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逆転世界はもうどうしようもない  作者: あああああ
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絶対に責任は取らない

 

 これが普段女性の味わっている感覚なのだろうか。

 だとしたら笑えない。あの無敵状態になったティアのことさえ笑えな――いや、それは言い過ぎた。あーっと、司教様……も、流石に理解できない。


 そう言えば今の俺が抱える性欲より普段女性が持っている性欲は大きいのだったか。それなら納得しておいてやるとして。


 リアの生態が理解できない。

 これ以上の性欲を持っていてなおアレなのか。

 本気で何かが欠落してるんじゃないか?


 揺れる馬車の中、俺はとうとう歯止めが効かなくなっていく欲求と戦っていた。

 ファトゥスがウキウキで俺の方をのぞき込んでいる気配がする。


「邪魔よ」

「まあまあ、ティアちゃん。今いいとこなんだからさ」

「相変わらず悪趣味ね、乗り物酔いで弱ったギルが好きだなんて。何がいいのか毛ほども理解できないわ」


 俯いた俺の世話を焼く甲斐甲斐しいティア。


「いいかげんにしろ」

「ほら、ギルもこう言って――」

「ティア、お前だ。もう口を閉じてくれ」

「なんでよ!?」

「あはははは! だってさティアちゃん!」

「ちょ、ちょっとギル!? 何か間違えてないかしら、あたしはただあなたのことを思って――」

「間違えてない」


 これ以上甘やかされると押し倒してしまいそうだ。

 ティアなら受け入れてくれるだろうという信頼が俺に牙を剥いている。

 背を摩って良い匂いを漂わせないで欲しい、優しく語りかけないで欲しい、俺に隙を見せないで欲しい。


「はぁ、察しが悪いなぁ。仲間だか何だか知らないけど、お兄ちゃんの看病は妹である私しか務められな――」

「ギルベリタ、近付くな」

「お兄ちゃん!?」

「あっはははははっ! あはっ、あはははは! ひぃ、お腹痛いよぉ! ファトゥスちゃん死んじゃう、あははははは!」

「黙りなさい。どうせあなたがまた何かしたんでしょう」

「あはは、あはははは!」


 笑い転げているファトゥスへの怒りで欲求が薄らいだ。


「ティア、ごめん。ありがとな」

「お礼はいいから状況を説明しなさいよ。何に困ってるのかは知らないけれど……あたしが力になれることなら何でもするわ」

「じゃあ優しくしないでくれ」

「なんでよ!?」


 こんなこと言えるか、馬鹿。



 東方領から中央領に入り出立から五日目の夜。

 ファトゥスの見立て通り、俺はこのままじゃダメだ。


 既に「相手してもらうなら誰がいいか」という思考に陥りつつある。もはや逃げ場はないのだと、ファトゥスが笑っているような気さえしてくる。

 打開の一手が必要だ。


「ルナ、ちょっといいか」

「ギルさん? いいですよ、どうかしましたか?」


 リアたち三人は誰もがファトゥスをあまり歓迎していないらしく、今まで俺と三人で組んでいたローテーションをそのまま使って押し付け合っている。

 今日はティアの番らしい。

 向こうから聞こえてくるティアの怒声やファトゥスの哄笑を聞き流しながら、ルナを野営地から少し離れた場所に連れて行く。


「嫌だったら言ってくれ」


 そして、俺より頭二つ分も小さな体を抱き寄せた。


「――ふぁ?」

「わぁ、ギルってば大胆だね」


 性欲が浄化されていく。

 もう大人と変わらないほどに大きくなってしまったギルベリタとは違う、子供らしい体躯だからこそ邪念なしに癒される。


 何をするのかと作業の手を止めて眺めていたリアからどこか調子のズレた言葉を受け取りながらも、俺はいっそう強く抱きしめた。


「――――――っ!?」


 何やら叫んでいたが、強く抱きしめているせいでくぐもって聞こえる。


 声が落ち着いたあたりで引きはがすと、ルナは困惑を顔に浮かべて泣いていた。

 咄嗟に謝ろうとしたが、それより先にルナが言った。


「ギルさん、もう、死んじゃうんですか? だから私に優しくしてくれるんですか……?」


 リアが噴き出した。


「なんで、こんなことしてくれるのか分からなくて、私、わたし、不安でぇ……っ! ごめんなさい、ごめんなさい、ギルさんの服、濡らしちゃいました」


 ぽろぽろと涙をこぼすルナ。

 何をどう言えばいいか分からず目でリアに助けを求めたが、ファトゥスばりに爆笑していて気付きもしなかった。


 あいつ今度覚えてろよ。


「ルナ、俺は死なない。大丈夫だから泣かないでくれ」

「……本当ですか?」

「ほんとほんと」

「病気とかじゃ、ありませんか? 私たちから離れて行ったりしませんか?」

「大丈夫だって」


 ようやく安心してくれたのか、ルナが飛びついてくる。


「よかったぁ……!」


 流石に聞こえたらしく、ギルベリタが向こうから射殺さんばかりの視線をルナに寄越しているが、ルナは全く気が付かない。


 こうなるのが分かっていたから静かに済ませようとしたんだが、無駄に終わってしまったようだ。


「これからは勝手に脳内で俺を重病人にするなよ」

「分かってます、分かって――むふっ」

「もう大丈夫そうだな、離れろ」

「まだダメです。第一、ギルさんから誘ったんですよ?」

「……ちょっとだけだからな」

「本当にいいんですか!?」


 自分から言っておいてどうして驚いてるんだ。


「一生の思い出にしますね」

「しなくていい。ルナならいつかはもっといい思い出を作れるだろうさ」

「その発言って……」

「責任は取らない」

「むぅ」


 絶対に責任は取らない。

 結婚なんてしない。

 恋愛もしない。


「このままの関係でも、ギルさんに出会えてよかったって、心からそう思います。……勝手に離れたりしたら、ダメですよ」


 ひしっとくっついたまま、ルナは俺を見上げて微笑んだ。

 その顔は異性として余りにも魅力的で。


「分かってる」


 今の今まで認識していた『ルナ=子供』の図式が音を立てて崩れる。

 咄嗟に引き剥がした。


「もう終わりですか、残念です。……あれ? ギルさん、顔赤いですよ?」

「赤くない」

「そうですか?」


 夜でよかった。


 リアの制止を吹き飛ばし猛進してきたギルベリタに身柄を確保されながら、俺は心臓の鼓動をどうにか落ち着かせた。


 明日は六日目だ。

 俺は半ば諦めの境地に至り、遠い目で夜空を見上げた。



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