反論の余地がない
私には才能があった。
その代わり、色々なものが欠落していた。
幼い頃のことは、実を言うとよく覚えていない。
母は私を否定することで育てた。
人の気持ちを考えられなくて、邪魔にしかならなくて、人を傷付けるために生まれてきた存在。
生まれ持った私の魔法適性は『嫌悪』と『恐怖』と『驚愕』だった。
すべて負のベクトルを含む感情。
唯一私を肯定してくれる才能ですらこの有様だ。
私という存在は負の事柄だけで構成されていた。
きっと愛情の代わりにそれが心を埋めたのだ。
私はいつしか、自己否定することがアイデンティティとなっていた。
物心ついたときから、私は『嫌悪の魔法』を使っていた。
止める方法を知らなかった。
際限なく高まる自己『嫌悪』が祈りとして形を成し、周囲の生物をすべて遠ざけた。
聖女候補として教会から呼びつけられたあの日。
激怒した母に殴られ、蹴られ、殺されかけながらも家を追い出された。
私には才能があった。
才能しかなかったんだ。
縋るように魔法を学び、負の感情に愛された私なら『悲哀』を身に着けられるだろうと妙に驕っていた。
『安心』と『悲哀』のどちらかさえあれば聖女として認められるのだ。
そんなことできるはずないと私の根底が叫び、一方で、仄かな期待を持っていた。
否定することしかできない、害しか与えない、『嫌悪の魔法』を自制することすらできない。
そんな私でも、そんな私だからこそ、負の感情の『悲哀』ならきっと使えるようになる。
魔法学校に入ってからは初めて努力した。
できないと思っていたことに挑戦して、実を結んで、私はかつてないほど「私」を忘れられた。
次の聖女候補だともてはやされ、自信がついて、そして。
魔法が使えなくなった。
何もかもが奪われた気分だった。
残っていた僅かなもののすべてが取り去られてしまった。
私には何もなかったんだ。
才能なんてものはまやかしだったと、そんな風にさえ思えた。
初めから、私は何も――。
『その『嫌悪』、もっとよく見せてくれないか?」
なんで。
「俺も魔法学部の生徒だし。一番『嫌悪の魔法』が上手いって言われてる君が、前から気になってたんだ」
なんで。
「あれ、これって遠回しに拒まれてる? いやごめん、神性に触らせてもらうだけでいいんだ。俺『嫌悪』使えなくてさ、羨ましくて」
私、もう、何も使えない。
「そんなのどうでもいいから見せてくれ」
……なんで。
「ほら、その……あー、うん。いや、あれだ」
なに?
「君の『嫌悪』が、とっても綺麗だったから」
彼はそう言って照れくさそうに笑った。
「俺、君が使う魔法が好きなんだ。不純物がなくて、祈るために用意された作為的なものじゃなくて、元から持っているもの、みたいで――綺麗な魔法が、好きなんだ」
アイデンティティが根本から破壊された。
自己否定が、間違っているという私の在り方が引っ繰り返されて、戸惑いにしかならなかった。
元から抱いている自己『嫌悪』。
自己肯定感が上がるとすぐ使えなくなる、不安定な私の魔法。
「メア様に授かったものなんだ。魔法使いはそれをいいように使ってるけど、俺は君みたいな人が本来の……なんて、初対面の人に言うことじゃないか」
私とは、否定される存在だ。
『君の『嫌悪』が好きなんだ』
私とは、疎まれ、嫌われる存在だ。
『君の綺麗な魔法が好きなんだ』
私とは、本来生きてはいけない存在だ。
『君みたいな人が好きなんだ』
私とは、きっと。
この時のために今までを生きて来たんだ。
「じゃあ、君が聖女がなれることを祈っとく。残ってるのは『安心』か『悲哀』だったよな。俺『安心』持ってないから、使えるようになったらまた見せてくれ」
冗談交じりに言う彼に、私は返した。
うん、って。
人生で初めて放ったかもしれない肯定だった。
彼のことが忘れられなくなった。
そして、そして。
「――相変わらず、綺麗な魔法だ」
私は自分が嫌いだ。
才能以外のすべてを持たず、誰からも疎まれて、誰をも害する存在の、私自身が大嫌いだ。
でも、きっと。
彼だけは違うんだ。
彼だけは、私の『嫌悪』に触れて、唯一。
笑ってくれた人だから。
入った瞬間、キサラ・デミットについてすべて思い出した。
強烈な『嫌悪』が牙を剥いて精神を削る。
「わたし、は。キサラ。キサラ、デミット。あなた、は?」
「ギルバート」
「なら、ギル?」
「じゃあキサラでいいか?」
「うん」
キサラは振り返り、ベッドとその周囲に散乱した着替えやゴミを見て固まった。
「スクリータ、は、なんで。見ないで、待って、いて」
ドアの方を向く。
どこかでスクリータが「突然の方がいいかなって思ったの、だって準備させたら何時間もかかりそうだし」と言った気がした。
振り返る許可が出たのはそれから数分後。
肩で息をするキサラと、随分綺麗になった部屋と、開いた窓から入ってくる風で揺れるカーテンが目に入った。
「捨てた?」
「う、うん、捨てた」
「外に?」
「そう、正解」
「……ダメだぞ?」
「えっ」
聖女様は随分常識がないらしい。
俺の指摘に胸を押さえ、『嫌悪』がよりいっそう強まり――待て、どこまで強くなるんだ。莫大な量の感情が俺を打ち据えるように荒れ狂う。
「ごめ、ごめん、なさい。ごめんなさい、わたし、知ら、なくて。嫌わ、ないで。ギルだけは、嫌わないで」
「そこまでのことじゃないから落ち着け」
冷静に考えればそこまでのことのような気もするが、とりあえず宥めておく。
「まあ、とりあえず。どうしてこんなことをした?」
「こんなこと?」
「俺を攫ったのはキサラの指示だろ?」
「……ギルの、安全第一」
つまりどういうことばってばよ。
「ギルは、男の人、だから。すぐ、襲われちゃう。だから、保護。わたし、と、スクリータと、ギルべリタで、保護する」
「なるほど」
内容は非常にまともなものではある。
中央区より外であれば、ファトゥスのようなイレギュラーはともかくとして、ティアのような無敵処女にエンカウントする危険は割と存在する。
普段の俺は基本的にパーティーの誰かと行動するよう心がけている。
聖都は領内で一番安全だし、聖女が守ってくれるのであれば確実に安全は担保される。
「ギルは、魔法が好き。だから、講師。きっと、楽しい、と、思う」
魔法学校で講師を務めれば魔法に携わっていることもできる、と。
確かに満足いく生活になるだろう。
困った。
反論の余地がない。
「あ。ごめん、ギル。ちょっと、待って、いて」
「何か用事でもあったのか?」
「ん、えと、その」
何やら言い渋るキサラ。
――うん?
まさか、まさかな。
中央区の中でもここは聖都の中枢で、防衛の基幹部分である『嫌悪』の聖女がいる場所で、そこに殴り込む者はいるはずがない。
「……ギルの、仲間。入って、きた」
「はは、マジかよ」
まあリアならそうするか、という信頼があった。
無表情に僅かな困惑すら滲ませ、キサラが対処を迷う。
「なあ、キサラ。賭けてみようか」
「何を?」
「俺の仲間がここまで来るかどうか」
「いいけど」
首を傾げ、眉を顰め、心配そうに。
「勝負に、なる?」
尊大に俺たちを舐め切っている。
傲慢にも己を過信している。
「キサラが勝ったら俺はここで一生過ごしてやる。その代わり俺の仲間が勝ったら、そのときは――」
そして、俺もまた仲間を信じている。
「話をしよう。俺と、俺の仲間と、全員で」
さてさて。
頼むぞ、みんな。




