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逆転世界はもうどうしようもない  作者: あああああ
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何がどうなっても隠すべきだ

 

 聖都に向けて出立の日。

 ファトゥスという護衛対象の神族がいることで、聖都に向かうことを伝えた瞬間にギルドから連絡部の馬車に同乗してくれと要請があったため、交通費が丸々浮くことになった。

 これにはティアもホクホク顔である。


「『水面の金月』はこちらの馬車に」

「分かりました。馬車の大きさからして、相席ですか?」


 パーティーの五人にギルベリタを加えて六人。

 しかし用意された馬車は十人ほど乗れそうなものだった。


「そうなります。……ファトゥス様が怒ったりしますか?」

「それは大丈夫ですけど」


 ファトゥスは基本的に怒らない。

 怒る正当な理由があるならば、怒鳴りつけるよりも嬉々として相手を詰り、追い詰め、冷笑する。そのためには相手が少なからず自責している必要があり、そうでないなら興味すら持たない。

 ファトゥスはとにかく性格が悪い。


 苦々しい表情を浮かべながらも、リアは本来の懸念を告げる。


「ウチにはギルがいるのでトラブルを招きやすいんです」

「ああ、そういうことでしたら大丈夫です。あの中にいらっしゃる方はギルバートさんのお知り合いなので」

「知り合い?」


 少し考えてみる。

 ギルドに送ってもらえるような高い役職についていて、聖都を訪れる理由があって、俺の知り合い。


「まさか、あの人か」

「え、誰がいるの、お兄ちゃん?」

「……癖の強い人だ。()()と言うか、()()かもしれないが」

「ああ、あの人ですか」


 ルナが心の底から面倒そうな目をする。

 以前、俺はあの人に死ぬほどセクハラされているのをルナに見つかったことがあった。

 必死に守ろうとするルナ、肉体的接触ではなく言葉責めなので当然精神が削られ続ける俺、クエスチョンマークを浮かべつついつも通りの会話をして俺の精神を削る彼女。


「こんにちは、『水面の金月』の皆様」

「……こちら、噂のセクハラ聖職者で、司教のハイミシア・エンライト様だ」

「噂のセクハラ聖職者!?」


 幌から出てきた薄桃色の髪の司教様。

 ギルベリタが叫ぶものの、興味なさげなファトゥスを除いた三人は口を真一文字に結んで司教様を見定めていた。


「信徒ギルバートとはかねてよりよろしくやっています。皆様とも良い関係を築きたいと思っていますので、よろしくお願いいたしますね」

「よろしくやってはいません」

「ふむ。では密室でしっぽりと思いを酌み交わす仲です」

「ああもうツッコミが追い付かなくなった! しっぽりは広義の意味で密室その他諸々は誤解を招く言い方ぁ!」

「あら、砕けた口調は初めてですね。とても興奮します」


 ああ、聞いていた通りだ、と納得する仲間二人。

 振り回される俺を見て爆笑しているファトゥスは無視するとして、問題はドン引きしているギルベリタだ。


「お兄ちゃん、司教様にも目を付けられてるの?」

「心配しないでくれ。司教様はどんな男が相手でもアレだ」

「こわっ」

「ふふ、怖くありませんよ。あなたはギルバートの妹ですね。……なるほど。ギルバートが女性であればこのようになるのでしょうか。目元が癖に刺さります」

「ひぃっ」


 ギルベリタが俺の後ろに隠れる。

 それにしても珍しい、司教様が男以外にセクハラする姿は見たことがなかった。


「ギル、今のは君も震えあがっていい内容だったよ」

「……ああ、そうか。俺も対象だったのか。もっと刺激的なセクハラに慣れ過ぎて分からなかった」

「ああもう、分かったわ。あたしたちが守るから休んでいて」

「平気だからいい。慣れた」

「ギル……!」


司教様のセクハラに鍛えられたおかげでファトゥスやティアの下ネタに耐えられている側面がある。

 実害も悪意もない以上は修行だと思えばいい。


「キミの周りってほんとに面白いねぇ、ギルくん! ファトゥスちゃんもあの人とお近づきになりたいなぁ~!」

「神族様にそう仰っていただけるとは光栄ですね。ああ、このような機会を下さった属神ジェディス様には心より感謝申し上げます」

「うわ、普通だ。もっとギルくんを相手するみたいな態度でいいんだよ?」

「ギルバートはただの一信徒であります故、神族様とそのようにお話しすることはできません」

「んん? ……結構常識人じゃない?」


 ファトゥスがどことなくがっかりした様子で振り返る。


「ハイミシア様」

「何でしょうか、ギルバート。ああ、その前に。私をあまり気軽に名前で呼ばないようにと言ったはずですが」


 俺は死んだ目で次の言葉を待つ。


(ねや)の中でだけ名前を呼ぶ方が良いのです。そのような関係になって初めて呼称が変わる、そのカタルシスに似た感覚。いえ、まだ得られたことはないのでただの想像ですが」

「わぁ、露骨に相手を選んで語ってるんだ、気持ち悪〜」

「更には悪びれもしないんですよ。気色悪いですよね」

「……ファトゥス様、信徒リリルナ。性欲はメア様に与えられし神聖なる欲求なのですよ。私がギルバートに劣情を抱いているなら隠すべきではありません」


 何がどうなっても隠すべきだと俺は思う。


「司教様の言い分にも一理あるわね……」

「ティア、お前はそういう話になるといつも俺の敵に回るなぁ」

「まあ欲求を隠しすぎるのも良くないっていうのは僕も分かるよ」

「嘘だろ、あのリアまで……」


 性的なことに全く興味がないはずのリアまで敵になってしまった。

 しかしルナだけは俺の手を握ってくれた。


「私はギルさんの味方です。我慢することも偽ることも、私には必要ですから」

「リリルナ、あなたの生き方を否定はしません。しかし本当のあなたが受け入れられなくては……」

「司教様の肯定も賛成も要りません。私はこの私が好きなので」


 司教様の優しげな視線に睨みで返す。

 ルナは俺のそばにぴったりくっついて威嚇を繰り返した。


「ええと。とにかく、聖都までよろしくお願いします」

「はい、勿論。私のことは気軽に聖職者の友人セイクリッド・フレンド、略してセフ――」

「纏まりつかなくなるから一旦黙ってもらえますか!?」



 旅は長く、一度や二度ならず夜が訪れる。


 司教様は馬車の荷台に毛布を引いて寝るらしい。

 俺たちが持ってきたテントは二人用のものを一つ追加して買ったため六人分。

 設営中、ギルベリタが素っ頓狂な声を出して驚いた。


「え、今までお兄ちゃん誰かと二人で寝てたの? ……なんでそんな危ないことするの?」

「結果として手は出されてないし」

「そんな話してない! お兄ちゃんも分かってるでしょ。リーダーの人は知らないけど、それ以外の三人は確実に狙ってるよ!」

「ファトゥスは論外として、二人は安全だ。男との付き合い方が分からないせいで手を出すこともできない」

「ギルさんの攻撃ってリアさんの剣より鋭いですね」

「……同意するわ」


 最初期の二人、特にティアは、吃音が酷いとか、目を合わせられないとか、いつも気持ち悪い笑みを浮かべているとか、そういう次元ですらなかった。

 話しているだけなら普通だったが、少し近付いただけで大げさに飛びのき、深呼吸が終わるまで俺の方を見なかった。

 まともに触れ合えるようになるまでここまでかかったんだ。


 最近は餌をやって手玉に取っている、などと余計なことは話さない。これからのパーティー活動を反対されるに決まっているからだ。


「じゃあ今まではもういいにするけど、今日からは私と寝ること。いい?」

「それでいい」

「よっしゃ役得ぅ!」


 見ないうちに成長してるものだなぁ、悪い方向にだが。

 テンションを上げたギルベリタをどうしたものかと眺めていると、何か言いたげなファトゥスが近寄ってきた。


「……なんだよ」

「いや、別に~? ギルくんはギルちゃんと寝るんだね~って思ってさ。まあ予想通りなんだけど」

「何この人、自己完結してて気持ち悪いね」

「妹ちゃんは初対面の時から辛辣だね!? ほんとに泣いちゃうよ!? ファトゥスちゃんが泣かされるのはベッドの上だけで充分だよぉ!」

「そのテンションと勢いで下ネタに走るな」

「泣いて枕でも濡らしてればいいんじゃない?」

「ひどい! うぅ、ファトゥスちゃん傷付いちゃった。ギルくんの枕を濡らしてくる……」

「それ涙じゃない液体で濡らしてるだろ。――いや、涙でもやめろよ?」


 俺とギルベリタのテントに入ろうとするな。

 そして噓泣きで縋りつこうとするな。


「もう、ノリ悪いなぁ」

「シンプルに好感度が足りないんだよ」

「……ギルくん、ファトゥスちゃんを今のうちに優遇しておいた方がいいよ、って忠告だけしておくね? たぶん一番都合よく使えるのはファトゥスちゃんだしさ?」

「何の話してるの?」


 さあ、と首を傾げた。

 ファトゥスの言葉をすべて正面から理解しようとしても徒労に終わるだけだ。


「だいたい五日、いや六日かな?」


 意味深長な呟きが聞こえて不安に襲われるものの、ファトゥスを頼ることになるとはとても思えない。

 大丈夫だろうと繰り返し自分に言い聞かせる。


 ……あれから何もされていない。

 何の魔法もかけられていない、そのはずだ。


 不安だけが育っていくのを感じながらも、俺は努めて見ないフリをした。

 


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