喜んでくれたならいいか
聖都は人間種領の中で最大の都市と言っていい。
その最大の都市が有する最大の市場である商業区を一人の人間が知り尽くすことはできないし、それが十人になっても同じことだろう。
だから俺が探しているものもどこかにあってくれるのではないかと諦めることができない。
リアあたりに相談してみようかと思っていたが、先日の一件以来、そういう話がどうにも気不味くなってしまった。
「ギル、こんなのはどうかしら?」
「似合うんじゃないか?」
ティアが服を体に当てて見せてくる。
よくわからなかったため適当な返事をしたが、当のティアは勿論、それを見ていたルナやギルベリタまで溜息をついた。
「ちゃんと見てあげなよ、お兄ちゃん」
「当たり障りのない返事をしようって意図が丸見えですよ」
「そうは言ってもティアなら大抵着こなすだろ。こういうのは単体じゃなくてコーデが大事なんじゃないのか」
「そういうことじゃないわ」
それならどういうことなんだ。
「かわいいって言われたいから見せたのよ。服を通してあたしを褒めなさい」
「はいはい、かわいいかわいい」
「ぶっとばすわよ」
めんどくせえ。
そもそも俺が買い物についてくることになってしまったのは事故だ。
俺の求めているものがある場所を知っていないか聞くタイミングを見計らっているうちに、三人に来たがっていると誤解されて連れてこられたのであって、買い物に興味はない。
「ティアは綺麗系なんだからそういう服を見た方がよくないか」
「綺麗なのは分かってるから、たまにこの方面も試してみたくなるのよ」
「チッ、これだからお貴族様は許せません」
「お高く止まっちゃってさ」
かわいい系しか目指せない年下組二人がティアを敵視する。
ギルベリタはティアが元貴族だということをいつのまにか知っていた。
ティアによると「将来家族になる相手に身分を偽るのは良くない」とのことだったが、何を勝手に俺を巻き込んで将来設計立ててるんだ。
「あ、ティアが緩くてダサい私服着てたらちょっと面白いな」
向こうの店のショーウィンドウに、何をとち狂ったのか、白地に黒い文字で「cogito ergo sum」と書かれたシャツが飾られている。
隣の「美は我にあり」もいいな。
プレゼントしたらキレながら着てくれそうだ。
「着ないわよ」
「ちょっと抜けてるくらいがかわいいんじゃないか?」
「……検討しておくわ」
チョロい。
一頻り見終わって、服飾店をあとにする。
少し歩けば露店市が開かれていた。
他の区であればスリが頻発しそうな混み具合だが、商業区でそんなことをする馬鹿はいない。
安心して買い物ができる。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、かわいい妹は一つ欲しいものがあるみたいだよ」
「ほう、言ってみなさい」
「ルビーの指輪が――」
「却下」
「かわいい妹の頼みなのに!?」
「どう考えても価格に対して条件が緩すぎるだろうよ」
二十万コインと書いてある。
三級冒険者が稼ぐ月当たりの可処分所得ほとんど消えるぞ。
「でもお兄ちゃん、妹の頼みだよ?」
「値札見えてないのか?」
「妹の頼みだよ!?」
「その一点だけで強引に説得しようとするな。……ティア、俺の貯金いくら?」
「八十万くらいかしら」
今は手持ちがないにしても、買えるなぁ。
「ギルさん、この前買った屋敷のインテリアとかまだ買ってませんよね。節約した方が……」
「邪魔しないで、ルナ」
「そもそも指輪なんて十四歳の子供が身に着けるアクセサリーじゃありませんよ。私ならともかく」
「はぁ!? 何それ、ルナだってそんなに変わんないでしょ!?」
「私は子供じゃありませんから」
かわいい戦いである。
「……ギル、あなたはどうなのかしら?」
「十七だけど」
「知ってるわよ。欲しいものがないかって聞いてるの」
「あー」
処理する道具が欲しい、とこの流れで言うのは余りにもデリカシーがない。
他を考えてみるが特に思いつかなかった。
「そんなこと聞いてどうするんだ?」
「それくらい自分で考えなさい」
「……高価なプレゼントは要らないからな。贈ってもらった事実が弱みになるの嫌だし」
「そうやって正攻法を閉ざすから強引に迫られることになるのよ」
「それ諦めずに迫る方が悪いからな」
強姦未遂のティアに責められたくはない。
「大人しく好感度を上げさせなさい」
「そうですよ、ギルさんは身持ちが固すぎます」
「あーあー、可哀想だなぁ。私と違って愛されてない人たちの言葉はきゅって胸が苦しくなるよ」
「……ごめんな、二人とも」
「気にしなくていいわよ、かわいい義妹なんだから」
「仲間として愛されてますからね、私たち」
そう言いつつ二人とも顔の血管浮いてるぞ。
「そういえばギルさん、聞きましたよ。スクリータさんにアクセサリーを贈ったみたいじゃないですか」
「アレは、ほら。『信頼の魔法』を見せてもらった報酬だから」
「おかしいな、お兄ちゃん。スクリータは普通に貰ったって言ってたけど」
「俺よりスクリータを信じるのか」
「……まあ、気持ちが籠ってない贈り物なんて貰っても嬉しくないし、強制するつもりはないけれど。ギルはあたしたちにプレゼントを贈る気がないってことで本当にいいのかしら?」
卑怯な言い方だ。
最初に卑怯な言い方をしたのは俺だが。
「……五万までだからな」
「そうこなくっちゃ、あたしはアレがいいわ」
「じゃあ私はアレです」
「お兄ちゃん、こっち!」
うぅ、財布が軽くなっていく。
装飾品の露天商をしていたお姉さんは三人を羨ましそうに見たあと、俺に憐れむような視線をくれた。
ティアは黒い宝石の付いたブローチを、ルナは白い花を模した髪留めを、ギルベリタはシンプルなシルバーリングを持って嬉しそうにしていた。
……まあ、喜んでくれたならいいか。
家に帰るとスクリータが玄関まで出迎えてくれた。
今日は仕事だったため外に出ている、ということは、俺が贈ったブレスレットを着けているということだ。
「わぁ、みんなのそれ、かわいい! ギーくんに買ってもらったの? ボクも仕事休んで行けばよかったなぁ、話聞かせてよ!」
スクリータのどんどん重ねられる言葉にティアやルナはもう慣れたようで、快諾している。
アクセサリーを見せ合う流れが出来上がり、四人でガールズトークが始まってしまったのでそれなりに気まずい。
隅っこの方で手持ち無沙汰になる。
あ、リアが入ってきた。
「おかえり、ギル。僕は今日も家で退屈してたけど、みんなは違ったみたいだね」
「拗ねるなよ」
あと一週間未満で問題ないくらいになれそうだと司教様が言っていたため、もう少しの辛抱だ。
リアは盛り上がっている四人を見て、何も言わず部屋に帰ろうとする。
「まあ待て。リア、これは俺とティアとルナからだ」
「……剣、買ってくれたんだ」
「あんまり武器に頓着してなかったし、俺たちで選んでもいいかと思ってさ。ティアなら良し悪しも分かるし」
今まで使っていた剣はスクリータの手で無残に圧し折られてしまった。
だからもうすぐ再開できるだろう冒険者の仕事に向け、三人で買ってやろうという話になったんだ。
「嬉しいよ。ありがとう、大事にする。二人にもお礼を伝えておくね」
「それがいい。今はアレだけどな」
リアと二人、眺める。
ギルベリタが左手の薬指に指輪を付けようとしているが、震えて上手くいっていないようだ。
ようやく着けられた左手を天に突き上げると、三人が「おお~!」と囃し立てていた。
何なんだあのノリ。学生かよ。
「……それでさ。その手に持ってる箱、何?」
「これか。何だと思う?」
「もったいぶらずに教えてよ、それとも照れてる?」
「照れてはない」
リアに箱ごと放る。
「はあ、もう、僕にそんな気を使わなくていいんだけどな~」
「にこにこで言っても説得力ないぞ」
「そりゃ嬉しいし仕方ないでしょ。これ、ここで開けてもいい?」
「好きにしていい」
なら遠慮なく、とリアが中を見る。
「……うん? ギル、これは?」
「砥石だな」
「剣の?」
「剣以外に砥ぐものがあるのか?」
上等なやつを見繕ってきたんだ。
この手のプレゼントがリアは一番喜んでくれるからな。
「まず、ありがとう、ギル。それで、えっと、その……言いにくいけど、やっぱり僕は女みたいだ。ごめんね、警戒してほしい。それと大切にしてほしい、僕の乙女心を」
「リア、ごめん。何一つ理解できなかった」
何が言いたいんだ。
「端的に言うと、僕もアクセサリーが欲しかった。二人と同じように扱われたかった」
「……じゃあ、砥石は完治記念の分を今渡したってことで」
「いいの?」
「まあ、いつも頑張ってくれてるし。完治してから買いに行こうな」
「うん、楽しみにしておく」
デートだね、とリアが笑う。
安全だったはずのパーティーからどんどん逃げ場が失われつつあるような気がして、俺は曖昧に笑って返すことしかできなかった。




