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理想のヒロインは汚く生き足掻く  作者: 蟹電波
絶対正義の切断男
22/27

剥がれ落ちる虚像

「馬鹿馬鹿しい、適当な事を言って動揺させようって作戦か? もう少し内容を考えるんだったな」

 なんでもない様に軽い口調でシャノンが答える。しかしその姿はどこか虚勢を張っている様に見える。

「まあそう急がずに、どうせその拘束もすぐには外せないでしょ。少しの間私の話を聞きなさいな」

 私はこれから話す内容の順路立てて整理する。やはりシャノンの事を考える上で一番違和感を感じた部分はここだろう。

「さっきも言ったけど、私は貴方の事を必死に考えたわ。その上でどうしても分からない事があった。どうして貴方は()()()()()()()()()()()って」

「……悪を憎むのは当然だろう、敵なんだから」

 シャノンは当たり前の事の様に応える。どうやらシャノン自身も自分の歪さに気付いていない様だ。

「いいえ、違うわ。悪と敵は全くの別物よ。勿論同一視している人も居るだろうけど貴方は別。それに貴方の場合は悪事の大小に関わらず悪その物を憎んでいる」

「何を証拠にそんな出鱈目」

「だって貴方いつも口癖の様に言ってるじゃない。『()()()()()』って」

「ッ!?」

 きっと無意識の内に口から出ていたのであろう。それほどまでに魂に刻み込まれ、膨れ上がった思いだったのだ。

「もし敵に対して言うなら『お前は敵だ』じゃないかしら」

「それがどうした! そんな小さい事で揚げ足を取って、良い気になってんじゃねぇよ!」

「いいえ、全然小さい事じゃ無いわ。だってこれは貴方のスキルの発動条件にもなっているんだから。貴方にとってはとても大きな事のはずよ」

「……」

 シャノンは少し黙ると、すぐに反論を返す。

「確かにお前が言ってる事は間違いじゃないかも知れない。だが俺が悪を憎む様になったのはこの世界に転生してからかも知れないぜ」

 少し余裕を取り戻したのかシャノンはニヤニヤと笑う。

 矛盾を突いた気になっているのかも知れないが、そんな即興で作り上げた付け焼刃(言い訳)では私の推論は切り崩せない。

「確かにこの世界は殺伐としてるから、貴方の家族が野盗や魔物に殺されたとかなら悪を憎む様になるかも知れないわね」

「そうだろう」

「でも貴方はこの世界に来る前から既に悪を憎んでいたわ」

「そんなに言うなら証拠を出せ!」

 シャノンは怒りを露わに証拠を求める。証拠は既に自分が握っていると言うのに。

「証拠は貴方のスキルよ。さっきも言ったけど貴方のスキルには既に発動条件として相手が悪である事が含まれている。そしてそれは転生の時に女神から貰ったスキルよね? 能力が成長して幅が広がる事はあっても、スキルそのものがあり方を大きく変える事はあり得ない。だから貴方は転生する時には既に悪を憎んでいたはずなのよ」

 私もこの世界に転生してスキルについてよく研究した。スキルを知る事によってある程度、出来る事出来ない事が分かり応用が利くようになる事はあった。

 しかし能力その物が根本的に変化する事は無かったのである。

 私の場合、印象操作など出来る事は増えたが、能力で無理矢理事象を捻じ曲げた際に起こる惨劇だけは、どれだけやっても変える事が出来なかった。

 女神と邪神のスキルでは全く同じと言う訳にはいかないかも知れないが、女神だからってそんなひょいひょい能力を書き換える事は出来ないはずだ。

 そんなズルが出来るなら今頃、魔族や邪神のシンパは根絶やしにされていただろう。

「……グッ!!」

 シャノンは睨みつけるが、ぐうの音も出ないのか何も言ってはこなかった。

 ここまでの推理が合っていると言う事だろう。

「なら何故そこまで悪を憎むのか。そこを考えている時に、一週間前に貴方が虐められてた子を庇っていたのを思い出したのよね」

「俺は正義だ、弱者を助けるのは当たり前だ」

 そう言ったシャノンの声は微かに声が震えている。

「そうかも知れないわね。でも問題は助けた時の態度よ。普段のシャノンなら恐らく元気づける一言でも掛けて励ましたはず。でも実際に貴方の取った行動は厳しい言葉を掛けてその場を去るだけだった」

 彼の掛けた言葉は「君がどういう因縁を付けられているかは知らないけど強くなりなよ。結局自分の身を守れるのは自分だけなんだから」だ。

 普段の彼の言動から考えると少し冷たい印象を受ける。

 シャノンは唾を飲み込み、静かに続きの言葉を待つ。

 そこに先程までの様な余裕はもはや無かった。

「自分を守れるのは自分だけ、確かに悪い意見では無いけれど、人助け大好きシャノン君らしくないわよね。だってそれって()()()()()()()()()って突き放しているのと同じじゃない?」

 自主パトロールなんて面倒事まで行うシャノンなら、いじめっ子を非難し、いじめられっ子に優しい言葉を掛けて助けてあげるはずだ。

 自分を変えなければいじめられ続けると言う意味ならば、一緒に強くなるトレーニングを提案する事だって出来た。

 なのに彼が取った行動は拒絶だった。

「最初は貴方が虐められてただけかと思ったけどそれは違う。それならあの時にいじめられっ子に共感してより優しい対応をしたはず。貴方はいじめられっ子に対してもいい感情を持っていないのよ」

「……めろ」

 シャノンは小さな声を漏らすが、私は話を続ける。

「それに貴方は善良で快活な性格だから、運が悪く無ければ虐めに合う事も無い筈。主に虐められるのは、どんくさい奴や嫌われてる奴ってのが一般的だしね」

 悲しい事に自然界にも虐めは存在する。身体の弱い個体や運動神経の悪い個体などを狙い、暴力的な攻撃性は簡単に同種へと牙を向ける。

 悲しい事にどれだけ知能を手にしても我々人類は未だにその性を手放す事は出来ていない。

「いじめられっ子から自分へと標的が変わった。それでいて本人が善良な人間だってなら、大体の予想は付くわ。貴方はいじめられっ子を庇ってそれが理由で虐められる様になったのよ」

「やめろ」

 女神から転生して貰った文句無しの主人公。その虚像は今ボロボロと剥がれ落ち始めていた。

「自分が虐められる様になって、貴方は元々虐められていた子(助けた子)に相談したはずよ。一緒にいじめを解決しようと。でも貴方は拒絶された」

「やめろ!」

 どれだけ強い言葉を放とうが、今の傷付いた痛々しい姿では一切の脅威を感じない。

 虚像を全て取り払って出てきたのは、主人公などでは無く、ただの傷付いた少年であった。

「そして、故意か事故かは分からないけれど」

 私は一旦言葉を切ると、シャノンの目を真っ直ぐに見つめ、この推理の結末を話す。

「貴方は失意のどん底のまま、死んでしまったのよ」

 リベルの言葉を聞いた瞬間、シャノンの脳裏に過去の映像が流れ始めた。




「やめろダークネス! 貴様の悪事はこのブライトマンが許さない!!」

 子供の頃からヒーロー物の作品が大好きだった。物語の中では悪者が居るのだが必ず正義のヒーローに退治されるのだ。そしてヒーローは市民から感謝の念を向けられる。

 悪事をすれば必ず天罰が下り、良い事をすれば必ず報われる。

 子供の頃はそこまで考えて観ていた訳では無いが、その勧善懲悪に感銘を受けていたのは確かだ。

「わぁ……、ブライトマンはやっぱりかっこいいなぁ!!」

 ブライトマンとは世界を闇で包み込もうと企むダークネスと戦う光の戦士だ。悪のみを切り裂き、守る者は決して傷付けないと言う、正義のヒーローらしい武器、善光剣フォトンライザーで人々を守る姿はずいぶん昔の作品だが未だに思い出せる程強烈に印象に残っている。

 テレビの向こうのヒーローの活躍輝きは俺の心に強く焼き付き、俺の人格を形成する上で間違いなく原体験となった。

 勿論子供の頃と違ってヒーローが作り物である事やどれだけ頑張っても変身出来ない事は理解しているが悪事を見過ごせないのは子供の頃から変わらなかった。

「おい、今月金ねぇんだわ。友達なんだから貸してくれるよな?」

「もう僕もお金無いんだけど……」

「ああ? てめぇの事情とかどうでもいいんだわ」

「おいやめろよ。いじめなんてみっともない」

 俺はそう言っていじめをしている奴らに注意する。

「はぁ? お前誰だよ。俺はコイツと友達だから金借りようとしてただけなんだけど」

「俺にはそんな風に見えなかったが」

 そう言うとそいつらは舌打ちをしてその場を後にする。




「……」

 おい、なんでさっさとどこかに行かないんだよ。早く行けよ。

 虐めてた奴らはこちらにじろりと粘ついた視線を向ける。

 お前達は俺に注意されてさっさと退場するはずだろ。こんなの俺の妄想(台本)と違うじゃ無いか!

 ……嗚呼、そうだった。

 ここで舌打ちをしてどこかへ行くのは俺の妄想(物語)の中だけだ。

 本当の現実(物語)は違うじゃ無いか。


 いじめの主犯格はこちらへずんずんと近づいて来る。そしてずいと顔を近づけてこう言った。


「お前ホントきしょいんだけど」

「……え?」

 主犯格はドンと俺を突き飛ばすと、そのまま仲間を引き連れて教室を出て行く。


 俺は必至に目を背けようとするが、非情な現実(その映像)は流れ続ける。


 そこからの日々は地獄だった。


 完全にいじめのターゲットが俺に移り、物を隠されたり、暴力を振るわれたりもした。

 クラスメイトも完全に我関せずで、誰も助けてはくれなかった。

 教師にも相談はしたが、クラスメイトは主犯格を恐れ、誰も証言をしてくれないので大した力にはなってくれなかった。

 どんどんと状況はエスカレートしていく。

 そしてある日、俺はあの時助けた奴に協力をお願いした。

「なあ、頼むよ。誰も証言してくれないから先生も具体的に動いてくれないんだ。お前が手伝ってくれたらきっと先生もちゃんと動いてくれて、アイツらもこんな事しなくなるはずだから。だから頼む、俺に協力してくれ」

 俺の申し出にそいつは苦い顔をする。

「……無理だよ、ごめん」

 そう言ってこの場から去ろうとするそいつの腕を俺は掴んだ。

「ちょっと待てよ! 実際に被害を受けた俺達が声を上げれば先生もちゃんと解決してくれる筈だから━━」

「やめてよ! 僕を巻き込まないでくれ」

 そいつは俺の腕を振りほどいた。

「巻き込む……? ふざけるなよ! 元はと言えばお前を助けたから俺がターゲットにされたんだぞ!!」

 俺が睨みつけると、そいつは泣きそうな顔を向ける。

「嗚呼そうさ、だけどやっといじめから解放されたんだ! もう戻りたくない……僕はもう虐められたくないんだ……」

 その言葉を最後にそいつはその場を後にした。

 俺は追いかける事も、引き留める事も出来ずに、ただ茫然としていた。


 その日以降も、俺の日常は変わらず虐められる日々が続いた。

 靴を隠され。物を隠され。机に落書きされ。殴られ。無視され。ハブられ。馬鹿にされ。閉じ込められ。踏みつけられ。押され。引っ張られ。転ばされ。突き飛ばされ。脅され。抓られ。捩じられ。唾を掛けられ……。


「おい偽善野郎、そんなにお利巧で居たいならここの掃除やってろよ」

 そんな言葉を吐き捨てて、あいつらは去って行った。

「……」

 こんな状況でも馬鹿正直に掃除をしてしまう俺は、正真正銘の馬鹿なのかも知れない。

 ただ無心で掃除を終わらせて、掃除道具をロッカーに仕舞う。

 窓の外を見ると日が傾き始めていた。

「……帰るか」

 本来、複数人で掃除する所を一人でやっているのだ。時間が掛かるのは当たり前だ。

 下駄箱に着いた時、ふと隅の方に目を向ける。

 そこには泥や砂、埃などがこびり付いて汚れていた。きっとここの掃除を任された生徒がサボったのだろう。

「……本当にお利巧な奴ってのはこう言う奴の事を言うのかもな」

 恐らく見える所だけ適当にやって見えない所で手を抜いたのだ。

 そしてある程度綺麗になった所で掃除を切り上げたのだろう。

 玄関の先にあるグラウンドでは運動部が元気な掛け声を上げ部活動を謳歌していた。

 あの中の全員がそんなだらしない人間ではないとは思うが、一体何人がちゃんと掃除をしていると言うのだろうか。少なくとも目に見える範疇で数人、自分の事を助けてくれないクラスメイトが楽し気に過ごしているのを見ると、やはりそう言う人間の方がお利巧なのかも知れないと思わざるを得なかった。

「……はぁ、帰ろ」

 胸中の全てが虚しさで埋め尽くされる前に、俺はその場を後にする。

 無心で足を動かしていると不意に昔見た特撮ヒーローの映像が頭に流れた。

 周りが卒業していく中未だに日曜午前のヒーロー番組を見続けていたのだが、何故かその時に流れたのは俺が一番初めに見たヒーローだった。

『正義の光がある限り、悪の陰りは掃われる』

 ブライトマンの決め台詞だ。この台詞を聞く度に俺は『カッコいい!』と胸を熱くしたのを覚えている。

「でもごめんブライトマン。俺正義が本当に正しいのか分かんなくなっちゃったよ」

 ブライトマンも実は守るべき人間から裏切られる話が存在する。しかし彼は正義を諦めず、最終的に人々の心から悪を晴らし平和を勝ち取ったのだ。

 しかしそれは画面の中(物語の中)だけの話だ。

 現実で如何に正義を持とうが、力を持つ悪に淘汰される。

 俺の思想は画面の向こうの正義(ヒーローの正義)で出来ているが、それは現実にぶつかれば呆気なく崩れ去る脆いものらしい。

 ふと意識が現実に戻る。どうやら俺は考え事をしながら歩いて今は信号待ちをしているらしかった。我ながら不用心だと思いつつ、目の前を走り去る車を眺める。


「もう終わらせようかな……は?」


 俺は今何を思っていた。終わらせる、何を?!

 自分の無意識に漏れ出た言葉に恐怖した。

 馬鹿だ馬鹿だとは最近思っていたが、その選択は大馬鹿だ。

 その時になって俺は自分が限界だった事に気が付いた。現実に理想が擂り潰されて参っていたんだ。

 認めよう。現実では勧善懲悪なんてあり得ない。この世界は画面の向こう(フィクション)じゃ無いんだから。

「癪だけど、明日アイツに頭を下げよう。いじめは続くかも知れないけどマシになるかも知れないし」

 今からでも主犯格(アイツ)のムカつく顔が目に浮かぶが俺の弱い正義じゃ潰されて終わりだ。

 俺に主人公(ヒーロー)は無理だったんだ。周りのモブ(みんな)みたいに要領良く生きる方が賢いやり方なんだよ。

 そんな虚しい決意を胸に俺は信号を見る。

 今まで青を灯していた信号は黄色に変わり、やっとこちらに渡る番が回ってくる。

 そんな事を思っていると遠くからスピードを飛ばした車がこっちに向かって迫って来ていた。まだ遠くに居るが何か危ない気がする。

 周りで待っていた人々もそう思ったのか交差点から離れ始める。

 『おいおい、あの車左右にフラフラと揺れてるぞ。これは本格的に危ないな』と俺も周りの人に倣いその場を離れ始めるが、ふと一か所に視線が留まる。

 そこには小学生の男の子がその車に気付かず今尚信号待ちをしその場で立ち続けていた。

『おい、何してんだ? 気付いてないのか。もうすぐそこまで来てるぞ!!』

 俺がその小学生に気付いた直後、周りの人も気付き始めたのかざわざわとし始める。

 他の人は既に避難を終えている様で、小学生に一番近いのは俺だけだった。

『おいおい、何考えてんだ。もう既に痛い目に遭ったばっかだろ。ここであの子供が事故に遭っても俺に責任は無いんだ。ここは()()()()をする場面だろ!!』

 そうだ、仮に事故が起きようが責任はあのドライバーだ。そもそも俺以外の大人も動いていないのに俺が動く必要なんて無いんだよ。

 そこまで考えて自分も早く避難を始めようとするが、その足はピクリとも動かなかった。

 待て待て待て、ふざけんな。ここで取るべき選択は間違いなく()()じゃねぇよ。これは愚かな選択だ。これからは賢く生きるんだろ? 賢い選択を選べって!!

 恐らく一瞬にも満たない時間で思考し、そして俺は一つの行動を選択をする。

「……嗚呼クソ、これが最後だ!」

 俺は小学生に向かって走り出す。そしてすぐに後悔する。

 車はスピードをドンドンと上げ、先程より更にこちらに近づいていた。

 もう殆ど時間は無い!

 俺は前傾姿勢で駆け出す。もう頭の中は真っ白だ。

 周りの景色は色を失い、目の前の男の子だけが目に映る。

 まるで水中の中を走っている様にゆっくりに感じる。それでも一歩一歩確かに足を踏み出す。

 徐々に男の子と距離が縮まるにしたがって、男の子の顔が恐怖に歪んでいるのが見えた。目の前に脅威が迫っているのに漸く気付いたらしい。

 後少し、後ちょっと、後数歩。

 そしてやっとの思いで男の子に辿り着くとその勢いのまま男の子を突き飛ばした。

 慣性を受け、そのまま横に吹き飛んでいく男の子を眺める。

『良かった、このまま俺も━━』

 プァァアアアアアア!!! グチャ!!!

 俺は至近距離で鳴り響くクラクションと急ブレーキの甲高い嫌な音が聞え、途轍もない衝撃と共にすぐに意識を手放した。




 なんで俺眠ってんだ? それに身体も怠いし、頭もガンガンする……気持ちわりぃ。

 熟睡した後に目が覚める様に、暗い闇から意識が戻る。

 だが現状は熟睡とは程遠く、身体の調子は最悪であった。

 節々には疼痛が走り動かない。身体は熱を持っている様なのに凄く寒い。

 お風呂に入っている様な温かい水に触れている感覚があるのに一向に身体が温まる気配はない。

 それに意識はあるのに耳が聞こえにくいのかどこか遠くで目覚ましが鳴ってるような感じがする。

 俺はその目覚ましの音に意識を向けつつ思い出していた。

 もしかしてインフルエンザでもかかったのだろうか。でも前の日までそんな兆候無かったけどな。普通に学校行って、最悪な一日を過ごして、そんで帰って。あれ、俺どうやって家に着いたんだっけ?

 その瞬間急激に意識が覚醒する。ぼんやりと聞こえていた音が鮮明に聞こえだし身体の不快感も声高に主張し出す。

 そうだ、俺は家に帰ってない。帰り道に事故に遭いそうな子供を助けて、それから━━。

 先程から聞こえる音が目覚ましの音などでは無くパトカーや救急車のサイレンである事に気付いた。

 周りでは人々が騒然としている。それらの騒音が体中の痛みを更に引き起こす。

 完全に意識は戻っているのに、瞼が酷く重い。それでもなんとか徐々に瞼を開いていく。

 そうだ、助けた後、俺轢かれたんだ。

 現状を完全に把握し悪寒とは別の理由で頭の中が冷たくなる。

 やっとの事で目を開けると。目の前一面に血が広がっていた。

 初めの内は恐怖にギョッとしたがすぐにそれが自分の血である事を理解した。

 未だ止まる事無く真っ赤なカーペットの様に地面に広がる血を見て、こんなに血が入っていたんだなどと場違いな感想が浮かんだ。

「ぐっ、うぁあ……ぁぁ」

 仰向けで倒れていたの体の向きを変えようとすると、まるで脳に直接電気を流し込んだかの様な衝撃が走った。それが痛みであると分かったのはなんとか仰向けになった後だった。

 身体の方に目を向けると両足はおかしな方向に折れ曲がり片腕は千切れかけていた。

 肋骨も折れているのか息がし辛いし呼吸音もおかしい。

 全身を蝕む不快感に見ただけで分かる異常。おまけにこれだけの出血。

 医学の勉強など一度もしていない俺でも助からない事が理解出来た。

「ふ、ざげるぁ」

 ふざけるなよ!! なんで俺ばっかりこんな目に!!

 やっぱりこんな世の中糞だ! 糞みたいな悪意を持った人間が得をして、善良な正直者が馬鹿を見る。

 俺が一体何をした! 俺の何が悪かった!!!

 虐められてる奴を助けて、虐められて、轢かれそうな子供を助けて、代わりに轢かれる? こんなのが俺の人生なのか?

 善い事をして生きるってのはそんなに駄目な事なのか?


 いや違う。悪いのは全て(アイツら)だ!!


 助けてやったのに自分の身可愛さで見捨てた奴! 誰ひとりとして助けようとしないクラスの奴ら!! 周りを苦しめ利己的な行動ばかりするアイツラ!!!

 刻一刻と終わりの時は近づいているのに、それに比例する様に怨嗟の炎が燃え滾る。

 ああああ! 悪が、悪が憎い!! 悪は滅ぼすべきなんだ!!

「うぅ……、お兄ちゃん」

 その時、すぐ近くで泣いている子供の声が聞えた。

 なんとか視線をそちらに向けると、先程助けた子供が目を泣き腫らしてこちらを見ていた。

 なんだ、あいつは助かったのか。

 先程まで猛り狂っていた衝動が消える。

「ごめ、ごめんなさい……僕のせいで、ごめんなさい……」

 殆ど消えかけている意識の中でボロボロと涙を流す子供の姿を見ていると、そいつに向かって何か一言言ってやりたくなった。

 本当だ、お前のせいで俺は死ぬ事になったんだ。お前がもう少し周りに気を使って居れば誰も死ななくて良かったんだよ。

 言ってやる、絶対恨み言の一つも溢してやる。

 痛む身体を奮わせて、なんとか言葉を紡ぐ。

「━━━━━━━━━━」

 自分でも何を言ったか、最早分からなかったが、なんとか言葉は発した。

 その後、フッと落ちる様に意識を失い。もう二度と目覚める事は無かった。



「おめでとう! 貴方の善良な魂は栄えある異世界転生に選ばれました!!」

 パンパカパーンとふざけた音と共に再び意識が戻り、俺は目を開ける。

 目の前には文字通り白一色の世界が広がっていた。地面も白、空も白、視界の限り白一色の空間だった。

 現実ではあり得ない空間に圧倒されていると、再度女性の声が掛かる。

「あれ? 反応無いですね。もしもーし、目は覚めてますかー?」

「えっ、あぁ、はい」

 なんとか反応を返すと、そこには美しい女性が立っていた。

 軽くウェーブの掛かった金色の長髪に、ルビーの宝石をはめ込んだ様な美しい紅眼。そしてつい視線が向かいそうになる程暴力的なまでに魅力のあるプロポーションを有していた。

 女性は満足げに頷き話を続ける。

「先程も言いましたが貴方の生前の行いがとても尊いものだったので、この度異世界転生に選ばれました。分かりますか? 最近流行ってると思うのですが?」

「……そうですか、俺はやっぱりあの時に死んだんですね」

 恐らく女神であろう女性の言葉に、俺は一切の疑念を持たなかった。

 あの状況だったのだ。逆に助かった方が不思議に思ってしまう。

 前世の俺はあの時に死んだのだ。正しい行いをすれば攻撃され助けた者には裏切られ。最終的には人を助けた代わりに自分が死ぬ。そんな惨めな人生だった。

 普通なら荒れ狂うか発狂してもおかしくないが、俺の頭は異常な程に澄んでいた。

 だって女神様が言ってくれたから。

「俺の行いが認められたんですか?」

 俺の質問に女神はキョトンと頭を傾ける。

「はいそうですよ。子供、救いましたよね?」

「……」

 そうか、やはり善い行いは正しいんだ! 俺は間違って無かった。

 間違ってるのは()()だったんだ!

「先程異世界転生って言ってましたよね? それって俺の知ってる魔物とか居るファンタジー世界であってます?」

 俺は訥々と尋ねる。

「はいその認識で合ってまーす。やはり貴方達の世界の人は話が早くて助かります!」

「……あとその、チートスキルとかも貰えたりするんですか?」

「そうですね、行き過ぎたスキルは世界の均衡を崩す恐れがあるので渡せませんが、ある程度強いスキルを一つ授けてますね」

 その言葉に俺は顔がにやけるのを止める事が出来なかった。

 俺が前世で失敗したのは力が無かったからだ。

 なら力がある次は失敗する事無く悪を淘汰する事が出来る!!

「女神様、私は一つ欲しい能力があるのですがそれは可能でしょうか」

「その能力について思い描いてもらっても良いですか? 覗かせて貰った方が早いので」

 俺はすぐに頭の中にある一つの力を思い浮かべる。

 幼少の頃に見た憧憬。悪を滅ぼす、正義の力。確殺悪滅の光の剣。

 俺の頭に手を添えて覗いている(?)女神様は、目を瞑り難しい顔でうんうんと唸る。

「ううん? 絶対切断能力のある剣って所ですか? 申し訳ありませんが流石に均衡を崩す恐れがあるのでこのままでは無理ですね。確か剣術スキルに一刀両断って切れ味補正スキルがあったはず。このスキルを少し弄って……、いや補正じゃ剣に適応だからあまりに強過ぎるか。なら対象に触れた瞬間に切断って結果を付与するスキルに……、うん、これなら効果範囲が絞られるのでそこまで大きな影響はないでしょう」

 女神はぶつぶつと何かを言いながらどこかから取り出した光の玉を弄る。

「能力が強力なので、ある程度厳しい発動条件が必要なのですがどうします。こちらで適当に決めましょうか?」

「ならこんなのはどうですか?」

 発動条件など決まっている。俺の斬りたいのはただ一つ。

()()()()()()()事ってのはいけますか?」

「人族にとっての悪は魔物や魔人……、それならあの肉塊にも障害となりえるか? ……良いでしょう。ただし認識はかなり強固に設定させて貰いますので、発動はかなり難しくなると思いますよ」

 俺の提案に女神は顎に指を添え少し考えるとすぐに笑顔で答える。

「構いません、俺は悪を滅ぼします。この決意がある限りこの能力は発動出来る筈ですので」

 女神はニッコリと笑う。

「そうですね。下手にこちらが干渉するよりも自分で決める方が自分にあったスキルになるでしょう。それではその力を存分に奮って人類の為に頑張って下さいね」

 少しの間、祈る様に両手を体の前で合わせると、その手から光が溢れ出す。

 フワリとした浮遊感の後俺の周りまで光り出した。今から転生が始まるようだ。

「転生する世界では魔族が人を襲い苦しめています。中には邪神の力を使う邪神の手先も居るでしょう。奴らには必ず正義の鉄槌を下してくださいね」

「はっ、必ずやこの正義の力で悪を滅ぼす事を誓いましょう」

 こうして俺はこの世界に転生した。

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