見て分かるほどに悄気られる
約束通りの話し合い。
集めたときにキサラから事情を説明されているのか、リアとスクリータ以外にそれを問われることはなかった。
案内された応接室ではソファが二つと一人用の椅子が二つ、足の短い長机を囲むように配置されていた。
「ギル、ここ。座って」
「ティアが睨むから無理」
「じゃあボクの隣?」
「さっきまで似たようなことしたろ」
「それなら僕の――」
「これ全員分やらなきゃダメか!?」
誕生日席に腰を下ろす。
向かいにキサラが、一方のソファにはパーティーの三人が、もう一方には定員オーバーで仲間外れにされた司教様と聖都組が座った。
「話の前にいいかしら。それ、どうにかならないの?」
「ギルが、必要。一人じゃ、無理」
「……分かったわよ。ギル、やってやりなさい」
「あー、そうだな。分かった」
垂れ流しにされている『嫌悪』は流石に落ち着かないのか、ティアに促される。
「ギル」
キサラが両手を俺の方に伸ばした。
所謂ハグ待ちで、仕方なく抱きしめる。
「ギル、好き。すごく、好き」
「……えっと、それは何をしてるんですか?」
「キサラは感情を自分で用意できないんだ。時間をかければ何とかできるらしいが」
「うん。もう、大丈夫」
「それなら手を放せ。嗅ぐな。離れろ」
「嫌」
見かねたルナが立ち上がろうとしたところで、キサラは渋々抱きしめる力を抜いた。
「過ぎたる安寧は喜びにあらず」
『安心の魔法』の弱派生、『平穏』。
対象の神性を安定させ、感情の働きを抑制することができる。
冷静になれる代わりに魔法が使えなくなるため、術者にかけるにしてはデメリットが大きいものの、敵対した魔法使いにかけるにしても微妙な魔法だ。
「約束、だった」
「ああ、見せてくれてありがとう」
『安心』の魔法使いはかなり多いが、魔法学校生時代の俺では話しかけることができなかった。
生の『安心の魔法』を見られて割と嬉しかったりする。
「ギーくん、ギーくん。ボク『信頼』使えるの!」
「ハグは別に見せてくれるお礼じゃなくて発動条件だからな?」
「……そっか」
見て分かるほどに悄気られると申し訳ないな。
「もういいよね? 話し合いを始めよっか。最初の話は、後始末について」
「それでは私から聖都の対応について予想を申し上げます」
聖女になって一年のキサラより司教様の方が教会に詳しい。
「第一に、中央区から離れられない『嫌悪』の聖女様が男性の方を囲って諍いを起こすことはそう珍しくありません。死者が出ない限りは容認されることが通例です」
「男としてはとんでもない慣例に見えますが」
「適性の多い方は得てして感情の起伏が激しいものです。その方を押し込めるのですから、相応のコストは教会も支払う覚悟ができています」
聖女の機嫌は取っておきたい教会側。
かと言って聖女のために男をあてがってやるのは倫理的に難しく、結果こうなっているんだろう。
「ですが、その。私としてはやりすぎた自覚があるので、キサラ様からも教会にご報告していただきたく思います」
司教様の存在で衛兵たちがパニックに陥ったらしく、千を超える衛兵が取り抑えに来たらしい。
流石は戦略級。
今頃教会では司教様の動向を窺って会議三昧だろう。
容認されているにしても限度があるため、思っていたより被害が大きくなってしまった事態に司教様は気が気じゃないだろう。
「教会より刑罰などの対応は控えていただけると思いますが、気にかかる点が一つだけございます」
「それ、は?」
「聖女様が一人もお見えにならなかったことです」
現在中央区で休養中の聖女はキサラ以外に二人いるらしい。
それなら、参戦せずとも話を聞きに来るくらいは教会から要請されるはずだと司教様は言う。
「……それ、は。気にしなくて、いい。理由、言えないけど、自然な、ことだから」
キサラが無表情の雰囲気を変える。
悲しそうに見えるが、いったい理由は何なのか。
「次、ギルを攫った理由の擦り合わせ」
リアが三人を見つめる。
「安全第一。ギルを、守るため」
「ギーくんを幸せにしてあげたかったから、かな」
キサラは毅然と、スクリータは少しだけ照れたように。
残るは、今まで一度も発言せず、ただ俯いていた俺の妹。
「お兄ちゃんを、取り返したかった」
続きを促す。
「お兄ちゃんを奪われたから、奪い返したの。外は危ないとか、私が幸せにするとか、考えてない。私はお兄ちゃんを取り返して幸せになりたかった。全部、私のためにやったこと」
自罰的な言葉だった。
「ごめんなさい」
敵対することになった四人さえ許しているなら、俺はかわいい妹がやってしまったこととして許す。
リアとルナは謝罪の言葉一つで容赦するようで、ティアだけがむつかしい顔をしていたが――重々しく口を開く。
「分かるわよ、その気持ち。あたしもギルに妹として甘やかされたい欲はあるもの」
「ティア?」
「でも妹の立場を利用して強く断れないギルに迫るのも乙なものよね」
「ティアさん?」
「お兄ちゃんと一緒にお風呂入りたい……」
「ギルベリタ?」
「お兄ちゃんのベッドに潜り込んで叱られたい……! もう朝だぞって起こされたい、一緒の朝ご飯が食べたい……!」
「ギルベリタさん?」
「ええ、許しましょうとも。ギルベリタ、あなたが持つすべての欲求にあたしは寛容でありましょう」
「私、お兄ちゃんと結婚する!」
「その意気よ」
なにこれ。
「うん、まあ。これでお互い理解もできたし、今後についての話に移ろうか」
「すっぱりとしたいい進行だな」
「……ギルが言ったことならさ、ギルが進行するべきなんじゃない?」
「リアに任せる予定で取り付けた約束なんだぞ。これでいいんだよ、リーダー」
そうなのかな、とリアが頬をかく。
しっかり照れているようだ。
「それじゃ、今後の予定。ギルは僕らのパーティーで引き取ります」
「ぶー、ぶー」
「独占するなー」
「お兄ちゃんを返せー」
「全部こっちの科白なんですけど」
ルナの一言で論破された三人。
「ギルさんは私たちの仲間であって、みなさんは過去の思い出です。出しゃばらないでください」
「でもボク知ってるよ、誰もそういう仲じゃないって」
「伴侶でもないのに勝手なこと言ってさ」
「わたしたち、先に、好きだった。そっちが、諦めて」
「……へえ、そういうこと言うんですね」
ルナがすっくと立ちあがり、すたすた近寄ってきて、俺の膝の上に座った。
相変わらず小さい。
「私はこういうことが許されてますけど。妹じゃなくても、許嫁じゃなくても」
まあ、ルナは癒しだからな。
「ボク、今『嫌悪』の適性あるかも」
「お兄ちゃん、そいつ膝から降ろして。私が座りたい」
「ギルベリタはもう大きいからダメだ」
視界塞がるし。
「私しか許されてないことが証明されましたね」
「子供、だから、じゃない?」
「誰が子供ですか」
「……何歳?」
「十五です!」
「見えない。よくて、十二歳。結婚できない」
「喧嘩売ってんなら買いますよ!?」
「ルナ、落ち着け。素が漏れてる」
安全バーホールドして暴れるルナを拘束する。
「まあ一応聞くけどさ、ギルはどうしたい?」
「お前らと一緒にいたい」
「うん。その、ごめん。そういうこと言われると僕もちゃんと照れるんだよ」
「リアが……?」
ティアは全力でクッションに顔を埋め、ルナは縮こまったが、リアは何とも思わないだろうに。
「えっと。僕も女だからね?」
「生物学上はな」
「……あとでギルはとっちめるとしてさ」
リアが溜息交じりに向き直る。
「そういうわけだから、ギルは僕らが連れてくよ」
「仕方、ない」
キサラは職務上聖都から離れられない。
聖都全体に『嫌悪の魔法』を張るほどの適性を持つ聖女は希少であり、代替わりは普通十年単位で行われるため、それほどの期間を聖都に押し込められる。
「たまには会いに来る」
「うん。大丈夫」
キサラは平然としていた。
スクリータやギルベリタも黙っている。
責務があるキサラはともかくとして、二人はついてこようとするものと思っていたが、どうやら俺の自意識過剰だったらしい。
これで話は終わりだ。
教会には報告を入れるものの、『嫌悪』の聖女が起こした我儘として処理してもらうことで許しを得る。
俺は今までの通り『水面の金月』で活動する。
「もう、夜、遅い。泊まって、いく?」
「そうさせてもらおうかな」
「疲れたわね、ほんと」
蟠りを抱えることなく、各々が解散していく。
深々と頭を下げる司教様に頼まれて、兵士と繋がりのあるギルベリタや力持ちで何かと気が利くルナが未だ収拾のついていない兵士たちの手当てをするらしい。
スクリータとリアが打ち解けた会話をして、それにティアがツッコミを入れている。
「ギル。ボードゲームの続き、やろう?」
頷いてキサラの部屋に向かう。
「勝負は、負けちゃった、けど。こっちは、負けない」
「さてな、どうだろう」
「……勝ったら、お願い、聞いて?」
「ちなみに内容は?」
「恋人に、なる」
「却下で」
キサラは頬を膨らませた。
「残念」




