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気怠い

作者: 七志

あほくさい。気怠い。

何でこんな思いをしなければならない。

真面目に働いて、結果も出して、必死にやってきたのに。いままでの努力はなんだったんだろう。


少し疲れただけなのに。

ほんの少しだけ心を休ませたかっただけなのに。

病名がついた訳でもないし薬を飲んでるわけでもない。

それで?病院に行ったってだけで?いきなり役立たず扱いするんだな。


気怠いったらありゃしない。

頭の中は俺を憐れみの目で見る、職場のクソったれなやつらの顔でいっぱいだった。

全てどうでも良くなるってこういう感情なんだな。

今まで見えていたカラーの情景が全部灰色に感じてくる。

休憩中と帰りに飲む珈琲と、マルボロの一本は俺にとって至福だったはずなのに。

今日の珈琲の味は全く何も感じない。

吸ったタバコの煙に関しては、まるで湿った部屋に溜まったカビ臭い空気のような、それはそれは不味くてたまったもんじゃない。

ふざけやがって。俺の憩いの時間を返してくれ。


不味いタバコの火を早々に消してさっさと帰ろう。そう思って駅に向かった。駅に向かう途中で目に入る景色も人も、全て敵に見えた。

聞こえて来る音は、全て騒音に感じる。普段なら気にならない音ですら不快でしかない。

イヤホンを耳に付けて音楽を再生してみた。

でも、これも雑音にしか聞こえない。

好きなロックやバラードを聞いても、心躍るような高揚感もなければ、締め付けられるような切なさもなかった。

ただただ虚しく鼓膜が音波で振動しているだけだった。


最寄り駅に着いても負の感情を引きずったまま電車を降りた。

今の俺の姿は世の中の人間にどう映っているいんだろうか。

それはそれはカッコ悪い大人に見えていることだろう。それがどうした?お前らなんかに俺は興味すらない。

そんなしょうもない事を考えながら改札を出た。


いつも立ち寄る駅前のコンビニ。

そこには必死に働いてる女がいた。

大学生くらいだろうか、こんな夜遅い時間にワンオペとは。こういう腐った経営者がいるから不幸が生まれるんだ。

全く関係のないコンビニの経営者ですら今は俺の敵に感じた。今日の怒りを当てられれば、何でも良かったのだ。


女は笑顔も無くして、少し疲れた顔をしていた。

レジには客が並び、淡々とレジ操作を進めている。

並んでいる客達も疲れた背中をしていた。

嫌な思いをしているのは俺だけじゃないって事だな。皆んなお疲れさん。


世界が敵に感じていた事が嘘のように、目の前に広がる景色に愛着が湧いた。孤独感が多少薄れたように思えた。

いつも買う珈琲を手に取る。今日はそれ以外に暖かいココアも一つ手に取った。ココアなんて趣味じゃないし、そもそも飲む気すらない。全く俺は何をしているんだろうか。


レジの最後尾に並ぶ。客の出入りが止まり、俺の後ろに客は現れなかった。前の客が終わり俺の番が来る。間近で女の顔を見て思った事は、良く見たら整っている綺麗な顔だ。

目鼻立ちはしっかり。

艶のある茶髪のショートカット。

流行りの化粧だが嫌味はない。

でも残念なことに、表情は疲れている。


珈琲とホットココアの会計を淡々進める。

声にはハリはない。少しの苛立ちと疲弊感が漂ってきた。

会計を済ませた俺は、

『ワンオペ?大変ね、お疲れ様。頑張って』

そう言って、買ったココアを渡して早々に店を出た。


背中にありがとうございますの言葉が飛んできたことに気付いたのは、店を出た後だった。

何であんな柄にもない恥ずかしい事をしたんだろうか。

今日の惨めな自分と重ねた?それとも、自分よりも疲れている人間に手を差し伸べて優越感を感じたかったとか?

はたまた、可愛い女にお近づきになりたくなったか。


気まぐれな自分の感情にむず痒さを感じながら自宅へ向かう。

全く、なんて気怠い感情なんだろうか。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 日常のちょっとした一コマの中での主人公の心情が、ありありと伝わってきました。 皆んなお疲れさん、本当にその通りだなと思いました。
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