不意打ちならすぐ終わったのに
白亜の壁と荘厳な吊り装飾。
紫を基調にしてメア様の姿を描いたステンドグラスが夜の中でも煌めいている。
「やあ、こんばんは」
ベージュ色の髪を僕と同じくらいに伸ばしたスクリータが跪いて祈っていた。
僕の声に反応して、ゆっくりと振り返る。
「この聖堂は夜が二番目に綺麗なの。一般開放されてないから、見られるなんて幸運だね」
「へえ、そうなんだ。ギルはどこにいる?」
「……奪いに来たんだ」
「勿論」
剣を抜く。
こんなところでかかずらってはいられない。
僕にはまだ聖女を対処するって役割が残ってるから。
「ボクはね、とっても幸運なんだ。だってギーくんの許嫁だから。生まれつき幸福を約束された人間なの。こんなに綺麗な聖堂の景色が色あせて見えるくらい」
「思い上がりも甚だしいね。ギルは君の人生に用意された脇役じゃない」
「うん、分かってる。ボクはちょっぴり自己中心的で、すぐ思い込む癖があって。ギーくんが言ってくれたことなの。直さなきゃ」
談笑しに来たわけじゃない。
ほどほどに痛めつけて喋らせよう。
「ボクはギーくんを信じてるの。ずっと、ずっと。ギルベリタは諦めちゃったけど、ボクだけはギーくんが帰ってきてくれることを信じてた」
そういえば、何故一人でここにいるんだろう。
僕の見立てではスクリータに戦闘能力はない。
歩き方も何もかも、見て分かるほどに素人。
態度から、ギルベリタが対処されることは半ば分かってたみたいだった。
それならどうして聖女がいないのか。
そして、代わりにスクリータがいるのか。
「その差だよね。ギルベリタはボクに一度も勝てなかった。ギーくんを信じなかったから。信じてあげられなかったから。可哀想だけど、この世はギーくんを中心に回ってるの」
もしかして、結構マズい?
「汝が隣人を汝の如く愛せ」
スクリータの体に淡い黄緑の光が這う。
追従するように黄色が――隙を見て突き刺そうとした剣を避けられた。
スクリータが信じられないものを見る目で僕を見ながら距離を取る。
深追いはしない。
黄色と黄緑、つまり『安心』と『信頼』。
『信頼』は初めて見る。
一番希少な適性だったはず。
戦闘に使える適性じゃないってギルは言ってたけど、応用感情までは覚えてない。
「ボクから――ギーくんを奪うなっ!」
相変わらず素人の動き。
緩慢なくらいのパンチが、大気を揺らし、ゴウと唸った。
「あー、えっと。『楽観の魔法』だっけ」
「『愛情の魔法』、これはボクとギーくんの愛の魔法!」
「ギルが聞いたらしかめっ面しそうな解説だね」
そういう抽象的な説明好きじゃないし。
スクリータのパンチ。キック。
全部信じられないくらい、何というか、強い。
「だいたい見えてきた。愛の分だけ存在力が高まるとか、そういうの?」
「……知らない!」
そっか。
うーん、これは参ったな。
ここには天井があるから、ルナと同じように打ち上げてもすぐ帰ってこれる。
相手の攻撃で聖堂を壊させるのも限界があるだろうから、しっかり対処することが求められる。
聖女を相手にしている途中で後ろからこんなのが来たら流石にやってられない。
「ギルは君のこと別に愛してないよ」
「そんなことない。ギーくんはボクのこと愛してるから戻ってきてくれたの、ボクと結ばれるために!」
「思い込むくせ、全然直せてないね」
「ギーくんはボクの膝枕ですやすや眠ってくれたし、夢じゃなくて嬉しいって言ってくれた!」
今の所被弾してないけど疲れてきた。
一つでも当たったらダメだと、どうにも気を遣う。
「――うん? あれ?」
「避け、ないで! 死んで!」
そういえば。
最初の僕の剣を、どうして避けたんだ?
仕掛けてくるスクリータに刃で対応しようとすれば、大げさに飛びのいた。
推測を立てろ。
僕はティアのように頭が良くないけど、こと戦いにおいては賢さだけが武器じゃない。
嗅覚とも言える第六感が存在する。
スクリータは存在力が強化されている。
きっとこれは間違っていない。
でも、不思議な重心移動が見られない。
考えろ。
『愛情の魔法』は応用感情だ。
ギルから聞いた所、現実改変に運命規定まで、想像を現実に変える魔法まで揃っているほど無法だけど、祝福には及ばないはず。
応用感情で補えるなら、祝福の魔法が使えるというだけで聖女として扱われるはずがない。
「部分的な存在力の強化。もしくは、存在力の部分的な強化」
攻撃する部位だけを強化しているか。
それとも、存在力が持つ相手への干渉力だけを強化していて、相手からの干渉を減衰する能力はないか。
いずれにせよ、僕の攻撃が通る?
「ギルベリタに負けたことがないっていうのはブラフか。同じような、もしくはそれ以上の力が使えると思わせるための発言」
一応筋は通る。
勿論そうでない可能性も十分にある。
だけど、そう考えれば通りやすい。
ギルベリタが引きつれていた兵士だって、司教様を聖堂前で釘付けにすることで、魔法によってスクリータの魔法が中断されることを避けたんだ。
祝福の魔法と違って神性の保護がないから。
つまり。
スクリータは攻撃こそ強いけど、防御面は貧弱なんじゃない?
「ギーくんは渡さな――わぁっ!?」
剣を突き出し、攻勢に転じる。
手を斬りつけて剣が折られても嫌だから、しつこく首だとか顔を狙う。
「『愛情の魔法』、か。ギルベリタで充分見たからさ、そういうのいいんだよね」
スクリータには刃物への怯えがある。
どうしようもない経験と覚悟の差。
「ギルは返してもらうよ」
その言葉で、少しだけ、スクリータの目が変わったような気がした。
吸い込まれるように剣がスクリータへと――首に刃が入らない。
「ごめん、ごめん、ギーくん。こんなはずじゃなかったの。ボク、手加減なんてしてたつもりじゃなくって」
あー、余計なこと言ったかも。
剣は手で止められた。
怯えを失くしたスクリータが掴んで止めたんだ。
体の一部分の存在力を高める魔法、それが『愛情の魔法』だと分かったはいいけど。
「汝が隣人を汝の如く愛せ」
もう一度魔法がかかる。
「汝が隣人を愛せ」
もう一度。
「愛してるよ、ギーくん」
スクリータが微笑んだ。
下手に情報を絞ろうなんて考えず、始末しておけばよかった。
不意打ちならすぐ終わったのにな。
スクリータは本当にギルベリタより強かった。
床を粘土みたいに掬い取り、勢いよく投げられた弾丸が僕の盾になった壁を穿つ。
無造作に振るわれたパンチが大穴を空ける。
剣はとっくのとうに圧し折られた。
飛礫が幾つか体をかすめて、僕はもう満身創痍だ。
まだ足が無事だからいいけど、盾に使ってる左腕が血まみれになった。
「ギーくん、ギーくん、ギーくん!」
嵐のようなスクリータ。
愛を叫びながら猛進してくるのはそこそこなホラーで、僕でも結構怖い。
「ギーくんのためなら何でもする! 誰でも殺してみせる、絶対に、ボクが守る!」
「一々押しつけがましいな。ギルはただ一方的に守られる人じゃないでしょ」
「うるさい!」
弱点は変わってない。
ただ、近付くことができない。
投石は有効打にならないし、子供のように暴れるスクリータの攻撃を防ぐだけでも精いっぱいだ。
でも布石は打てるだけ打った。
この仕掛けが上手くいかなかったらもう諦めるしかないけど、きっと大丈夫だと思う。
だって、スクリータがギルを好きでいればいるほど効くから。
「ギーくんは守ってあげなきゃいけないの! ボクが守らなきゃ、ギーくんはまたどこかに行っちゃう……!」
「まあ、確かに外が危ないのは確かかもしれないね」
「だったら、ギーくんを守らせてよ! ボクたちなら命に代えてもギーくんを守るから!」
不信感を煽るだけ煽った。
僕との会話に対する心理的抵抗も削った。
「でもさ、スクリータ」
「これ以上、話すことなんて――」
へら、と笑みを作って柱の影から飛び出す。
「ギルはもう君が考えるように綺麗じゃないよ?」
動きが止まった。
「ギルはそういう欲求が高まる魔法をかけられちゃってさ、仕方なくだけど、処理してあげたんだ」
スクリータの顔から表情が消える。
「もう遅いんだよ、許嫁さん」
見えたのは『憤怒』と、『嫌悪』だった。
『信頼』と両立しないはずの感情。
「ギーくんを、お前、お前がぁああああああ!」
体重が入っていない素人の攻撃を受け止める。
「――あっ」
正反対の感情を強く覚えたことで『愛情の魔法』は既に解けてしまっている。
剣がないから仕方なく殴り飛ばした。
倒れ込んだスクリータの頭を何度か蹴りつけ、反応がなくなったことを確認する。
少しのアクシデントはあったけど、まだ動ける。
スクリータから剥いだ服を包帯代わりとして腕に巻きつけた。
なんか色々と悪役みたいな勝ち方だったけど。
「仲間のためだし、勝てばいいよね」




