本当に状況分かってる?
「絶望は心身の害である」
鮮血が舞い、『絶望の魔法』はギルベリタの体に裂傷を刻む。
赤の斑点が幾つも滴り、道を汚した。
そう言えば人を見かけないなぁ、と周囲を気にして初めて思った。
あの旗を持った人たちが何かしたのかな。
「祝福の魔法、第一位」
重ねて唱えられた祝福の魔法。
司教様が愕然とした顔で見つめてる。
「神はそれを望まれる」
ティアが放った矢は無造作に振り払われた。
そんな威力じゃないはずなんだけど。
ルナの戦鎚を握る手にぐっと力が込められたのを気配で感じた。
代表して僕が宣言する。
「ギルは返してもらうよ」
「リーダーなら責任ある言動すれば? できもしないことを言う前にさ、自分を省みるのが先なんじゃないの?」
ティアの攻撃を易々と対処したことから察したけど、僕たちはきっと勝てない。
それでも引き下がるわけにはいかない。
スクリータに抱きかかえられているギル。
何故か頬を膨らませた彼女に顔をぐにぐにされてるけど、反応を返してないあたり、もう意識を奪われているみたいだ。
大切な仲間が攫われそうになって動けないなら。
勝てない相手に怖気づいて前すら見られないなら、その人生に価値はない。
少なくとも、僕は自分の人生をそう思う。
「ルナ、行こうか」
「はい!」
同時に飛び出して得物を振るう。
ギルがいなかった頃はいつもこうして突っ込んで、ティアによく怒られていた。
ギルベリタは避けない。
少しだけ笑う――まるでファトゥスみたいに。
「効かないよ」
僕の剣はかざされた腕で受け止められ、全く刃が入り込まなかった。
僕を蹴り飛ばそうと足を構えたギルベリタの頭を戦鎚が捉えて吹き飛ばし、僕もその隙に距離を取った。
「リアさん、今のは?」
「分からない。祝福の魔法ってやつじゃない?」
「その通りです」
司教様が震えた声で言った。
「神性を強化し、存在力を高める機能。それが祝福であり祝福の魔法です。ヴァレリア、あなたの剣の鋭さではギルベリタという強化された存在を傷付けることができないのでしょう」
「……流石メア様、とんでもないね」
魔法の適性が多いと、使える魔法も多い。
それだけの魔法使いに聖女なんて高い地位が用意されるはずもなかった。
きっと、これが理由なんだ。
馬鹿げた単騎戦力として完成するからだ。
「諦めたなら、さっさと眠りな、よっ!」
ギルベリタが仕掛けてきた。
ティアの矢はもはや対処されることもなく、僕の攻撃と同じで掠り傷にすらならない。
――やりようはある。
前に出るフェイントをかけてギルベリタの攻撃を誘い、上段の回し蹴りを空振らせた。
流れるように軸足を交換し、もう片方の足が中段を突く。
とにかく速い。
絡繰りは分からないけど速い。
存在力とかいうものが作用してるのか、独特な体幹と体術の組み合わせで戦闘のリズムが崩れる。
試したいことはあるけど隙が見つけられない。
あると思っても想定以上の速度でカバーされる。
「ルナ」
まあ、僕一人だけの話だけどね。
振りかぶられた戦鎚への対応を迫られながらも、うざったらしい僕が目の前で隙を晒している。
戦鎚に殴られてもダメージが通らないなら、吹き飛ばされることを許容して僕の排除を優先するはず。
「リア、あたしのフォローを過信しないで」
「こなしてくれるくせに」
首根っこを掴まれて思い切り引っ張られる。
目の前を爪先が通り過ぎた。
当たってたら意識飛んでたなぁ、と思いつつ体勢を整え、振り下ろされた戦鎚をそのまま喰らって地面に這いつくばるギルベリタを見下ろす。
「じゃあ、取り敢えず――粘膜からだよね!」
ギルベリタの目に剣を突き刺す。
「もし死んだらお兄ちゃんにどう言ってたわけ?」
「敵対したから殺したって言えば納得してくれるよ」
ダメか。
「一応、私は殺す気ないんだけど」
「それが関係あるの?」
ギルを攫う。
僕たちに、本人に断りなく。
「敵は殺すべきだよ。仲間のためなら猶更、それがどんな相手だろうと排除する」
必要なら師匠だって殺す。
だってそう教えてもらったから。
「……こわ。ほんと、お兄ちゃんをこんなやつのパーティーに置いておくのは何があっても無理」
「ウチのリアがごめんなさい」
ティアが何故か謝った。
ギルが望んでくれてるんだからギルベリタが何を言おうと関係ないし、何も僕たちが謝ることなんてないのに。
僕が口や耳に剣を突き刺そうと試してみても、ギルベリタは鬱陶しそうにするだけだった。
緩慢な動作で立ち上がる。
「君の殺し方はまだ分からないけど、思いつくことを片端から試していけばいつかは死ぬよね?」
「……はぁ。もう容赦しなくていっか」
戦鎚を手で受け止め、強引に奪い取る。
武器に執着せず手放したルナだけど、距離を取るのが一瞬遅れたせいでギルベリタの攻撃を避けられない。
僕が割って入るしかない。
いや、ダメだ。間に合わない。
間に合わないなら、ギルベリタを妨害するしか――。
「仲間思いってことだけは評価してあげる」
最後に見えたのは視界いっぱいに広がるルナの戦鎚だった。
なんだ、ルナを狙おうとしたのはフェイントか。
一本取られたなぁ。
目が覚めた。
おでこのあたりが痛い。
「司教様、ここは?」
「目が覚めたのですね。無断ですが、ギルバートの家にお邪魔しています」
ふむ、と部屋を眺める。
客間には僕と司教様、そして眠ったままのルナがいた。
「ねえ、ティアってギルの部屋に突撃してたりする?」
「……私は止めたのですが」
「分かった。あとで叱っておくね」
これだからティアは。
「僕がやられたあとはどうなった?」
「すぐにリリルナが敗北し、ティアと私は降参しました。ヴァレリア、あなたへの攻撃はティアが咄嗟に引き止めたことで直撃しなかったのですが、リリルナはまともに受けてしまって」
「ルナは僕より頑丈だから大丈夫だとは思うけど……」
ソファに寝転がっているルナ。
「うっ、うぅ……許嫁の方にギルさんが取られる……興奮します……」
いや、うん。
大丈夫みたい。
「ほら、起きて。ルナ」
「んぅ……」
「ギルが眼鏡かけるってさ」
「ほんとですか!?」
「おはようルナ、嘘だよ」
ルナは本当に眼鏡が好きだね。
「ふむ、ふむふむ。眼鏡かけたギルさんが寝取られる。なるほど、状況は理解しました。ちょっとお手洗いに行ってきますね」
「私もお供しましょう」
「司教様、お願いだから僕を一人にしないで」
ティア含めて三人とも、本当に状況分かってる……?
みんな目を覚ましたってことで作戦会議。
議題は勿論ギルを取り返す方法。
司教様曰く、旗の色が紫だったことから、ギルベリタやスクリータと呼ばれたギルの許嫁は『嫌悪』の聖女と繋がっている可能性が高いらしい。
立法区やその中核である終章裁判所もまた『嫌悪』を司っているけど、それなら強制連行にしては手荒すぎる。
「今から、最悪の想定をするわよ」
「うん」
「魔法についての知識で釣られて、ギルはそこまで嫌がってない可能性があるわ。ギルベリタが協力している以上はギルも傷付けられることはないでしょうし……本当に最悪の場合では逃げたいとすら思ってないでしょうね」
今までの付き合いで、ギルが魔法に並々ならない思いを注いでいることはみんなが知ってること。
聖女にまで抜擢される魔法の専門家ならギルに取り入ることができるかもしれない。
そしてもっと悪い場合、聖女とギルが知り合いの可能性もある。
ギルは身内に甘い。
一線こそ引いていても、危なっかしいくらいに甘い。
「その場合でも、ギルが僕たちと直接戦うことを選ぶとは思えない。向こうの戦力はギルベリタとスクリータと『嫌悪』の聖女」
「ギルベリタの顔が通っている場合、中央区の警備員の方々も敵に回ることでしょう。他の聖女様の参戦は恐らくないかと思いますが……」
「許嫁の人がそこまで戦えなさそうなのが救いですね」
ギルにタックルしていた亜麻色の髪の許嫁。
正直に言って、僕なら秒殺できる。
ルナ相手に五体満足で十秒耐えることもできないだろうし、徒手でもそうそう負けない。
「一番の問題はギルベリタかな」
「祝福の魔法、ですか。不思議な手応えでした。硬いのではなく、重いというか……」
「司教様。祝福の魔法について説明をお聞かせ願いたいわ」
ティアの言葉に頷く。
「まず、祝福とはメア様にかけていただいた存在力を高める術です。払われるコストは魔法と同じく感情であり、八感情すべてが燃料となりえます」
「魔法ではないんですか?」
「ええ、恐らく。実を言うと祝福についてはよく分かっておりません。情動の根幹は『快』や『不快』であるとされていますが、祝福の燃料はそれより前のものであると考えられています」
あ、ルナが顔を顰めてる。
全然分からなかったみたい。
「祝福の魔法は、感情を意図して祝福の燃料とし、効果を高め、或いは方向性を誘導するものとなります。ギルベリタが行使した第一位は基礎にして枢要、存在力をより高めることに特化したものです」
「さっきから言ってる存在力っていうのは?」
「神性と世界の結びつきであり、魔法や祝福と肉体が重なる力――」
「ぼんっ!」
ルナが煙を吐いて倒れた。
「簡単には?」
「……干渉しやすく、また、干渉されにくくなる力のことです」
「な、なるほど、です」
どうにかルナが頷いた。
僕としてもよく分からなかったから、その言い換えはありがたい。
「存在力が強いことの弱点は?」
「ありません。体の内側も粘膜も、すべてが強化されているため、生半可な力では傷一つ付けられない。それが祝福の魔法です」
「……強くなりすぎて骨が耐えられない、とか」
「存在力を高めているのであって、筋力を高めているわけではありませんから。紙を裂くように鉄を破る力が祝福です。デメリットはありません」
「魔法なら?」
「神性――魔法の影響を受ける部分が祝福によって保護されます。『泣血』の聖女様などならまだしも、私やギルバートでは……」
メア様って本当に凄かったんだなぁ。
「それなら、あたしに考えがあるわ」
「誰が必要?」
「あたしとルナで充分よ。それ以上戦力を注ぐわけにはいかないでしょう」
「じゃあ任せた。あとは聖女と雑兵だね」
よし、一番の問題が片付いた。
むしろ余裕があるかもしれない。
「少し待っていただけますか。その、考えを先に伺うべきではありませんか?」
「なんでですか?」
僕とルナが首を傾げる。
「ティアに作戦があって、他の作戦と両立できるなら、他の作戦を詰めた方がいいですよ。そっちで浮いた戦力を持ってきてより確かにすることもできますし」
「……ティアの作戦を信じている、と?」
「何言ってるんですか、司教様」
仲間を信じられないリーダーがどこにいる?
「わ、分かりました。勝算はあるのですね?」
「ええ、降参するとき既に大凡考えていましたから。司教様のお話を聞いて、そのメカニズムであれば――心配要りませんわ」
「……信じましょう」
半信半疑といった様子だけど、司教様は納得してくれた。
続いての問題に移る。
「雑兵と言ってはいますが、教会区を守る衛兵の方々は士官学校で相当の評価を受けた方々です。一人一人、ギルベリタの体術とは比べ物にならない練度でしょう」
「……司教様。お願いできますか?」
僕の剣は対魔物のそれだ。
一対一ならまだしも、統率の取れた群相手に上手くやれる自信はない。
「はい。少し難しいですが、みなさまに迷惑はかけません」
「厳しいようでしたら、僕も手助けくらいなら」
「ああ、そういった意味ではなく」
申し訳なさそうな顔をして司教様が告げる。
「死者を出さない調節が中々難しいのです。やりすぎてしまえば、騒動の原因があちらにあるとは言え、司教をやめさせられてしまうかもしれません……」
そう言えば、ギルとファトゥスが話していたような。
「強いけど問題があって軍に干された――んでしたか?」
「そ、その話は、どうか……」
司教様が縮こまって震えている。
この人が本当に衛兵を何とかできるかな。
「殺してしまわぬよう、頑張りますね」
まあ、捕まったら捕まったで、ギルが聖女に働きかけてくれるだろうし。
そのまま死刑になっても、仲間のために死んだなら笑って逝けるし、僕が後悔することはない。
さあ、ギルを助けに行こう!




