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理想のヒロインは汚く生き足掻く  作者: 蟹電波
絶対正義の切断男
17/27

決意表明

 シャノンに対して私は三日も費やした。しかし決定打になりうる情報は未だ出てこず、とうとう残り四日となってしまった。今まで以上に精を出さねば! そう決心して街に飛び出した私は現在。


 四日目

『ワンワンワン!!』

「うわ! びっくりした」

「ははは! 引っかかってやんの」

「……平和ねぇ」

 町のカフェに入り無駄な時間を貪っていた。

 こんな自分が嫌になる。前日までは頑張ろうと思っていたのだ。しかし朝になり今日が週に二日ある休みの一日だと分かると身体が怠惰を求めていたのだ。

 この世界でも前世の様な暦が存在する。一年は十二ヶ月だし一週間は七日で土日の様な日も存在する。

 今日は前世で言う土曜日に当たるので子供達も集まって遊んでいるのだろう。今していたのは音響魔法で大きな音を鳴らし相手を驚かすと言う遊びだ。如何にリアルで大きな音を鳴らせるかが相手を驚かせるコツだ。

 そんな微笑ましい光景を眺め「平和だな、私の決闘もシャノンとのビックリ対決とかに変わらないかな」なんて下らない妄想に私は現実逃避していた。

「嗚呼、なんで私ってこうなのかしら! 今は大事に時間を使わなきゃならないのに。一秒だって無駄に出来ないのに! どんな窮地な状況でも自分の時間を作れる自分が好き……」

 好きなら仕方ない。いや仕方なくねぇわ、とだらけ切った意識を正す。

 でもいくら肩肘を張っても出来る事と出来ない事はある。

 学校内の調査も休みの日では人数も減っているので碌に出来ない。

 学校外の調査は……下人の報告書を見た後に一人で行く気にはなれない。

 問題のあいつの行動も休みの日となれば分からない。だって数日前まで名前も知らなかったのだから。

 下人調査報告書にはパトロールの順路も書かれているが、数種類書かれており日によってランダムなので張ったからと言って会える訳では無い。何より報告書にも「あくまで参考程度にされたし」と記載されている。

「行動範囲が絞れればなぁ……、ああやめやめ! 休むって決めたなら全力で休まないと勿体無いわ」

 持ち出していた下人調査報告書をパラパラとめくり始めた。純粋に読み物として面白いのもあるが今現在まともな手掛かりになるのはこれだけなので持って来ていたのだ。

 もはや若干暗記しかけているのだけれど、それでも面白く感じるのはひとえに完成度の高さ故だろう。ぶっ飛んだ方向だろうとずば抜ければ面白いと感じさせてくれる一冊だ。

「確かそこの通りでこれくらいの時間に襲われたのよね……こっわ通らない様にしよ。うわぁ他の日付でも似た時間に起きてんじゃん犯罪小道(クライムレーン)と名付けるわ……ってあれ――」

 その時ぼんやりとだが何かが線で繋がった気がした。なんだ? 私は何を見逃している。

 この報告書には襲われた大体の日時が書かれているのよね? じゃあこの時間で犯罪が多発し易いって事なのか? いや違うわ。この報告書は別に犯罪報告書地図(クライムマップ)って訳じゃ無い。シャノンの報告書なのよ。ならこの書かれている犯行時刻にシャノンはここを通ったって事よ。

 そう言う視点で報告書を見返すと犯行時刻と曜日の感覚に規則性の様な物が見えて来た。

 それでも所々規則から外れたデータも入っているのであくまで参考程度の域は出ないのかも知れない。

「でもやっと手に入れた新しい手掛かりだもの、試してみる価値は大有りだわ」

 明日シャノンが()()()()()()()()()()()()()()

 私は決意を新たに、それでもせっかくの休日は満喫したいので今日はカフェでまったり過ごす事に決めた。




 五日目

 私は朝早くから小道の物陰に隠れていた。本当に来ると言う確証は無いが少しでも遭遇する確立を上げたかったので予想される時刻の二時間前から張り込む事にした。予想時間の少し前に張り込んでもう既に通った後だから間に合いませんでしたじゃ笑い話にもならない。バスならば次の便に乗ればいいがシャノンに次の便(チャンス)は存在しないのだから。

 しかし確証の無い事を延々とやるのはとても疲れる物で、もしかしたら全てが無駄かも知れない恐れと隠れて張り込む心労も相まってまだ数十分だが既に帰りたくなっていた。

「ここまでしてるんだから外れなんてしょうもないオチは勘弁してよ……」

 張り込み初めて一時間と少し経った頃、その時はやって来た。

「うん、ここも異常なし」

『本当に来た!』

 予定時間より少し早めにシャノンは現れた。やはり早めに来て正解だったようだ。

 シャノンは休みだと言うのに制服を着崩さずちゃんと着込みまるで本物の騎士の様に街を巡回していた。

 今の所シャノンに違いは見当たらない。学校内も学校外も同じ感じだ。

 私の今日の目的は学校外のシャノンについて調査する事だ。

 学校内では悪評を全く聞かなかったが学校外ではちらほら悪い意見も見受けられたのだ。そのほとんどが犯罪者だとしても少しは弱点となりうる情報が得られるのではないかと期待していた。

 この際はっきり言ってしまうが、明後日の決闘に勝つ事自体はそう難しい事では無いと考えている。しかしその手段を取る為の準備やその後に掛かる労力を考えると今回の決闘は負けた方が楽なのだ。

 代表者とは言っているがあくまでシャノンは決闘を戦う上での駒でしかない。本当の敵はあの聖女だ。

 仮に明日の試合、正々堂々戦い辛勝又は汚い手を使い圧勝したとしても、その後に女神陣営に目を付けられるのは目に見えている。それどころか決闘後回復したシャノンに何度も再戦される事だって有り得るだろう。

 逆に負けた場合はどうか。自由度は制限されるが殺される事は無いかも知れない。それこそ哀れな邪神の被害者の様に振る舞えば保護される事だってあるかも知れない。

 要はあの女さえ満足する試合が出来ればいいのだ。

 聖女の目的は邪神の手先()の排除だろうが決闘等と言う回りくどい手段を使って来ている所から察するに、死ねばいいとは思っていても痛い目を見るのならば生死に対しては拘っていないと私は考えている。哀れな負け試合を演じれば私への警戒はあっさり解けるかも知れない。

 しかし負けるにしてもぼこぼこにされ痛い思いをして負けるのと口裏を合わせ最低限のダメージで負けるのとでは雲泥の差だ。なので最低でも八百長の約束を取り付ける位の弱みを握るのが今日の本当の目標と言える。

 目的を再確認した所でシャノンを追いかける。シャノンに出会えたのがゴールでは無くこれからが本当のスタートなのだ。漸く現れたのに見失いましたでは笑えない。

 シャノンは歩くくらいの速度でパトロールしているので見失う事は無かった。

 気を引き締めて私は先ゆくシャノンを後ろから追った。


 シャノンの尾行を始めて数時間が経った。

「死にやがれ!」

 男はシャノンの死角から突如現れると躊躇わずにナイフを振りかぶる。シャノンは軽く一瞥すると事も無げにその凶刃を避ける。

「公共の場で武器を振り回すと危ないぞ。今すぐやめろ」

「うるせぇ! ガキから金を取ろうとしてるところを邪魔しやがって。てめぇのせいで前科が付いちまったんだ! 死んで償いやがれ」

 その後もぶんぶんと男はナイフを振り回すがシャノンはひょいひょいと避けて行く。

「これ以上は周りに被害が出るかも知れない。これは正当防衛だ」

「ぐはぁ」

 シャノンは素早く男の背後に回ると鞘に納めたままの剣で相手を強く殴る。男はその衝撃で失神してしまった。

 しばらくして衛兵がその場に駆け付けその男の身柄を拘束する。

「協力ありがとうシャノン君!」

「いえ、正義を全うしただけなので」

 あいつは本当に同い年なのだろうかと先程から疑問に思っている。

 完全に死角からの不意打ちを軽々避けるか普通? 私が同じ立場なら避け切れたか怪しいし、あそこまで綺麗にと条件を付ければ確実に出来ないと確信できる。しかもこんな事が今のを含めて三回もあったのだ。

 まあその全てがシャノンにやられ逆恨みしている者なのだが。自主的にパトロールなんてしていればそりゃ恨みなんて簡単に買うわよね。

 私もそこまで弱いわけではないが純粋に真正面から戦えば確実に負けるだろう。戦闘技術に大きな差がある訳では無いとは思うのだが私のはあくまで訓練の域を出ない。幾度も実践をして来た彼の方が圧倒的に経験値が上だ。その動きは素人目に見ても洗練されている様に見えた。

 初めて会った時に心身共に全力の彼だったなら、私は逃げきれずに死んでいたかも知れないと悟りサーっと血の気が引いた。恐らく私にビビっていたと言うより私の肩書の邪神の手先に緊張していたのだろう。

 頭を振って嫌な想像を振り払うと、この数時間の尾行で分かった事を纏める。

 しばらく尾行をしていて思ったのはこいつは本物の正義漢なのだろうと言う事だ。それも病的なまでに。

 善行と聞いてすぐに思い浮かぶ事は何か。道端に落ちてるゴミを拾ったりおばあさんの荷物を持ったり困っている人を助けたりと色々だろう。その全てをこの男はやっているのだ。

 道端にゴミが落ちていたら拾ってゴミ箱に捨てるし、重そうな荷物を持った老人が居れば「持ちましょうか?」と声を掛ける。

 学校とは違う面を知りたかったのだがやってる事は学校内と特に変わらなかった。少し……いやかなり戦う場面が増えた事以外は同じ様な善人ぶりだった。

 ガコン!

 脅す……もとい交渉材料が無い以上もしかしたら真正面から戦う羽目になりそうで頭を悩ませていると何か大きな物がぶつかり砕ける様な音が突然鳴り響いた。

 後から人々の悲鳴の様な物も遠くから聞こえ始める。

 衝撃音もこちらに近づいてきている様な感じがしてそちらに目を向けると、荷台を付けた馬車が暴走してこっちに向かって走って来ている所だった。

 どこかの商会の馬車なのか結構な大きさがありそれを引く二頭の馬は正気を失った様子で走り続けている。

 一目見れば危険だと気付くそれに、気付いた街の住民はすぐに馬車が通るだろう道から素早く離れその馬車の様子を窺っていた。

「……う、あぁ……」

 皆が我先にとどんどん馬車の通る道から逃れる中、シャノンは動かずにただ茫然と馬車を眺めていた。

 その様子に気付いた衛兵が声を掛ける。

「何をしているんだシャノン君! 早く逃げなさい」

 その声にシャノンはハッと衛兵の方に向き直る。

 しかし既に馬車はかなりこちらに近づいてきておりシャノンでも逃げられるかギリギリの状態になっていた。

 それに気付いた住民はこれから起こる惨事を想像し目を覆い始める。

「うぉおおおおお!」

 しかしシャノンは大きく叫び声を上げると馬車に向かい跳躍する。

 そしてすれ違いざまにその馬の首に二度剣を振る。断ち切りこそしていないが確実に絶命に至ったであろうその一撃を受け馬は動きを止める。

「【乱れ斬り】!」

 そして荷台に対して剣術のスキルを発動したのか、今まで以上の剣速で剣を振るい、大きな物体を細かく解体していく。

 シャノンはそのまま地面に着地、その後ろで馬車だった物は慣性に従い吹き飛ぶが幾らか細かくばらされていた為本来の被害より小さく収める。

 静まり返った通りでシャノンは困った様に笑い衛兵に向き直る。

「これって弁償とかになりますかね?」

「確かにやり過ぎだが、そんな事にはならないよ。本当に助かった」

 そのやり取りを聞いて歓声が起ころうとした時。

「きゃぁあああ」

「ふざけんじゃねぇよ!」

 女性の悲鳴と共に男の怒声が響き渡る。

 先程馬車が暴走してきた方面から激昂した様子の男が女性の首にナイフを突きつけ人質に取っていた。

「お前を殺す為に馬を暴走させたのに何でお前は生きてんだよ!」

 男の発言から先程の馬車暴走もこの男の差し金の様だ。

「お前は誰だ、何のためにこんな事をした」

 シャノンの言葉で男は眉尻を吊り上げる。

「お前のせいでシノギもままならなず、ストレス解消に女を襲ったらその元凶であるお前に捕まり名声の一つにされた男だよ……お前にとってはよくある事の一つかも知れないけどなぁ……俺にとっては忘れる事の出来ない屈辱的な出来事なんだよ」

 男はその凶相に下卑た笑いを浮かべる。

「そんなのお前をぶっ殺してスカッとするしかねぇだろ?」

 男の言い分にシャノンは拳を強く握る。

「……そんな事の為にこんな凶行に出たのか」

「許せるわけがねぇ……、俺様はお前みたいなガキのせいで狭い詰め所に入れられたってのにお前はそのおかげで皆から称賛され崇められる! こんな理不尽あって良い筈がねぇ!!!」

「ひぃ……」

 男は感情的になるあまり手に力が入り女性の首を少し切り付けたらりと血が流れる。

「女性を離せ」

「へへ、お前は正義の味方ちゃんだからな。女を盾にすれば簡単に無抵抗になると思ってたぜ?」

 男は再度ナイフを人質の女性の首に突き立てシャノンに命令をする。

「おいシャノン! 命令するのは俺だ。今すぐ武器を置いて丸腰でこっちに来やがれ! お前をぶっ殺せさえすれば女は解放してやるよ」

 男の要求にシャノンは持っていた剣を地面に投げ捨てた。

「おいシャノン君! 流石にそれは危険すぎる。学生の君が危険な事をするのは衛兵として見過ごせない」

 状況を見守っていた衛兵の人も流石にシャノンを止めに入る。

「大丈夫です、元はと言えば俺の撒いた種ですし、それに」

 そこでシャノンは区切ると犯人の方に向き直る。

「今一番危険なのはあの女性です。早く行って助けなきゃ」

「あ、おい!」

 そう言うとシャノンは衛兵の制止を振り切り犯人に向かい歩き出す。

「ははは、英雄気取りの甘ちゃんは女を盾にすれば簡単に動かせる」

「……俺は今最悪な気分なんだよ」

 男の方へ向かいながらシャノンは呟く。

「嫌なもん思い出して最低な気分の中、クソみたいな物見せられて……本当に最低で最悪だ」

「そうか、なら俺は最っ高の気分だぜ。ムカつく野郎が嫌な気分になってんだからよぉ」

 シャノンは話ながらもその歩みを緩める事は無い。どんどんと男との距離が縮まっていく。

「なあ、まだ間に合うかも知れない。彼女を解放して罪を償ってくれないか?」

「何言ってんだてめぇ」

 シャノンの発言に男の顔が歪む。

「てめぇは今丸腰で武器を持ってねぇ。対して俺は武器も人質も持っている。間に合うだぁ? 間に合ってねぇのはお前だシャノン! お前は抵抗する事すら出来ずにこのナイフでズタボロにされるんだよぉ!」

 シャノンの歩みが止まる。ついに男の目の前に辿り着いたからだ。男の獲物のナイフが届く距離。

「やめるつもりは無いのか?」

「やめないね! そこを動くなよシャノン、すぐにぶっ殺してやる」

「そうか、じゃあ……」

 男のナイフの届く距離、それは即ちシャノンにとっても()()()()だった。

「お前は()()、≪一刀良断(いっとうりょうだん)≫」

 その一言の後シャノンは垂らしていた腕を振り上げる。

 その行動に男も一瞬怯むが所詮は何も持っていない手を振り上げただけ。

 しかしそれは正しくない。正確には()()()()()()()()()()()を振り上げただけだった。

 振り上げた手を降ろすとシャノンは男に向かって歩きだした。

「おい動くなって言ってんだろ、この女が死んでもいいのか?!」

 しかしその発言にシャノンは事も無げに応える。

「どうやって殺すって言うんだ?」

「どうやってってそりゃ……」

 その発言を男は最後までする事が出来なかった。

 先程まで女性の首を絞める様にしていた腕の前腕部中程から先が凶器ごと消えていたからだ。

 ゴトリっと音が鳴り目を向けるとそこには凶器を握ったままの自分の腕の先らしき物が落ちていた。

「ぎゃぁあああああ!」

「おっと」

 あまりの事に男が絶叫を上げるがその隙にシャノンは人質の女を奪い取り男から飛び退き距離を取る。

「おまぇえええ! 何しやがった!!!」

「何をしたかなんてお前に聞いてる時間は無いよ」

「はあ!?」

 シャノンは人質だった女性の両目に手の平を被せこれから起こる惨状から彼女を守る。

「だってお前死んでるんだから」

「ふぁ」「ぇえ……」

 気の抜けた言葉を最後に男は身体を文字通り真っ二つに分け絶命する。

 その切り口は見事なまでに綺麗に正中線で斬られていた。

「もう大丈夫ですよ」

 女性の身体をその惨状から背けシャノンは目隠しを解いた。

「わ……私、もうだめだと……ふぇええええええん」

 女性は安堵からかシャノンに身体を預け泣き出してしまう。

 その声を聞いて、静寂に包まれた町は大歓声を上げる。

「うぅおおおおおぉぉ! すげぇぞシャノン!」

「あの状況で人質を無傷で助けるなんて何者だよあいつ!!」

 ……いや本当に何者よあいつ。最後に手に纏わせた魔力、恐らく魔力を剣の様な形にして斬り付けたのだろうがダメージを与えられる程練られた魔力では無かった。かろうじて風が当たったと感じる程度の物だろう。男の腕を斬り飛ばす事はおろか、身体を正中線で真っ二つなんて芸当が出来るのは明らかにおかしかった。

 ましていくら魔法が物理法則を無視しているからって、男が切れてその軌道に居た人質の女性が無傷なんてあり得ない。やろうとして出来ない訳では無いが、そこまでの魔法技術があるのなら他の魔法を使った方が早いし、あんな簡単にやる事など不可能だ。

 第一あの魔力の剣に変わった所は無かった。かろうじて形を形成出来る程の貧弱な所以外は何の違和感も無かった。

 だとすれば答えは一つ。あいつの女神から貰ったスキルの影響だろう。

 しかし真に恐れるべきはチートスキルでは無い。

 この場でこれを成したのは他ならぬシャノンなのだ。自分の命が掛かっている状況で更に人質(他人)の命も掛かっている。そんな極限の状況下で冷静に作戦を構築し最適解とも言える回答を叩き出す。

 尋常では無いその胆力に私は戦慄した。

 異常なまでの正義感を持ち、それを成しえるだけの力も備える。まるで物語の主人公の様な男。

 そんな奴と私は明後日戦うのだ。邪神に転生された私が、敵だと思われている私が。

 ……これ明後日私死ぬんじゃないかしら?

「シャノン、お前は本当に英雄だよ!」

 先程までの静寂が嘘の様に、馬車が暴走した時以上の大きさで付近の住民が歓声を上げた。

 誰も彼もがシャノンを称賛し、そのボルテージは留まるところを知らない。

 そんな中私は一人静かに見続ける。シャノンの姿を。

 学生でありながらこんな大事件を無事解決してしまう、シャノンの姿を。

 スキルを十全に使い無双をする、シャノンの姿を。

 まるで物語の主人公の様に振る舞う、シャノンの姿を。

 物語の主人公の様だと思ってしまった、シャノンの姿を。

 私に持っていない物を全て持っている、シャノンの姿を。

 大通りから外れた路地裏の暗がりから、リベルはただ黙って見続けるのだった。




 先程の事件から数時間後、ようやくシャノンは取り調べから解放された。

 捕まった所で犯人は死罪確定だったし仮に他の衛兵でも殺していたのだろうが、シャノンはまだ学生の身分なのできちんとした取り調べの手順を踏まなくてはいけない、そんな説明をシャノンの取り調べに異を唱える野次馬達に衛兵の人は説明していた。まあ実際これだけの目撃者がいるのだ。シャノンの容疑の確認と言うより現場検証やシャノン自身のメンタルチェックに時間をかけていたのだと思う。

 現場から離れて広めの公園の様な場所にシャノンは来ると突然立ち止まる。日も落ちかけている時間なので人気は全く無い。

「リベル、居るんだろ? 隠れてないで出て来いよ」

 現実(リアル)でこんな台詞を言われる日が来るとは。私はさして抵抗する事も無く物陰から現れる。

「いつから気付いていたの?」

「朝の段階で付けられている気配は感じていた。お前だとわかったのはさっきの事件の時だ。お前が人混みに紛れているのが見えたからな」

 ナチュラルに気配を察知できるとか主人公補正強過ぎじゃないかしら。

「助けようと思っていたのだけれどどこかの出しゃばりが先走ったから私の出番が全く無くなったのよ」

「そうだろうな、あん時のお前いつもと違って焦ってたもんな。本当に助けようと言う気持ちはあったんだと思うよ」

 嫌に素直に信用する。心なしかシャノンから以前に感じていた敵意をあまり感じない気がした。

「殊勝な心掛けね。何か企んでるのかしら?」

 シャノンはこちらの心情を知ってか知らずかある提案をしてくる。

「決闘の件、諦めてくれないか」

「……どうしてそんな事を言うのか、理由を聞いてもいいかしら?」

 シャノンは少し視点を下げて言いよどむ。これまではきはきとしている所しか見なかったので珍しく感じる。

 少し間をおいてから口を開く。

「初めはお前が邪神の手先だと思って警戒した。人を操るスキルの持ち主だ。一体どんな悪事を働いてるのか怖かった。だがこの数週間調べても出てくるのはスイーツを奢らせるとかテスト範囲の答えを聞き出すとかそんな下らない事だけだった。お前を善人だとは一ミリも思わないが……俺はお前が悪なのか疑問を持つ様になった」

 言い終わると下げていた視点を上げ私の顔を見る。

「もし諦めてくれるなら聖女様に恩赦を貰える様、俺も一緒に頼んでやる。スキルの使用は禁止されるかも知れないがそれでも痛い思いをすることは無い……現状取れる最善の選択だろう」

 ……確かに最善の選択だろう。決闘で戦う事も無くなるし聖女と今後の契約でもすればそれ以降狙われる事も無くなるだろう。今日の目的も八百長で負ける事だったので当初の目的を達成したと言える。

「……」

 私が黙っているのを悩んでいると思ったのかシャノンが説得する様に話す。

「自分より弱い女の子を一方的に攻める気は無い。さっきの事件を見てたなら分かるだろ。俺のスキルは『一刀良断(いっとうりょうだん)』。俺が切って()()と思えば例えなんであろうと切り裂き両断するスキル。まあ細かい縛りとかもあるんだけど、お前と戦う上では障害にはならない。要するに俺の身体能力にプラスで防御力を無視した絶対切断能力が相手なんだ。お前じゃどうやったって俺には勝てない」

 私を諦めさせる為か自分の手の内も晒し優位性をアピールする。いやスキルの内容を言ったのはもう私がこいつにとって――

「お前が俺より弱い事は知っている。お前はもう脅威じゃないんだよ」

 脅威じゃないんだろう。だって弱い相手なら奥の手を晒したって勝てるから。聖女にとっても、こいつにとっても私はその程度の相手だと思われているという事だ。

 しばらく二人の間に沈黙が流れる。

「――ぷっ、フフッ」

 沈黙を破ったのは私の笑い声だった。

「おい、何笑ってんだよ。俺は真剣に話して……」

 馬鹿にされたと思ったのかシャノンは少しムッとする。

「ごめんなさい。自分としてはまっすぐ理想に向かって走っているつもりだったのに、気付いたら全然違う方向を向いていた事に気が付いて、我ながらあまりの間抜けさについ笑ってしまったのよ」

 私が言った事の意味が分からないのかシャノンが首を傾げる。気にせず私は続ける。

「私ね、この世界に転生した時に一つ願った事があったのよ。それは主人公になる事だった。だって素敵じゃない。みんなから称賛されて愛される存在って。だからスキルもそうなれる様に選んだのよ。まあスキルの方は全然想定していたような物じゃ無かったのだけれどね」

 思えば私の異世界転生は初めっから失敗続きだった。スキルの影響で訓練と勉強だけをする八年を過ごし、やっと自由になれたと思えば今度は女神の転生者やら聖女やらに狙われる。

「スキルのせいで思った生活は出来なかったけれど、それでも全力で理想に向かって走っているつもりだった」

 思い描いていた異世界転生とは違うけれど、それでも主人公で居続けていたつもりだった。

 けれど――

「けれど、今日の貴方の活躍や今言われた言葉を聞いて、今更自分が全然理想とは程遠い状態だと気付いたのよ……」

 主人公なら正々堂々真正面から問題を解決する。それを今日シャノンは証明した。

 勿論、主人公像など一つでは無いのでシャノンの在り方だけが主人公であるわけではないが、私は間違いなくあの瞬間シャノンを羨んだ。あの目を奪われた瞬間こそシャノンが主人公足りえた何よりの証明だろう。

 対して自分はどうか、こそこそと相手を嗅ぎまわり弱点が無いと分かると八百長を図り、八百長ですら怪我が少なく済むなら負けていいと考えていた。

 そんな姿勢の奴を誰が主人公だと認めるだろうか。いや誰でもない私自身が認めない。

「だから私決めたわ。明後日の決闘全力で戦うわ」

 私の言葉を聞いてシャノンは目を見開く。

「どうして! 決闘で戦う事で主人公になれるって訳じゃ無いだろう!! 無駄に戦って負けるだけだ!」

「ええそうね。けれどここで逃げる事はもっと主人公らしく無いわ。主人公ってのは目の前の障害を乗り越えるからカッコいいの。逃げ回るのは有象無象(モブ)のする事よ」

 それにシャノンは分かっていない。数週間私を調べたと言うのに私の人となりが。

「私はこの異世界に転生した時から、私以外の存在は全て私を称賛するだけのモブだと思って転生したの。そんな有象無象(モブ共)が邪神の転生者は目立たず日陰で生きろなんて、主人公の座を揺るがすんだもの、舞台から降りて貰うしかないでしょう?」

 私の発言にシャノンは狼狽える。シャノンから見ればやけになって死に急いでるように見えるだろうから。

 なので私ははっきりと高らかに宣言する。

「聞きなさい主人公(シャノン)。確かに主人公は悪を滅ぼす存在よ。でも主人公を倒せる存在も悪だけなのよ」

 まっすぐとシャノンの目を見つめる。勝てる勝てないとかでは無いのだ。私は私を認めない世界を真正面から壊すだけだ。

「第一、私偉そうに人の事決めつけてくる奴嫌いなのよ。邪神の転生者だから悪だとか、スキルが戦闘向きじゃないから弱いとか。私は主人公よ? そんな限界超えて見せる物でしょ? 勝手にモブが限界を決めてんじゃないわよ」

「お前何言って――」

「邪神の転生者だとしても、スキルが人を惑わす物だとしても、他人なんて関係ないのよ。自分は自分なんだから。他人が何を言おうが自分が主人公だと思えば主人公でしょ?」

「――ッ!?」

「聖女が私を悪だと言うのなら聖女を排除して正義を唱えるわ。世界が私を拒むなら私が世界を望む形に歪める(作り替える)だけよ」

 私の発言をシャノンは否定する。

「負けるのが分かってて、戦う意味なんか無いだろ!」

「あっはははは」

 再度私は笑ってしまう。しかし今度は自分に対してでは無い。この期に及んで現状が分かってないシャノンに対してだ。

「貴方まだ私に余裕で勝つつもりでいるの?」

「当たり前だ! 人は急に強くなれたりしない。一朝一夕で同じ強さになれる訳ないだろ」

「だとしたら気を引き締めなさい。私は優しいから敵に塩を送ってあげる」

 自然と世界一理想の女の子(ミイズガル・デスベア)が発動した。私に発動する意思は無かったのでそれほどまでに感情が昂っているのだろう。

「貴方が主人公だと言うのならば、今回ばかりは敵になってあげる。来なさい、邪神ゴルゾニーヴァの手先として主人公(貴方)の相手をしてあげる」

 見つめるシャノンの瞳から動揺が消えた。この気配は先程の男と対峙していた時の気配だ。

「……本気なんだな?」

 私のスキルの気配を感じたのか、それとも今のこの発言か、はたまたどちらもか。どちらにせよシャノンの雰囲気も落ち着いた様子に変わった。

「くどい男は嫌われるわよ? 主人公(貴方)を殺して悪者()が主人公になるわ」

「……そうか、ならお前は悪だ!」

 そう言って殺気を迸らせるシャノン。勝負は明後日だと言うのにせっかちな男だ。

「決闘の場でお前を叩き切る!」

「言ってろ紛い物。本物の主人公がどうあるか思い知らせてやるわ」

 私は笑顔でそう言うと、くるりと反転して帰路に着く。もう言う事も言い切った、この場でこれ以上睨み合う必要もない。

 背後からの殺気は未だ消えないが振り返るつもりは無い。

 私はこの男を倒さなくてはならないのだ。一分一秒も無駄に出来る時間はもう無い。






『言ってろ紛い物。本物の主人公がどうであるか思い知らせてやるわ』

「……あの馬鹿」

 そう言ってリベルがここを立ち去って数分、俺はその場を動けずにいた。

 元々倒す為に接触したし、数週間張り付いてあいつがろくでもない人間である事は分かっている。それにこちらが提示した案を蹴って戦う事を選択したのはあいつだ。

 これで明後日、俺は全力でリベルと戦える。一刀良断(いっとうりょうだん)だって問題なく発動するだろう。殺すとまで言われたのだ、躊躇いなく叩き切る覚悟も出来ている。

 ……だと言うのになんなんだこのざらつきた感覚は。

 別れ際のリベルの映像が浮かぶ。

「何なんだよ、アイツ……なんで楽しそうに笑えるんだよ……!」

 あいつの発言が脳裏で蘇り、じくじくと不快な痛みを齎す。

『邪神の転生者だとしても、スキルが人を惑わすとしても、他人なんて関係ないのよ。自分は自分なんだから。他人が何言おうが自分が主人公だと思えば主人公でしょ?』

「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」

 俺は激情に任せて剣を振る。それは型も作法も無いただの憂さ晴らしだった。

 あいつは間違っている。俺が正しい。俺は間違っていない。あいつが間違っている。俺は正しい。俺は間違えない。俺は間違えていない。

「はぁ……はぁ……」

 しばらく出鱈目に剣を振りまわした事で胸のざらつきは消えていた。

 周りの物などは壊れていないが、人がいない時間で良かったと少し安心する。

「あいつが俺を殺して自分を証明するのなら、俺はあいつを殺して俺の正しさを証明する!」

 もはや日も完全に落ち辺りは暗闇に包まれていた。

 俺も決意を新たに寮へと帰るべく歩き始めた。


 決闘の日まで残り一日。

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