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逆転世界はもうどうしようもない  作者: あああああ
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なんだこいつ無敵かよ

 

 いったい、どうすればいい。

 ルナを愛でるという苦肉の策は多少の効果こそあったが、いたずらに寿命を延ばすだけだった。

 それも六日の壁を超えることはない。


「ファトゥス」

「ん~? 何かなぁ、ギルくん? ちゃちゃっと『嫌悪の魔法』張っちゃいなよ!」

「お前は分かってるだろうが」


 負のベクトルを持つ『嫌悪の魔法』――それだけでなく、すべての魔法が使えなくなった。


 祈りは感情をしっかりと捉え、心をそれだけに染め上げなければならない。

 今の俺には集中力が全く足りていなかった。


「言葉にしてくれなきゃ分かんないよぉ? あと、それって本当にファトゥスちゃんができることかなぁ?」


 野営地を定めたにもかかわらず、『嫌悪の魔法』を使わないでいる俺に首を傾げている。

 ファトゥスはこれを見越していたんだ。六日目で俺が魔法を使えなくなるのが見えていた。


「お前なら『嫌悪の魔法』を使うくらい簡単なはずだ。『冷笑』は『期待』と『嫌悪』の応用感情だからな」

「あっははは! ギルくんギルくん、ちょっと客観視が足りてないんじゃない? もっと自分を知ろう? 鏡で見てみなよ、ほらほらぁ!」


 (mendacium)の一言で鏡面が現れる。

 鏡の向こうには――顔を赤く上気させた男が一人。

 悍ましく、受け入れがたい光景だった。


「分からないかなぁ? 今のファトゥスちゃんは『嫌悪の魔法』なんて使えない! 『憤怒』も『悲哀』も『驚愕』も『恐怖』も『信頼』も『安心』も、全部全部使えるはずない! だってギルくんが演じてくれる喜劇への『期待』でいっぱいなんだから!」

「……最低だな」

「ふふん、ギャグ控えめでお送りしております」

「知らねえよ」


 殴りつけてやろうか。


「はぁ。それならもういい」

「そんな簡単に諦めるんだ? あはっ、発散して自分で魔法を使えばいいもんね? ファトゥスちゃんが手伝ってあげるよぉ?」

「要らない」


 馬車の中に声をかける。


「司教様。お手数おかけして申し訳ありませんが――」

「みなまで言わずとも構いません。昂る情欲を鎮めたいのですね?」

「そっちじゃない!」

「……そっち?」

「あ、いや、違います。『嫌悪の魔法』を使っていただきたくて」

「はあ、構いませんが。……そっちじゃないとは、そちらも考えていらしたということでしょうか?」

「セクハラで訴えますよ」

「そんな!?」


 冗談です、と誤魔化して引っ張ってくる。

 俺に引かれた腕を少しの間眺め、ごほんと咳払いし、司教様の怜悧な顔がより真剣さを増した。


人を動(homines)かすは嫌(odium)悪なり(moventur)


 光が方々に散り、紫の檻を作り上げる。


「へえ。司教様って魔法使えたんだ。ファトゥスちゃん知らなかった」

「あの人は元聖女候補筆頭だ。俺よりずっと巧く魔法を使う」


 司教様とは魔法学校生の頃に知り合った。

 何なら俺が使う『悲哀の魔法』は当時の講師だった司教様に教えられ、何とかものにした魔法だ。


 言葉のセクハラこそ酷かったが身体的ハラスメントはなかったため、俺は研ぎ澄まされた魔法の腕を尊敬していた。

 まあ俺以外の男子生徒から猛反発を喰らって就任一年目で教師引退まで追い込まれていたが。さもありなん。


 実を言うと、東方領に来たのは彼女がその方面の教会で司教をしていると聞いたからだ。

 そこで『水面の金月』を知り、今の出会いがある。


「尊敬できる人だ。……割と周囲から疎まれてるが」


 久し振りの魔法で鈍っていたのか、司教様が膝をついた。

 薄桃色の髪が地面に着く。


「司教様の戦法は非常に効率的且つ非人道的だ。終章軍からは倫理面で干され、教師として生活態度で干され、元聖女候補でありながら司教の座に押し込められた人だが、俺は尊敬してる」

「何それ、最高だねぇ! ファトゥスちゃんそういう人大好き!」


 当の司教様は何やら手で顔を覆って地面に伏しているが、体調でも悪いのだろうか。


「ここでギルくんの進退が窮まるって思ってたのになぁ。って残念な気持ちはあるけど、案外プラスマイナスゼロかも?」

「相変わらず最低だなぁ」

「ファトゥスちゃんは人の不幸と欠点が大好物だからねっ! ……あ、ギルくんも面白くて好きだよ?」

「聞いてない」


 距離を詰めようとしたファトゥスに手刀を食らわせ、何故だかメアに祈りでも捧げているかのような体勢の司教様を助ける。


「初めて言葉責めされる感覚を得られました。中々に情欲をそそりますね」

「うわ、ばっちぃ」

「きゃん!?」


 あ、咄嗟に突き飛ばしたから、顔が今度こそ地面に。

 かわいらしい悲鳴を上げた司教様の様子を窺う。


「こ、これが被虐ですか。なるほど……」


 なんだこいつ無敵かよ。



 ギルベリタを万一にも襲わないよう、先に一人で寝ていてくれと言いつけ、俺は一人で焚火の面倒を見ていた。


 木の枝がぱちぱちと爆ぜる様子を見ていると、昂っていた欲求も落ち着いていく。

 いや、嘘だ。

 正直に言えば全く落ち着かない。


「ああ、くそっ。もうそれしかないのか」


 溜まりに溜まった性欲。

 発散する方法も分からず、ただ悶々と慣れない肉欲に苛まれている。


 向こうのテントを見る。

 今日は確かリアとティアが一緒に寝ているはずだ。


 リア。ヴァレリア。パーティーのリーダーとして、天然気味で少し様子がおかしい時はあるものの、高い判断力を持っていて頼りになる。

 俺をそういう相手として見ていないため、完全に警戒しなくていい唯一の相手だ。

 身長は平均より大きく、体つきも女性らしい。

 日の下では、薄く淡い水色の髪が空へ溶けるように光っている。


 ティア。イーティア・セルペンス。元貴族の割に案外素直で、雰囲気を引き締める役割を持っていたはずが最近ずっと緩んでいるような気がする。

 好調と不調とで差が大きく、欲望を明け透けに言い放つこともあれば風紀を気にして自制することもある。

 俺とそう変わらないか、僅かに小さい程度の身長。それに反して胸は全くないが、家柄や育ちがいいためか、いつもしっとりと潤った白い肌に綺麗な金髪がよく映えている。


 更に向こうの、同じ型のテント。

 そこではルナとファトゥスが休んでいる。


 ルナ。リリルナ。いつまでも敬語が抜けない二つ年下の少女で、身の丈に似つかわしくない戦鎚を振り回すさまは非常に格好がいい。

 自分を偽って周囲に愛想を振りまいているが、裏表と言えるほど感情を押し隠しているわけでもなく、ペルソナに似たもののように感じる。

 俺より頭二つほど小さく、それに見合う未成熟な体だがティアほどないわけでもない。自分に自信がない一方、淡い期待を抱きがち。


 ファトゥス。『冷笑』の神族。俺をこんな目に遭わせた犯人で、タチの悪い愉快犯。

 性格が悪く他人の不幸や失敗を冷笑して憚らない。人を馬鹿にしたような態度や口調でからかって遊ぶが、一度追い込まれると即座に許しを請い、しかしやっぱりちょっと馬鹿にする。

 身長は平均的なくせに胸は豊かと言っていい。腕に押し付けられてぐにゃりと形を変えるそれを何度頭の中から追い出したことか。


 振り返って、馬車を見る。

 一番近いものの中に司教様が眠っている。


 司教様。ハイミシア・エンライト。俺が入った魔法学校の恩師で、聖都を飛び出した俺が縋りついたたった一つの(よすが)

 研鑽を怠らず真摯に生きながらも、その真摯さが空回りして俺に卑猥なことばかり言う、少しどころではなく残念な聖職者。

 俺が知っている限りでは鎖骨と手フェチで被虐趣味があるらしい。おっとりした雰囲気だが、現在ファトゥスに次いで俺を苛む悩みの種。


「ギルベリタも、なぁ」


 先ほど寝かしつけてきたテントを見る。

 俺の荷物を抱いて濡羽色の髪を夜に溶かしているであろう彼女はよく休めているだろうか。


 ギルベリタ。俺の妹。聖都を逃げ出した俺を東方領まで追ってきた家族愛溢れる優しい少女。

 俺より三つ年下の十四歳で、二年前には終章軍士官学校に通っていたはずのフィジカル強めな愛らしい妹。

 ルナよりよほど成熟した体で引っ付いてくるため、妹とは言え意識せざるを得ない。


「あからさまに、その気があるよな……」


 教会が定めた法規では、結婚に絶対的な条件はない。

 両者にその気があるなら親子でも結婚できる。

 しかし一親等の例は少なく、実際の慣例としては二親等以上が多い。

 つまり兄弟姉妹の関係なら実質的に許されているわけだ。


 ギルベリタは間違いなく俺をその相手として見ている、と言いきりたくはないが、ここまで追いかけられて戻ってくるよう言われた以上、その可能性が高い。


 リア、ティア、ルナ、ファトゥス、司教様、ギルベリタ。


「もう限界だ」


 今考えたうちの誰かに、性欲を処理してもらえるよう頼むしかない。

 立ち上がり、焚火の始末をする。



 俺は――。


 

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