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逆転世界はもうどうしようもない  作者: あああああ
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今の居場所を失いたくない

 

 轟音が止む。

 キサラと俺はボードゲームに勤しむ手を止め、顔を見合わせた。


「スクリータ、勝った、かな」

「『愛情の魔法』だったよな。順当に行けばリアたちに勝ち目はないが……」


 ギルベリタの祝福の魔法を妨害したか、それとも真っ向から対応したか。

 どちらかは分からずとも、それを突破しているんだ。スクリータの勝利は確かじゃない。


「負けたなら、あとは、わたし、だけ」

「殺されないよう気を付けろよ」


 リアに情け容赦はない。

 キサラの顔は気合が入った無表情から不思議そうな無表情に変わり、うん、と小さく頷いた。


「じゃあ、様子、見てくる」

「それなら俺も行っていいか?」

「……でも、勝負」

「俺が言ったのは『ここまで来たら』だ。この部屋であって俺の下までじゃない。心配しなくても勝敗がつくまでは逃げないからさ」

「そっか」


 キサラは納得してくれた。

 別に騙す気もないが、ここまでチョロいと心配になる。


「わたし、勝ったら。キス、してもいい?」

「……リアが来ていて、それに勝ったらな。不戦勝だったらダメだ」

「うん。スクリータ、負けて、ないかな」

「仲間としてその期待はどうなの?」

「でも、キス、したい」

「……素直やねぇ」

「なんで、訛り?」


 うるさい、こちとらピュアなやつには慣れてないんだ。

 キサラをぐいぐい押して部屋から出る。


 案内に従って入口方面に向かえば、全身を負傷しているリアが出迎えてくれた。


「あ、ギル。三時間ぶり?」

「随分やられたな。スクリータか?」

「うん、ちょっと正攻法では勝てそうになかったかな」


 やはり存在力をどうにかすることができたのだろう。

 ティアあたりなら何か思いつきそうだ。


「ギルが純潔失った話をして煽ったら勝てたよ」

「おいリア何してんだ」

「え。そう、なの? ……相手、誰? 殺す、けど、苦しめない、から、言って」

「そいつは殺しても死なないからやめとけ」


 手出すだけ笑われるぞ。


「もしかして、教皇様」

「違うから敵意収めような? 確かにあの人も死なないけど違うから」

「流石に僕も久しぶりの冒険が権力相手は嫌かな」

「何勝手に助太刀するつもりで話進めてるんだ!?」


 やめろよ!?


「それで、ギル。帰ってきなよ」

「そうしたいのは山々なんだが、まあ離してくれないわけだ」

「離して、あげない。分かって、もらえる、までは。ずっと」

「わー、帰れなーい」

「僕も怒る時は怒るからね」


 ごめんなさい。


「リアを信じてるだけだ」

「さっさとそう言えばよかったのに」

「……わたし、は?」

「せめてあと三日は欲しいな」


 昔の記憶と合計しても半日未満の付き合いだ。

 流石にそれだけで信用するほど俺の警戒心は弱くない。


 キサラの『嫌悪』が強まる。

 俺は慣れていることもあって相変わらず綺麗だなという感想だったが、リアにしてみれば堪ったものではない。


「それ、抑えられないの?」

「ギルが、手伝って、くれるなら」


 少し考えて、リアは諦めたらしい。

 何も言わず剣だったものを構えた。


 見覚えのある布がリアの左腕に巻かれている。


「ちょっと待て、リア。お前、まさかスクリータから服剥ぎ取ったか?」

「仕方なかったんだよ。包帯なかったし」

「……スクリータを回収してくる。その間に勝負を付けておいてくれ」

「うん」

「分かった。それじゃ、やろうか」


 リアの横を通り過ぎて、入り口へと向かう。

 入ってすぐの広間にスクリータがのびていた。


 懸念通り、一枚しか着ていなかった上半身は下着が見えてしまっている。

 二年ぶりだからか思っていたより大きく感じる双丘。

 努めて見ないようにしながら俺の服を一枚かけた。


「ギーくん」


 スクリータが俺を見ていた。


「起きてたんだな」

「ギーくん、ボクと結婚してくれるんじゃなかったの?」


 突然の言葉だった。

 答えに詰まる。


「なんで、ボクに優しくしてくれたの? ギーくんには他の許嫁だっていたよね、なんでボクとだけ一緒に遊んでくれたの?」

「……言ってなかったか」


 スクリータとの最も古い記憶。


「俺には魔法使いの素養があった。小さな頃から、触れるだけで人の神性を読み取ることができた。感性だけなら今よりずっと鋭かったくらいだ」

「うん、それは覚えてる。ギーくんが異性を苦手になったきっかけだよね」


 感情だけではなく欲望さえ理解できた。

 その人が今何を考えているのか、ぼんやりと察することが可能だった。


「父さんや母さんは『期待』だったんだ。ギルベリタは『安心』だった」


 それ以外の人は、誰一人だって俺に正の感情を抱いていなかった。

 欲望と、打算と、それくらいだ。


「なあ、スクリータ。君が俺を好いてくれるより先に、俺は君のことが好きだった。誰にでも、いつだって、『安心』と『信頼』を――愛を向ける君に惹かれたんだ」

「なに、それ」

「いつか誰かと一緒に過ごすなら、スクリータがいいと思った。優しくしたのだって、好きな子に好かれたかっただけなんだよ」


 スクリータが口を開いたまま絶句している。

 俺は聖人じゃない。

 人付き合いは選んでいた。


 許嫁、結婚。

 スクリータはその二つに執着しているようだった。

 それはきっと、許嫁だから俺と結婚できる、そんな図式が組まれているからだ。

 許嫁でなければ結婚するどころか、こんなに親しくなれなかったかもしれない、と考えているからだ。


 だから、言ってやる。


「許嫁なんて肩書きに執着しなくていい。今の俺とスクリータがあるのは、許嫁だからじゃない。俺とスクリータだったからだ」

「なんで……なんで、そんな酷いこと、言うの……?」

「酷かったか」

「ボクと一緒に生きてくれないくせに、なんで」


 涙が落ちた。


「ギーくんがいなくなった日の朝、家の前に咲いてた花があって。紫色の、小さな花。一日中ギーくんのことを探して、帰ってきた頃には散ってたんだ」


 伸ばされた手を取ってやる。


「何が何だかわからなくなって、手紙を書いたの。ボク一人では見つけられなくても、郵便屋さんなら見つけてくれるかなって」


 そんなはずがないと分かっていても、やめられなかったんだろう。


「『行かないで』って。『一人にしないで』って。泣いて、ぐしゃぐしゃになって、書き直して、また泣いて、書き直して」

「……ごめん」

「ボク、ギーくんが好きだよ。ねえ、ギーくんだから、こんなに待ったんだよ。帰ってこなかったら、きっとあと何年だって待ってたと思うくらいに、好きなの」


 今の仲間を見つけられなかったなら、きっと俺はほとぼりが冷めた頃に戻っていた。

 その時はスクリータとの婚姻だって受け入れていただろう。


「もう嫌だよ。これ以上置き去りにされるのは、耐えられない……ボクを、一人にしないでよ……!」


 体を起こせるくらいに回復したらしい。

 スクリータが俺に縋りつく。


「ごめん、スクリータ」


 やんわりと引き剥がし、背中と膝の裏に腕を通して持ち上げる。

 俺はもう別の心地いい場所を見つけてしまった。聞いてくれ、聖都への道に発つ少し前、みんなで屋敷すら買ったんだ。


 信じられるか?

 家族とスクリータしか信じられなかった俺が、二年でここまで心を許せる仲間と出会えたんだ。


 大切にしたい。

 今の居場所を失いたくないんだ。


「ごめん」


 そう言って口を閉じた。

 ただ泣きじゃくるだけのスクリータを抱え、俺は聖堂の奥に戻った。


 俺が起きた部屋を訪れる。

 ソファに寝かせ、キサラとリアの方に戻ろうとして、裾を掴まれた。


「一緒にいてよ」


 スクリータらしくないボソッとした物言いに、俺は断ることができなかった。


 頼まれて膝枕をしてやれば、攫われた時の反対になった。

 彼女はまた少し泣いて、しばらくして眠った。



 部屋にリアが入ってきた。

 満身創痍のままだ。


「キサラは?」

「殺してないよ」


 それを聞いたわけじゃない。

 気になっていたことではあるが。


「向こうの廊下で寝てる。なんか色々やられたけど、魔法使いが剣士にあの距離で勝てるわけないよね」

「キサラは祝福の魔法も使えないし、それに――リアは満身創痍の時が一番強いしな」

「そう?」


 リスクを感じて昂ったリアはルナより暴れて回る。

 負傷しなければ本気を出せないのか、それとも負傷が限界以上のパフォーマンスを出させるのかは知らないが、とにかく強い。


「それ、いつまで乗っけてるの?」

「スクリータか? まあ、起きたらどけるさ」

「とっくに起きてるように見えるけど?」

「――っ!?」

「うわ、本当だ」


 スクリータはそういうことしないタイプだと思ってた。

 名残惜しそうにしながらも俺から離れ、流れるように土下座へと移行した。


「別にそこまでは責めてないけど」

「……ごめん、ギーくんとはこれっきりにするから。だから、その。許してください、ギーくんのお嫁さん!」


 うん?


「誰が俺のお嫁さんだって?」

「その、えっと、リアさん? が、ギーくんの初めての相手、なんだよね? だから結婚してるのかなって」

「相手じゃないし結婚もしてない」

「そうなんだ。じゃあ、もうちょっとだけ……」

「それは許してない」


 もう充分立ち直ってるだろう。


「……あのさ、ギーくん。ギーくんって結婚はしてるんだよね?」

「してない」

「えっ、してないの? ――もう! てっきり誰かと結婚したんだと思って、諦めようと思ったのに! ギーくんのバカ!」


 ああ、だからあんなにへこたれてたのか。


「誰も相手がいないのに断られてるのはショックだけど、ボクはそう簡単に諦めないからね! なんてったって二年も待ち続けられるんだから!」

「相変わらず元気で何よりだよ」


 スクリータはそれくらいの方がいいな。


「僕がギルのお嫁さん、かぁ。なんだか想像できないね」

「そう変わらないんじゃないか?」

「あはは、確かに。結婚しても僕たちは変わらなさそう」

「……二人、仲良いんだね」


 仲間だからな。


 ぶすっとした顔のスクリータを宥めていると、ノックの音がした。

 ドアを開けた向こうにいたのはこの場にいない全員だった。


「約束。話、しよう」

「そうだな。みんなで腰を落ち着けて話せる部屋に案内してくれ」

「うん」


 さて。

 とりあえず、何を仲良さそうに話してるんだと言いたげなティアの機嫌を取る方法を探さなければ。


 


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