電動ドライバ貫通、トッカン妄想中
※※※
「おめでとうございます」
どこからともなく俺は誰かに祝福されていた。良い日があったのであろうか。そんな記憶なんて俺の頭の中にはない。また騙されているのだ。いつだってそうだった。セールスのやつがカモである俺の元へと集まってくる。俺が購入しなければそれはいつまでも続いていく。心の中ではいつも殺してやると思っている。それなのに俺は非情にはなれず、何でもかんでも了承してしまう。意味のない物がこの部屋のどこかに無造作に置かれている。
「物よ!頼むから消えてくれ!あの会社もろとも俺の目の前から無くなってしまえ!」
俺の願いは届かず、物が部屋を圧迫させてしまう。そんな俺が誰かに祝福されるような出来事なんて起こっているはずがなかった。セールスの人たちが喜びの声をあげているのかもしれない。あなたの人生はより良いものになりますよ、と甘い声で俺を惑わせる。人生が狂い始めている。あいつらは詐欺集団だ。全員死んでしまえ、と何度も叫んでやる。
「そんな祝福の声なんていらない!お前らの思い通りにはさせない!今からすぐに契約を破棄にしてやるさ!」
俺は一度決めたらやる男である。俺はソファの隙間に挟まっていたガラケーを取り出して、電話帳に載っている詐欺集団に片っ端から電話を掛ける。
「お前らの祝福なんかいらない!契約を解除してやる!もう二度と俺に語りかけるな!」
そう言って俺は詐欺集団に一方的に怒鳴りつける。相手の反応なんて待ってやるほど時間に猶予はない。まだたくさんいるのだ。俺を苦しめる原因となった人間がまだこんなにもたくさん溢れているのだ。電話を掛け終わった後は電話帳からその詐欺集団を消していく。そうして気付けばそこには会社の人間と家族しか残らなかった。その間に着信は続いているが、こちらとしては知ったことではない。すべて着信拒否してしまえ。お前らは俺にとって害悪でしかない。
「人々を苦しめる詐欺集団め!この俺が成敗してやる!」
正義のヒーローになった気分で俺は電話を掛け続けていた。気付けば周りに物が無くなっており、ようやく身動きがとれる状態になった。何年ぶりに身体を動かしただろうか。ふいにラジオ体操をし始めて、ラジオ体操第二はどんな感じだったっけ?と考え始めたときに俺は自分が何者であるかを思い出した。
俺はあの大事件の首謀者の息子である。人々を苦しめるきっかけを作ってしまったのだ。その元凶の息子であるから、俺は世界中から忌み嫌われている。父が起こした大事件は3年前まで遡る必要がある。街のシンボルであった電波塔を一夜にして電動ドライバへと置き変えてしまったのだ。父は電動ドライバを持ち出して、どうやって登ったのかは分からないが、それを電波塔の天辺に突き刺した。どうして電動ドライバを突き刺したのかはその日に死んだ父に訊かなければ判明しないことである。死人に口なしであるため、その動機を知るすべがない。ただ言えることは、父が電動ドライバで突き刺したことで、電波塔が電動ドライバになってしまった。そして、世界はおかしな方向へと進み始めた。
詐欺集団からの電話が鳴り止まなくなったのもそれが原因である。その電話に出ると存在しているのかも怪しい商品を勧められる。実際に買ってみると詐欺集団に説明された通りの商品がそのまま届く。だが、どれも実用的なものではない。一体何に使うのか分からない利用用途不明な商品ばかりであった。
例えば「ペットボトルのキャップに似たもの」という商品があり、購入すると実際に「ペットボトルのキャップに似たもの」が届く。ただそれはあくまでもペットボトルのキャップに似たものであり、ペットボトルのキャップとして利用することができない。ただの飾りに近いものなのかもしれない。
そんなくだらない商品ばかりをセールスは勧めてくる。俺はまんまとそれに乗せられてしまい、ついつい買ってしまっていた。その結果、先ほどまで身動きが取れないほどに物が溢れてしまうことになってしまった。だが、それはもう解決したのである。俺のガラケーからはもうあの憎き詐欺集団から電話が掛かってくることはない。架空業者は無限に湧いてくるものなのかもしれないが、俺の前にはもう二度と姿を現すことはないと確信をしていた。
俺は父がやるべきだった償いを代わりに請け負うべきなのかもしれない。今俺が行った架空業者撃退法を全国に流すべきなのかもしれない。「お前らの祝福なんかいらない!契約を解除してやる!もう二度と俺に語りかけるな!」と詐欺集団の人間に言って電話を一方的に切る。それだけで架空業者からの電話は掛かってこなくなり、物も自動的に無くなっていく。その方法を全世界に発信すればこの世の問題はすべて解決することになる。
議員の汚職、ある大国の侵略行為、地球温暖化、そう言ったことが一瞬で解決できる。だが、俺の独断でそんなことをしてしまっていいのだろうか。あの憎き架空業者いや詐欺集団を潰すためだけに世界の情勢を変えてしまって良いのだろうか。いや、父がしてしまったことではないか。父が電波塔を電動ドライバに変えてしまったから世界が狂ってしまった。だから俺の行いに間違いはない。本来あるべき姿に戻すだけでいい。やはり俺は行動に移すべきだ。身動き取れない状態から解放されているのは行動するためだ。
俺は決意を固めて、この場から立ち上がり戦闘服へと着替える。俺が向かう場所はもちろん決まっている。すべての元凶であるあの電動ドライバである。
※※※
俺の生まれはクソ田舎だ。
若い人なんて見かけたことなんてない。
俺ら兄弟と隣に住んでいる由美ちゃんくらいだ。
由美ちゃんは大学生で俺の初恋の相手だった。
だけど最近彼氏が出来たらしいんだ。
それも相手は俺の兄だ。
俺が由美ちゃん好きなこと知っているくせに、兄は俺を嫌がらせするためだけに無理矢理付き合っている。
いつも兄はそうだった。
俺が欲しいと思ったものを先に手入れるんだ。
そして使い終わったら感想を言って「飽きたからお前にやるよ」と言うんだ。
純粋に楽しみたかったのにその楽しみを兄はいつも奪うんだ。
ただ今度の今度こそは許すことが出来ない。
十年以上も想い続けていたんだぞ。
それを奪うような形で由美ちゃんを手に入れた兄を許せない。
だから俺は言ってやったんだ。
「いい加減にしろ!由美ちゃんはお前のオモチャじゃないんだ!」
そうだ由美ちゃんは兄にオモチャのような扱いを受けている。
俺は見逃さなかった。
あの純白な身体をしている由美ちゃんには酷いアザが残っていた。
あれは見間違いではない。
「ああ、そういえばお前は由美のことが好きだったな。さすがに俺だけでは手には負えない状況だったしな。よし!お前に任せるか!」
兄はそう言って俺の肩を捕まえてこう言い放った。
「由美をお前にやるよ」
その瞬間、俺は反射的に兄を殴った。
それは顔が変形してしまうほどに俺は殴り続けた。
それが最初で最後の兄に対しての犯行だった。
ただもうそれ以上兄に反抗する機会が訪れることがなかった。
俺史上最大の喧嘩(一方的な暴力)の次の日に兄は死んだ。
それも由美ちゃんの目の前で。
最低であった。
俺への見せしめに違いなかった。
他殺の疑いもあったがあれはどう考えても自殺に違いない。
俺は思ったよりも強い人間だったんだ。
兄は対抗できる手段がなかったから自ら死んでいったんだ。
それから由美ちゃんはおかしくなっていた。
彼氏になったはずの俺の名前を何度も間違える。
いつも兄ばかりの名前を呼び続けている。
そのとき俺のケータイが鳴り響いた。
その音に由美ちゃんが怯えていたため、その元凶を断ち切るために電話に出る。
それは学校からの電話だった。
夏休み期間中だと言うのに俺個人に何か用があるのだろうか。
「おめでとうございます。あなたにとってとても喜ばしいことがこれから起こります。学校でお待ちしております」
その声は俺が通う学校のクラスの担任だった。
その担任は悪い噂しか聞かない。
クラスの女子と関係を持っているとか、女子の更衣室を盗撮してそれを他の先生に売り捌いたり、その写真を脅しに使って口止め料を貰ったりするロクでもない人間らしい。
いつも乱暴な言葉を使う奴が電話口では妙に丁寧になっているのが気味悪かった。
そもそも俺個人に電話を掛けること自体がおかしい。
俺はクラスの端くれであり、担任に認知されていることすら怪しい。
出席取るときも俺はいつもいないことになっていた。
それも俺の隣の席がいつも空いているせいだった。
担任は俺をそいつと勘違いして出席確認をしている。
そいつに俺はまだ一度も会ったことがない。
噂によればクラスの誰かにいじめられて不登校になったとか、他校と毎日喧嘩に明け暮れているとか、持病持ちで登校すること自体が困難とか、本当は実在していないんじゃないかという話もあるらしい。
誰もが正体を知りたいと思っているが、噂が拡がるたびに本当の正体を追い求めていないことに誰もが気付き始めていた。
もう今は誰も彼の話をする人はいなくなっていた。
ある意味ではその有名人と間違われることは光栄なのかもしれない。
あの正体は俺だと勘違いをしてしまうかもしれない。
だが、クラスの反応を見る限り担任の名前間違いに気にしているものはいなかった。
クラスは自分が呼ばれる順番だけを意識していた。
俺はただ単に欠席扱いされている人間でしかなかった。
そんなことを話したいわけじゃなかった。
いつも欠席扱いされている俺が個人的に担任から電話が掛かってくること自体、異常だった。
俺は何らかの悪意を感じていた。
「おや?黙っているようですけどどうかしました?まだ今の状況が分かっていないようですね」
俺はまだ電話が繋がっていることを今更ながら気付いた。
ある意味電話を切らずにこのままで良かったのかもしれない。
俺に電話を掛けた真相が分かるかもしれない。
まだ長くなるであろうということを由美ちゃんに伝えようとしたが、振り向いた先に由美ちゃんはいなかった。
そこには首なしの死体があるだけだった。
「ようやく気付いたようですね。学校に行けばあなたが知りたがっているすべての真相をお話いたしますよ」
俺はすぐさま戦闘服に着替えて学校へと向かった。
※※※
電動ドライバまでの道のりは大変だった。まずは家の前に待ち構えている記者を振り切らなければならなかった。家はすべて囲まれているため裏口すら使うことが出来ない。俺は最終手段として屋根に登って隣の屋根へ飛び移った。音さえ気を付けておけば、記者の目から逃れることが出来る。そして見事に隣の屋根へと飛び移った喜びに節穴の記者を見下ろして叫んでやった。
「ざまあみやがれ!」
心の中で叫んでいたつもりが声に出してしまっていた。バレずに済んでいたはずなのにわざわざ注目を浴びるような行動をしてしまった。当然、記者たちは俺を追いかけようとしている。屋根に登り始めようとしている奴もいた。俺が電波塔を電場ドライバに置き換えた犯人の息子だからという理由だけで執着しすぎである。もう話せることはすべて警察に伝えているはずである。それ以上のことを記者に話すことなんて何ひとつありはしない。俺は本当にバカなことをしてしまったと後悔しながら記者から振り切るために必死に屋根伝いで他の家を転々として移動していく。
そしてようやく記者から撒いたところで俺はすでに目的の場所へと辿り着いていることに気付く。実を言うと途中に記者以外にも追われておりどこかで聞いたことがある暗殺者や暴力団に命を狙われていた。どうやら俺はいつのまにか指名手配されていた。俺の父ではなく俺自身である。警察署の近くを通った時に張り紙の中に気になるものがあり、凝視してみると俺の写真が写っていたのだ。屋根から見た情報のため、どう言った理由で指名手配されているのかは分からない。とにかく俺は警察からも追われていることになっている。
そんな困難な道のりを経て俺はこの電動ドライバへ辿り着いていた。だが、電動ドライバの中にはいることは一筋縄ではいきそうにない。入り口の前には警官が十人くらい待ち構えているのである。俺が確実にここへ来ると分かっているようだった。俺がもし物語の主人公であればこの状況を乗り切れるはずだった。だけど、俺に超能力は備わっていないし、頼れるような仲間もいないし、天才的なひらめきがあるわけではない。俺はどこまで行っても非力な少年だった。この電動ドライバに辿り着いたのもただ運が良かっただけである。俺だから成し遂げたことではない。いや、まだ何も出来ていないか。今やっとスタートラインに立っただけである。俺ができることはそのときが来るのを待つだけである。警官十人が油断するそのときを待つだけだ。それが今の俺にできる精一杯のことであろう。
ドカーン!
俺はどこまでも運が良い男であると思った。
唐突に電動ドライバに雷が落ちてきたのだ。電動ドライバに流れた電流は警官十人に伝わって感電してしまった。俺が望んだ結果よりも最高な形になった。俺は他に警官がいないことを確認してから電動ドライバに近付いた。まだ少し電気が帯びているようだったが感電するほどの電力は残っていなかった。あの一瞬だけだったのだろうか。
俺は天辺まで登る必要があるのだがエレベータのようなものはなかった。自力で登る必要があるみたいだった。電波塔だったときはどうだっただろうか?電波塔だったときのことを俺は知らない。実物を見る前に電動ドライバになってしまったのだ。ただアニメで電波塔を登るシーンがあってそれはエレベータで登る敵を追いかけるために主人公が電波塔にある階段から自力で登っていた気がする。だが、電動ドライバは電波塔ではない。ネジを回すためのものだ。人が登れるような構造にはなっていないはずだ。天辺に行く必要があるのにそこまで行く手段がない。そもそも天辺の考え方に間違いがあるのではないだろうか。電動ドライバの先と呼ばれている場所はネジ穴を差し込む金属部分だ。この世界ではその金属部分は地面に刺さっている。それならば天辺は地面ではないだろうか。上へ登る手段が用意されていないのならそう考えるのが自然であろう。現にスコップが近くに置かれてあった。まさしく逆転の発想だ。もっと物事をフラットに見る必要がある。俺の持論ではあるがこれ以上考えられないなら一度今ある手札をすべて捨てるべきである。周りを俯瞰して見ると自ずと今まで見えなかったカードが手に入るはずだ。俺はそれで答えを導き出した。
スコップを拾う。俺は新たに見つけた道具で電動ドライバの天辺へと向かう。スコップの先を地面に突き刺して足掛けの部分に足を置いて思いっきり体重をかける。固い。奥まで差し込むことは出来たが、俺の全体重を乗せてやっとのことである。最初アスファルトと錯覚してしまったほどである。こんな状態で電動ドライバの天辺に行けるとはとてもじゃないけど不可能に等しかった。俺の推測は間違いであったのだろうか。時間をかければいずれは到達できるのかもしれない。だが、その前に感電して気絶している警官たちが起き始めて俺を捕まえるであろう。俺はその状況で逃げ出せるとは思えない。万が一、逃げ切れたとしても電動ドライバの天辺へ向かうことは二度と出来ない。今のこの時間しかないのだ。今日という日を逃してしまったら、俺はきっと世界を正常に戻すことが出来なくなってしまう。そう考えるのであれば、地面が天辺という推測は間違っていることになる。
また振り出しに戻ってしまった。俺は電動ドライバに背を預ける。預けた背中に違和感があった。普通であれば金属の感触のはずであるのに、硬くてまるでロープがあるようであった。振り向くと確かにそこにはロープがあった。それは電動ドライバの天辺まで続いているようだった。これを辿れば俺は目的に着く。だが、こんなロープだけで電動ドライバの天辺に向かおうなんてあまりにも無謀すぎる。ロープを引っ張ったら上がる古代ローマ人が使っていたような人工エレベータがあればよいのに。ロープを辿ってみると俺が想像していたものがそこにはあった。だが、その人工エレベータが天辺まで続いているはずがなく、二階建ての一軒家くらいの高さしか登れそうになかった。人工エレベータを使う前からこうなることは分かっていた。もともとの高さは電波塔と変わらない。それがこのロープだけで天辺に向かうことなんて不可能だった。それでもここに用意されているのであれば使うしかないであろう。これ以上俺自身も天辺に登る方法を考えることが出来ない。
ひとり乗るのがやっとの人工エレベータに乗った。ギシギシと不穏な音を鳴らして俺がロープを引っ張るのを待っていた。深呼吸をする。自分自身のために俺は世界を救う。今乗っている場所の底が抜けてしまう、そんな不安を抱えながら俺はロープを引っ張った。ゆっくりではあるが少しずつ上昇し続けている。下を見下ろしてみたが飛び降りても無事で済む高さぐらいしかなかった。ロープを引っ張り続けていたが、それ以上進んでいるような感覚はなかった。つまりは今人工エレベータで行ける最高到達点に着いたのだった。ここからどのようにして天辺まで進めば良いのであろうか。とりあえずは電動ドライバの中に入れるようなドアがないかを探していた。そこからであれば天辺まで行ける階段もしくはロープを引っ張る必要のないエレベータがあるかもしれない。そして、俺は屈んで入れば通れる小さなドアを見つけた。
おかしいことが起こっていると気づき始めた。いや、もっと前から感じ取っていたが見て見ぬフリをしていた。あまりにも俺にとっての都合の良いことが起こり続けている。電動ドライバには敵がいて俺を誘導しているのではないだろうか。それでも引き返すという選択肢はもう俺にはなかった。人工エレベータからドアを開けて、俺はそのドアの向こう側に入った。案の定ではあるがそこには螺旋階段があった。この階段を上った先に俺の目的があるのであろう。
※※※
「やあ待っていましたよ。あなたもようやくここへ辿り着いたんですね。さあ真相を語ることにしましょうか」
俺がこの教室に辿り着くまでにどれほどの困難な道のりであったのか語りたかった。
だが、ここではそれは許されていないようだった。
以下同文という言葉で片付けられてしまうであろう。
「どうして俺に電話を掛けたんだ?」
「おや?いきなりそこから聞いてしまいますか。そもそもあなたは何も知らないのですよね。電話を掛けたのはあなたにこの世界を知ってもらうことなんです。そしてある方と共鳴していただく必要があります。そのためにはあなたがこの世界でどのような立場にいるのかを知っていただく必要があります。それではまず由美さんの死体について説明させていただきます」
そう言って教卓の引き出しから担任は由美ちゃんの生首を取り出した。
薄々はそうなんじゃないかと勘付いてはいた。
あの首なし死体を見て由美ちゃんではないと信じたかった。
けれどもあの首なし死体にあったアザは明らかに由美ちゃんのものだと示していた。
どうして由美ちゃんばかりがこんな目に遭ってしまうのだろうか。
犯人はこの担任であろう。
俺は握りしめていた拳を奴にぶつけたいという衝動を必死に抑えていた。
「それは賢明な判断ですよ。あの方も同じように冷静になってくれれば良かったのですがね。すいませんね、少し余計な話をしてしまいました。本題に入りましょう。とは言ってもここにある謎は大したものではありません。分かりやすいように紙に書きましょう」
この世界の謎
①由美ちゃんのアザ
②兄の死
③由美ちゃんの首
「それではまず①の由美ちゃんのアザについて解き明かしましょう。これは簡単です。暴行を受けていたのです」
「そんなことは分かっている。あれは兄貴がやったことなんだろう!」
「そんな簡単に決めつけてはいけません。本当にそうだったのでしょうか?あなたのお兄さんはそんなことをする人だったでしょうか?思い出してください。あなたのお兄さんが言っていた言葉を。暴力的な言葉を使っておりましたでしょうか?由美ちゃんのことを想っていなかったでしょうか?」
担任の言葉で兄が俺に任せるみたいなことを言っていたのを思い出していた。
あれは明らかに由美ちゃんを守ろうとしていた言葉であった。
それを俺に託そうとしていた。
その言葉を聞き入れず俺は兄をタコ殴りにしてしまっていた。
由美ちゃんが死んだのは俺のせいなのではないだろうか。
「おっと自分を責めるのは後にしてください。あまり時間を掛けたくありませんからね。あなたが考えている通りであなたのお兄さんは由美さんを守ろうとしていたんです。それは一体誰から守ろうとしたのでしょうか?簡単な話です。この世界の登場人物は四名しかいません。あなたとあなたのお兄さんと由美さん、そしてこの私です。由美さんは被害者なので除外されますし、あなたのお兄さんは由美さんを守ろうとしていたので違います。あなたはそのお兄さんから託されているわけですから、あなたも違います。残っているのはこの私だけです。つまり由美さんにアザを付けたのはこの私です。そう考えますと②の兄の死も自ずと分かるはずです。由美さんを守ろうとした結果、この私に殺されてしまったのです。犯行理由をお話しましょうか?」
担任が言わなくても俺は大体想像がつく。
由美ちゃんも俺と同じ高校を通っていた。
そして、そのときも担任はこの学校に在籍していた。
おそらく由美ちゃんは担任と肉体関係を持っていた。
由美ちゃんが大学生になってもそれが続いていた。
いや、きっと脅されていたのかもしれない。
きっと肉体関係を持つことに抵抗していたのだろう。
その結果、あのアザが生まれてしまったのだろう。
それを知った兄が由美ちゃんを守るために色々としていたはずだ。
だが、それはあることがきっかけで困難になってしまった。
「そうですね。原因はあなたにあります。あなたがあなたのお兄さんをまともに動けなくなるほどに殴ってしまったせいで由美さんを守れなくなった。その結果、私は由美さんを殺すことが出来て、あなたのお兄さんが由美さんの家へ向かったときにはすべてが終わった後でした。犯行現場を見られてしまった私は口封じのためにあなたのお兄さんを殺したのです。どうですか?あなたが余計なことをしなければ起こるはずのないことだったんですよ」
ああ、そうだ。
俺が嫉妬で身勝手な行動をしてしまったから救える命を落とさせてしまったのだった。
だけども、矛盾がひとつだけあるように思える。
それは由美ちゃんの死である。
兄が死んだ後に俺は由美ちゃんと付き合っていた。
それなのに担任は由美ちゃんを殺したと言っている。
「まだそんな妄想を抱いているのですか?もうあなたにも答えは出ているはずです。③の由美ちゃんの首は私が記念として回収したものです。そして首なし死体はあなたも見覚えがあるはずでしょう?あなたの部屋にあったものですよ。またあなたが余計なことをしてしまったせいでこの事件はややこしくなってしまったんです。私が犯人になるはずがあなたの指紋が現場に残りすぎて警察はあなたを狙っているんです。あなたがし…」
「それ以上は言うな!分かっているよ!俺はただ由美ちゃんが欲しかっただけなんだ!」
俺は首なし死体を由美ちゃんの代わりにするためにあの現場から運び出した。
由美ちゃんとは付き合ってなんかいない。
首なし死体に由美ちゃんの顔を妄想で創り上げていただけだった。
自分の都合の良いように由美ちゃんを好き勝手していた。
俺の方がよっぽど由美ちゃんをおもちゃ扱いしていた。
「そんな感傷は必要ないです。これでこの世界での役目は終わりました。もうここに謎は存在しません。謎がないと言うことはもうこの世界が存在している意味はないですからね。どうでしたか?この世界は満足できましたか?」
満足なんて出来るはずがなかった。
俺は何も満たされていない。
ただ一方的に担任が答えを出しただけではないか。
考える時間もなかった。
それにまだ解明されていない謎もあるはずだ。
「どうして由美ちゃんを殺す必要があったんだ?お前は由美ちゃんに何を望んだ?」
「望むものなんて何もないですよ。私はただ由美さんを殺す必要があった。分かりますか?この事件はすべて仕組まれていたことなんですよ。それはあなたの行動も含まれています。あなたは由美さんのアザをどのようにして確認しましたか?服装的に裸にならなければ見えることはないのです。ケータイに送られた写真で見たはずです。差出人不明のメールから」
俺はケータイを取り出す。
確かに差出人不明のメールが届いていた。
そこに由美ちゃんの裸の写真が写っている。
見覚えのあるアザもそこにはあった。
俺が直で確認できるはずがなかった。
人に怯えていた由美ちゃんは素肌を見せないようにいつも長袖で長ズボンだった。
顔も隠すように髪も腰まで伸びていた。
俺の前でもそれは変わらなかった。
俺は彼女にとって安心できるような人間ではなかった。
むしろひとりの敵として扱われていたのかもしれない。
「女性は視線に対してすごく敏感なんですよ。きっとあなたの邪な気持ちも気付かれていたのでしょう。あなたの部屋に近付くことはなかったでしょう?あなたに会いたいと思ったことなんてこれっぽっちもなくて、あなたの兄のそばに居たかっただけなのです。でもあなたの兄はあなたを信用しておりました。由美ちゃんのためなら行動できる男だと信じておりました」
だから、兄は俺に託そうとしていた。
それなのに俺は嫉妬で兄を殴り殺そうとしていた。
俺に無いものすべて兄が持っている。
それが悔しくて羨ましくて妬ましくて、殺したいほど憎かった。
由美ちゃんが俺のことをどう思っているかなんて最初から気付いていた。
由美ちゃんは俺を見ていなかった。
由美ちゃんにとって俺は名前のない赤文字で表示されているひとりの男に過ぎなかった。
「あなたに殴れたあなたの兄の写真を由美さんに見せたときの絶望した顔は今でも忘れそうにないです。今まで守ってくれていた人間がいなくなってしまったのですからね。その顔を切り取りたくて衝動的に殺してしまったのかもしれません。その理由は建前でして由美さんを殺したことによってあなたの兄を殺す動機が出来たのです。そしてあなたが由美さんの死体を持ち帰ることが出来る。この世界に謎を残して解明してもらうために由美さんを殺す必要があったんです」
担任の言っていることが理解できなかった。
そんなに謎を創りたいのならどうしてその推理を俺にさせないのであろうか。
謎は推理されることで意味を成す。
解明しない謎はただの妄言に過ぎない。
さらに推理もなしで謎を解明するなんてもっと意味がない。
答えを見ながらテストの答案用紙を埋めているようなものである。
担任が作ったテストの問題集を誰にも配ることなくそのテストの答案用紙を埋めていると言った方が正確であろう。
自分で作ったテストの問題集を解答しているためそこに間違いはない。
本来テストの問題集は生徒のために配布して解かせるべきなんだ。
それを担任ひとりで問題集を作って解くなんて何の意味もない。
「結局、お前は何がしたかったんだ?俺にどうして欲しいというのだ?」
「ちゃんと私の話を聞いてください。時間をあまりかけたくないんです。本来であればあなたが思い描くような謎を残して推理していただきたかったのです。あなたの状況を察するにそんな悠長なことをしている暇なんてないはずです。だから謎と解明を一緒にする必要があったのです。分かりますか。私自身も悔しくて仕方がないのです。あなたが私の謎に対して苦しむ時間が用意できなかったのです。あなたがこれからやることは何もありません。ただ謎が解決したと思っていただければ良いです。何度も言います。もうここでやることは何もないです。あとは事が起きるのを待つだけです。分かりましたか?」
「ああ、分かったよ。この世界の謎はすべてお前が解答したということでいいんだな?それだけでもう終わりでいいんだよな?もうこっちで勝手に終わらせてもいいんだな?」
「ええ、そうです。あなたがどのように終わらせるかは知りませんが」
終わらせ方は分かっている。
まだひとつだけ解明されていない謎がある。
それを担任に問えば終わるはずだ。
「おい待て。ひとつだけ分からないことがある。どうして俺を隣の人間とわざと間違えたんだ?それは意味があったのか?」
「ああ、そのことですか。簡単な話ですよ。ただ思い出して欲しかっただけですよ。死んだ朝さん」
※※※
俺はあの長い螺旋階段を駆け上り、やっとの思いで電波塔の天辺に辿り着いた。そこに待ち構えていたのはひとりの男であった。
「おめでとうございます」
彼は俺にそう言ってきた。そして俺はこのセリフを二度も聞いた覚えがあった。一度目はこの物語の冒頭のセリフ。二度目はどこであったのか俺は今はっきりと思い出していた。あの電話だ。頭のなかに勝手に生まれたあの先生が発した言葉だ。つまり目の前にいる男こそがあの世界の由美ちゃんの首を刎ねて、この世界で詐欺集団を作った張本人なのである。
「お前を殺せばすべて解決するんだな」
「いいや、それだけでは意味がないです。隠しコマンドがあります。それが遂行されて初めて世界は正常に動き出します」
彼の言っていることが何も理解できなかった。それでも俺は行動しなければならなかった。まずは隠しコマンドを知る必要がある。でもどうすればそれを知ることが出来るのであろうか。それはとても簡単なことであった。無理矢理、彼から聞き出せばいいことである。素直に従わなければ暴力が俺にはある。そのためにこの拳は存在している。
俺は彼の胸倉を掴んで隠しコマンドを聞き出そうとした。
「さすがに教えられないよ」
一発
「そ、そうやってまた暴力を振ろうとする。よ、良くないですよ」
二発
「い、痛いです。や、やめてください」
三発
「わ、分かりました。すべてを言いますからちょっと待ってください」
中断
「え、えっと、ちょっと待ってくださいね」
四発
「な、殴らないでくださいよ。どんだけ短気なんですか!少しだけ待ってくださいよ。ゴ…」
五発
「今から言いますね。だからこれ以上殴らないでくださいね。『↑↑↓↓←→←→BA』これが隠しコマンドです」
六発
「だ、だから殴らないでくださいよ!これが隠しコマンドです。これ以上は何も持っていないです。少しは自分で考えてください。そうやってすべて暴力で解決しようとするから何もかもがおかしくなってしまうんです!」
七発八発九発十発十一発十二発十三発十四発十五発……何度も繰り返しているうちに彼は意識を失っていた。訳の分からないことを言っていたからである。何が隠しコマンドだ。それをどうすれば良いというのだ。ここにゲームコントローラ―があるのか。クソ!彼の言う通りに自分で少し頭を使う必要があるようだった。だが、そんなこと分かるはずがない。
そこで俺はあることを思い出していた。どうしてあの詐欺集団はガラケーだけにしか電話を掛けなかったのだろうか。スマホにかければ、もっと全世界に発信することが出来たはずなのに。このガラケー自体に意味があるということではないだろうか。
俺はガラケーを取り出した。そして、そこで俺はさらに思いつく。ここに隠しコマンドを打てば良いのではないだろうか。カーソルボタンは存在しているので上下左右は解決できる。問題はBAコマンドがどこにあるか。そこで俺はカスタマイズボタンがAとBになっていることに気付く。すべては仕組まれていたことであったことを確信する。普通はカスタマイズボタンをAとBで表現はしない。数字にするはずである。そのようになっていなかったのは隠しボタンを打たせるためであろう。
俺は早速ガラケーで隠しコマンドを打つ。カーソルボタンを上上下下左右左右と入力をする。そしてさらにカスタマイズボタンのBの次にAを押して終わりだ。隠しコマンドを入力し終わったが世界が正常になったとは思えなかった。入力間違いがあったのだろうか。それともガラケーではなかったのであろうか。
そう思った矢先にメール受信をした。その内容はこうだった。
世界を取り戻す方法
①由美ちゃんの世界で↑↑↓↓
②電動ドライバを←→←→
③BAの左側後頭部に電動ドライバ
この文面だけでは何をすればいいのかが分からない。そもそも①の世界をどのようにして移動すればいいと言うのだ。その世界で今持っているようなガラケーを探し出して上上下下と入力すればいいのだろうか。少し違うような気がする。
②についても不明だ。電動ドライバは今俺がいるところのことを言っているのであろうか。もしもそうであれば、こんな巨大な電動ドライバをどのようにして左右左右すればいいと言うのだ。どこかボタンのようなものがあるのか。電動ドライバを横移動するのではなく持っているガラケーで左右左右と入力するだけでいいのかもしれない。
③についてなんてもう意味が分からない。BAはコマンドのことを言っているのだと思ったがどうやら違うみたいだった。BAという人物に心当たりもないしそもそも左側後頭部に刺せるような電動ドライバなんてものは持っていない。これ以上考えても答えなんて見つけようがない。もう一度気絶しているあいつに聞くしかない。
「おい!目を醒ませよ!こんなヒントで分かるわけねえだろ!こっちは時間をそんなにかけたくないんだよ!」
彼の胸倉を掴んで地面を叩きつけるくらいに揺さぶった。何回かするうちにようやく不機嫌そうな顔をしながら彼は目覚めた。
「クソ!なんて最悪な目覚めなんだ!全部滅茶苦茶だ!どうして俺の思い通りに動いてくれないんだ!」
「そんな御託はどうでもいいから答えだけを教えろ。こんな分かりづらいヒントはなかなかないぞ」
「分かりましたよ。もうあなたもともと考える気がないんですね。全部教えます。この世界のこと全部をね」
彼は怒りというよりも呆れていた。そんなことはこっちにとって知ったことではない。俺は早くこの世界を終わらせたい。電動ドライバを元の電波塔に戻して普段の日常を取り戻したかった。
「隠しコマンドを打って受信したヒントについてはあとに回しますね。まずはこの世界の成り立ちについてお話をしますね。すべての元凶は電波塔が電動ドライバに置き換えられたことになります。この犯行をあなたの父がやっていたことで間違いがないですよね?」
俺はその問いに対して素直に頷いた。そんなこと答えるまでもなく世界中の誰もが知っていることである。俺の父は電波塔を電動ドライバに一夜にいして置き換えてしまった。そのことが原因で世界はおかしな方向へと進んでしまって、詐欺集団からの電話が鳴り止まなくなってしまった。
「どうして電波塔から電動ドライバに置き換えたのだと思います。それは詐欺グループを作るために必要だったのです。電波塔がハイジャックされてしまった、その印象だけをあなたに植え付けたかったんです。そしてセールスから電話がかかる状況を作り上げたのです。知っていますか?詐欺グループから電話を掛けているのは、あなたの携帯番号だけなのです。この番号に掛ければどんな商品でも買ってくれると私が詐欺グループに情報を流したんです」
俺は彼の胸倉をもう一度掴んだ。
「お前のせいで俺の人生は滅茶苦茶になったんだ!貯金していた金が一瞬として無くなったんだぞ!騙される方が悪いのかもしれないが、そもそも仕掛けなければこんなことにはならなかったんだ!」
「そうやってまた暴力を振ろうとするのですか?それですべて解決すると思ったら大間違いですよ。あなたは考えるべきだったんです。短絡的に何も考えないから簡単に騙されるんです。物が溢れてしまいあなたは重症してしまうんです。ここにもあの世界にも考える時間はあったんです。それを適当な理由つけて考えることを放棄してしまう。でも、もう時間はありません。あなたが考える時間はもう残されていないのですから」
俺が重症?
セールスを退治した俺は部屋の中に溢れていた物は跡形もなく消え去ったはずであった。意味の分からないことを言う彼にもう一度殴ろうとした。そこで俺は彼の言うことが正しいことに気付く。
冷静になれ。
俺のやるべきことを思い出せ。
彼にあのヒントの答えを教えてもらうんだ。そしてこの世界を正常に戻す。
「じゃあ話を戻しますね。あなたはその詐欺グループに苦しめられたと思います。そして、あなたはある言葉を聞いて反抗しようと決意したと思います。それは『おめでとうございます』です。苦しんでいるあなたを皮肉るために使った言葉です。現にあなたは詐欺グループを撃退しました。とは言っても私が反抗的な態度を示したら、セールスを辞めるようにあらかじめ伝えていただけですけどね。え?おめでとうという言葉はどこで発したかですって?簡単な話ですよ。あなたの部屋にスピーカーを仕組んでいたんです。直接あなたの脳に語りかけるなんて不可能です。あなた自身は出来るのかもしれませんが、私はあくまでもこの世界の住人でただの人間です。すいません、少し向こう側の人間に話しかけてしまいました。とにかくあなたは私の言葉のおかげで、奮起してセールスを撃退しました。その後のあなたの行動は悪の根源である電動ドライバを壊そうと考えたでしょう。そうしなければならない理由があった。それは父が電波塔を電動ドライバに置き換えてしまったと勘違いしている。世界を脅かしている存在を創り出したのは身内であるあなたの父です。あなたの父がいない今、責任は身内が取るべきなのです。記者をあなたの家に呼んだのも罪悪感を植え付けるためです。先ほど私はあなたの父が電波塔を電動ドライバに置き換えたことに対して、あなたの勘違いと言いましたよね。つまり父の犯行ではないということです。あなたに罪悪感を植え付けるためにあなたの父に罪を着せたのです。あなたの父は何もしていません。ただ巻き込まれただけです。どうですか?あなたは理不尽だとまた私を殴りますか?このあと言うことはもっとあなたを怒らせてしまいます。その拳を抑えて聞く覚悟はありますか?」
彼の言うことをすべて理解したわけではない。ただ言えることとして、俺は騙されたんだ。彼だけではない。この世界すべてが俺を嘲笑いながら騙していたんだ。殴りたい気持ちを必死に抑えて俺は彼の話の続きを聞いた。
「ようやく冷静になりましたか。まあ、私を殴ったところで何の解決にもなりません。あなたは自分で考える力がないのですから。それでは覚悟して聞いてくださいね。電動ドライバは世界を脅かすものではないです。あなたがそう勘違いをしているだけです。正確に言いますとそもそも電波塔なんて存在していなかったのです。元からここには電動ドライバが建っておりました。それなのにあなたは電波塔が建っていたと勘違いをしてしまっていたのです。私が電波塔から電動ドライバに置き換わったと言ったのは順に話す必要があるため便宜上あえてそう言っただけです。つまり父は本当に何の関係もないのです。あなたの勘違いが父に罪を着せる形になったのです。そして誰も電動ドライバなんて気に留めておりません。セールスという詐欺グループに騙されているのはあなただけです。私はそのあなたの勘違いを利用させていただいただけです。あなたがこの電動ドライバに来ているのがその答えです」
勘違い?
だが彼が今さら嘘を言う必要を感じなかった。確かに俺は世間のことを知らなかった。俺の苦しみ=世間の苦しみだと勘違いしていた。だって不公平ではないか。俺だけが苦しんでいるなんて惨めじゃないか。
「えっと次の話に行っていいかな?電動ドライバの登り方についても話した方がいいかな。あなたは色々と苦労していたみたいですね。実を言いますとエレベータは用意されていたんですよ。あなたはそれに気づくことなくハードモードでここに辿り着いたんです。あなたが使った人工エレベータはエレベータが故障したときの予備的なものです。これである程度はお話しましたかね。ああ、ガラケーのことも言い忘れておりました。本来ならばスマホで良かったんですよ。ただあなたがスマホではなくガラケーにこだわりを持っていました。だからヒントもガラケーに合わせるようにしました。やっとここまで来ましたね。いったん区切りますのでご質問ありますか?なければこのまま進めさせていただきます」
聞きたいことは山ほどあるがそれを問い詰める気力がもう残されていなかった。それよりも早くヒントの答えを聞き出してこの世界の秘密を暴いた方がいい。
暴く?
そもそも俺の目的は何だ?
世界を救うヒーローになるはずだった。それがすべて俺の勘違いだった。じゃあもう俺がこの世界でやるべきことなんて何ひとつありはしない。
「そんな堂々巡りしても何の意味もないですよ。あなたはまだやるべきことがあります。ガラケーに出てきたヒントの答えを聞いてそれを実行させる義務があります。とにかくあなたからの質問はないということで話を進めますね。まずは『①由美ちゃんの世界で↑↑↓↓』について。あなたも覚えがあるでしょう。そうです、あなたの頭のなかにある世界のことです。あの世界にいるのは担任と私だけだったと思います。そしてあの世界の担任はあの世界のあなたにこう言っていたはずです。あの方と共鳴させる必要がある。あの方というのはあなたのことです。あの世界とこの世界はリンクしているはずです。この狭い空間と二人の登場人物。そして謎はある程度ではありますが、解き明かされた状態にある。あの世界とこの世界にいるあなたと私は同一人物になることが出来るはずです。同一人物であるのであればこの世界にあるアイテムを向こう側に持っていくことだって可能のはずです。だってあの世界とこの世界は同一となっているのですから。あなたにはこちらのアイテムをあの世界に持ってきて欲しいのです」
そう言って彼が渡してきたのは電動ドライバであった。電波塔と同等の大きさのものなんて持っていくことなんてできるはずもなく、手で扱える一般的な電動ドライバである。
「あの世界でこの電動ドライバを↑↑↓↓と入力してください」
「そのまま↑↑↓↓と入力すればいいのか?何か刺す必要はないのか?」
「うーん、空回しですか。たぶんそれでも上手くいくとは思いますが、念のためあの生首に刺してください。えっと気後れするからあまり言いたくはなかったのですが、あの世界の私が切り取った由美さんの生首です。場所は左側後頭部あたりをお願いいたします。そのうえで↑↑↓↓をお願いいたします。これでヒント①の答えは分かりましたかね?もう二度は言いませんからね」
由美ちゃんの世界にいる俺と今の俺を重ねればいい。そして由美ちゃんの世界の俺は電動ドライバを持っていると錯覚する必要がある。ちゃんと理解できている。やるべきことは分かっている。
「それでは次のヒントの答えを教えますね。『②電動ドライバを←→←→』はこの世界のことを示しております。電動ドライバが存在しているのはこの世界だけですからね。あの世界はあくまでも①でリンクしただけであって実際に電動ドライバがあるわけではありません。とにかくこの世界にある電動ドライバを←→←→させる必要があります。今お持ちしている電動ドライバには←→のキーが存在しておりません。↑↓のキーしか用意されておりません。手持ちの電動ドライバを左右に振るだけではあまりにも単純すぎます。さすがに察しの悪いあなたでも気付いているのではないでしょうか。手持ち以外にも電動ドライバはここに存在しております。それは今いる場所、あなたが電波塔と勘違いしていた電動ドライバがあります。対象が分かったとしても←→の問題はまだ解決していないですよね。まあ正直な話、簡単なことではあります。先ほどあまりにも単純と言った手持ちの電動ドライバを左右に振るのと同じことではあります。電動ドライバを無理矢理、横にずらすのです。道具はこちらですでに準備をしております。このロケットランチャーを使ってください。電動ドライバを壊せるほどの爆撃はないですが、衝撃によって横に少しずらすことが出来ます。左にずらして右にずらして左にずらして右にずらして、計四発を使えば←→←→が完成いたします。②のヒントの答えについてもお伝えしました。こちらについても問題ないですかね」
OK、問題ない。
今俺がいるこの電波塔に似た電動ドライバにロケットランチャーを撃ち込めばいいだけだ。ロケットランチャーを使ったことなんてあるはずないが、この世界の俺にとってそれは些細な問題に過ぎないだろう。
「それでは『③BAの左側後頭部に電動ドライバ』の答えを教えます。BAはBachelor of Artsの略になります。アメリカ大学でよく使われている言葉ですね。日本で言うところの文学士を示しております。かくゆう私も文学士であります。そしてあの世界にいる担任も文学士であります。大学に行っていないあなただけは文学士ではありません。つまりBAを示しているのはこの私とあの世界の担任のため、それぞれの世界で私たちの左側後頭部に電動ドライバを刺せばいいのです。リンクの仕方は①で知っているはずです。そうすればあなたはきっと解放される。本来の形を取り戻すことが出来ます。電動ドライバは建てられていなくて電波塔がそこにはあるでしょう。由美さんという幻の存在を妄想しなくても良いでしょう。これでヒントの答えはすべて解明されました。随分と長く話しましたがさすがにこれをあなたひとりだけの力で答えを導き出すのは酷でしたね。ある意味あなたの取った行動は正しかったのかもしれません。考える時間はそこまで残されていなかったのかもしれません。あとは実行するだけですが、あなたはどうしますか?それとも何か聞きたいことでもあります?」
聞きたいこと?
もうここには謎は残されていないのであろう。気になることがあるとすればこのBAの表現にいささか違和感があった。だが、その違和感も少し考えれば分かることであった。
「おっとようやく考える気になりましたか。ええそうです。『↑↑↓↓←→←→BA』はよくレトロゲームで使われる隠しコマンドですよ。なぜ隠しコマンドを使う必要があったのかと言いますとこの世界から解放されるには正規の方法では不可能になってしまったからです。それはあなた自身の問題であります。隠しコマンドを使って世界を歪ませなければなりません。ただ隠しコマンドを準備したところでひとつ問題がありました。それはBAのところです。この表現にはとても苦労しました。代用できるものを必死に探しました。文字の海の中で潜り続けて探し出したのがBachelor of Artsでした。文学士が登場人物として出るのはあまりにも不自然過ぎますがこの世界ではそれしか用意できませんでした。これであなたもスッキリしたものではないでしょうか?」
「ああ、あとはお前を殴ればな!」
そう言って俺は思いっきり彼の顔面を殴りつけた。彼は俺の行動を予想できていなかったのか上手く受け身が取れずにそのまま頭を地面にぶつけて気を失っていた。すべて彼の思い通りに動かなければならないことがたまらなく癪であった。せめての抵抗として一発だけ殴っておく。だからと言って俺の気持ちが晴れるというわけではないけど。とにかく俺は彼の出した答え通りに実行しなければならなかった。
***
①由美ちゃんの世界で↑↑↓↓
俺は彼に渡された電動ドライバを握りしめていた。そして頭のなかにあるはずの由美ちゃんの世界を創造する。妄想していると言ったほうが正しいであろう。そこには由美ちゃんの生首が教卓の上に置かれていて、教卓を境目にして対峙しているかのように担任とあの世界の私が立っている。今私の手には電動ドライバがある。だがあの世界の私の手にはまだ電動ドライバはない。
この世界を分けるな。重ねろ。俺とあの世界の俺は同一人物である。俺が電動ドライバを持っているのであればあの世界の俺も電動ドライバを持っている。肉体を重ねろ。すべてが同じだ。分けるな。俺は俺だ。どちらの世界も俺自身だ。
そして目を開けると俺は由美ちゃんの世界にいた。由美ちゃんの世界でも俺の手には電動ドライバを持っている。目の前には担任と由美ちゃんの生首があった。
「あなたはどちらのあなたですか?いえ、答えなくてもあなたの持っているものを見ればわかります。ようやくここまで辿り着いたんですね。あなた自身の力だけで導き出しましたか?それとも誰かに答えを聞き出しましたか?まあどちらでも良いことなのでしょう。結果的にあなたはここへ来ることが出来たのですから。さてこれからあなたはどうします?」
教卓の上に置かれてる由美ちゃんの生首に手を置いてぽんぽんと叩き始めていた。これから俺がやるべきことを示しているようであった。この担任にも彼のように一発殴っておきたかった。だが、それはこの世界に来た俺には出来なかった。担任と俺は教師と生徒の関係である。俺の中で教師は殴ってはいけない存在と認識してしまっている。
俺は担任の指示に従うように教卓へと近づいた。由美ちゃんの生首に近付くと死臭と呼ばれる鼻を押さえても通り抜けてしまうような嫌な臭いがしなかった。もしかしてこれは生首ではなく生首に似せた模型なのではないだろうか。
「ドライアイスに閉じ込めていたんですよ。言ったでしょう?あの絶望した顔を切り取りたくて生首を切断したんです。コレクションのためにドライアイスを準備したんですよ。まあ、それはただの建前に過ぎないんですけどね。本当はあなたに由美さんの生首と認識してもらうためです。もし腐敗して原型を留めていなかったらあなたは必死に否定していたでしょう。そうなると話が進まなくなりますからね。まあ、そんなことは今更どうでもいいことでしょう。あなたのやるべきことをやってください」
俺は由美ちゃんの生首に触れる。手が凍ってしまうのかと錯覚してしまうほどに冷たくなっていた。ドライアイスの中に保存しているのは確かであった。今から俺は由美ちゃんの生首の左側後頭部に電動ドライバを突き刺す。そうすればヒント①はクリアする。
「どうしたんですか?手が震えていますよ。怖いんですか?でもあなたは首なし死体と長い間暮らしていたじゃないですか。知らないとは言わせませんよ。今あなたはこの世界のあなたと同一となっているのですから。あなたも経験しているはずです。それに比べたら目の前にある生首は大したものではありません。いいですか?今の状態ですとあなたは由美さんの左側後頭部に電動ドライバを刺すことはできませんよ」
俺は思い出す。この世界で過ごしていた俺のことを。由美ちゃんに嫌われていた人生を。兄を殴り殺そうとしたことを。由美ちゃんの首なし死体と生活をしたことを。
ああ、思い出した。
俺の部屋は死の臭いが漂っていた。
常人では耐えられない空間に俺は由美ちゃんという妄想を抱いていた。
いつか風呂場で嗅いだ由美ちゃんの石鹸の臭いを想像しながら死臭を消臭していた。
目の前にあるのは由美ちゃんの生首だ。
俺がずっと探し求めていたものだった。
これさえあれば由美ちゃんは生き返る。
俺の彼女としてこれからもずっと由美ちゃんと一緒に暮らせる。
「冷静になってください。同調し過ぎです。あなたのやっていることは正しいですが、飲み込まれ過ぎです。この世界の住人になってもいいですが、あなたの目的を忘れないでください。あなたはあなたです。分かりますか?」
担任の言葉で俺は冷静になっていた。同一視し過ぎたせいで本来の世界の自分を見失っていた。もう少しで電動ドライバが建っているあの世界を失いかけていた。担任の言葉が俺の中で響いていく。俺は俺である。由美ちゃんの世界も電動ドライバの世界もどれも俺である。片方だけではない。どちらの世界にも俺がいてどちらも俺である。どちらかの世界に偏ることはない。
「まだ手が震えていますよ。それでは私が由美さんの生首を押さえておきます。あなたはその手に持っている電動ドライバで左側後頭部を刺してください。いいですか?」
俺は深呼吸をする。
俺は電動ドライバの上ボタンを教えて由美ちゃんの生首の左側後頭部に刺していく。少し常温に戻ってきているのか由美ちゃんの生首を刺した瞬間、生物の死を指先に感じる。俺は今非人道的なことを行っている。死んだ人間を傷つけて死を冒涜している。それでも俺は世界を取り戻すためにやらなければいけないことであった。途中骨に当たって上手くドライバが回らない。少しだけ削れているようだったがこれは電動ドリルではなく電動ドライバのため、きれいな穴をあけることが出来ない。これ以上回しても意味がないので下ボタンを押して引き抜く。これをもう一度繰り返す。
そうすると由美ちゃんの世界は由美ちゃんの左側後頭部に出来た穴に収束して、俺は由美ちゃんの世界から電動ドライバが建っている世界に戻った。
***
②電動ドライバを←→←→
俺はロケットランチャーを持って外へ出ようとした。彼から貰ったものである。重量感があり電動ドライバの位置をズラすだけではなく、そのまま倒壊させてしまうような威力がありそうであった。先端に装着したロケット弾も少しでも衝撃を与えてしまえば爆発してしまいそうであった。こんなものを扱える自信が俺にはなかった。それでも俺は上手くいくと確信していた。ロケットランチャーを肩に担いで電動ドライバに照準を合わせて引き金を引けば、電動ドライバの位置をズラすことができる。
あとは俺がそれを実行させる覚悟があるかだ。その覚悟はすでに決まっているはずだ。俺は①を実行している。もう進めている時点で止まろうとすることは、駅のホームでもない場所で停止してそこから発車しない電車と一緒である。まだ結末に辿り着いていないのに本を閉じてしまう行為と一緒である。最後までやり遂げる覚悟を持って①を実行しなければならない。誰かに強要されているわけではない。それはこの世界の常識のようなものである。彼はヒントの答えを教えた後、俺に実行するかを問うた。つまりはそこがエンドロールへと向かうための最後の選択肢となっているということだ。そのゲームの本体を壊さない限り進行し続ける。もう俺に迷うという時間は用意されていない。実行するという選択をしてしまっている。これ以上余計なことは考えられない。これからやるべきことを考える必要がある。
彼から貰ったロケットランチャーとすでに装着済みも含めて四発のロケット弾が俺の手元にある。この持ち物を持ってエレベータに乗ってこの電動ドライバからである。どこか離れた場所からロケットランチャーを発射させる。
そこで俺はある問題に気付いた。それは今横たわっている彼をどうするべきなのか。③を実行させるには彼の存在は必須となる。このまま電動ドライバの中に置いた状態でロケットランチャーを発射させるのはあまりにも危険すぎる。彼の言葉通り威力の少ないロケットランチャーだとしても、電動ドライバが受ける衝撃は大きいはずで、その建物の中にいる人間もただでは済まされないだろう。彼が死んでしまった場合は③の実行は不可能である。①は死んでしまったものでも良かったはずだ。生き物ですらなくても良かったかもしれない。左側後頭部に刺したというその事実さえあれば人形でもボールでも可能だったかもしれない。彼が由美ちゃんの生首を指定したから俺はそれに従っただけである。ただ③はBAの左側後頭部でなければならない。BAであるため、他のもので代用するのは不可能であろう。BAが死んでしまっていたとしてもそれは同じであろう。だって、そいつはBAではなく死んでしまったBAになってしまうのだから。そのため彼をこの建物から出す必要がある。大人ひとりを運ぶのにどれだけの労力が必要になるのかを考えただけで気が滅入ってしまう。前のように往復ビンタで叩き起こすのも手ではあったが、そのあとにある彼の説教を考えるともう一度殴ってしまいそうになる。一日に三回気絶してしまうのはさすがに生命の危機になりそうであった。そうなってしまうことを考慮すると俺の手で彼を電動ドライバから出すしかなかった。
結局俺はロケットランチャーと三発のロケット弾を小脇に抱えながら、彼をエレベータのところまで引き摺った。引き摺っている際にどこかぶつかってしまったのか時々彼は唸っていたが目を醒ます気配はなかった。すでに目覚めているのかもしれないが、彼もまた俺に殴れてしまうことを考えていて気絶したフリをしているだけなのかもしれない。だとしたら俺にとっても好都合であった。余計なことを考えずに彼が死なないことだけを注意しておけば良かった。
エレベータを呼ぶために下ボタンを押す。どうやらエレベータは一番下まで降りてしまっており、この最上階まで来るのには時間が掛かりそうであった。彼の言う通り、本来であればエレベータを使うことが正しかったのだろう。あのときの俺は注意深く周りを探していたが、そんなエレベータのようなボタンは見当たらなかった。もしかしてあのときエレベータは壊れてしまっていたのではないだろうか。壊れた原因として考えられるのはあの落雷であろう。あれは奇跡に近いような現象であった。そういえば彼はそのことに対して特に言及していなかったような気がする。この世界にとってあまり意味のないものであったのかもしれない。それは納得できない気がした。あの落雷によって電動ドライバの前で見張っていた警官たちは一掃された。そして俺は見事電動ドライバに侵入することができた。あの落雷がなければここまで辿り着くことは不可能であった。あれを偶然で済ませるのにはあまりにも不自然だった。彼はきっと伝え忘れてしまったのだろう。俺はそれ以上考えることを放棄しようとした。
「あなたは考えるべきだったんです」
頭の中を空っぽにしようとしたタイミングで彼の言葉を思い出す。癪に障るが確かに彼の言う通りであった。考えることを今までしてこなかった。その結果こんな歪な世界が生まれてしまった。俺はこの現状を見つめ直さなければならない。せめて彼をこの電動ドライバから出すまでは。
まずは整理をしよう。俺が謎と思っている部分は電動ドライバに落雷したことである。ネット調べによると、雷は雲にたまった電気が地面に向けて放電することで発生するようだ。よく聞く上昇気流が発生しやすい雲の状態になるのであろう。落雷する場所としては海面や平野、山岳など、場所を選ばずに発生するが特に高い場所や尖ったもの、金属などに放電されやすい。つまり電動ドライバは落雷しやすい建物にはなっている。ただ気になることとしては落雷する兆候がなかったということだ。特に天気が悪いということもなかったし、ゴロゴロといった雷鳴もなかった。当然として雷が発生して電動ドライバに落雷したのであった。そもそも俺が想う世界の常識を当て嵌めること自体が間違っているのかもしれない。電波塔が電動ドライバになっているのがこの世界の異常さをすでに表している。雷の発生原因が俺の考える範疇を超えているのかもしれない。だから兆候もなく雷が発生するのはこの世界にとって常識になっているのかもしれない。そうなってしまうとまた俺は思考停止しなければならない。俺の思う常識と違うから放棄するのは間違っている。
考えるんだ。
それが真実でなくても良いはずだ。大事なのは考えた末に見つけ出した答えが俺の中で納得することだ。それ以上思い付かないから妥協して導き出した答えではダメだ。思いつかないなら別の視点で考えてみれば良いのではないだろうか。視覚情報である電動ドライバに落ちた雷ばかりに注目していた。
例えばこう考えているのはどうであろうか?身体に電気がはしったような感覚を感じたことはないだろうか。これもまたネット調べでは脚の末梢神経が圧迫されて血液の流れが悪くなり、酸素が不足することで痺れが発生するらしい。すいません、それは正座したら起こる脚の痺れの原因でした。漫画の表現であるようなとんでもない事実に気付いた時とか……それも違うか。頭に強い衝撃を受けたときの感覚の方が近いかもしれない。その感覚を電動ドライバの落雷に置き換えてみれば、自ずと答えを導き出すことが出来るかもしれない。すでに答えはもう出ている。
つまりこの落雷は何か外部的な衝撃で生まれたものである。そもそもこの電波塔に似た電動ドライバに違和感があった。どうして電動ドライバの先が地面に突き刺さっていたのだろうか。建物なのであればそれが何かを一目で分かるように、電動ドライバの先を上空に浮かべるはずだ。それをしないということはこの電動ドライバは偶然に生まれたものではないだろうか。いや、そういうことが言いたいわけではない。上か下かなんて些細な問題に過ぎない。この世界は歪んでいると言っていたが、その歪みを象徴しているのがこの電動ドライバだった。ある意味では電動ドライバ以外は、俺の思う世界と変わりはないようだった。現実をもとに作られたフィクションとでも呼べば通じる世界ではあった。ただ、この電動ドライバだけが異質を放っていた。俺が思うにこの電動ドライバはどこか違う世界から持ち込まれたものなのではないだろうか。外側の世界からこの内側の世界を打ち破ったかのように、電動ドライバが突き刺さってしまったのではないだろうか。もともとは正常な世界であった。それが外部から来たものによって歪な世界へと変形してしまった。あの落雷はこの電動ドライバに対して外側の世界から何か押されてしまったのではないだろうか。そしてその衝撃によって生まれたものなのではないだろうか。
何故だか俺は妙にその回答に納得していた。
落雷はこの世界の痛みだ。
電動ドライバはこの世界を壊している。
気付けばエレベータが最上階まで来て扉が開いた。俺は彼を引き摺りながら開いたエレベータに乗り込む。ここは何階まで続いているのだろうか。階数を押すためのボタンはふたつまでしかなかった。最上階というか屋上を示している『R』と俺の知っている地上の『1』のみだった。それ以外の階は止まる必要もないのだろう。
俺は『1』のボタンを押してエレベータの扉を閉める。エレベータが降下し始めたときに、俺はエレベータの存在を認識できなかった理由を探っていたはずなのに、エレベータが壊れた原因であろう落雷のことばかり考えていたことに気付いた。
エレベータが落雷によって壊れたとしても存在自体認知できないことなんてあるのだろうか。ブレーカが落ちてエレベータのランプが消えていたとしても、ボタンがあれば気付くはずであろう。考えられるとすれば俺があえてその存在を見逃していた。俺は電動ドライバにはエレベータが存在しないという先入観を抱いていたのかもしれない。その結果、エレベータなんてあるわけないと思い、まともに探そうとはしなかった。もしそうだとしたら、螺旋階段に続くあの扉も見つけることなんて出来ない。
そもそも彼の言葉をすべて信じていいのだろうか。このままエレベータに乗り続けても、辿り着く場所は俺が知っている地上ではないかもしれない。地下かもしれないし、実は横移動していて別の建物に向かっているかもしれない。
そんなことを考え始めてしまったらこの問題は一向に解決しないであろう。とりあえず彼の言うことはすべて正しいと仮定しよう。このエレベータは俺が思っている地上へと着く。それ以外はありえない。ではなぜ俺はエレベータの存在に気付けなかったのか。簡単な話であろう。俺の見える場所にボタンがなかった。そして、エレベータ自体も壁と同化しているような形になっているのかもしれない。
俺はそこであるアイテムが意味を成していないことを思い出していた。それはスコップであった。俺は地下が目的地だと考えてそこらへんに置いてあったスコップを使って掘ろうとした。だがそれは少ししか削れずに俺は諦めてしまっていた。そもそもこの電動ドライバの近くに意味もなくスコップが置いてあるのは不自然であった。誰かがたまたまそこに持ってきていたのではなく、意図的に誰かが置いていったに違いなかった。そしてその人物は彼以外しかあり得なかった。スコップが必要ということは何かを掘るということになる。それをエレベータに結び付けるとしたら、エレベータのボタンが地面の下にあるということになる。地面が固くなっているのであれば地下には存在しない。そうなるとエレベータのボタンくらいしか考えられないのであろう。少し掘ればきっと『↑』のボタンがあるはずだ。その答えは地上に辿り着けばすべて分かるはずだ。
ちょうど良いタイミングでエレベータは地上に着いた。俺はまた彼を引き摺りながらエレベータから降りた。降りて数秒したらエレベータの扉は自動的に閉じられた。エレベータは俺が知っているような壁から少し奥に位置しているわけではなかった。壁と同化しているような位置や色になっており、扉が開くための線が少しだけ見えるだけだった。これではエレベータの存在に気付くのは難しいように思えた。肝心のボタンはやはりエレベータの扉の横には付いていなかった。
彼とロケットランチャーを一発目の発射地点と考えている場所に置いて、地面に転がっていたスコップを拾った。そのスコップを使ってエレベータがあるところの地面を掘った。掘り進めるとそこには『↑』のボタンがあった。俺の推測通りであった。ようやくこれで俺の疑問は解決して本来の目的を遂行できる。ロケットランチャーをこの電動ドライバにぶつけて横にズラす。
俺は彼とロケットランチャーを置いた場所に戻って電動ドライバを見上げた。改めて見るとこの建物には違和感があった。電波塔はテレビやラジオ放送の電波を送信するために建設されているもので、電波干渉や電波の遮断を避けるために高くしている。あの電動ドライバに電波塔と同じ役割があるのであろうか。ただのオブジェみたいなものであろうか。どちらにせよ俺はこの電動ドライバを横にズラす必要があった。
俺はロケットランチャーを肩に担いで狙いを定めた。まずは右からロケットランチャーを発射させる必要がある。だから今いる場所も電動ドライバの右横にいる。そこで俺はあることに気付いてしまった。俺が思っている右は正しいのだろうか。俺が考えている基準の場所から右に移動したとしても、本当の基準が反対であれば今いる場所は右から左になってしまう。
冷静に考えろ。
エレベータが基準でいいはずだ。そもそもそれを基準にするために設置されていたに違いない。これで間違っていたとしたら彼を殴り殺してしまえばいい。俺は今いる場所が右であることを確信して引き金を引いてロケットランチャーを発射させた。
ドカーン
俺が肩に担いでいるロケットランチャーから放たれたロケット弾はあの電動ドライバの位置を左にズラした。俺は反対側に移動してロケットランチャーを発射して右にズラす。それをもう一度繰り返した。そうすると世界は混ざり始める。正確に言えば由美ちゃんの世界と電動ドライバが建っている世界がミキサーのように混ざり始めた。そして混ざり切ったときには俺の手には電動ドライバがあって目の前には彼=担任がいた。
***
③BAの左側後頭部に電動ドライバ
今自分のすべきことは分かっている。目の前にいる人間の左側後頭部に電動ドライバを突き刺せば良いだけなのだ。これ以上余計なことは考えなくてもいい。由美ちゃんの世界と電動ドライバが建っている世界は垣根がなくなった。混ざり合って別の世界が形成されていく。電動ドライバが建っている世界の俺=由美ちゃんの世界の俺となっている。今までは世界を重ねる形だけだったから、どちらの世界も分けられることが出来ていた。だがふたつの世界は混ざり合ってしまい、新たなひとつの世界が生まれていた。この世界は電動ドライバがあって、由美ちゃんの生首があった。今も混ざり続けており景色がぐるぐると回り続けている。電動ドライバと由美ちゃんの生首があっちに行ったりこっちに行ったりと右往左往しているようだった。唯一まともに存在できているのは俺と彼だけだった。
「ようやくここまで来ましたか」
彼なのか担任なのか判別が出来ない人間はいつの間にか目を覚ましていた。きっとこのときを待っていたのだろう。余計なことをしないためにあえて気絶したフリをしたに違いなかった。そうすることで俺に考える機会を与えたのかもしれない。それはただの建前であって本当は俺に殴られたくなかっただけだろう。そして今俺は彼もしくは担任を殴れないでいた。それは由美ちゃんの世界と混ざってしまったせいなのであろう。
「いやあ、驚きましたよ。あなたにも考える力があったんですね。答えまで導き出している。もしかしたらあの3つのヒントも自力で解くことができたかもしれませんね。とにかくあなたが知りたい謎はもう残っていませんか?まあひとつだけあるとすれば、殺し屋に狙われていて指名手配されていた件ですかね。まあ、こちらについても大したことではないのであなたにとっても謎と認識していなかったのでしょう」
「今はそれどころじゃない……」
「いいえ、あなたは聞くべきなのです。ここにある謎はすべて排除すべきなのです。未練を残したくないでしょう。まだ謎が残っているから死ねませんでしたなんて話になりませんよ。あなただってそのことは分かっているはずです。だからあのときあなたは思考停止しなかった。考え続けてそれで答えを導き出した。曖昧な状態のままにして欲しくないです」
どうして彼がここまで強気になれているのか分かった。それは彼ではなくBAという存在にジャブチェンジしているからである。彼と呼ぶのはきっと間違いなのであろう。俺はもう彼をBAとして接しなければならなかった。
「それでは最後の謎解きを始めましょうか。前もお話しました通り、電波塔なんて元から存在していなくて、電動ドライバがそこにはありました。だからあなたの父も関係なくて、あなた自身も犯罪者の息子ではありません。私は以前、記者をあなたの家の前に呼んだのは罪悪感を植え付けるためだと言いました。どういった理由で呼んだと思います?」
これは俺に考えろと言っているのだろうか。どちらでも良いことなのであろう。だとしても、俺はもう思考することから逃げないと決めていた。そうならば、俺はこの最後の謎に対しても真摯に向き合うべきである。その推測に間違いが発生した場合、BAが正してくれるかもしれない。だから思考という漠然とした塊から逃げるな。
「考えてみるよ」
俺がそう言うとBAは少し意外そうな顔をしていた。また逃げると思ったのだろうか。確かに思考停止すればBAが勝手に答えを話し始めるだろうか。時間を無駄に使ってしまうかもしれない。
もう少しだけ待ってくれないか。
そのせいで、中途半端に終わったとしまったとしたら俺は外側に向けて雷を落としてやる。ここは俺の世界だ。最後まで責任を取らせてくれよ。
「本当にあなたはどうしてしまったんですか?現実に向き合う覚悟ができたんですね。ええ、分かりましたよ。あなたの答えを教えてください。時間が過ぎないように私はここで祈っておきます」
俺は思考し始める。
まずは解くべき謎を整理しよう。ここには紙が存在しないため、頭の中でペンを持ってノートに書き込む。
最後の謎
①記者が来た理由
②殺し屋や暴力団が襲ってきた理由
③指名手配された理由
まずはこの①についての謎を考えよう。
記者を呼んだのは彼であり、俺に罪悪感を植え付けるためだと言った。どんな理由で記者を呼びつけていたのか。その理由は②③の謎と関係しているような気もするし、全く関係ないようにも思える。いわゆる俺はお尋ね者になっている。だが、俺は罪を犯すようなことは何ひとつしていない。それは③の謎を解かなければならない。そうすれば自然と①②の答えを導き出せる。ならば考えるのは③の謎からであろうか。
本当にそれでいいのだろうか?
俺は①②の謎を解くことから逃げようとしているのではないか。確かにBAの言う通り、時間は有限である。ひとつひとつの謎に向き合っていたらタイムアップするかもしれない。時間を間に合わせるのであれば、効率的に謎を解く必要があるのかもしれない。いや、時間なんて気にしなくてもいい。それでタイムアップするのであればもうそういう運命だということだ。俺はこの世界の謎に対して真剣に取り組みたい。だから頭の中にあるノートはこの順番で謎を書き出した。
まずはこの①の謎から解き明かしてみよう。記者が来た理由として考えられることは限られている。そして俺は一般人である。有名人のようにちょっとした不祥事で俺のところに来るはずがない。何かしらの罪を犯してしまったのか、もしくは歴史的な発見や世間を騒がせるような特ダネを持っているかであろう。俺自身どちらも心当たりがなかったが、記者が食いつきやすいネタとしてはやはり犯罪であろう。そう考えると俺はどんな罪を犯したのだろうか?この世界で関係する犯罪はひとつしか思い浮かばない。電動ドライバ自体に何の罪もないと言うのであれば、俺を貶めた詐欺集団しか考えられない。記者が食いつくネタとしては俺の住む場所がその詐欺集団のアジトとであろう。その首謀者は俺になっているはずだ。そして、そのデマをタレコミしたのはきっと彼である。
これで①の謎は解決した。となれば、②③の謎は自動的に俺が詐欺集団の親玉であると思われているから、そうなってしまったのだろうか?そんな単純な話ではないだろう。関係することはあったとしても、直接それが答えになっているわけではない。わざわざ謎を分けているのは別の答えが用意されているからであろう。
「なあそうだろう?」
俺はBAにそう問いかけるが何の反応も示さなかった。BAは自分で考えろと俺に促しているようだった。
そうだ。
俺自身の力で思考する、思考することから逃げないと決意したではないか。今ここには俺しかいない。BAは今に限って、ただのNPCと思っておけばいい。
②の謎について解き明かそう。俺が電動ドライバに向かっている最中、殺し屋と暴力団が俺に襲い掛かってきた。③の謎にある通り指名手配されているから、金銭目的で狙われている可能性は高かった。とは言っても指名手配されていること自体に違和感があった。俺は手配書を遠目でしか見ていなくて詳細の内容までは把握できていなかった。そもそも指名手配する前に俺の家へ来るはずであり、俺自身も家から一歩も出ていないわけで、手配書出す前に捕まっていいはずだ。それは③の謎を解き明かしたときに分かることであろう。今解き明かすべきものは②の謎である。
とにかく殺し屋と暴力団が俺を襲った理由は手配書とは関係ないと仮定しよう。そもそも俺が電動ドライバに向かわせるために彼は色々と仕組んでいたはずだ。それなのに殺し屋と暴力団はそれを阻むように俺の進行を邪魔しようとしたわけで、彼の意志とは反している。詳細の内容は省くことになるが俺は心身ともにボロボロになりながら、やっとの思いで殺し屋と暴走族から振り切ってやったのだった。下手をすればそこで俺は息絶えていたかもしれない。彼は俺を電動ドライバに向かわせる必要があったはずだ。それは記者を呼び込むだけで達成したことである。電動ドライバに向かわせようとしている彼が俺の行動を妨害するために、殺し屋と暴力団を使って妨害する理由がなかった。これは彼以外の意志が割り込んでいる気がした。この最終局面で第三者の介入を匂わせるのは物語としては破綻しているだろう。先ほどのBAの発言を思い出していた。殺し屋と暴力団の存在は俺にとって謎と認知していなかった。そして彼自身もこの謎に対しては困っていると言っていた。その発言から読み解くと、きっと想定外のことが起こっていたのだろう。ただ俺としては無事に電動ドライバに辿り着いたので大した謎にはならなかったし、彼としても話す必要がなかった。そう考えると俺と彼以外の別の人物が関わっていることになる。それは誰であるのか。登場人物としては俺と彼しかいない。そのほかの人間はみなNPCに近しい存在である。俺と彼だけはこの世界にとって特別な存在なのである。だから、それ以外のNPCのことを頭から外していた。彼以外の意志があるというのならそれはNPCしかあり得ないことなのであろう。外部の人間のことも考えてみたが、俺たちの邪魔をしているような気はしなかった。むしろこの世界を早く正常に戻して欲しいと願っているような気がした。少し違うかもしれない。外部の人間=俺自身と表現したほうがいいのかもしれない。だから俺はこの世界を異常だと気づけた。彼は俺を誘導するためだけに生まれたような人物なのであろう。
そこで俺はようやくこの②の謎が解明した。この世界の人物からしたら俺は異常であり、この世界を壊そうとしている要注意人物でもあった。そんな人物を見逃すことなんて出来ずに誰だって世界の維持を望むであろう。ただのNPCであっても、自分が消されることは望んでいないだろう。彼の命令を背くために生まれてきたのが殺し屋と暴力団であって、いわゆるこの世界にとってのバグであろう。本来であれば俺と彼しか自分の意志を持って行動は出来ない。それ以外の人間は彼の指示の通りにしか動けないはずだった。この世界の危機として殺し屋と暴力団がイレギュラーという形で出てきてしまった。俺を排除すればこの世界が壊されることはない。俺にとって正常に戻すことであっても、この世界の住んでいる人間にすれば、世界の構造自体を変えることになるから破壊していることと同義なのであろう。これで②の謎は解き明かされた。
そして次の③の謎が正真正銘の最後の謎となる。俺が指名手配された理由はこの世界を壊そうとしているからであろうか。そもそも指名手配されていたのかも怪しい。先ほども言ったが、指名手配をする前に俺の家に向かえばいいだけである。それに殺し屋と暴力団が存在しているのに警察が出てくるのはおかしな話である。この世界を壊すことを阻止しようとした人間たちが反社会的な存在なのであれば、警察はその反対になるはずである。となれば警察は俺の味方になるはずであろう。あれは本当に手配書だったのであろうか。俺は遠目でしか見ることが出来なかった。今の世界は由美ちゃんの世界と電動ドライバが建っている世界が混ざり合っている。俺はもうこの世界で手配書の中身を見ることができない。だから推測するしかないのだ。今までだって俺は頭の中で考え続けていただけではないか。それが本当であると証明できる物的証拠は何ひとつもありはしなかった。今までの謎はただの推測だけで導き出しただけだった。前にも言ったが正答であるかはどうでも良いことなのである。俺自身がその謎に対して納得できる答えを出せていたかだけである。それが正しい答えだったとしても、俺自身が納得できていなければその謎は解き明かしたことにはならない。③の謎の答えは別にあると俺は思っている。指名手配されていなくて、別の目的があって交番の前の掲示板に貼りだされていたのではないだろうか。
その別の目的とは何か?
それは俺を電動ドライバへ向かわせるためではないだろうか。あれは手配書なんかではなくて俺を守るために彼が用意したものではないだろうか。NPCを動かせるのは彼だけである。殺し屋や暴力団の弱点は一般人による多数の目である。俺の先入観ではあるが、裏の人間たちは表で堂々と殺しや誘拐なんて出来ないはずだ。彼は警察に指示を出していて、俺という存在を表の世界へと立たせて殺し屋と暴力団の脅威から守ろうとした。どうして電波塔に警察がいたのかも今なら分かる。俺を電動ドライバに入らせないようにしたのではなく、殺し屋と暴力団から電動ドライバを奪われないようにしたのではないだろうか。電動ドライバはあの世界にとって要となるものである。俺はそれを壊そうとしていた。殺し屋と暴力団が俺を止められないというのなら次は電動ドライバに狙いを変えるであろう。俺が侵入させないように電動ドライバを奪おうと考えるであろう。彼はその行動を予想していたかのように電動ドライバのところに警察を配備していた。そう考えるのであればあの落雷はあまり意味がなかったのかもしれない。ただ俺はあの落雷がなければ侵入することを諦めていたであろう。
ロケットランチャーを発射させるために電動ドライバを出たときに警察がいなかったのは殺し屋と暴力団と抗争していたのかもしれない。そして見事に俺はロケットランチャーを発射させることに成功して、あの世界を終わらせることが出来た。今は由美ちゃんの世界と混ざり合って反乱分子と呼ばれるものはどこにも存在しなくなった。これが最後の謎に対する答えである。俺はすべての謎を解明させることが出来た。
「どうやらすべての謎を解決させることが出来たようですね。時間はまだ間に合いそうですかね。それでは早速始めましょう」
そう言ってBAは俺に左側後頭部を見せる。ここに俺の持っている電動ドライバを突き刺せばいいのであろう。本当にこれで最後になる。俺の頭の中に残された謎はどこにもない。あとはこの混ざり合った世界を壊して俺はもとの世界を取り戻す。Bachelor of Artと名乗った目の前の男を刺し殺す。いや、それでは語弊が生まれてしまうであろう。正確には電動ドライバでBAの頭を貫く必要がある。左側後頭部辺りがベストである。それで俺の世界は正常となるはずだ。
「おめでとうございます」
俺はBAの左側後頭部に電動ドライバで突き刺した。
***
ぐじゃぐじゃになった景色が元の形へと戻っていく。
ゆっくりと目を開けると俺は自室で横たわっていた。電動ドライバが左側後頭部に刺さっている。俺は静かに死んでいく。未だに夢を見続けている。もう掴むことのできないあの景色を追いかけ続けている。
俺の頭に突き刺さった電動ドライバは俺の脳みそをミキサーのように回し続ける。現実と妄想がバラバラになったりくっ付いたりしている。ああこれがあの小説で描かれていた景色なんだと理解する。もう自分は長くないであろう。両親はこの光景を見てどう感じるであろう。母は相変わらずアルコールを摂取するであろう。父は悲劇の登場人物になったかのように崩れ落ちて大袈裟に泣くであろう。姉はこの状況を理解できずに誰かのマネをするであろう。兄はただ見ているだけであろう。
「もういいだろう?」
俺の頭の中を突貫工事している電動ドライバを抜いた瞬間、俺の意識は消えていく。
そして誰にも看取られることなく死んでいった。