表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆転世界はもうどうしようもない  作者: あああああ
14/27

制裁できるだけの力を

 

 ギルベリタの吐息が手にかかる。

 抱きしめられた腕のせいで上手く身動きが取れない。


「すぅ……すぅ……」


 俺の右腕を抱き枕にしたギルベリタはどうやら熟睡しているらしい。

 あどけない妹の寝顔。

 胸の内に燻るものを感じて、唇を噛んだ。


「んっ、んぅ」


 腕を引き抜こうとして、ギルベリタの体と擦れる。

 悩ましい声が小さく漏れた。


 起きただろうか。

 様子を窺うも、ランプもないテントの中は真っ暗でよく見えない。

 十秒ほど待てば変わらない寝息が聞こえ、俺は安堵と共にテントを抜け出した。


 嫌悪の魔法が張られた結界の中でぎゅうぎゅう詰めにされた馬車とドームテントが月明りで淡く光っていた。


「三日かぁ。案外早かったね、ギルくん」


 突然耳元で囁かれ、思わず振り向こうとしたが、強引に手で固定される。

 ファトゥスはくつくつと笑う。


「思った通り、お前が何かしたんだな」

「ん~? ……あははっ! 分かってないんだぁ? それとも認めたくないだけ? ファトゥスちゃんは何もやってないって、魔法使いの君は確信できるはずだよね?」


 くすくす、『冷笑』の道化が笑う。

 馬鹿にして、その愚かしさを愛おしんで、ファトゥスは溢れ出る嘲りを瞳に浮かべていた。


 そのある種真っ直ぐな笑みが魅力的に思えて。

 燻りが胸の中で勢いを増す。


「あれ、反応鈍くない? やっぱり限界は五日くらいなのかなぁ? お預けされたファトゥスちゃんは切ないなぁって泣いちゃうかも!」

「黙れよ」

「あははっ! 分かる、分かるよ。ファトゥスちゃんはギルくんの感情なんて手に取るように分かっちゃうの!」


 小さな声だからこそ、秘められた激情がよく分かった。


「だって女だから! 仲間だから! 神族だから! 『冷笑』の道化だから! ファトゥスちゃんだからぁ!」

「違う、お前が俺に」

「――ねえ、期待してるんでしょ?」


 ファトゥスが胸を俺の腕に擦りつけ、あは、と笑う。

 燻りが燃料を求めて暴れる。


「今まで性欲感じたことなかったんだ。だから戸惑った。見ないフリをした。臭いものに蓋をした! 処理の仕方なんて学んだことなかったから何もしなかったぁ!」


 ファトゥスはきっと、こうなることが初めから分かっていた。

 たった一つの魔法が二度も牙を剝き、確実に逃げ場を奪うだろうと分かっていた。


「欲求不満だよね、ギルくん? あれから二週間も経ってないけど、毎日異性と朝から晩まで過ごしてさ、極めつけに添い寝なんてするから! 自分で自分の首絞めるのってそんなに楽しいの~?」


 俺は、認められなかった。

 ギルベリタの寝顔に、少し服をはだけさせた妹の姿に、興奮している自分が受け入れられなかった。


「教えて教えて? 人のせいだと思ってた劣情がぜ~んぶ自分のものだったらギルくんはどんな気持ちになるのかなぁ、ファトゥスちゃん気になりますっ!」

「――ふざけるな! 元はと言えばお前の魔法のせいだ、俺はこんなんじゃ……!」

「えぇ? それいつまで言うのぉ?」


 心底呆れた、という顔をする。


「誰が何を言おうとギルくんはもう一生そのままだよ? 以前どうだったかなんて関係なくてさぁ、あはっ、今のギルくんが答えでしょ! あははははっ!」


 一転して心の底から愉しそうに笑うファトゥスを見て、頭のどこかで何かが切れる音がした。

 燻っていた欲求が遥かに強い感情で覆い隠される。


「仮にこれと付き合っていくしかないとしてももうお前はない」

「調子こいてすみませんでしたぁ!」


 一瞬で土下座に移行したファトゥス。

 反省しているとは思わない。


 今のこいつは恐らく、自分自身を冷笑している。

 意味の分からない話だが、こいつは他人だけでなく自分の人生すら嘲ってみせるのだ。

 頭を地面に擦りつけようが、屈辱より大きな愉悦を得る。

 だから反省することなど決してありえない。


「『冷笑』はファトゥスちゃんの原罪と言いますか、切っても切れない仲でして。それとあの魔法も最初はただ一緒に気持ちよくなってくれたらなって思って~、だから……」

「今は?」

「めっちゃ面白いことになってるし、あの時のファトゥスちゃんマジグッジョブ! ――あ、間違えた」


 殺せるようになったら真っ先に殺す。

 こいつに子孫は残させない。


 理性と感情とがせめぎ合う。

 俺の中にあるメア様より賜りし神性が、とうとう最後のピースを見つけてしまった。


「……何度殺そうがお前は死なない。それなら、責任もあるし、仕方ないから手元に置いてやる。リアが何か言えばその保証もないがな」

「あざっす! マジあざっす!」


 土下座を続けるファトゥスの頭に足を乗せ、体重をかけた。


「うっ、痛いよぉ、苦しいよぉ。……なんて言って、やっぱりちょっと興奮するね?」

「そうかそうか、それはよかった」


 俺の力だけでは殺してやれない。

 ああ、怒り狂いそうだ。


 メア様、制裁できるだけの力をお与えください。


「あ、あれ? ギルさん? ギルバートさん? なんでこんなに重い――痛い痛い痛い痛い! ファトゥスちゃんの頭潰れちゃう!」

瞋恚は(ira)|すべての感情に《gravia est,》比して(quam)より深重(summa)である(affecti)

「『憤怒の魔法』!? いやいやそんなの死んじゃう! これが愛の重さってやつ!?」


 可能だという確信があった。

 今まで扱えなかった『憤怒の魔法』を飛び越え、強派生の『瞋恚(しんい)』を使えるという確信があった。


「待って待ってほんとに耐えられ――あっ」


 血漿が飛び散る。


 欲求不満が解消されてスッキリした。

 靴の汚れを落としてテントに帰るとしよう。


「あはっ、もう少しかなぁ?」


 ……ファトゥスの声は聞かなかったことにした。



 朝焼けと共に起床したのはどうやら俺とティア、そして馬車の中にいる司教様だけだった。

 そのティアが俺の顔を覗き込む。


「どうかしたか?」

「いいえ、別に何でもないわ。……体調が悪いなら早く言いなさいよ、ギル?」

「なんでそんなこと言うの?」

「それは勿論、あたしが優しいからに決まってるでしょ?」

「お前なんで俺に優しくするの?」

「あなたが好きだって言ったからよ!?」


 金色の長髪に隠れてちらりと覗くうなじ。

 弓術や裁縫に長けたすらりと細い白魚の指。


「……何よ。変な所なんてないでしょう」


 ペタペタと顔を触り、服の裾を持ってはくるりと回っておかしなものがついていないことを確認するティア。

 そうして不機嫌そうに顰められた眉さえ――。


「綺麗だな」

「へっ?」

「いや、何でもない」

「……えっ?」


 さて、朝の支度に戻るとしよう。

 顔を洗ってこの火照りも治めなければならない。


「は、ちょ、えっ……ええぇえぇっ!?」

「うるさい!」


 あ、リアが起きた。



 馬車の中、今日はファトゥスが隣に座ってきた。

 ちなみにもう片方はギルベリタで固定だ。

 忌々しげに、それでいて少し怯えを顔に出しながら、ギルベリタはファトゥスを見て、俺の腕を引く。

 非常に正しき評価である。


「あんまり近寄ってくるな」

「ファトゥスちゃん今日はまだ何にもしてないんだけど!? ごめんってば、人並みの幸せを求めるくらい許してよぉ!」

「お兄ちゃん、最近は結婚できる女の人よりできない人の方が多いらしいよ」

「じゃあ人並みに結婚は含まれないな」

「ファトゥスちゃんを虐めるためだけに兄妹の連携を発揮しないで!?」


 理由がなくとも団結できる家族なんだ。

 ファトゥスという敵がいるなら連携は当たり前だろう。


「言っておくけどファトゥスちゃんは最重要神族様なんだよ!? ほんとならギルくんだって権力で手籠めにできるんだからね!?」


 司教様を見やる。


「仮にそうなったなら致し方ありません。『服従の魔法』で感情を制限する必要が――」

「軽はずみな言動でした、許してください」

「ギルバートはかわいい信徒ですから。神族様と言えど、お気を付けくださいね?」


 『服従』は『信頼』と『恐怖』の応用感情だ。

 どちらの基本感情も希少適性であり、応用まで至るほどの魔法使いはそうそう見つからないだろうが、司教様には伝手があるのだろう。

 とんでもない顔の広さだ。


「ありがとうございます、司教様」

「ふふ、当然のことですよ。礼を言われるほどのことでもありません。どうしてもと言うのなら美味しくいただきますが」

「……そうですか」


 本当に、この人は本当にっ……!

 面白がっているファトゥスの視線が痛い。


「司教様、呆れられて反応すらしてもらえなくなりましたね」

「そ、そんなことは……」

「改善した方がいいんじゃないですか?」

「ルナ。ギルが何も言ってないなら僕たちは何も言うべきじゃない」


 未だかつてない反応に司教様がおろおろしているが、それを気遣う余裕はない。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 ギルベリタの頭を強すぎるくらいに撫でつけ、顔が見られないようにする。


「頑張れ♡ 頑張れ♡」

「うるさい」


 ファトゥスの頭――はジェスターハットが邪魔なため、顔を掴んでアイアンクローで締め上げる。


「いたたたたたた! ファトゥスちゃんだけ扱いひどいよぉ! キュートアグレッションかなぁ!?」

「ポジティブな思考を頭ごと変形させてやる」

「頭脳明晰英明果断七歩八叉なファトゥスちゃんの愛くるしくも素晴らしい頭がぁ!? 司教様助けてぇ!」

「ギルバート、そのあたりで」


 仕方なく放してやる。


「もう、そんなに求めなくても言ってくれれば相手してあげるのに」

「……馬車の中で良かったな」


 外なら血飛沫が飛んでも問題なかった。


「ファトゥスちゃん嫌われすぎじゃない!?」

「今一緒に過ごせてることが僕は相当甘い対応だと思うけど」

「……じゃあ、脈アリってこと?」

「いつか必ず俺の手で殺してやるからな」

「きゃー、想われてる! ――いやファトゥスちゃん全然嬉しくなぁい!」


 うるさい、近い。

 ちょっと良い匂いするの何なんだ。


「ふふん。都合よく使っていいんだよぉ?」

「うるさい黙ってろ」


 未来永劫、絶対にお前だけはないからな。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ