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逆転世界はもうどうしようもない  作者: あああああ
11/27

できるなら最初からやってくれ

 

 ファトゥスの一件がある程度落ち着き、昇級手続きもそろそろ完了するということで、『水面の金月』はパーティーの資金からあるものを購入することに決めた。


 拠点である。


 俺の加入当初から先送りにされていた全員宿暮らしの問題を解決するため、ティアがとうとう身を乗り出したのだ。


 しかし、リーダーであるはずのリアは早々に離脱し、行動制限が緩和されたもののまだまだ単独行動が許されないファトゥスのお目付け役となったルナも同行することができなかった。


 残るは俺とティアの二人だけだ。

 内見に行く途中、今日だけでも何度目か分からない溜息を吐き出しながら、ティアがこちらを向いた。


「ウチのリーダーはどうしてあんな風なのかしら」


 普通に生まれて、しかし普通に生きられなかった過去がある。

 だとしてもアレはおかしい。

 今日も離脱して何をやるのかと聞けば、水難時のレスキュー訓練に参加するらしい。

 平時であれば好きにすればいいが、パーティーの拠点を決めるという大事なのだからこちらを優先してもらいたいたかった。


『ティアに全部任せるよ。それじゃ!』


 その奔放さの皺寄せがどうしてティアに行き着くのか。

 フォローの言葉が思いつかない俺を見て、ティアはもう一度溜息を吐いた。


「まあいいわ。このパーティーを作って良かったこともあるし、受け入れてあげるわよ」

「お疲れ様」

「もっと労いなさい」

「ティアはいつもよくやってくれてるよ」

「言葉じゃなく体で」

「……ちゃんと一日休ませた方が良さそうだな」

「チッ」


 我らがパーティーの苦労担当は頭が相当に限界でいらっしゃるようだ。


「苦労担当って何よ!」

「何よと言われても、まだ何も言ってないぞ」

「おかしいわね、幻かしら。確かに今あなたの顔にそう書いてあったのだけど」

「幻だと思うならこのアイアンクローをやめていただいてよろしいか!?」


 ギチギチと指の食い込む音が頭蓋に響く。

 必死に応戦するものの、いくらティアの身体能力が前衛二人ほど高くないとは言え、俺の力では全く敵わない。


 その様子に何を感じたのか、ティアが息を荒くさせる。


「……ギル、ちょっと路地裏に寄るっていうのはどうかしら」

「往来で発情するな」

「そもそも男女二人で行動するのって遠回しな合意よね」

「やめろ! そういうの興味ない俺がティアのために付き合ってくれるシチュエーションが好きなんだろ!」

「ええ、そうよ。でもヤらない後悔よりヤって後悔でしょう」

「お前ファトゥスに毒されすぎてるな!?」


 マズい、このままだと苦労担当という犠牲を防ぐために俺が更なる犠牲になってしまう。


 手首を掴まれ引っ張られた。

 性欲のせいで負けちゃってもいいじゃないかとどこかで考えてしまう自分がいるのも増々やりにくい。


 びくともしないティアの腕を必死に殴りつけていると、横から制止の声がかかった。


「衛兵です。痴話喧嘩か事件か、どっちですか?」


 直後、ティアが我に返った。

 ぱくぱくと口を動かしては泣きそうな目で俺を見る。


「ギル、たすけて」

「…………痴話喧嘩です」

「それならいいですが、今後は気を付けるようにしてください」

「はい、ご迷惑をおかけしました」


 こいつ調子に乗ってるとムカつくし、追い込まれると周りが見えなくなるしで本当にどうしようもないな。

 罪悪感で死にそうになっているティアを更に虐めるのは気乗りしないが、必要なことか。


「ティア」

「ごめんなさい」

「まだ何も言ってない。――が、まあそういうことだ。注意してくれ」

「はい……」


 そもそもの話、ティアを危険視していなかったのはまともに自分から触ってくることができないからという理由だった。

 あれからスキンシップを重ねてある程度改善された今、ティアの心理的ハードルは果てしなく緩んでいる。

 今回の一件はそれを引き上げてくれるだろうが、再発は時間の問題だろう。


 新たな楔は必要だった。


「俺は優しいティアが一番好きだからな」


 俯いていた顔がバッと上を向く。

 言葉を理解して真っ赤に染め上がり、またぱくぱくと口を動かした。


「その、一番って、あたしだけじゃない話?」

「さあ、どうだろうな?」

「――――ッ!」


 ティアは声にならない悲鳴を上げてぶっ倒れた。

 どうやら餌をやりすぎてしまったらしい。


 リフィーディング症候群かな?



 あれからまともに目も合わせられなくなったティアと内見を何とか終え、帰途に就く。

 資金にはかなりの余裕があったため、六人程度の住人が想定されている二階建てのそこそこ大きい屋敷に決めた。

 庭はそこまで広くもないが、剣を使っての試合くらいならできるだろうという微妙な大きさだった。


「おいティア、あの青果屋台が今だけ二割引してるらしい」

「何か欲しい果物でもあるの? あたしが買ってあげるわよ?」

「それは優しさじゃないからな」

「!?」


 そんな馬鹿なという顔だった。

 思わず顔を覆い、天を仰ぐ。

 リアは仕事が絡むと馬鹿になるが、どうやらティアは男が絡むと馬鹿になるらしい。

 これがルナの言う「ティアは処女を拗らせた」というアレだろう。

見ていて心配になるほど阿保である。


「いいか、ティア。俺はまずベースのお前が結構好きだ。異性としては全く見ていないが仲間として完全に信頼している」

「……分かってるわ」

「おい、めちゃくちゃニヤついてるぞ」

「これはただの思い出し笑いよ」

「今日のお前は醜態しか晒してないだろうに、いったい何を思い出したんだ」

「う、うるさいわね。別に何だっていいでしょう」


 こういうかわいい部分だけならもっと付き合いやすいんだが。

 夕暮れに包まれてぽつぽつと灯りを点け始めた市場を眺めながら、宿への道を辿る。


「ベースのティアに乗っかる形で四種類のティアがいる。第一に苦労人。第二に調子乗り。第三に無敵。第四に優しいティアだ」

「無敵って何よ?」

「ファトゥス相手に好みのシチュエーションを暴露したり、俺を路地裏に連れ込もうとした時の状態だ」

「……それで、第四のあたしが大好きなのよね?」


 分かりやすく話の焦点を変えやがって。

 まあそうだと頷いてやる。

 ふへへと未だかつて聞いたことがない笑いをこぼしてティアが喜ぶ。


「俺は淑女的なティアが好きだ。かつて、一緒に寝るのが嫌だと言うなら一人でテントを使えと言ったティアが好きだ。絶対俺に手を出さない草食系女子の極みみたいな女の子――んんっ、ティアが好きだ」

「三つ目はただの願望よね」

「つまりティアは俺の好きなタイプにはなれないと」

「そんなこと誰も言ってないでしょう? 刺し違えてでもなってみせるわ」

「いったい何を刺し殺し、何に刺し殺される予定なんだ? そしてそんな血みどろの道の果てに草食系女子の極みがあるのか?」

「あるわ。ここにね」

「お前如きが頂点を僭称するな」


 何故そう自信満々なのか。

 不敵に笑ったあと、ティアは満足そうに溜息を吐いた。


 そして今日一番に幸せそうな顔をして。


「ギルのいいようにされてる自覚はあるけれど、あなたが語った好きなタイプの話に偽りはなかった。それなら、それを目指してやろうじゃない」

「その意気だ」

「勿論、そのためには手を貸してくれるのよね?」

「手だけならな」


 ティアが左手を差し出す。

 そういう意味で言ったわけではなかったが、帰り道ももう残り短い。

 まあ何とかなるだろうと右手で握ってやれば、ティアは莞爾として笑った。


「それで結構。手だけでも鎮めるには充分だもの」

「何を触らせる気だ」

「淑女の口から言わせるのかしら?」

「今のお前は無敵状態だよ」


 呆れが先行して強く拒絶できない。

 それは明らかにティアの態度が変わったからだろう。


 俺の要望に応えようと欲求を押し殺し、あくまでプラトニックな幸せを求めている。

 軽いジョークは交えつつも、いつかリアが言っていたような「一緒にいられればそれでいい」といった風の考えが伝わってくる。


 全く、器用なことだ。

 できるなら最初からやってくれよ。


「それじゃ、またな」

「ええ。また明日会いましょう」


 手を振って別れる。

 さてさて、明日には引っ越しだ。

 そして休日が終わり、二級冒険者としての生活が始まる。


「ただいま」


 誰もいない部屋に帰宅を報せる。


「おかえりなさ~い。ご飯にする? お風呂にする? それとも……きゃー!」

「もう疲れてるんだ。寝かせてくれ」

「NTRはやめて、脳が壊れちゃう」

「ご飯は他でもう食べてきた。風呂は明日の朝入るから、いい」

「ただの冷たい夫婦関係もやだぁ!」


 やかましく拒絶反応を返す少女。

 俺と同じ黒髪をツインテールに結び、俺に似たツリ目の彼女は、久しぶりの再会すらいつも通りの雰囲気だった。


「……久しぶり、ギルべリタ」

「うん! 久しぶり、お兄ちゃん! それと――妹はお兄ちゃんの冒険者活動に反対します!」


 さて、どうしようか。

 

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