一応俺も信徒だからさ
かつてないほど清々しい気持ちで迎えた明朝。
俺は何故だかパーティーの三人に囲まれて正座を強いられていた。
「あの、どうして怒っていらっしゃるので……?」
「タイミングからして分からないかな」
頭に過ったのは昨夜の記憶。
夜明け前に俺はギルベリタが眠るテントまで戻り、ファトゥスに証拠の隠滅を任せたはずだった。
ルナが赤面しているが、まさかバレているとは思えない。
「あのね、ギル」
「はい」
「ファトゥスとシたでしょ?」
ド直球にバレていた。
何故分かったのかと驚いていると、ティアがツンと言った。
「起き抜けからファトゥスとの雰囲気があからさまにぎこちないのよ、分からないはずないでしょう。何よ、赤らめた顔逸らしながら『お、おはよう。あー、その、何でもない』って。……あたしの頭が脳髄から腐り落ちるかと思ったわ」
「大丈夫なのかそれ」
「話をズラさないでちょうだい」
完全に察しているらしい。
羞恥を覚えて頬を掻けば、ティアは突然叫び声をあげて発狂した。
リアによって羽交い絞めされて向こうへと連れていかれる。
腐り落ちるとか言っていたが、あいつ、頭は大丈夫だろうか。
「ギルさん、その、やっぱりファトゥスさんの魔法ですか?」
「そうらしい」
「これからもそうなるんですか?」
「そうらしい」
「じゃあ次は私が――」
「しなくていい」
ルナが膨れっ面になって抗議する。
「私じゃダメですか。ギルさんは私よりもあんな人に興奮するんですか」
「ルナ。その疑いは俺への名誉棄損だ」
誰が好き好んであんなやつを選ぶんだ。
行為中は優しかったし常にリードしてくれていたが、その程度で帳消しになる負債ではない。
「それなら私を選んでくれたって良かったじゃないですか。ティアさんの頭がおかしくなったのだって、あのファトゥスさんが相手だったせいですよ」
「頭がおかしくなったのを確定事項にするな。まだ戻ってくるかもしれない」
管理業務を担ってくれたし、守ってくれた恩がある。
このままティアの頭がおかしくなってパーティーが解散になったら俺の実家で死ぬまで面倒を見よう。
「別にな、ルナを嫌ってるわけじゃない。ファトゥスが好きだってわけでもない。それで納得してくれ」
「リアさんは『ふーん、僕に一つの相談もないんだ』って、さっきぼやいてましたよ。私も同じ気持ちです」
「それは……いや、ごめん」
ティアやルナならいざ知らず、危険がなさそうなリアになら相談したって良かったはずだ。
冷静に色々と考えたつもりだったが、やはり視野狭窄に陥っていたらしい。
「リアさんに相談がいってたら、ティアさんか私に誘導してくれたはずだったのに……」
「聞こえてるぞ?」
「私が寝取られて興奮できる人でまだ良かったですね」
「何も良くないからな?」
何を暴露してくれてるんだ。
「私が寝ている間にギルさんが他の人と……なんて現実になるとは思ってませんでした。良い意味でも悪い意味でも、ですけど」
「一旦口を閉じようか」
「ちなみに私が寝てる横でシてたんですか?」
「してないから落ち着け」
「……残念です」
「言ったのは俺だが、この理由で落ち着かれるとそれはそれでキモいな」
理解できない深淵を垣間見た気分だ。
「ティアさんみたいになる方がお好きなんですか?」
「どっちもどっちだよ」
「むぅ、強情ですね」
ファトゥスとのあれこれでガードが緩くなっているだろうとでも思っていたのかもしれない。
確かにあの日までの性欲とは一線を画す衝動だが、一度限界ギリギリまで我慢して鍛えられた理性ならこの程度何の問題もない。
「そういえばルナたち以外で気が付いている人はいるのか?」
「司教様は気付いてるみたいでしたよ。でも意外でした、あの人がまさか……」
「司教様が、まさか?」
「何と言いますか、ええと、あの反応は――」
「ギル、もう一度座りなさい! 正座よ!」
あ、ティアが戻ってきた。
ぷんすこお嬢様の隣では、こりゃダメだとでも言いたそうな諦め顔のリアが肩を竦めていた。
「とりあえず、大人しく怒られてきてください」
「……うっす」
馬車の中は昨日までと比べて静かだった。
ギルベリタは俺の右で例の如く目を瞑り、左ではティアが怒った顔のまま腕を組んで何も言わない。
ファトゥスは先ほどティアにちょっかいをかけたことで体がバラバラに切り裂かれ、現在元に戻るためのパズルに夢中だ。
ティアに隣席の順番を譲った司教様はむっつりと黙り込み、ちらりと俺に視線を向けてはもじもじしている。
「ああ、そうだ。司教様」
「ひゃいっ!? は、はい、何です――んんっ、信徒ギルバートよ、何でしょうか」
「少し前に『憤怒』の適性が生えました」
「……四つ目の適性ですか」
何やら動揺していた司教様だったが、話の深刻さに気付いてスッと冷静になる。
「私の方で教会に話を通せば大司教様までならお取次ぎできるかと思いますが、必要ですか?」
「要りません。ですが報告の責任くらいはあるかと思いまして」
「……冒険者の場合はギルドから報告が上がることになっておりますが、その場合聖職者として取り立てられる可能性が非常に高いです」
「渡さないわよ」
『憤怒の魔法』を祈るにしても過剰な怒りがティアから放たれる。
どうやらティアに『憤怒』の適性はないらしい。
魔法が暴発する可能性もなくて安心だな。
「ですから、三つの適性を持っている、ということにしてください」
「それでいいんですか?」
「はい。『憤怒の魔法』も使っていただいて構いません。『憤怒の魔法』を使うとき、偶然他の適性を失っているということにしていただければ、報告義務はございません」
少し、いやかなり驚いた。
司教様はもっと真面目な方だと思っていた。
「男性ですから祝福の魔法を使えません。従軍にしても冒険者として既に活動していらっしゃいます。であればどちらでも構いません」
「祝福の魔法? 男性が云々って言うと、女の力を引き上げてくれてるあの祝福のことだよね?」
「その認識で間違いありません。厳密に言えば魔法ではありませんが、メア様よりいただいた祝福から更に力を引き出す技術のことです。四つの適性があって初めて習得できる技術だと言われています」
「へえ、だから祝福されてないギルは使えないんだ」
「……そのまま言われると凹むなぁ」
「ごめんごめん」
一応俺も信徒だからさ。
平謝りのリアを笑って許し、司教様の方を再び見やる。
「適性については分かりました。それで司教様、もう一つ伺いたいことがあるんですが」
「何でしょうか?」
「どうしてさっきまであんなに挙動不審だったんですか?」
「……勘違いですよ、ギルバート」
「それとどうして今日はセクハラが少ないんですか?」
「みゃっ」
なんか変な声が出た。
司教様の顔をじっと見つめてみれば、澄まし顔がどんどん朱に染まっていく。
「まさか司教様、あれだけ卑猥なことを言っておいて――未経験だったりします?」
「ギルバート! 男子のあなたがそんな下品なことを言ってはいけません!」
「処女があんなに言うのも……」
「やっ、やめなさい! 怒りますよ!」
もう怒ってるって。
しかし予想外だった。まさか司教様がただの耳年増だったとは。
俺とファトゥスの様子から察して勝手に妄想してしまうような人だったとは。――いや、これは元から分かっていたことか。
「同類だったのね」
「ティア、やめとけ。一応司教様だから。慣れた感じを装っているだけのモテないお姉さんでも司教様には変わりないから」
「分かりました、謝罪します。今までの言動を謝罪致しますのでそれ以上はどうか……!」
視界の端で何かが跳ねた。
ファトゥスの腹だった。
肌を布で隠すとダメージを与えられず、バラバラになるだけのファトゥス。
腹を抱えるための腕がティアによって斬り刻まれ、更には笑い声を上げる口まで死なないよう布で包んだ上で八つ裂きにされているというのに、それでも笑いたいらしい。
「あれ、おかしいですね。本来の私が好かれないとダメとか何とか仰ってませんでしたか?」
「しかし、ルナ。あれも本来の私です」
「へえ、処女のくせに意気がってギルさんをからかおうとする姿が本来の司教様なんですね」
「ち、違います、意気がってなど……未経験で卑猥な冗談を言ってはいけないのですか!?」
「ダメです」
「そんな……!」
何故だろう、いいようにされる司教様を見ていると、ファトゥスの気持ちが多少理解できそうな気がする。
「うっ、うぅ、意気がって申し訳ありませんでした……!」




