折れた正義
『何が起こった!?』
決して油断していた訳では無い。思わず一刀良断こそ解けてしまったがそれ故に警戒だけは怠る事無く、寧ろ高めていた程だ。
だと言うのに強烈な一撃をもろに受けてしまった。しかも未だに何が起きたのか分からないのだ。
分かっているのはリベルが突然消えたと思ったら吹き飛ばされたという事だけだ。胴体が痛むので恐らくそこに攻撃を貰ったのだろう。
『強さを今まで隠していたのか、いやならば最初に戦った時に既に全力を出していた筈だ。だとしたらさっきの奴が原因か!!』
地面にぶつかりながら何とか受け身を取り、立ち上がる。
追撃を警戒してすぐにリベルを探すが、あいつは俺の居た位置に立ったままだった。
余裕の表れか、お前なんて必死に追撃するまでも無いと言う事か。
「ふざけるな! こんな事あって良い筈がない! ≪スラッシュ≫!!」
体勢を整え、剣に魔力を纏い斬撃を飛ばす。今のリベルが一体どれだけのスピードを出せるのか分からないので、剣を乱れ切り、斬撃の弾幕を張る。
「そんな数に頼った攻撃が効く訳ないでしょ」
だらりと垂れたリベルの両手から無数の光弾が発生する。
「撃ち抜け」
右手を上げ前を指差すと、浮かんでいた光弾が一斉に動き出す。
斬撃と光弾がぶつかると爆発を起こして対消滅する。そして全ての斬撃を打ち落とし砂埃が立ち上がると、その中から幾つもの光弾がこちらに向かって飛んでくる。
「うぉ!?」
近づけるのは危険と理解して再度斬撃を飛ばすが飛んでくる量に追い付かず接近を許してしまう。
目の前に来た光弾に斬りかかる寸前でそれは火の球に変わり爆発する。
「ぐふぁ」
その後も何とか対抗しようとするが風弾に変わったり、死角から氷弾や石礫になり襲い掛かってきて着実にダメージが蓄積していく。
あまりの手数に対応に遅れ気が付けば目の前に数個の光弾が浮かんでいた。
「ヤバい!!」
身体が動くよりも前に光弾が大爆発を起こして再度身体が宙を舞う。
「もうあなたにターンは回ってこないわ」
リベルの声が聞えた後に砂埃から何かが飛び出してくる。
危険を感じ、前面を守る様に剣を構えるとガイィィン! と途轍もない衝撃と音を立てる。
まるで大型魔物の一撃の様なそれに恐怖を覚えるよりも早く背後から回し蹴りを貰う。
その攻撃に呻く間も無く再度攻撃を喰らい意識が飛びそうになるが、必死に意識を保つ。
こちらから攻撃する事は出来ないので防御に徹するがそれでも守り切れずに攻撃を喰らう。まだ数秒しか経っていないだろうがリベルが攻撃を加える度に再度身体が浮かび宙を漂い続けている。踏ん張りの効かない空中では反撃すらまともに出来ない。
しかしそれでもシャノンは諦めていなかった。攻撃が一撃でも入ればまだ巻き返せると信じて。
剣で防げた時の甲高い衝撃音と、肉体に喰らった時の重たい打撃音が間断なく鳴り響く中、その機会を伺う。
幾度も受けた攻撃を記憶し、予め攻撃場所の予測を立て、反撃の一撃を喰らわせる為に。
そしてその時は訪れる。
予測を建て取るべき動きを決めていた為、殆ど反射のレベルで身体が反応する。
「≪速斬撃≫!」
弾かれる様に繰り出された一撃は確実に何かを捉えた。
空中での発動と初歩的な斬撃スキル故に本来の威力とは程遠いだろうが、それでも少しはダメージを与えられるはず。
「一刀良断でも無い一撃が当たる訳ないでしょ?」
初めリベルの発言の意味を理解出来なかった。しかし脳が視覚情報を正しく処理し漸く理解するに至る。
当てたと思った攻撃はリベルの少し前に発生した魔力障壁によって遮られ止められていたのだった。
完全に隙を突いたカウンターだった、それを見て防ぐなんて。
「どんな反射神経してんだよ……」
カウンターを失敗した俺は逆にリベルによりカウンターを食らい地面に叩きつけられる。
「ぐはぁ!!」
急いで次の一手を考えるがこの状況を打開できる都合の良い妙案は浮かばない。
そもそもコイツどれだけ強化されてんだ。こんなの一般の魔法や技術でどうにかなる範囲を超えているじゃないか。万全な状態で戦えたとしても、現在の俺の実力で倒せるのか━━
「諦めた?」
ハッとなりリベルの方を見る。
「やっと自信過剰な態度が崩れたわね。その顔を青くして震えているのが本来の貴方よ」
「震えてる、俺が?」
リベルの言葉で初めて手が震えているのに気が付いた。
今までだって死にかけた事は何度かある。その時にだって恐怖を乗り越え震える事は無かった。
それなのに今は怖くて堪らない。いくら止めようとしても身体が勝手に動いて震えが止まらない。
「何なんだよ……、何なんだよお前は!!」
半狂乱になりながら叫ぶシャノンに対してリベルは疲れた様に溜息をつく。
「そろそろ終幕ね」
途轍もない速度で真っ直ぐこちらに飛んでくるリベルに対して、もはやシャノンが取れる行動は無かった。
真正面から無数の乱打が飛んでくるが為す術無く受け入れるしかない。
少女から放たれたと思えない程の重いストレートを喰らったと思えば、鋭い蹴りを喰らい、完全に無防備な顔面に一発貰う。
「ぐわぁあああぁああああ!!」
残像の様に見える速度の連続攻撃に、痛み所か衝撃すら曖昧に感じる。
そして何十、いや何百の攻撃の末、身体に右の拳を当てリベルの姿がピタリと止まる。
「吹き飛べ!!」
リベルの叫びに呼応し右手の魔力が爆発を起こし、シャノンの身体は後ろへと弾き飛ばされる。
数度地面をバウンドし、ゴロゴロと地面を転がりながら漸く身体は停止した。
「う、うぅ……」
小さく呻きながら這いつくばるシャノン。リベルは余裕の態度で立っている。
誰がどう見ても結果は明らかだった。
「流石はリベル様だぜ、知略にも富むだけでなく戦いにも長けているとは!」
「こうなる事は初めから分かっていたけどね。だってリベル様が負ける訳無いんだから」
「初めは聖女様と決闘するなんて、どんな馬鹿な奴なんだと思ってたけどこんなにも素晴らしい人物だったなんて」
「ははは、これ程の決闘は剣聖と騎士団長以来。いや、それ以上かも知れないな。良い物を見させてもらった。ふっはっは!」
決闘を見物していた生徒達はリベルに洗脳された事もあり、口々に賞賛の言葉を贈る。
「待てよ、お前ら!」
そんな空間に対し、シャノンは声を張り上げる。
「こんなのおかしいだろ? 決闘だってのに初めっからルール無視で危険な攻撃はするし、審判の買収だってしてる。そもそもコイツは邪神の手先なんだぞ! 悪者なんだよ! そんな悪を称賛するなんて間違ってるだろ!!」
しばし沈黙が流れる。一体誰が口にしたのか、その言葉はポツリと会場から零れた。
「ホントきしょい」
「ッ!!」
その言葉は、今のシャノンが一番聞きたくない言葉であった。無遠慮に過去の傷跡をえぐられ苦々しい痛みが走る。
この発言を皮切りに、シャノンへのブーイングが巻き起こる。
「負けて文句言うとか最低だろ」
「お前も途中から危ない攻撃してたのにブーメランだよな」
「潔く負けろよみっともねぇ」
「ああにだけは成りたくないわ」
「なんで分かんねぇんだよ……!!」
会場全体からの否定にもはや縮こまるしか出来ないシャノン。
リベルはゆっくりと歩きながら近づいて来る。
「……貴方の事を調査した時、貴方のクラスメイトと貴方に注意された生徒達にも意見を聞いたわ」
シャノンはそれに応える余裕もなくただ黙っているがリベルは無視して続ける。
「結果はいい人って表面上の意見だけで誰もより深い意見は出さなかった。それどころか注意を受けた生徒からの反感も無かったわ」
普通注意をして来た者に対しては不快な感情を示す物では無いだろうか。教師と生徒等関係に隔たりがあればまだいい、しかし同じ立場の者からの注意等は少なくともムッとするだろう。
勿論反省する者や注意してくれた事に感謝する者も居るだろうが、シャノン程無差別に注意をする者に対して誰一人として文句を出さないと言うのは妙な話である。
「そこから導き出された答えは、誰一人としてあなたに興味を持っていなかったんでしょうね。貴方が注意した生徒すら面倒だとは思いつつも憐れんでいた」
シャノンは勢いよく顔を上げるとリベルの意見を否定する。
「違う! そんな訳ない!!」
その言葉をリベルは静かに否定する。
「なら何故、ここに貴方のクラスメイトは居ないの? 普通クラスメイトがこんな大舞台に出るんだから全員とは言わなくても何人かは見に来る物でしょ?」
その意見にシャノンは観客席を見渡すが、そこにクラスメイトの姿は誰一人としていなかった。
「それはお前が……お前が能力で従わせて━━」
「残念だけど私は引き留めてなんていないわよ。そもそも聖女がこんな大舞台にするなんて知らなかったし、決闘もこじんまりと行うと思っていた訳だしね」
リベルの言葉にシャノンは言葉を失う。
「貴方を知る近しい人程、誰も貴方の事に興味が無いのよ。それはそうよね、自分自身が辛く感じている正義なのに他人がそれに着いて来る訳ないでしょ」
「俺は……正義を……悪を否定して……」
シャノンは茫然自失した。この瞬間、彼の信条はリベルによって完膚なきまでに壊されたのだ。
暫くして力なく起き上がるとヨタヨタと頼りない足取りでリベルに近づく。
彼女の前に辿り着くと手に魔力を溜め、剣を形作ると振りかぶる。
それに対してリベルは微動だにしない。
「一刀良断……」
振り下ろしたそれは、彼女の服すら切る事は適わず、ただ少し揺らすだけだった。
一刀良断は正義の心で一心に思う事で悪を切り裂くスキルだ。そのスキルが教えてくれる。今のシャノンにもはや正義は無い事を。
シャノンはその場にへたり込む。
「どうして……、どうして正しい奴が損して悪い奴が得をするんだよ。ズルする奴や悪い奴は報いを受けるべきだろ。正義は正しいんじゃないのかよ!!」
知らず両目から涙が零れる。前世から必死に目を逸らして来た思いが溢れて止まらない。
そんなシャノンに対しリベルが取った行動は。
「下らない」
心底つまらなさそうにそう呟くだけだった。
泣きながらリベルを睨みつけるシャノン。
「最低だ」
シャノンの非難の視線に、されどまっすぐ見つめ返す。
「正義が正しいか悪が正しいかなんて私は知らないわ。でも確実に言えるのは、自分自身が迷ってる正義なんかに私は切れないって事よ」
リベルの真っ直ぐな視線に、シャノンは堪らず目を逸らす。
必死に否定の言葉を考えるが、自分自身が一番理解していた。
この戦いは全てにおいて自分の完敗であると。
ふと目の前を見るとリベルが先程より離れた位置に移動していた。
そして自分の周りには散々苦戦を強いられた光弾が幾つも浮遊している。
「はは……」
シャノンはこれから起こる出来事を予想し、乾いた笑いを溢す。
「歯を食いしばりなさい」
その言葉を合図に、光弾が爆発を起こす。
無数の爆発の後砂埃が晴れると、シャノンはぐったりと倒れ込んでいた。
その姿を確認し、リベルは静かに拳を掲げる。
「勝負あり! 勝者リベル!!!」
審判が結果を告げると、闘技場は大歓声に揺れた。
長い長い一週間は、リベルの勝利で幕を閉じたのだった。




