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逆転世界はもうどうしようもない  作者: あああああ
20/27

一切手加減のないタックル

 

 旅路は終わりを迎え、馬車は聖都に到着した。

 ギルドの職員たちと別れて聖都北部の住宅区へと向かった。


 聖都は中央区と周辺八区の九地区に分かれている。

 中央区を除く八区には八感情が一つずつ割り振られており、たとえば北部の住宅区は『安心』で、南西部の立法区は『嫌悪』、東部の終章軍区は『恐怖』を与えられている。


「ファトゥスさんがいないのって久しぶりですね。何だか妙に静かな気がします」

「そうだな。俺はこれくらいが好きだ」


 容赦なく言えば司教様が苦笑いを浮かべた。

 ファトゥスは現在聖都のギルド本部で拘束されている。


 少なくとも立法区や執政区、邸宅区は出入り禁止になるだろうとティアは予想していたが、果たしてどうなるか。


「早く冒険に行きたいなぁ。せっかく二級になったんだし、これが終わったらすぐにでも行こうね」

「ごめんな、リア」

「大切な仲間のためならこれくらい何でもないよ。ギルの親御さんに挨拶するのも楽しそうだし、このままティアの家まで行っちゃおうかな」

「諸々の事情を置いておくとしても、聖都にあるのは別邸だし、あたしの家族と会えるかは分からないわよ?」

「そっか、それは残念」


 ティアの話に司教様が少し不思議そうな顔をした。


「ティアさんのお家は裕福なのですね。別邸など、貴族様のお話でしか聞いたことありませんでしたが」

「――そう言えば司教様、中央区に行かなくていいんですか?」

「ええ。それほど急ぐ用もありませんし、ギルバートを家まで送ってからにしますよ」


 素早く差し込んで話を流す。


 ティアは無断で家を飛び出してきた貴族だ。

 何の話も聞かないままに司教様がそれを他へと報告するとは思えないが、それは俺に取っての話だ。

 秘密を持つ当のティアと司教様の付き合いは非常に浅く、信用できないのだろう。

 一度打診してみたものの反応は芳しくなかった。


 あれこれと話しているうちに家が近付いてきた。


「このあたり懐かしいな」

「よく遊んでたよね、お兄ちゃん」

「ギルさんも外で遊んでた時期があるんですね」

「許嫁が元気いっぱいでさ。住宅区を連れまわされたあと、終着点のここで次に遊ぶ約束をしていたんだ」

「……許嫁、ですか」

「異性が苦手な俺でも、幼い頃から一緒だったあいつとは平気だった。俺が試験を受けに行く前日だって勇気づけにプレゼントをくれた。手作りの菓子だった」


 試験中に襲われかけて、聖都からも逃げ出した。

 一番初めに食べたのはそいつから貰ったクッキーだった。


 戻りたくなって、恐怖で戻れなかった。

 襲われたとはいえ宮廷の試験を台無しにして逃げたんだ。帰ったら手配されているかもしれないし、捕まればどうなるか分からない。


「あいつ、今は元気にしてるかなぁ」

「――してるよ。まだ自分のことをお兄ちゃんの許嫁だって言い張ってる。馬鹿みたいにさ」

「後半はともかく、元気にしてるなら良かった。ギルベリタとあいつは昔から仲悪かったよな。今では連絡を取り合う仲なのか?」

「まあ、同僚だし」


 士官学校生だったギルベリタと普通の娘だったあいつが同僚とは、随分出世したものだ。


「ギルさん。許嫁の方に求婚されても断ってくださいね。私は認めませんから」

「そのつもりだから心配しなくていい。この際、許嫁もやめようって言いに来たんだ。これですっぱり終わりにするよ」

「……お兄ちゃん」


 変わったものがあり、変わらなかったものもある。

 あいつとギルベリタの関係は良いものになり、あいつは変わらず俺を許嫁として見てくれているようだった。


 俺があいつに向ける矢印も、二年の間に変わってしまった。


 妹とは違って家族でも何でもなく、それなのに俺と真っ向から対等に付き合ってくれる唯一の理解者。

 今では俺の理解者は三人も増えた。


 二人で共有していた狭い世界は、俺の世界が広がったことで崩壊してしまったんだ。


「ギル、それ以上いい感じの思い出を語るのはやめておきなさい。その許嫁に会ったとき、あたしは番えた矢を躊躇なく放ってしまうかもしれないわ」

「分かった分かった、目が怖いって」


 何かしらの薬でも使ったのか、瞳孔をかっぴらいていた。

 ティアの綺麗な顔が割とマジで台無しである。


「俺の家が見えてきたな」

「ん? ギルの家の前に団体さんが来てるけど、アレは?」

「私のお客さん。お兄ちゃんは気にしなくていいからね」


 十数人の武装した人が見える。

 見える旗の模様は――終章旗ではない。

 見慣れない紋様だが、紫の布地を使っているあたりは『嫌悪』が関与しているはずだ。


 特別何かしらの感情と関係がない場合は白や黒の旗を使うのが通例だから、八感情に割り当てられた色を使う場合は、逆説的にその感情と密接な関係があるということ。


 まさか『嫌悪』の聖女絡みだろうか。

 ギルベリタがそんなビッグネームと何らかの関係を持っているとは、流石の兄と言えど思わなかった。

 成長したなぁ。


 近付くと、向こうもこちらに気が付いたらしい。

 先頭に陣取っていたベージュの髪の少女が俺に気付くと、こちらに猛ダッシュしてきた。


「ギィィくぅぅん!」

「久し――ごっふぁ!?」


 一切手加減のないタックルが決まる。

 全身が一瞬浮きかけたものの、どうにか地面を捉えて勢いを削る。


「おかえりギーくん! 絶対帰ってくると思ってた、ずっと待ってたの! ギーくんもそう思ってくれてたんだね、これもう運命だよ、結婚しよう!」

「お兄ちゃんから離れろ、ゴミ」

「痛いっ!? あ、ギルベリタ。いたんだ」

「あのゴミって勝手に処分してもいいかしら」

「感動の再開に水を差すものではありませんよ」

「リアさん、あのゴミ燃やしませんか? きっとよく燃えると思いますよ?」

「二人とも、ステイ」


 吹き飛ばされることこそ耐えたものの、俺を生絞りジュースにする強さで抱擁されては数秒で死ぬ。ギルベリタに助けられた。

 視界の端で殺気を出して震えている二人とそれをどうにか宥める二人が見える。

 いつもお疲れさまです。


「はぁ、はぁ……久しぶり。それとただいま。二年も待たせてごめんな、スクリータ」

「うんっ、当然だよ! ボクほんとに心配したの、ギルベリタみたいに探すべきかなって思ったけど、でも約束したから!」

「うおっ、眩しい」


 ギルベリタに見つからなければ一生放り出していたかもしれない俺には、その信頼は重すぎる。


「もう一生一緒にいよう? ギーくんだってそれを望んでるよね? 一ヵ月くらいなら結婚式が遅れたって自然だし、今のうちに結婚しておくのがいいと思うの」

「ああ、ごめん。それについて話があってさ」

「ギーくんからボクに話? まさか結婚式の準備がもう終わってたり!? 確かに冠婚葬祭はタイミングが大事だけど、少しは相談して決めたかったなぁ、――なんて冗談! 何かな、ギーくん!」

「あー、いや、そのだなぁ」


 相変わらず猪突猛進で思い込みが激しい。

 スクリータの絶好調な弁舌を邪魔するようで悪かったが、これからのことを考えれば伝えるのは早い方がいい。


「許嫁、解消の方向で頼む」

「は? ボク二年も待ったんだけど?」


 まあ流石に怒るよな。


「とりあえず詳しい話を聞いてくれ」

「嫌、嫌だよ。どうしてこれ以上譲歩してやらなきゃならない? ボクはもう充分待った、それならギーくんは報いるべきなの」

「オーケー、落ち着け」


 明らかに様子がおかしい。

 ティアが逸早く矢を射掛けようとしたが、ギルベリタの蹴りで弓を取り落した。


「……状況、分かってるのよね?」

「分かってるよ。スクリータはやっぱり我慢できなかったから、そこの人たちは要らない」


 『嫌悪』の紋章旗を持っていた者が頷き、統率の取れた動きでどこかへ去っていった。


「へえ。ギルベリタちゃん、まさかとは思うけど僕たち四人を相手取るつもり?」

「そうだけど? さっさとかかってきなよ、田舎育ちのチンピラ三人と、聖女に慣れなかった司教様でさ」


 ルナとリアが前に出たタイミングで、ギルベリタは目を瞑った。


絶望(despera)(tiones )心身(et animum )の害(et corpus )である(oppugunant)


 鮮血が舞う。

 『絶望の魔法』――『悲哀』と『恐怖』という希少な基本感情二つをかけあわせた最高難度の応用感情を使い、ギルベリタは()()していた。

 呆気にとられたリアたち四人を置いて、ギルベリタはもう一度詠唱する。


「祝福の魔法、第一位」


 おかしい。

 二年前のギルベリタは『安心』の適性しか持っていなかったはずで、『絶望の魔法』も祝福の魔法も使える筈がない。それなのに。


神はそ(deus)れを望(id)まれる(vult)


 そもそもどうしてギルベリタが戦ってる。

 なぜ、なんで、何が。


「ギーくん、どこ見てるの?」

「待っ――」


 底冷えするようなスクリータの声を最後に、俺の意識は闇へと落ちた。



desperationesが十文字を超えていてルビを振ることができず、泣きました。

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