どうか幸せになってほしい
リーダーのリアは普段、休日をまだ取得していない冒険者資格の勉強や資料の収集に充てている。
できることが増えれば増えるほど楽しいらしく、そのストイックさはギルドの職員を軽く引かせるくらいだ。
ティアはよくショッピングに出かけている。
ただ服を買うのもそうだが、生地を買ってきて一から何かを作っていることもある。
器用で上品なティアらしい趣味だ。
そして、ルナはと言うと。
「――――♪」
笛の音が広場に響く。
軽快で陽気なメロディーに包まれ、視線がルナと、横に立つ道化へと集中する。
「知っていますか、お嬢さん♪ 知っていますか、僕のこと♪」
ファトゥスが歌う。
芸と名が付くものは大抵こなせると言っていたのは本当だったようだ。
「――――♪」
ルナは音楽が趣味だと言う。
得意としているものは笛やハーモニカなどの管楽器だが、弦楽器や打楽器も俺などよりは余程上手く演奏する。
運搬など管理の都合から管楽器を選んだだけで、一番好きなのは弦楽器らしい。
冒険者として上手くいかない時期は逃げるように傾倒していたと本人から聞いた。
それでこうして見事な腕前になるのだから大したものだ。
「どうでしたか、ギルさん!」
「凄かったよ。冒険者やってるのが信じられないくらいだ」
「えへへ、そう言ってもらえると、とっても嬉しいです!」
「ファトゥスちゃんは~?」
「演奏はもういいのか?」
「はい、せっかくのデートならもっとお話したいので」
「ねえねえ、ファトゥスちゃんもいるんだよ? デートって言ってるけど、まさか一肌脱いでくれた神族様を置いてけぼりにするつもりじゃないよね?」
どこかの誰かに魔法を喰らう前から三人には興味があった。
しかしルナとこうして休日を一緒にするのは初めてで、デートと言われると気恥ずかしいものがある。
「えっ、あれ、ちょっと?」
「ギルさんは音楽に興味ありますか?」
「なくはないってくらいだな。楽譜も読めないし、ルナに教わらなければ楽器の名前も分からない」
「む、そうですか」
「でもまあ、ルナの趣味としては大いに興味がある」
「……結婚してください!」
「相変わらず行けると思うまでが早いなぁ」
「もう、ファトゥスちゃんだって怒る――よ?」
ファトゥスの顔面ギリギリで止まった笛。
楽器をそんな風に使っていいのかと思いつつ、ルナの殺気に気圧されて指摘できない。
「黙れ、ついてくんな。殺すぞ」
振られた笛の風圧でファトゥスの前髪が揺れる。
冷汗がたらりと滴った。
「ファトゥスちゃん今日何も悪くないのに~!」
悲鳴を上げて走り去っていく。
何度か理不尽に殺した俺でさえ少しだけ可哀想に思えてしまった。
「じゃあ、行きましょっか! ギルさん!」
「……うん」
俺の手を取ってにっこり笑う。
変わり身の早さにちょっとビビりながらも、休日の午後をルナとの楽器屋デートと洒落込んだ。
俺たちが根城にするこの街は東方領の都市として五番目くらいの大きさを持つ。
多く人が集まる場所には多くの物が集まる。
ルナが気に入っているのは、中心部から少し離れながらも品揃えの豊富な楽器店だった。
俺がパーティーに入ってからと言うもの冒険者としての仕事が順調で、ルナとしてもここを訪れるのはかなり久しぶりになっていたらしい。
「お久しぶりです、店主さんっ!」
「……リリルナか? またその口調かよ、気持ち悪い」
「あ、ちょっとギルさん店の外出ててもらっていいです?」
店主は中々にロックな服装に身を包んだ二十代後半の女性だった。
所々ほつれたオーバーサイズのシャツを弛ませ、何のためかは分からないが指サックを付けている。
ルナが焦ったように俺を店外へ押しやろうとするが、店主はそれに待ったをかけた。
「男連れてご来店たァ気が利くな。土産として貰っていいんだろう?」
「ざけんな死ね」
「お、猫被りはいいのか?」
「テメェがふざけたこと言うからだろうが。……ギルさんにはもう見せてますし」
「ほうほう、いいじゃあねえか。また半端なことしてんのかと思ったが、良い男捕まえたな」
「まだ捕まってはないつもりです」
「んん? じゃあアレだ、仕事繋がりか?」
俺が頷くと、店主は「っかー!」と大げさな素振りで額に手を当てた。
ルナが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「お前よ、まさか他の仲間に遠慮してんじゃねえだろうな。運命の女神に後ろ髪はねえんだ、さっさとモノにしねえと一番を取られちまうぞ?」
「余計なお世話ですっ!」
「……実際どうなんだ、そこの。こいつのことはどう思ってんだ?」
「大切な味方としか思ってないですね」
「――ごふっ」
「まあリリルナならそんなモンか」
血を吐く勢いで蹲ったルナを憐れむように見る店主。
「フるときはあんまし酷くしてやらないでくれよ? これでもこいつがこの街に来てからずっと面倒を見てやってるんだ。金を貢がせるのも程々で頼む」
「ギルさんはそんなことしません!」
「お前がすぐに貢ごうとするから言ってんだろ」
「……ルナ、要らないからな」
「分かってますよ!? 以前お金を渡したのは、どうしてもすぐ纏まったお金が必要だって言われたからです!」
「おい、それ詐――」
「店主さん。それ以上はいけない」
生粋の田舎生まれでは都会の詐欺に対抗できない。
救いがあるとすれば、それはルナが騙されたことにすら気づいていないことだけだ。
「な、なんですか、ギルさん。突然頭を撫でて」
「ルナは悪くない。困ってる人を助けてやるのは素晴らしいことだからな。でもこれから男に何か頼まれたら、どんなに火急と言われても俺を必ず呼んでくれ」
「これは……嫉妬!? 私、今ギルさんに独占欲向けられてますか!?」
「リリルナ。真っ当な幸せを掴めよ」
「なんですか店主さん、その目は。私をそんなに暖かい目で見たことなんてなかったじゃないですか」
どうか幸せになってほしい。
そのままの純真さで――うん?
「なあ、ちょっと素を出してもらっていいか」
「なんだよ」
「さっきの男についてどう思ってるんだ? その、お金が入用だって言った男のことは」
「……ははっ。おいおい、ギル。俺のことはお前もよく分かってんだろ」
素のルナは意図してかわいらしい自分の像を作っている。
男の考えを見抜いたうえで媚びているなら、そいつが詐欺師だったことも冷静になれば分かったんじゃないだろうか。
つまりルナは騙されていたことに気付いて――
「俺はそいつと懇ろにはならなかったし、もう何も思っちゃいねえよ。嫉妬は程々にしろ。心配する必要はねえからさ」
「ルナ」
「ひゃわぁっ!? え、なに、なんで抱きしめられてんの!? ギル、ギルさん!?」
「どうかそのままのルナでいてくれ」
「と、蕩けそうに甘いセリフ……!」
わぁわぁと喚くルナ。
どうしようもないやるせなさを感じて、俺やティアで守ってやらねばと強く思った。
「えへへ。私、今すごく幸せです」
店主が俺たちを見て安堵したように息を吐く。
ルナのことは任せてくれ。視線に込めた意図を読み取ってくれたのか、だぼついたシャツを揺らしながら、彼女は口元を緩めた。




