自動発動と任意発動
朝食の後、部屋でぼんやりとしていたら、メイドに呼ばれる。
「お嬢様、勉強のお時間です」
「あらそう、ありがとう」
そう告げると、メイドはキョトンと目を丸くさせる。
「どうかしたのかしら?」
「いえ、お嬢様が素直に勉強なされるので、いつもならば『私に頭を使わせるなんて!世界が私を勉強しなさい』と申されますので」
「私も世界に歩み寄ろうと思ったのよ……」
七年間の私は、絵に描いた様なわがまま令嬢だった。これもう少し覚醒が遅かったら、悪役令嬢として破滅してたんじゃ……と背中に冷たい物が走る。いや、根本は私なんだから悪役令嬢まではいかないか。ただ、わがままなだけだ。
メイドの後に続き、家庭教師の居る部屋まで向かう。
食堂に向かう時も思っていたが、この屋敷はとても広い。小学校の校舎くらいあるんじゃないだろうか。建物だけでも、そんな大きさなのに立派な中庭まであるから、本当に学校に居るような気分になる。
学校と違うのは、高級な調度品や家具でインテリアされている所だろうか。そう考えると学校と言うより高級ホテルに居る気分と言った方が正しいのか。……何故かしら? 一気に気分がよくなったわ。
そんなしょうもない事を考えていると、目的の部屋に辿り着きメイドが扉を開けてくれる。
「リベルお嬢様!今日は機嫌がよろしいようで何よりです」
立派な髭を蓄えた老紳士がにこやかに話掛けて来る。しかし一向に名前が出てこない。初対面かしら?
「ええ、今日はとても気分が良くてよ。ところで貴方、名前はなんだったかしら?」
「御冗談はやめてください。もう何年もお嬢様の家庭教師をさせて頂いてる、ボンドルではございませんか」
冗談だと思ったらしく、ボンドルなる老紳士は笑いながら名前を教えてくれた。
初対面の人じゃなかったのか……、さっきのメイドから聞いた私の感じからして、この人は覚えるに値しないって事かしら。
ぼんやりとだがゴルゾニーヴァの言っていた事の意味を理解し始めていた。
家族の名前などは憶えていた。それは私が家族に好意を感じていたからだろう。それに対して家庭教師の人を覚えていないのは、私にとって苦痛を強いる人だから潜在的にも覚える気が無かったのだ。
『私がやらない事は絶対しないし、やる事までしかしない』これはそう言う事なんだろう。
私は自分について考える。私は基本やらなきゃならない事はするけど、必要ないなら絶対にしない。そう言う人間だ。学校では基本テストなど一夜漬けで赤点を回避するタイプ。サボれるならば率先してサボるし、サボれないならサボれるまで頑張る。
そんな私がこのぬるま湯の様な貴族の家庭に生まれたなら。答えは今の状況だ。
「……お嬢様、魔導研究の第一人者の名前は一番初めに教えましたぞ」
「一回目の授業なんて覚えてないわ」
「今日の初め、と言う事です」
こうなるのはもはや必然と言えるだろう。今の私ですらこの程度なのだ。わがまま令嬢の私がやる訳がない。そもそも何故、異世界に来てまで歴史の勉強の様な事をしなくてはいけないのか? 私はチートで無双したいだけなのだ。
だがこうなると幼少期からの魔力訓練によって魔力量が常人の数倍以上みたいな事は期待できないだろう。何なら普通の人より少ないまでありそうだ。この世界の私箸より重いものを持たなそうだしね。
ボンドルは少しため息を吐く。
「お嬢様が勉強嫌いなのは承知しておりますが、それでは立派な令嬢になれませんぞ」
「ほんの少しの洒落っ気じゃない?」
「国語の勉強の時は、凄まじい集中力ではございませんか。その時の集中を他の時にも、発揮なさって下さい」
国語、小説の読解の様な授業だろうか? 物語は大好きだ、私でない誰かになれるし、体験できない事を追体験できる。そのような授業なら私も大歓迎だ。
「興が削がれたわね。科目を変える事を提案するわ」
「なりません、今は歴史の時間です」
このわがままは通りそうに無い。大人しく授業を受けるかと考えた時ゴルゾニーヴァとの会話を思い出した。
『確か私のスキルは常時発動だけど意図的に使う事も可能、だったかしら?』
常時発動なのか任意発動なのかややこしいが、要するに出力を上げる事が可能って事だろうか?
朝メイドに聞かれた妄言を金言だと認識を変える程度は常時発動で可能だけど、父から頼まれた仕事を反故にする事は出来ないって感じか。
この程度の能力だったなら、私はこれを渡したゴルゾニーヴァを恨む。無双出来ずして、何が不正か。
だが、私はまだ一度もこのスキルを意図的に発動した事は無い。まあ発動のさせ方を知らなかっただけなのだが、今まではただ漏れ出る力で使ってるような気になっていただけだ。このスキルにはまだ上があるのだ。
私は異世界で自由に生きる為に転生したのだ。勉強する為に転生した訳では無い。勿論、勉強の重要性を軽んじている訳では無い。しかし馬鹿真面目に勉強してる異世界転生者が存在するのだろうか? いや、いない。
日本の知識でなんやかんやする者が大多数だと思う。私もそうありたい。
なので私はこの授業から抜け出す為にスキルを発動する。まあ失敗しても死ぬ訳じゃないし、試すなら絶好のタイミングだろう。
しかしそもそも発動の仕方が分からない。発動してると思いながら行動すればいいのか?
スキルについて考えていると不意に空気が変わったのを感じた。ピリリと張り詰めたような感じと言うのか、なんとなくだが行ける気がする。
プラシーボ効果でより成功率を高める為に心の中でスキル名を叫ぶ。
『世界一理想の女の子!!!』
私はすくり、と席を立つ。もちろんボンドルはこの行動を注意する。
「お嬢様、席にお座り下さい」
「いいえ、断るわ」
毅然とした態度でそう答える。さすがにこの発言にはボンドルの眉も歪む。
「わがままを言わないでください。このままでは立派なご令嬢になれませんぞ。お父上よりお嬢様の教養の全てを任されておりますので、お嬢様の言う事を聞くことは出来ません」
当たり前だ。父から雇われているのに娘の発言で勉強をやめる等あり得ない。私が雇用主ならそんな家庭教師は即クビだ。
だが私は一切態度を変える事無く話を続ける。
「私、無駄な事をする気は無いの」
「歴史の授業は無駄な事ではございません。過去から学び未来に生かす事が出来ますからね」
「いいえ、無駄ね。私を誰だと思っているの!」
ボンドルに指を突き付け高らかに宣言する。
「この私、リベル・フォル・エスピリアにとって、過去に学ぶなど、他人の真似事をするのと同じ事。私程の逸材に他と同じ事をしろと言うのかしら? そんなの世界の損失だわ。私は既存の魔術体系……いや未来永劫、誰も発見しえない技術を自ら作り出す。歴史を作り出すの。今までの技術は忘れ去られ、私の歩いた道が、学ぶべき歴史となるのよ。」
私はボンドルから背を向ける。
「これでも、まだ歴史を学ぶべきと言うのかしら?」
一通り話し終えたがどうなるか。もしスキルが未発動だった場合とんでも無い事になる。
訳の分からない事を突然叫び出したのだ。授業は終わるかも知れないが、頭の病院を勧められるかも知れない。その時は少し早めの中二病が発症したという事にすれば大丈夫だろう。多分……。
そんな自己保身を考え始めたその時、ボンドルは膝から崩れ落ちた。
「ちょっと大丈夫なの!?」
「――このボンドル、これほどの感動を覚えたのは初めてです!!」
「……はい?」
ボンドルは目から大粒の涙を流す。しかしそれも気にならないのかそれとも気付いていないのか拭う事もせず称賛を続けた。
「これまで何人もの生徒に知恵を授けてきましたが、こんな生徒は初めてです!! 自ら道を切り開くと宣言するその胆力。自分のやるべき事を見誤らぬその慧眼。そして自ら決めて実行に移す行動力。私は今歴史の始まりに立ち会っているのだ!! 知識に携わる者としてこれほどの幸福があろうか――」
とうとう壊れた様に笑い始め、それでもなお止まる事の無い涙。私はもの凄く焦っていた。ボンドルは壊れてしまったのかも知れない。
「ボンドル? 気は確かですの」
「正常ですよお嬢様。新たな歴史を間近で知る事が出来るのに、その機会をふいにする様な愚行このボンドル決して冒しはしませんよ」
そう言う事はランランとした目で言わないで欲しい。信憑性を全く感じない。
そんなヤバい状態のボンドルがスクリと立ち上がる。急に動き出すのはやめて欲しい、普通に恐ろしい。
「お嬢様、私が間違っておりました。お嬢様は私に教えを乞う様な凡人ではございません。あなたの思うままに行動してください」
「そ、そう。じゃあもう行くわね」
そう言うと私はすぐさま、その部屋を後にした。
その後、自室に戻ったのだが興奮が止まらなかった。
想像以上じゃない! 世界一理想の女の子は!!
あんな適当な口八丁で、まるで神でも見たかのような反応しちゃって! ただ授業をサボるってだけなのに、それが絶対の正解みたいな反応……そうよ、この全てが肯定される感じ、これこそが異世界転生よ。
この能力を使えばなんだって出来るじゃない。とんでもなく下らない事を言っても称賛の嵐だし、どれだけ自分に都合がいい事でもそれが世界の摂理の様にみんな納得してくれる。なんて素晴らしいの!!
魔族と人間が争ってるとか言ってたわね? 双方に能力をかけて戦争を止めるなんてどうかしら。私なら言葉一つで達成出来そうだし、歴史上初の偉業をしかも無血で達成した大聖人なんて崇められるんじゃないかしら!
しかも人間側だけでなく魔族側からも称賛の嵐……一石二鳥じゃない……ぐぇっへっへ……。
「……嗚呼、これが自分を中心に世界が回ってるって感覚かしら?」
その後、部屋で妄想兼将来設計をしていたらメイドに昼食に用意が出来た事を知らされたので食堂に向かった。そこでボンドルから話を聞いたのか父からとても褒められて嬉しかった。
ボンドルは「お嬢様は天才です。そんな子の傍で成長に携われる、私はとても幸せ者です」みたいな事を話していたようだ。父も嬉しい、私も嬉しい、ボンドルも結果嬉しい。これはもうwin win win の関係だろう。
昼食も朝と同じくコース料理だった。料理はもちろんおいしいに決まっているが、今は気分がとても良いので朝以上に美味しく感じた。
詳しくはわかんないけど何かの肉に黒いソースが掛かってて、それがもう美味しいのなんの。前世ならこのソースだけでご飯を何杯も食べていただろう。そもそもこのソースが高くて買えないかも知れないけども。
それにこの瑞々しい野菜のサラダ、恐らくレタスとかトマト的な物だと思うのだがそれにドレッシングが掛けられていて、これだけの為に店に通うレベルで美味しい。
我ながら絶望的にしょうもない感想しか浮かばないのがとても悲しくなる。まあスキル発動しながら同じ事言えば神の舌!とか称賛されるんだろうし、どうでもいいけどね。
そんな事を考えつつ昼食を食べていると一番大切な異世界転生のイベントを思い出した。
『私まだ、マヨネーズ作ってねぇですわ!!!』
次回! 擦られ過ぎて手垢のびっしりついたマヨネーズ回です!!
こうご期待!!(汚ったねぇ!!)




