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逆転世界はもうどうしようもない  作者: あああああ
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俺に手を出すわけがない

 

 

 聖都の商業区は『信頼』が象徴である北東部に位置している。

 契約者が互いに義務と責任とを認めるよう規定されているため、商業区での物損や窃盗は他の区より厳しく取り扱われ、立法区の終章裁判所に連れていかれることも多い。


 中心部から少し離れた場所、俺は一人でずらりと並んだ屋台の品揃えを眺め、歩いていた。


「ねえ君、一人?」

「その科白はテンプレすぎないか」


 やあやあ、と声をかけてきた軽そうな女。

 明るい茶髪を一つ結びにしている。

 帯剣しているあたりそういう稼業なんだろうが、目を付けられるとはツイてない。


「あ、違う違う。ナンパじゃなくてさ。危なそうな男の子が歩いてたから、心配になって声かけちゃっただけ」

「その言い訳も使い古されてるぞ」

「実際は暇潰しが八割かなぁ~」

「残りの二割は?」

「下心」


 ナンパじゃねーか。

 軽い気持ちで行う軽い女によるナンパじゃねーか。

 せめてこういうことには真剣であれよ。


「それで、君は今何してるの?」

「市場調査」

「うーん、警戒心が強いのは良いことだ」


 にはは、と余裕ぶって笑う。


「君くらいの年なら婚約者の一人や二人くらいいるでしょ? どうして一人なのかな?」

「……」

「もし不本意で一人になってるなら、住宅区まで護衛くらいするけど」


 二年前まではギルベリタが全方位に睨みを利かせていたし、今のパーティーに入ってからは仲間が遠ざけてくれていた。

 だからこの女がただ優しいのか、それともただのナンパなのかよく分からない。


「こう見えてもお姉さん強いよ? ベッドの上でも強いよ?」


 ナンパだった。


「ジョーク! 小粋なジョークだから! 早歩きで逃げるのはちょっと傷付くって!」

「盛大に傷付け」

「お姉さんの優しさを無下にしたら怖いよ、未婚女の生霊が君の家に集まりやすくなっちゃうよ!」

「本当に怖いやつはやめてくれ」


 仲間だけでなくスクリータも寝泊まりしているため、俺の家は既に未婚女の溜まり場になっている。

 そこに生霊型未婚女までも登場したならカオスを極めてしまう。


「一人で買いたいものなんだよ」

「お、デレた」

「死ね」

「ごめんごめん。えっと、一人で買いたいってことは……大人のやつかな? ――い、いや、これはからかってるわけじゃなくて、本気でそれしか思いつかなかっただけで!」


 正解であった。


 聖都への道すがら、性欲とファトゥスのいいようにされてしまった俺はそれをどうにかする手立てを探していた。

 自分で処理するというのがよくわからず、周囲に聞くことができる相手もいないため、とりあえずそういう道具を探してみることにした。


 休日だったらしく、とにかくついてこようとするスクリータを振り切って出てきたため、何かプレゼントを見繕って機嫌を取るつもりでもある。


「……え、ってことは意外とナンパされるの待ってたりする? お姉さんが邪魔だから追いやろうとしてたのかな?」

「いやそれは全然。ただ怪しいからってだけだ」

「傷付く~」


 軽薄な物言いにファトゥスを思い起こされてちょっと嫌だなと思ったりはしている。


 だがどうやらちゃんと優しいらしい。

 俺がそういうのを探しに来たというのを聞いても目の色を変えなかったあたり、本気で心配してくれていたようだし。

 ルナと同じくらいか。


「えっちな男の子って本当にいたんだね」

「訂正してくれよ、これは生まれつきじゃない。治せるならとっくに治してるんだ」

「えっちな魔法にかけられた男の子って本当にいたんだね」

「おかしい、いかがわしさが増している」


 その言い方はあまりにも酷くない?


「一人ってことは、二人で使うものじゃないやつだよね?」

「……まあ、うん」

「それは見たことないかなぁ。お姉さんたち用のは結構売られてるけどさ」

「そうか、そうだよなぁ」

「って、婚約者いないんだ? お姉さんが相手したげよっか。ベッドの上では強いよ?」

「要らない」


 聖都にそう長く留まるつもりもないし、場当たり的な対応をするのはよくない。


「奴隷の線を考えてるんだが、どうだろう」

「まあ、喜んで相手してくれるだろうけど、勿体ないって。一人分の生活費とか責任とか、主人は色々と面倒なんだから」


 奴隷。一般には重大な犯罪を犯した者がなる人的資源だ。

 普段は聖都西部の農耕区で規定年数の労役を課されているが、買い手が付けばその主人の下で働くことも可能とされる。

 犯罪者である以上人としての権利が一部制限されるものの、主人がいるということは問題を起こしていないということであり、差別を受けることは少ないらしい。


 買った屋敷は六人用で、奴隷一人住まわせる程度なら問題ないし、家事や雑用を任せるのもアリだろう。


「真っ当な人と関係を持つ方が嫌でさ。奴隷に仕事として相手してもらえれば気も楽だし」

「じゃあ、男性用風俗は?」

「行ってることがバレたらヤバい」

「ああ、割とそういう相手の人はいるんだ。もうその人と結婚しちゃえよ」

「しない」


 俺は可能な限り以前の俺を捨てたくない。

 結婚も恋愛もしない。


「う~ん、難儀だ」

「男の一人向けがあればよかったのにな」

「普通は相手に処理してもらえばそれで済むし、君もそうすればいいと思うけど。そうしたくないなら仕方ないよね」


 一頻り首を傾げたあと、これといった解決策も見つからなかったため、俺は家に帰ることとした。

 ポニーテールの彼女は本当に住宅区まで付き合ってくれたため、最後に礼を言って別れた。



 ということで。

 スクリータは俺の帰宅と同時に頬を膨らませ、僅か十秒で満面の笑みになった。


 嬉しさを共有したいのか、自慢したいのか、リビングのソファでぼうっとしていたリアに絡んでいる。


「えへへ。見て見て、リアさん。ギーくんからブレスレットなんて貰っちゃった」

「へえ、よかったね。僕の分は?」

「ギーくん、あるの?」

「ない」


 リアの傷は、その加害者であるスクリータ、そして俺とティアで看ている。

 足や胴の傷はすぐに治ったが、飛礫の盾にした左腕の損傷が酷く、未だに包帯を外せない状況だ。


「ねえ、ギル。そろそろ分からせてあげようか」

「魔物の危険度分類について?」

「それもいいけど」


 いいのかよ。


「僕も女なんだよって」

「ギーくんに手出すならボク許さないよ?」

「仲間にそんなことしない。そんなことはしないけど――」


 リアが俺の手を取り、ソファへと引っ張る。

 片手がなくとも俺より余程力が強く、一瞬で馬乗りになられてしまう。


「……許さないよ?」

「だから手は出さないって。こういうこともできるんだよってギルに教えるためだし」

「でも、ギーくん平気そうだけど」

「リアに性欲はないからなぁ」


 ここまでされても危機感は覚えない。

 何故ならリアが俺に手を出すわけがないからだ。


「スクリータ。すっごく舐められてるんだけど、僕はどうしたらいいかな」

「知らない、どいて。次はボクがそれやるから」

「リア以外は拒否する」


 スクリータも性欲を気にしないで付き合える相手ではあるが、リアほどじゃない。

 そんなことを考えていると――リアの顔が急に接近して、首に妙な感触が這う。


「……え、何してる?」

「舐められたから、お返し」


 少しざらざらしている濡れた感触は舌かぁ。


「何してんだよ!?」

「だから、お返しだって言ってるでしょ」

「リア、お前自分でキモいことしてるって思わないのか……?」

「思わないよ、女だし。性欲がないわけでもないし」

「いや、そんな――うわひゃあ!?」


 今度は指に暖かな感覚がして、見ればスクリータが俺の指をぱくりと口に入れていた。


「ん!」


 びしっ、と指を突き立てても何が言いたいか全くわからないぞ。

 え? 美味しい? 何言ってんだお前。

 ほら、もう今日は外行かないんだからブレスレットしまってこい。


「んんっ……流石に、ちょっと自制心揺らぐかも。これくらいにしておいてあげる」


 俺の首は砂糖の味でもするのか、舌を這わせていたリアは満足したらしく、少し赤くなった顔を上げた。

 淡い水色の髪と、普段見られない赤面。


 ――あ、マズい。


「……これ、えっと」


 リアの顔が一気に赤みを増した。

 手で顔を覆った俺に視線が突き刺さる。


 ファトゥスとのあれこれから時間が経って、午前だってそれなりに考えてたんだ。

 少しの刺激にさえ欲望が鎌首をもたげた。


 つまるところ、俺に馬乗りになったリアは押し上げられているのである。


「その、ギル?」

「ごめん」

「いいけど、別にいいけど! 僕が良くないっていうか……ああ、僕はリーダー、ギルは仲間、だからダメ……」


 譫語のように言って、それでもリアは止まれなかったようだ。

 熱っぽい視線と共に、リアの手が俺の首から頬へと滑る。


「ごめん、ギル。ちょっと本当に限界――」

「ボクがいない隙に何してるの……?」


 あっ。

 スクリータがリアを横合いから突き飛ばした。


「許さないって言ったの、それで頷いた、だから許さなくていいよね? もうギーくんには要らないよね?」

「スクリータ。俺のせいでもあるんだ、許してやってくれ」

「でも、ギーくんが、ギーくんがまた襲われそうに……っ!」

「大丈夫だって、いなくならないから」


 スクリータの狂気が漏れたことで俺の興奮も冷めてくれた。

 殺意を振り撒く彼女を抱き寄せる。


「俺はずっとここにいる。スクリータが望む限り、ここにいてやる。だから安心してくれ、俺はどうもなってない」

「……うん。ボク、もう大丈夫」


 ああ、我慢しているなとよく分かった。

 やんわりと離れようとするスクリータをより強い力で引き留める。


「俺はいなくならない。だからすぐには落ち着かなくていい、しばらく大人しくしてろ」

「…………ありがと、ギーくん」


 スクリータの背を摩りつつ、リアの方を見る。

 リーダーの立場で仲間に手を出しそうになったことでずーんと落ち込んでいた。

 何を言っていいか分からなかったが、とりあえず謝っておく。


「俺が悪かったよ、ごめん」

「いや、うん……しばらくは女じゃないと思ってくれていいよ……」


 それも、なんかごめんな、リア。


 

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