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逆転世界はもうどうしようもない  作者: あああああ
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基礎を疎かにしてはいけない

 


 騒動から三日が経った。

 スクリータによってかなりの傷を負ったリアは仕事を差し控えることになった。

 しばらく駄々を捏ねていたが、報告を受けたギルドから療養を命じられて今では大人しく寝ている。


 ティアやルナは聖都の観光を楽しんでいて、ギルベリタとスクリータはキサラの部下として各所との連絡に奔走している。


 免職を懸念されていた司教様は何とか立場を守ることができたらしく、その一方で現場の衛兵や兵士たちからは畏怖されることなった。

 皆殺しのハイミシアと呼ばれていることを知った時は飲んでいた水を噴き出してしまった。


 普段からあんなに全力でふざけている司教様を本気で恐れている人がいたとは。


「ふざけてなどいませんよ、ギルバート」

「……いや、それはそれで気持ち悪いです」

「淡々と虐められるのはあまり好みではありません。もっと感情を込めて罵倒していただきたいものです」

「うわ、キモ」


 心の底からの思いが口をついて出る。

 司教様は体をくねらせた。


「んんっ、非常にいい視線で――」

「司教様。何してる、の?」

「何でもありません」

「俺にセクハラしてただけだ」

「え、っと。教皇様に、報告」


 入って早々に部屋を出て行こうとしたキサラの前に割り込み、司教様は必死な顔でドアを塞ぐ。


「お待ちください、キサラ様。あなたにも理解していただけるはずです、ギルバートが非常に高い性的魅力を持っていることは」

「……口に、出すことじゃ、ない」

「ええ、それだけであれば勿論そうでしょう」

「それだけじゃないんですか?」

「私は――ギルバートと懇ろな関係になりたいのです。それも、プラトニックなものではありません。愛欲的な関係です」


 もう慣れすぎて何も感じなくなってきた。


「欲望にヴェールをかけて近付いたところで、いつかはバレてしまうのです。我々は他者と共に生きる人間であり、他者に己を隠すことは本来の望みに向かう遠回りとしかなりません! メア様より賜りしこの欲求と感情を、いったい誰が否定できましょうか!」

「ギル、やっちゃう?」

「許可する」


 『嫌悪』が指向性を持って司教様を打ち据える。


 キサラの魔法は率直に言って規格外だ。

 攫われたあとにボードゲームしながら事情を聴いたが、根底にある考えが『嫌悪』で染まり切っているという壮絶な話だった。

 声をかけて魔法について語っただけの俺がどうして好かれているのかはイマイチ理解できなかったが、良い方向に進んでくれたのだろう、と思いたい。


 閑話休題。

 キサラの魔法であれば、『嫌悪』の適性を持ち熟達している司教様と言えど神性が大きく揺らぐ。

 ふざけた物言いの色欲聖職者はこうして討たれたのだった、めでたしめでたし。



 こじんまりとした部屋で紅茶を一口。


 俺とキサラ、司教様。

 この人選には共通点という理由がある。

 簡単に言えば魔法学に秀でていることだ。


 ギルベリタやスクリータも魔法を使うが、一方は魔法に分類されない祝福の魔法の下準備で、もう一方も感情の大きさで強引に行使しているだけの脳筋である。

 集まった目的にそぐわない。


「祝福の魔法は神性の奥深くに干渉してメア様の祝福を強化する術であり、祝福の存在が前提にある――が、祝福ではないものが仮にあったとしたならば」


 俺の目的は、男の俺が祝福の魔法を再現する、または祝福以上の深きを探ること。

 キサラはそれのサポートを通して感情を制御し、祝福の魔法を使えるようになりたいらしい。

 司教様は俺と同じ魔法大好き人間だったため、協力を頼んだ所、二つ返事で了承してくれた。


「まずは整理をいたしましょう」


 何事も基礎を疎かにしてはいけない。

 魔法学の初歩に立ち返ろう。


 基本感情が八。

 基本感情の派生が十六。

 基本感情二つの組み合わせで応用感情が二十四。


 こうして細かく分類すれば魔法は全部で四十八だ。


 基本感情にはベクトルと呼ばれる性質がある。

 快不快、正負、外向内向、自発強制が対になる感情ごとそれぞれセットになっていて、一つの感情は最も大きな特有のベクトルと、他三つの小さなベクトルで構成される。


 『安心』――派生は『恍惚』『平穏』

 快のベクトルを持ち、正、内向、強制のベクトルを含む。

 三番目にありふれた感情で、使える者は何故か女子が多い。

 シンボルでは北に配置され、黄色の光が特徴。


 『期待』――派生は『警戒』『興味』

 外向のベクトルを持ち、正、強制のベクトルを含む。

 二番目に適性を持つ者が多い感情で、俺も生まれつき持っていた。

 シンボルでは北西に配置され、橙色の光が特徴。


 『憤怒』――派生は『瞋恚(しんい)』『煩雑』

 自発のベクトルを持ち、正、不快、内向のベクトルを含む。

 適性としてはやや発現しにくく、五番目と言われる。

 シンボルでは西に配置され、赤色の光が特徴。


 『嫌悪』――派生は『憎悪』『無聊(ぶりょう)

 負のベクトルを持ち、不快、外向、自発のベクトルを含む。

 最もありふれた適性であり、社会システムにも取り入れられる感情だ。

 シンボルでは南西に配置され、紫色の光が特徴。


 『悲哀』――派生は『泣血』『憂患』

 不快のベクトルを持ち、負、内向、自発のベクトルを含む。

 かなり希少な適性であり、七番目に珍しい。

 シンボルでは南に配置され、よく青色をあてはめられる。


 『驚愕』――派生は『震駭(しんがい)』『動揺』

 内向のベクトルを持ち、負、不快、自発のベクトルを含む。

 そこまで多くはないが使えても珍しくはない、四番目に多い適性。

 シンボルでは南東に配置され、よく水色をあてはめられる。


 『恐怖』――派生は『怯懦(きょうだ)』『悚然(しょうぜん)

 強制のベクトルを持ち、負、不快、外向のベクトルを含む。

 キサラや司教様、ギルベリタが持っていて感覚がおかしくなりそうだが、本来は中々に珍しく、六番目に希少な適性。

 シンボルでは東に配置され、深い緑色の光が特徴。


 『信頼』――派生は『盲信』『寛容』

 正のベクトルを持ち、快、外向、強制のベクトルを含む。

 最も希少で、充分に使える者なら職に困らないと言われるほど利便性を高められる魔法だ。

 シンボルでは北東に配置され、黄緑の光が特徴。


「……考えてみると、三人で十一の適性があるのに、正のベクトルがキサラの『安心』と、俺の『期待』『憤怒』だけなんだな」


 キサラは生まれつき三つの負の適性を持ち、司教様は今でも『嫌悪』『悲哀』『恐怖』のみだ。


「わたし、司教様、似てる、ね?」

「そう、ですね。私も『期待』或いは『驚愕』が目覚めてさえいれば聖女になっていたのでしょうが、そうならなかったのです」

「今の風評を考えると、なれていたか怪しくありません?」

「……心に刺さりました」


 傷付きました、といった風の表情だが、傷付けられるのが好きな司教様にそんなことを言われても全く罪悪感がない。

 皆殺しの通り名が横行してる時点で繊細なわけないだろう。


「じゃあ、次、だね」


 魔法の発動プロセスは大きく分けて三つだ。

 まず感情の器であり源泉でもある神性と呼ばれるものが一つの方向に傾く。

 次に、神性を広げて世界と重ね、存在力を高める。

 最後に存在力と神性の不均衡への世界による反発がズレを起こし、伝播する。


 『信頼』『期待』『悲哀』は少し特殊だが、例外と言えるほど大きく違っているわけではない。

 いずれも異なるのは三つ目だ。


 『信頼』は神性が神界を通して他者の神性とパスを繋ぐ。

 『期待』は対象との間にだけ伝播が生じる閉鎖的な神性の広がりを見せる。

 『悲哀』で伝播するのは不均衡が起こすズレではなく神性そのものであり、他者を自分に巻き込むような魔法になる。


「今、考えても、よく、分からない」

「実を言うと俺も。説明はできるが納得していないと言うか、噛み砕けずにそのまま頭に置いているような感覚だ」

「お揃い。一緒、だね」

「あんまり嬉しくないなぁ」


 そもそも神性が何か明らかではない。

 恐らくは人間種の本質でありメアに創られた根幹であると推測されるが、肝心のメアがまともに答えてくれないため、どういったものであり、何によって作られているのか不明なんだ。


 勿論分かっていることはある。

 この世界より一つ上に重なる世界、神界と呼ばれる場所に神性はあり、人間の体とそれが紐づいているとか。

 心や魂の他に形相と呼ばれることもあるが、神学や魔法学の中でも哲学寄りの考え方であるため、あまり詳しく教わっていない。


「よし。それじゃあ祝福の魔法について、神性について、読み漁るとしよう」


 机の上に置くと足が折れそうだったため床に置かれている何十冊もの論文やら魔導書。

 若干やる気を削がれているような雰囲気の無表情になったキサラの肩を叩き、俺も気合を入れた。


 まずは古語で書かれたものの解読からだな。


 


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