ドキドキ! 初めてのマヨネーズ製作
マヨネーズについて詳しい訳じゃ無いのでなんちゃって知識として楽しんで下さい。
マヨネーズとは、油と酢と卵で出来る半液状のドレッシングで、日本のみならず世界中で愛される調味料である。
……ごめん、そんなマヨネーズについて詳しくなかったわ。一応それっぽい説明したかったんだけど、深く語れるほどマヨネーズの雑学を持っていなかった。だが、誰が私を責められようか?全世界のマヨラーの中でも、空でマヨネーズの歴史を語れる奴が存在するのだろうか。
マヨネーズについて語る事は出来ないが、何故、異世界転生とマヨネーズがそんなにも親和性が高いのかなら語る事が出来る。それはマヨネーズを作る際の工程の少なさだ。
まず材料が上で言った通り卵と酢と油しかない事。勿論、地球で販売されているマヨネーズにはもっと色々な物が入っているのだろうが、この三つだけでも十分にマヨネーズと言える位の物が作れるからだ。
それに加え調理の工程も少なく、全ての材料を混ぜるだけであら不思議マヨネーズの完成だ。
この材料の少なさと工程の少なさが文化レベルの低い異世界でも容易に再現可能で、それでいてパッとしない異世界の食卓事情をマヨネーズと言う美食的麻薬で染め上げる。そんな物を作り出した人物は無条件で称賛される事間違いなしだろう。
さて、そんな誰が作ってもよいしょ確定の調味料マヨネーズを、この何を言ってもよいしょ確定の私が作れば何が起きるか? 1+1は2かも知れないがマヨネーズと私ならその相乗効果は計り知れない。
待っていなさい、まだ見ぬマヨラー達。私が異世界にマヨネーズを齎してあげるわ!
そんな行き当たりばったりで始めたマヨネーズ作りだったが、一度でもマヨネーズを作った者が居たら分かるだろう。マヨネーズ作りはそんなに甘くないという事が。
そもそもマヨネーズがどうして出来るのか、あれは乳化と言う現象が起きているのだ。簡単に説明すると、油と液体は本来混ざらないが、滅茶苦茶掻き混ぜると一時的に混ざり合うって言う現象だ。
ここで問題なのがこの乳化と言う作業なのだが、これが滅茶苦茶大変なのだ。
前の世界ならばハンドミキサーなどを使い簡単に行える作業なのだが、素人が手作業でこれを行うとほぼ百パーセント無理だと言っていいだろう。普段から料理をしている人がするなら出来るだろうが、少なくとも邪まな感情でマヨネーズと向き合い、分量を深く考えもせず適当に作業に取り掛かる阿呆に作れるはずもなく。出来上がったのはマヨネーズっぽくない美味しくないモノだ。もしかするとマヨネーズと名乗る事すら失礼かも知れない。
現在私は調理場のスペースの一角を借りている。正直もっと原始的な物を想像していたのだが、この世界の生活水準はかなり高くて驚いた。
なんと冷蔵庫が存在したのだ。恐らく科学的な仕組みでは無く魔術的な仕組みで動いているのだろうが。これがゴルゾニーヴァの言っていた魔道具って奴かしら?
だとしたら喜び半分、悲しみ半分と言う感じか。生活水準が高い事は手放しで喜ぶべきだが、その分私の偉業が少なくなっているのだから。コロンブスの卵は一人目だから偉業なのだ。
話が逸れてしまったが目の前のナニカの事を考えると料理人として申し訳なさが募る。何故少しずつ作らなかったんだろう。何故ボウル一杯分で作ってしまったんだろう。何故簡単だと思ったんだろう。作業に入る前の自分を思い出す。
『マヨネーズなんて簡単よね!』
『どうせ使うし、一気に作っちゃいましょう!』
『目分量で作れるでしょ? マヨネーズだし!』
答え、馬鹿だからである。そもそも冷静に考えてみれば冷蔵庫があるんだしハンドミキサーの様な魔道具もあったかも知れない。そんな簡単な事に気付かないのも偏にマヨネーズ作りを舐めた結果だろう。
一つ勉強になったのは、世界一理想の女の子が物理現象には一切作用しない事を知れた事かしら。
途中でヤバいと思ったのでスキルを発動しながら作業してみたが、好転する事は無かった。
仮に物理法則すら無視して最良の結果を叩き出すスキルなのだとすれば、この様な惨状を作り出す事は無かっただろう。
スキルを使って盆から水を溢した事を許される事はあっても、物理的に覆水が盆に返る事は無いと言う事か。
自分の馬鹿さ加減に頭を抱えていると、コック帽を被った男性が近寄ってくる。
この人は我が家の料理長らしい。料理の完成度が家庭料理の域を逸脱していたのでもしやと思っていたのだが、我が家には、お抱えの料理人が数人いるらしい。その人達が家族の料理や、メイド達の料理も担当しているらしい。お金持ちってやっぱり凄い。
料理長が私に話しかけてくる。
「お嬢様、先程から一部始終を拝見させて頂いておりました」
「汚してしまって、申し訳ないですわね。頭の中では完璧だったのだけれども、料理って難しいのね」
「おっしゃって頂ければ、私がお作りしますよ」
事も無げに料理長が言う。おいおい、異世界転生者の私ですら作れなかった高難易度調味料よ?
「申し出はありがたいですわ。けれどもこれは貴方も知らない料理ですの」
「マヨネーズですよね?」
私は自分の耳を疑った。
「……貴方これが何か分かりますの?」
「お嬢様がお作りになろうとしているのは、マヨネーズと言うドレッシングですね。卵、油、酢と言う簡単な素材で作られるので庶民にも愛される調味料です。卵を全卵にするか卵黄のみにするか。油と酢は何にするか。これだけでもがらりと味や雰囲気が変わり、塩や砂糖などで調整すればお嬢様のような高貴な方達にも好まれる大変奥の深い料理です。お嬢様方に食べていただく際には、腕によりを掛け最高のマヨネーズをお作りさせて頂きます」
いや、普通に私よりも詳しいじゃない。全卵か卵黄かって何? マヨネーズって卵全部使うんじゃないの。
「あなた何処でそのレシピを知ったんですの?」
「お嬢様、マヨネーズはおとぎ話にも出てくる程有名な調味料ではありませんか。」
何故、情報の出所を聞いたらおとぎ話が出てくるのか?
「そのおとぎ話を聞かせてくれるかしら?」
「ええっと、その昔、身元不明の男がふらりと街に訪れるんです。着ているボロボロの風変わりな服以外は何も持たない、みすぼらしい男だったんですが、恵んでもらった食材で、とんでもなく美味しい料理を作るんです。その一品目がマヨネーズなんですよ。その後も男は次々と菓子パンやスイーツ等の新たな料理を作り続けて、無一文から億万長者に上り詰めるって話です。この男の代表料理がマヨネーズなんですよ。人によっては実話でマヨネーズを考案したのも、この男だって話があるくらいで――」
その後も料理長は話を続けていたが、私の耳には入らなかった。
この話は恐らく実話だ。そしてその男は間違いなく異世界転生者だろう。たまたまこのような童話が出来た可能性もゼロでは無いが、それにしても新たな料理がマヨネーズだとか着ている風変わりな服などまるで現代のネット小説のようでは無いか。
地球人が何かしらの理由で異世界に転移して現地の魔物に襲われる。その後命からがら逃げおおせて街に辿り着き、そこでこの世界に存在しない知識を使い富と名声を得る。
俗っぽく言い換えるとますます真実味を帯びて来た。
私と似ているが私は転生者で転移者とは違う。大きな違いは死んで生まれ変わるのが転生者で、生きた状態のまま異世界に行くのが転移者だ。
……改めて考えると転移者って怖いわね。場所が明るいファンタジー世界だからいいものの、サイケデリックな異次元超人の世界になんて転移しようものなら怖い話に早変わりじゃない。数秒で発狂する自信があるわ。
昔話には民話や伝承が元になった物が幾つか存在すると聞いたことがある。
これは私の憶測だがこの男は異世界転移者で、現在よりもより原始的な時代に転移してしまったのだろう。そこでマヨネーズや新たな料理なるオーパーツの数々を作り出し富を築いた。しかしその後、子孫が資産を膨らませる事なく、血が途絶えたかひっそりとお家が衰退してしまったのだろう。異世界転移者と言う点を除けば、どこにでもある盛者必衰のお話だ。
後はこの話を聞いた者の口伝えに話が伝わっていき、尾びれ背びれが付いて形が変わり、現在の昔話となったのだろう。
この話を聞いて私が思ったのは、私以外にも、この世界に転生又は転移している存在が居ると言う事だ。それもかなりの昔から。
マヨネーズの転移者は恐らくだがかなり昔の人物だろう。それこそマヨネーズが誕生した年代位でそれを知りえた存在。何故なら現代、それこそ21世紀の知識を有した現代人がマヨネーズを作るだけで終わるはずが無いからだ。マヨネーズ以外にも簡単で美味しい料理は数多く存在する。それでもマヨネーズやマヨネーズに代表を奪われる料理しか昔話に出てこないのは、その人にとってそれが一番新しい斬新な知識だったからだろう。
マヨネーズ自体も確か数百年前に海外で誕生したと聞いた事がある。この人物が数百年前の人物で転移したのも数百年前だとすると昔話に古臭い料理しか出てこないのにも説明がつく。
このマヨネーズ作りは誰も作り出していないからこそ価値があるのだ。それが既に数百年前に作られていたとなると、料理の天才から「家庭的で偉いね」に評価がグレードダウンだ。七歳の私だから評価が生まれるが大人なら評価にすら値しないだろう。
一度芽生えた負の感情は気付いていなかった情報を私に伝達し気持ちをより深みに落とす。
そもそも今まで食べた料理自体も現代人の私の舌で美味いと感じるレベルだったのだ。今更私がマヨネーズを作り出した所でそれ程のインパクトは無いだろう。むしろ昼に食べたあの黒いソースのレシピを私に教えて欲しいくらいだ。
それにマヨネーズの件を考えるに私が簡単に現代知識で周囲を圧倒するのはかなり難しいだろう。数百年間で一人しか転生者がいないとは考えられないし、いたとしたら私が考えうる『現代知識を使って楽して金儲け』は既に誰かに実行されている事だろう。私が持ってる知識など水溜まりよりも浅い。それこそ転生者どころか異世界人の受け継がれた知識の方が上だろうから、何かしようとしても既にもう作られていそうだ。
そもそもこの調理場に来た時に考え至るべきだった。
冷蔵庫らしき存在が確認されているのだ。他の家電やその他諸々も魔道具として代用されている可能性が高いではないか。そうなると私の求めていた現代知識で周囲に尊敬させる計画は殆ど使えない事になる。
既に存在していても評価を得る事は可能だが、それはその物が既存の品より優れている場合だ。
値段が安かったり、性能が上がっていたり何かしら勝っている点があれば勝負も出来よう。だが私の様な魔道具の魔の字も知らない、ずぶの素人が手を出して成功する光景は残念ながら全く見えない。
私の考えでは、羽の様な物をつけて回転させる扇風機もどきや、リバーシみたいなのを作ろうと思っていたのだ。扇風機もどきはより本物に近い魔道具がありそうだし、リバーシに至ってはわざわざ地球人が伝えずとも異世界人だけで思い付きそうだ。
『もしかしてこの世界、結構やり尽くされてるんじゃ……』
そんな事を考えていたら料理長が声をかけて来た。
「お嬢様、気を落とされないでください。誰だって初めてはうまく出来ないものです」
料理長がそう慰める。慰めるという事は異世界基準でもあのナニカはマヨネーズじゃなくて失敗作だったという事だ。
私が欲しいのはこんな言葉じゃない。浴びる程の称賛が欲しいのだ。
……こんな結果認められない!
「……料理長、これはマヨネーズじゃなくてよ?」
「お嬢様どう考えても……いえ、ではこれは一体何を作ろうとしていたのですか?」
私の発言に一瞬、料理長が否定をしようとするがやめる。子供が拗ねて言い訳をしていると思っているのだろう。
もちろんこれから言う発言は完全に言い訳だ。この失敗作を料理と名乗る事は出来ない。
だがそれは料理人だった場合だ。私には料理技術は無いがチートスキルがあるではないか。
「これは新しい料理への第一歩よ! 確かに完成とは言い難いけれど、この料理の道の先には全く新しい未知の料理があるのよ! ただ少し既存の料理とはかけ離れ過ぎているけれど、それは普通の人にはこの料理の価値が分からないだけよ。私は今日新たな道筋を世界に知らしめたの!」
こんな言い訳にも満たない出来損ないの演説普通なら聞くに堪えない。それどころか激怒されてもおかしくないだろう。
「そんな馬鹿な、この私にもまだ見つけられない道があったなんて……、そしてその道へ導いて頂いたお嬢様の芸術を失敗作だと思うだなんて……、私は料理人失格だぁ!」
しかし私のスキルはその無理筋を突き通す。
頭を抱えて蹲る料理長。……やっぱり失敗作だと思ってたのね。
複雑な感情を抱えつつ料理長に声を掛ける。
「料理長、仕方ないですわよ? 私は常に人より先を見据えて生きているの。行き過ぎた才能は時に狂気に見えてしまうものなんですわ」
「嗚呼、お嬢様……こんな私にも優しく慰めて下さるなんて……、料理に造詣があるだけでなく人格まで御立派であられる!」
その後またもボロボロと大粒の涙を流す。今日、一日でまさか二度もおっさんの号泣を見る事になるとは……。
なんだか居たたまれない気持ちになる。ボンドルの場合やりたくない事を課して来たので何も思わないが、マヨネーズは完全に失敗だからね?
「料理長、貴方の料理の研鑽と発展を楽しみにしていますわ。……それと後片付け、頼めるかしら?」
「喜んでお引き受けします! 全身全霊を持ってお嬢様の指し示して下さった道を精進致します!」
ビシッと胸を張り、宣言する料理長。その道は料理に続いていないと思うのだが、訂正するのも面倒なので、そそくさと調理場を後にした。
よくマヨネーズで無双する作品ってありましたけど、実際マヨネーズも開発されてない世界の食卓事情とか恐らく現代人に耐えられるレベルより圧倒的に低い物ですよね。
そんな世界に転生したくないけどそれでもマヨネーズ作って無双は浪漫があって好きです。




