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逆転世界はもうどうしようもない  作者: あああああ
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ムードもへったくれもない

 

 夜闇の冷たさが首筋を伝う。

 体中に熱が充満していて、余計に冷えているのが分かる。


「決心したんだねぇ、ギルくん」


 振り返ると、先ほどまで俺が座っていた場所に、鎮火された焚火の前に――ファトゥスが座っていた。


「こんばんは、キミの大好きなファトゥスちゃんだよ! 待ちわびてた? 待ち望んでた? あはっ、都合のいい存在がいてくれてよかったねぇ?」

「……静かにしてくれ」

「もっと元気出していこうよぉ! そっちは、もうやる気満々なんでしょ?」


 ファトゥスの下品な科白と視線。

 反論する気力もなかった。


「ねえねえ、誰を選ぶ気なのかな? ファトゥスちゃん的にはぁ、かわいくて頭が良くて性格もいいファトゥスちゃんがいいと思う!」


 道化は相変わらずふざけた調子だった。

 会話のペースを取られるのが癪で、一つ問いかける。


「誰を選ぶと思ってるんだ?」

「え? 分かってるよ、ファトゥスちゃんでしょ?」


 あっけらかんとそう言った。

 何もかも見当がついているらしい。


「そうか、そうか。……敵わないなぁ」


 観念して隣に座る。

 ファトゥスが小さく何かを呟けば、焚火が生まれた。


「『冷笑の魔法』、相変わらず反則的だな。本来はそうやって使える魔法じゃないだろ」

「あははっ、魔法は魔法だからねぇ。(mendacium)は一人で吐けるけど、『冷笑』は相手が必要って……そう言えばギルくんなら分かるでしょ?」


 ふむ、と考えてみる。

 『期待』のベクトルは正を僅かに含む外向のベクトルで――、『嫌悪』は純粋な負のベクトルで――、対象がファトゥス自身だと仮定して――、自発の『憤怒』或いは内向の『驚愕』を――。


 ニヤニヤとこちらを見つめているファトゥスがうざったい。


 だが久しぶりに出会った魔法学的な問題だ。

 ほんの少しの間だけだが、性欲すらをも忘れて思考に没頭する。


「魔法は魔法、か」

「せいか~い! ぱちぱちぱち、分を弁えてる子はファトゥスちゃん大好きだよぉ?」


 やがて結論に辿り着いた。

 それは既に言われていたことだ。

 ファトゥスの『嘘』は魔法ではないため、俺が知っている論理では説明が付かないというだけのこと。

 魔法学の問題と分類することは間違いだった。

 その力は人の手に負えない。


「『嘘』が『冷笑』じゃないなら、『冷笑』の正反対である『関心』では『嘘』を打ち消せない」

「だからファトゥスちゃんの嘘は治せないのさ、絶対にね!」

「……『関心』の神族でも、か?」

「さあ、神様たちのことはわかんない。いくら神族のファトゥスちゃんと言えど、知らないことはあるんだよねぇ。精霊の神族なら知ってそうだけど」

「霊知学を履修すべきだったかもなぁ」


 スィークレが司る知識も八つに分けられると聞いたことはあるが、生憎と魔法一辺倒だった俺は詳しく知らない。


 直近で創られた『憤怒』の神族たる女蛮族(アマゾネス)は俺が生まれた頃の話だった。

 六十年かそこらしかない人生で、『関心』の神族が創造される未来は余りにも低く、淡い可能性だ。


「結局、俺はこれと向き合うしかないのか」

「残念だったねぇ、ギルくん」

「本当にな」


 ファトゥスが笑う。

 艶っぽく、扇情的に。


 俺は改めて感情の整理を付けようと、誰に言うでもなく吐き出す。


「リアは全部やりたいことだけに捧げている人間だ。俺はあいつの仲間であって恋人じゃない。リーダーとしての責任があることでもないなら、巻き込めない」

「……リアちゃん、かぁ。頷いてくれると思うよぉ? 厄介なことにもならないだろうしさ」


 彼女は決してブレることがないだろう。

 だからこそ、汚したくない。

 俺はリアの真っ直ぐな芯を気に入っていて、それにけちを付けたくないんだ。


 あいつはやりたいことのためだけに生きていてほしい。


「ティアは俺が求めた通りに振舞ってくれる。それは無理してるわけじゃない。でも、一度言った内容と矛盾することは言いたくないんだ」

「ティアちゃんってばす~ぐ調子乗るし、賢明じゃない?」


 淑女的であってくれと求める一方で、俺の性欲は処理してもらいたい、なんて言えるはずがないだろう。

 都合のいい存在として扱いたいわけじゃないんだ。


 まあ、そういう関係を持ってしまった途端に厄介なことになりそうという懸念もあるが。


「ルナは――きっと、それが目的じゃない。あいつは男を神聖化してる節があって、でも本当は対等な付き合いを望んでる。寄り添っていたい延長に性欲があるだけで、それが本当の目的じゃないんだ」

「共依存を求めてる感じだよねぇ、ルナちゃん」


 ルナは純粋だ。

 好き同士になって、恋人になって、結婚する。

 その普通を衷心から誰よりも求めている。


 真正面から受け止めて断ってやることが、俺にとって一番真摯な対応だと思う。

 それならその思いを歪めてしまいたくない。


「司教様にとって俺はただの少し付き合いが長い教え子ってだけだ。別に特別な何かを抱いてるわけじゃない。処理してもらうのはいいが……それで司教様の人生を縛ることはできない」

「あははははっ! うん、触れないでおこうかなぁ」


 司教様が俺を教え子として、信徒として、かわいがってくれているのはありがたい。

 その淫猥な科白が俺以外にも向けられているのは魔法学校生時代に知っている。


 俺と繋がりがあることで、司教様は恋人を作ることができなくなるかもしれない。

 こんな都合で司教様の人生を左右すべきじゃない。


「ギルベリタは、うん。まあ妹だしな」

「一言で終わり!? あっははは! 妹ちゃん不憫すぎるでしょ!」

「いや、だって妹だぞ?」

「あははははは! 妹ちゃんはあんなに必死なのに!」


 流石にこれの処理に妹を付き合わせるほど人間を捨ててない。

 そう付け足すと、ファトゥスは気でも狂ったのかと心配になるほど笑った。


「そっかそっかぁ、やっぱり、ファトゥスちゃんしかいないんだねぇ?」


 魔法をかけられたあの日と同じように抱き寄せられる。

 情欲交じりの吐息が耳のあたりをくすぐった。


 こいつは俺を馬鹿にしている。

 矮小な存在の懊悩が嬉しくて堪らないようだ。


「……本当に、お前は最低だ」

「あははっ、ファトゥスちゃん知ってるよ? ギルくんは優しいからさ、これくらいの相手じゃなきゃ遠慮なく抱けないんでしょ?」


 一言「(mendacium)」と唱えればサーカス団が使うような色合いのテントがどこからともなく現れた。

 ムードもへったくれもない。


「ねぇ、ギルくん。ファトゥスちゃんは哀れで愚かしいすべての存在を心から愛してるんだよ? たとえば、涙が出るほど笑えるキミたち人間のこととかさぁ!」

「そんな愛情は要らない」

「ん~? ほんとぉ? ……今だけは必要なんじゃない?」


 ファトゥスが一足先にテントの中へと入っていった。

 ベッドの縁に腰かけ、こちらに両手を伸ばして。


「ほら。――おいで、ギルくん」


 そうして、俺は溜まった性欲を発散した。


 

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