアが鬱々と溜息を吐く。

 苦労人モードに入ったようだ。


「まあ、その、なんだ。愉快そうな人でいいじゃないか」

「……ギル。ちょっと、膝枕のサービスを売ってくれないかしら。言い値で買うわよ」

「誰が売るか。ほら、勝手に寝転がっていけ」

「ええ、ありがとう。はぁ、頭が痛い……」


 今日も一人用のそれを探しに行く予定だったが、こうなっては仕方がない。


 ティアが出かける時間まで、付き合ってやるとするか。


 


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