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ある万能人の遺言

作者: レイン

三国志の英雄、曹操の最期を短編形式で書いてみました。


皆さんの考える曹操像とはイメージが違う曹操になっているかも?

あぁ・・・ついにこの時が来たか。


まさか、春節の目出度き時に倒れるとは。これも我が血塗られた人生の末路か。


思えば草原を渡り、熱砂を駆け、氷河を踏みしめ、城を撃ち、大地を汚し続けた人生だった。

謀略と陰謀と政争と闘争に明け暮れた歳月だった。


今の中華の何と物寂しいことか。

かつて丁沖や張邈と馬を走らせた洛陽の緑は雄大で力強い生命力に満ち満ちていたのに、

今や全てが春の夢であったかのように荒涼とした地が広がっている。


人々の往来は少なく、住居には煙も少ない、これが我が華北の都とは。。

天地に及ぶべくもないたった数十年で、これほど海内に傷を負わせてしまうとは。。


黄巾の乱より数十年、いや仕官したその日より、私は再び天下を1つにし、地上を安寧に導きたかった。

漢王朝の理が崩壊した後、仁・義・礼・智・信に代わる新たな臣下の理が必要と考え『唯才是挙』を掲げたが、ついぞ高祖や光武帝には届かなかったか。


心残りはいくつもある。

まずは私の力で天下を統一できなかったことだ。

「天下は未だ安定せず。今は平時ではない。よって、古来のしきたりに従う必要はなく、葬儀が終ったらみなただちに喪服を脱ぐこと。兵をひきいて軍務に服している者は、持場を離れてはならぬ。役人は各自その職務を続けよ。納棺には平服をもってし、金玉珍宝を副葬してはならぬ。」


元より、霊魂やあの世のことなど信じておらん。死んだ人間は蘇らぬし話すことも考えることもしない。

友だった男も、敵だった男も、愛した部下も、欲した敵将もみな死んでいった。

しかし、死した彼らが私や他者に何かをしたことはない。死ねば骨が残るのみだ。

ただの骨のために、生きている人間の時間と金を奪うことは出来ん。


次は奥のことだ。若い女もいる。私が居なくなったら女達の生活はどうなるのか。

「葬儀の後に残った香は夫人たちに分けて与えよ。側室のなかで仕事の無き者は、組み紐の飾りをつけた履の作り方を習い、それを売って生計を立てよ。」


手に職が就くよう手配することしか出来ぬ。しかしこれで、権力とは無縁の場所で生を全うできるだろう。


最後に末子を子桓に託すとしよう。

「子桓、幹は3歳で母を亡くし、5歳で今父を亡くそうとしている。私が世を去れば、お前が曹家の家長となるのだ。この子のことを、よろしく頼む」


子桓にも言うべきことを言えた。

敵対する人間に対しては冷酷なところもあるが、元来は優しい心もある人間だ。

きっと兄として、曹家の長としてこの子を慈しんでくれるだろう。


これでもう現世のことは何もない。心配の種は尽きぬが、これ以上は考えても仕方のないことだ。



ああ子脩、私はとうとう天下を統一することができなかった。お前に救われ、妻と離縁までしたのになぁ。

妻とは斉なり、良く言ったものだ。つまり丁氏は私と斉しい(ひとしい)ただ一人の人間だったのだ。

宛城で子脩を亡くしたのは、私にとっては正に痛恨だった。倉舒の時とは訳が違う。

あの頃まだ私の力は不足しており、子脩の喪失よりも典韋の死を惜しむ必要があった。丁氏はそれが許せず私の妻であることを辞めてしまった。

最愛の妻と息子を失ったのだ。せめて統一をすることで、2人にとって誇れる夫であり父でありたかったが、どうやらそれも叶わぬらしい。


恐らく、息子達の代でも天下が統一されることはないだろう。

子桓に私ほどの武の才はなく、劉備も孫権も華北を取れるほどの国力はない。

乱世が続くことで大地と民はどれほど傷を負うのだろうか。それを避けるためにも、私の代で天下を統一したかった。

私の代では無理でも、息子達の代で天下泰平を実現したかった。


そのために仲の良かった年長の息子達を敢えて争わせ鍛えようとしたが、結局誰も子脩を超える智勇と徳を併せ持つ大丈夫となることは無かった。

子脩は私には出来た子であった。孝行で頭が良く、目下の人間に寛容で優しく、それでいて厳しさも併せ持った人の上に立てる人間だった。思えばあの子を失った時に、曹家の命運も尽きていたのだろうか。


どうやら本当に死が近づいているようだ。今更どうしようもないのに、子脩のことばかりを考えてしまう。

ようやっと重圧から解放されると知り、心の奥の真が出てきているのか。

それとも私という存在が土に還ることへの恐怖故か。

もう前も見えんし、周りの声も殆ど聞くことができない。


人間は死んだら骨になり、その骨もいつかは消え土へと還る。

死者が正者を動かしたことなどないのだ、霊魂などあるはずが無い。


そう、霊魂など信じてはおらん。信じてはおらんのだが、

「もしこの世に、霊魂というものがあるのならば、私は我が子に『私の母上はどこですか?』と聞かれたら、何と応えれば良いのだろうか」


応えられるはずがない。応えられるはずが無いが、それでも、もし霊魂と呼べるものがあるのなら、

「死後、私は妻達と共に暮らしたい」

いかがだったでしょうか?

現世主義なところがある曹操が臨終で唯一触れた死者が、

英傑や配下や友のことではなく息子の、

それも寵愛していた曹沖ではなく曹昂(と丁氏)だったため、

1つ物語を書いてみたくなり投稿いたしました。


皆さんの思い描く曹操像と異なり不快な思いをしていたら申し訳ございませんが、

皆さんの中に少しでも新たな曹操像を刻むことができていれば幸いです。

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