初めての魔法
図書室から出た私は中庭に訪れていた。
ここに来た目的は手に持っているこれだ。
「ええっと、『誰でも分かる超初級水魔法』……凄いわ!」
表紙にはひっくり返った人のイラストに「これで無理ならもうお手上げ!!」なんて書いていて無性に腹立たしいが、そんな感情よりも今は感動の方が勝っている。
なんたってそう魔法だ。魔法がある世界で魔法を使わないなんて、そんなもったいない事無いだろう。
この為に、ここに来る前に図書室に寄って来たのだ。
先ほどのマヨネーズ作りを反省して、今度は失敗してもいいように水魔法の初級編を選んだ。これなら難し過ぎて断念する事も無いだろうし。仮に失敗しても屋敷全焼や、チート故に暴発して大怪我を負う等の最悪の事態は防げるわけだ。
まあ少し他の異世界の本に興味が沸いて何冊か読みふけってしまったので、かなり時間は過ぎてしまったが。夜ご飯まで少しの間魔法の試し打ちをする時間ぐらいはあるだろう。
早速パラパラとページをめくる。
「魔法を使うには幾つかの方法があります。呪文を唱えて発動する詠唱魔法、呪文を唱えずに発動する無詠唱魔法、魔法陣や特殊な文字を介して発動する紋章魔法、そしてそれら以外の方法で発動する特殊魔法。本書では一番簡単でマナさえあれば誰でも発動する事が出来る詠唱魔法の紹介をしていきたいと思います」
ざっと読んだ感じ要約すると、詠唱魔法とは呪文を詠唱して魔法を出す方法らしい。
魔法を使うのには体内に存在するマナが必要でこの詠唱魔法ならマナがある限り特別な準備は必要なく後は呪文さえ唱えれば魔法が発動すると書かれていた。
「マナは俗に言うMPの様な扱いでいいのかしら?」
仮に10がマナの総量だとしてマナ消費量2の呪文は五回打てるけど六回目は無理って感じだろうか?
あまりにもゲームっぽかったので思わず「ステータスオープン」って叫んでしまったけどステータスウィンドウの様な物は出てこなかった。
周りに誰も居なくて助かったわ。もしメイドに聞かれていたらいくら世界一理想の女の子があっても恥ずかしさで死ねただろう。
冗談はさておき、この世界にはステータスみたいなものは存在しないみたいだ。まああんな物は最終的にカンストするか、上限突破する定めにあるし要らないだろう。
そんな事より魔法だ魔法。本によると子供でも簡単に発動できる生活魔法が書かれていた。
手から水を出す魔法らしい。その水を飲んだり身体を洗ったりと生活用水に使えると書いてある。
「へぇ、極限状態とかでも自分で飲み水が確保できるってなかなか便利ね」
魔法の無い世界じゃ自前で血か尿位しか飲める水を用意する手立てはない。あれ、血って飲めないんだっけ? まあそこはどうでもいい。人間、水さえ飲めれば七日は生きられるらしいがこの魔法さえ覚えておけば無一文でも七日は生きていられる訳だ。そう考えるととても有能な魔法に感じてしまう。
早速魔法の詠唱に入る。魔法の詠唱は先に詠唱文と後に魔法名を唱えればいいらしい。
私は初めての魔法なので右手を突き出し、かっこよくポーズを決め魔法を唱える。
「我がマナ糧とし渇きを癒せ、【オルヴァリオ】」
詠唱が終わると身体に異変が起こった。
まず身体から何かが抜けていくような感覚があった。例えるならば筋トレをした過程は無いのに疲労感だけがいきなり発生したような感じか?
その後、手からチョロチョロと水が噴出、しばらくすると勝手に止まった。
ナニコレ? 想像していたのは水の玉がふよふよと浮いている幻想的な魔法だったのに、現実は弱めのホースの水とでも言った感じだ。
「……地味ね」
いや生活活用レベルに落とした魔法なのだし、このレベルが妥当だろう。家の洗面台の蛇口を捻って高圧洗浄機の様な勢いの水が噴き出したらそれこそおかしいだろう。
だが私は転生者な訳で、よくその手の作品で初級魔法を出したのに上級魔法レベルの威力があるみたいなのがあるが、それをちょっと望んでいた。
そうかただ発動しただけだから威力が変わらなかったのかも知れない。この世界にはない科学の知識を使う事でより魔法を強力に発動すると言う手段は多数の作品で使われていた。
「……でも私全然科学の知識無いじゃない」
いや物は試しだ。中高レベルの知識ならまだ覚えているはず。
水の組成式はH2Oで酸素が一つと水素が二つ。原子って言う最小の粒子が電気の力で引っ付いてなんやかんやみたいな感じだったと思う。……いや、待てよ? 最小の粒子はもっとあったはず。それこそ原子核の中に陽子と中性子があって、それより小さい素粒子もあったはずだ。ええっと名前なんだったっけな? ニューウェーブ……じゃない、ニューロンは脳細胞だし、ニュートンは物理学者だ。……そうだ! ニュートリノ! ニュートリノだ。やっと名前が出てきてスッキリした。いや目的が変わってるし。
迷走する思考をなんとか軌道修正し原子などを考えながら魔法を発動した。
結果は先程と全く同じ現象が起こって終わった。まあ実際原子など見た事無いのだしそれを想像しろと言うのが無理のある話だ。
その後も色々試行錯誤しながら魔法を発動したのだが結局威力は向上しなかった。しかし得られた情報が幾つかある。
一つはマナの枯渇についてだ。生活魔法なので何度も撃てたが恐らくマナを使い過ぎたのか、今猛烈に身体が怠い。筋トレで例えたが今は三キロメートルを全力疾走した後くらいの怠さがある。学生の時マラソン大会とか嫌いだったのよね。何が悲しくて苦しい思いをしながら膝の軟骨をすり減らさなきゃならないのよ。
この世界にはステータスの様な物は無いので本来の許容量以上のマナを使っても根性さえあれば、火事場の馬鹿力で使えるのかも知れない。しかし今はこの程度で済んでいるが、これ上級とかそれ以上の魔法を無理やり撃ったら最悪疲労のショックで死んじゃうんじゃ……、なんて物騒な思考が頭を過ぎる。
……大丈夫よ、要はそんな危険な場所に立ち入らなければいいだけよ!
まあこれについては本に「日々使い続ける事でマナの総量は少しずつ増えていき、より上位の魔法も使える様になります」と書いてあった。こんな面倒な思いをこれからしなければいけないのか。ますます筋トレみが増したな……私努力キライ。
そして、もう一つの方が肝心なのだが、私のスキル世界一理想の女の子に戦闘補助的な効果は無いという事だ。
料理の時もそうだがこのスキルに物理現象(魔法を物理に入れてもいいのか分からないが)を操作する力は無いようだ。魔法に関しては何かしら補助が掛かるかと思いスキルを発動しながら魔法を撃ってみたのだが結果は変わらなかった。
確かに私はスキルを選ぶ時に戦闘面でも使えるスキルを頼んだのだが、ゴルゾニーヴァが組み込み忘れていたのかも知れない。
しかし戦闘面でも使えないとなるといよいよこのスキルはただの魅了系スキルって事になる。これでは魔王討伐などで功績を上げる事も出来なくなる。
どんどん私の想像していた異世界転生から遠ざかるな……。
そんな事を考えているとメイドがこちらに歩いて来る。
「お嬢様夕食の時間なのでお呼びに参りました」
「もうそんな時間ですのね」
「お部屋にいらっしゃると思ったのですが、こちらにいらしてたんですね。ここで一体何をなさっていたのですか?」
メイドが不思議そうに聞いて来た。確かにいつもの私なら今頃、部屋でゴロゴロしているだろう事は容易に想像出来た。中庭で立っているのが不思議に映っても仕方ない。
私は少しだけスキルを発動しながら答える。
「ただ少し魔法の鍛錬をしていただけですわ」
「自らで考えて鍛錬に励む、その実直な姿勢。私感服致します」
その返答に私は満足する。何も強いだけがチートではない。私のスキルは愛される事に特化しているのだろう。
魔王を倒すだとか地球の知識でぼろ儲けだとか別に義務ではないのだ。むしろ神からはただ生きるだけでいいと言われているのだ。それならばスローライフ方面で謳歌すればいいだけの事。私のスキルならほのぼのと楽しく嫌な事を排斥した生活が出来るだろう。
「ありがとう、でも当たり前の事をしているだけですわ」
「その謙虚な姿勢とても素敵です」
何をしても褒められる生活なんてとても素敵じゃない。
気分を良くした私は食堂へと向かうのだった。