聖女神教会の聖女
この二週間、邪神の手先を監視し続け確認した悪行がこれである。
1.クラスメイトをスイーツの行列に並ばせて購入させた後自分だけ食べる。
2.自分の荷物を男子に運ばせる。
3.買い物をする際スキルを使って値引きする。
4.面倒な仕事をクラスメイトに押し付ける。
5.テストの出題範囲と答えを先生から聞き出そうとする。
これ以外にもまだまだあり、上げ出したらキリが無い状態である。
そしてこの悪行の数々を目の当たりにして俺が思った事は。
「なんだあのしょうもないスキルの使い方は!! 小学生だってもう少しまともな使い方が出来るぞ!!」
である。
実際邪神の手下だと警戒していた俺が盛大な肩透かしを食らったのは言うまでもない。
あれだけ邪悪なオーラを漂わせクラスメイトを洗脳し、やっていた事は悪ガキのオイタなのだ。
一時は自分を騙す為の演技で裏ではしっかり暗躍しているんじゃないかとも疑ったが、一晩中見張って翌日普通にぐっすり眠ったようにスッキリした顔の奴を見た時は正義や悪とは関係無くぶん殴りたくなった。
野郎、こっちはお前のせいで寝不足だって言うのに……。
要約すると全て演技では無く本当にあんな邪悪なスキルをあんなせこい事に使ってるアホにしか見えないと言う事だ。
好きなようにスキルを使って、好きなように振る舞って、自由奔放で天真爛漫で……、いや天真爛漫と言うには邪気が強すぎるか。
女神様から邪神の手先は邪悪な存在で強力な力を使い世界に不幸をばら撒くと聞いて警戒していた。実際始めて相対した時は決死の覚悟をしたものだ。蓋を開ければ自己中なクソガキだったが。
「本当にあいつは悪なのか?」
俺はぽつりと呟く。
「ええ、その通り。邪神の手先は存在するだけで悪ですよ」
急に真後ろから聞えた声に飛び退き警戒する。ここは学校の廊下なので人が居たっておかしくない。だがわざわざ人気の無い場所を選んでここに来たのだ。近寄ってくれば気配で分かる筈、それなのに話しかけられるまで真後ろに来た事に気付かないなんて異常だ。
「そう警戒しなくても大丈夫ですよ。驚かせてしまったなら謝ります」
「……ッ!あなたは」
「自己紹介がまだでしたね。私は今代の聖女をしております。ラクリ・ヴァル・ソナレです。以後お見知りおきを」
そう言って制服のスカートの端をつまみお辞儀をする。その整った容姿と美しい動作が相まってつい見入ってしまった。
この人は教会から聖女として認定されている、俺より一つ上の学年でこの学校に在籍している女生徒だ。入学式でも教壇に立って挨拶をしていたのは未だ記憶に新しい。
入学式の挨拶が無くてもこの学園で一番の有名人なので知らない奴の方が少ないだろう。
「ええ、知ってますよ。こちらこそ失礼な態度を取って申し訳ありません」
「構いませんよ」
急に現れたとは言え睨みつけてしまった事について謝罪すると聖女様は微笑んで許してくれた。
「ありがとうございます。して聖女様、先程の発言は?」
落ち着いた所で先程の発言について言及する。
「言葉の通りの意味ですよ。あなたが今邪神の手先の対応をしているのは女神様より聞き及んでおります。そして先程の独り言についての回答です」
ベルシア様とはこの聖女様の所属している教会の信仰している女神の名前だ。
この世界の宗教は二つだけ。女神ベルシアを信仰する宗教「聖女神教会」と邪神ゴルゾニーヴァを信仰する宗教「邪教ゴヴァノコス」だ。なんでもこの世界が出来た時に初めに生まれたのがこの二柱の神らしい。そこから派生して現在の宗教になったとか、俺はあまり宗教に詳しく無いのでこれくらいしか知らないが。
「あなたは今迷っているだけです。邪神と関係を持つ者が悪でない事などあり得ません。あなたの行いは間違いなく正しい事ですよ」
そう言って聖女様は優しく微笑んだ。
そうだ、俺がやっている事は正しい事なんだ。少しあいつの馬鹿さ加減に絆されていただけだ。
心の中で納得していると聖女は更に続ける。
「邪神の手先は全て滅ぼすべきなのです」
滅ぼすと言うのは殺すと言う事だろうか。勿論悪しき者を成敗すると言うのは完全に同意だ。普通の人を脅かす行為など看過できない。
しかしどうしても頭の中にあの時の光景がちらついてしまう。
『私だって望んで邪神の転生者になったわけじゃないわ、気付いたら転生させられてたのよ? 望んでした訳じゃないのに、それでも貴方は殺すと言うの』
『ごめんなさい……私が悪かったでずぅ……もうしません』
後半は俺を欺く為の演技であったのだろうが、それでも俺の罪悪感をチクチクと刺激する。
「――あの、殺すのは少しやり過ぎなのでは?彼女は望んで転生した訳では無いと言っていました。もしかしたらまだ更生の余地があるのではないかと」
知らず俺はそんな言葉を発していた。
俺の発言にラクリ様はキョトンとした顔をする。
「あなた……変わっているわね」
「出過ぎた発言でした、申し訳ございません」
「いえ、あの邪神の手先に一番初めに対処したのは貴方なのです。貴方の意見は耳を傾けるに足ると思いますわ」
ラクリ様はニコニコと笑い俺の不躾な態度を流してくれた。
「しかし、実際スキルを使い幾人も洗脳しているのは事実です。少しは痛い目に遭って反省してもらいます」
ひとまず殺すと言う案は無くなり安心する。邪神の手先がどうなろうと関係ないが手を掛けるなら納得してから掛けたいと思ったからだ。
しかし痛い目を合わせるにもあいつは常に人目に付く場所に居るし何より取り巻きを常駐させている。そのせいで俺は全く手出しが出せなかったのだ。
「痛い目という事ですが一筋縄ではいかないですよ。私はこの二週間機会を伺っていましたが一人になるタイミングはほぼ皆無です、アイツの取り巻きはスキルの支配下にあるので真正面から行ってどのような事態になるのか予想できません。不用意に襲って暴走などされてはそれこそどれだけ被害が出るか想像もできません」
ラクリ様は笑顔のまま答える。
「大丈夫ですよ。相手のスキルについてはベルシア様より少し聞いています。なんでも自身ですら使いこなせていないとか。それならそれを利用するまでです」
その後ラクリ様は作戦の全容を大まかに説明してくれた。確かにそれならいけそうだと俺も思った。
「それでは頼みましたよ」
「任せてください、聖女様。必ずや成功させます」
その後聖女はくるりと踵を返しこの場を後にする。
ここ最近、あの転生者からのストーキングが突然無くなった。初めの数日は「罠か?」と思ったが恐らく一週間が経った今では諦めたのではと思い始めていた。
だって私そんなに悪い事してないからね。世界征服とかを企んでて命を狙われるならまだ分かるけど少し自分に都合の良い世界を築いただけで殺されるなど納得出来ない。少なくとも私よりあくどくやっている奴が居るだろうから、まずはそいつらから先に始末してくれ。
「リベルさん、放課後にお茶会でもどうかしら」
「まあ! 素敵なお誘いありがたいですわ。ぜひ参加させていただきますわ」
お茶会は久しぶりだ。と言っても三週間くらいしか経ってないが。
あいつが居る時は常に気を付けて行動していた。誰かに見られながら行動するのはストレスがかかる。それこそ昔やってたバイトを思い出した。執拗に注意してくる先輩が一人居たがあいつが居るだけで休憩中の居心地も悪くなるんだよなぁ。まあバイトの先輩は注意してくるだけだが異世界の転生者は命を狙ってくるから危険度は段違いだが。
しかし久し振りのお茶会なら最高に楽しみたいわね。そう言えば今日は週に一回だけ発売されるケーキの発売日だったはず。
普段はパン屋なのだが決まった曜日だけはケーキが売り出される店で、このケーキが絶品でとても人気なのだ。クラスメイトの一人がプレゼントしてくれて以来週一の楽しみになっている。
しかしこのケーキはかなりの人気で行列に並ばなければいけないし、並ぶのが遅ければ買えない時もあるのだ。
今から並ばないと売り切れて買えないが学校があるので並べない。そんな私が何故週一で毎回買えているのか? 答えは簡単だ、代わりに買いに行って貰えばいい。
「お茶会だとケーキが欲しいですわね」
「あそこのケーキですか? 買いに行ってきますよリベル様」
「良いんですの? 申し訳ありませんわ」
「気にしないで下さい。リベル様の役に立てるなら例え火の中水の中ですよ」
「ありがとうございます。ではお願いいたしますわ」
ある男子生徒が名乗りを上げる。私はその生徒にケーキの代金と少し上乗せしてお金を渡す。上乗せ分は彼の取り分だ。彼はそのまま教室を後にする。そのまま早退してケーキを買いに行くのだ。
彼は平民の生徒だ。今回は彼だっただけで彼以外の平民の生徒にも今回の様に少し駄賃を渡して代わりに買いに行って貰う事はしている。
彼らがどのようにお金を使うかは知らないが日本円で言えば数千円分くらい渡しているので娯楽品を買うか日用品を買うかに使っているのだろう。
なんにしても彼らはお金が手に入るし私は目的の物が手に入るのでwin winの関係なのだ。
因みに私はこの購入代行を直接お願いする事はしない。全ては平民の自主性に任せている。
では一体何故こんな周りくどい方法を取っているかと言うと、まず自分で買いに行くとしよう。
先生に止められてもスキルを使えば簡単に切り抜けられるだろう。しかしスキルの影響で全生徒が『学校は抜け出してもいいんだ』となりかねないのだ。そうなると学級崩壊どころか学校崩壊待ったなしだ。なのでこれは使えない。
次に誰かを使って買いに行くパターンはどうだろうか。今回も同じなのだがスキルを使って無理やり買いに行かせたとしよう。
その場合私の懐は全く痛まなくなるが、またもスキルの影響で『こいつ(又はそれに該当する人物)はそう言う扱いしてもいいんだ』となりかねない。こうなると先程以上に荒れた学校崩壊を起こす可能性がある。
それを防ぐ為の購入代行なのだ。平民のクラスメイトはバイト感覚でやってくれるし、下位クラス故かそこまで出席日数に拘っている者も少ない。なので大体お願いする前に誰かしらが名乗り出てくれる。
それに万が一スキルによりこれが広まってもあくまで雇い雇われる者の関係なのだ。そこまで悪影響が出る事は無いだろうと考えている。
ちゃんとこれほどの事を考えてスキルの行使をしている事をあの転生者には理解してもらいたい。私は邪神の転生者だが悪戯に世界を破滅に導こうとは思っていないのだ。
ともあれこれでケーキも買えるし最高のお茶会になるだろうと、その時の私は彼がケーキを買ってくるのをワクワクしながら待っていた。
「遅いですわね、彼は何をやっているのかしら」
「リベルさんを待たせるなんてあいつ何を考えてるんだ!」
「私が買いに行けばリベル様の時間を徒に消費する事も無かったのに」
放課後になってもケーキを持ってこないので私は店まで向かっていた。転生者対策に一応取り巻きにもついてきて貰った。
少なからずスキルの影響はあるので金をそのまま持ち逃げしたりお使いを無視して遊び惚けているなんて事は無いと思うので、何かがあったのかも知れない。
そう思い件のパン屋まで来たのだが店先で買いに行った平民の生徒ともう一人学園の生徒が何やら言い合っていた。
「なあ、頼むよ。代金は払うからそのケーキを譲ってくれよ」
「駄目です、私もさるお方の為に購入しているのでお渡しできません」
平民の生徒は私に気付いたのか申し訳なさそうにこちらに近寄り事のあらましを説明する。
「リベル様申し訳ございません。あの後すぐにここに来たのですが今日は普段より行列が並んでいて、今しがた私の目の前で売り切れたんですよ。そして彼に譲ってくれるようにお願いしているのですが断られてしまって……」
「仕方ないわね、後は私がなんとかしますからあなたは下がってなさい」
「はい、申し訳ございません……」
そう言って彼は申し訳なさそうに預かっていたお金を返してそそくさと帰って行った。
……あ! よく確認するとケーキの代金だけで手数料はそのまま持って行っている。
金の勘定に疎い貴族は多い。それに気付いても平民に渡したチップを回収するなど貴族のプライドが邪魔して言い出さない者も多いのでそれを見越してやったのだろう。狡賢い奴め!
納得はいかないが彼の事は一先ず置いて、今はまず目の前のケーキの事である。
私はこれだけが楽しみで午後の授業を過ごしていたのだ。
ケーキを買ったのは坊主頭で筋骨隆々の男子生徒だった。ネクタイの色から上級生だと伺える。恐らく私の様に誰かにお願いされてお使いさせられたのだろう。
彼が誰かは知らないがそのケーキは譲ってもらう。
「先程の彼から聞いていると思いますがそのケーキを譲っては貰えませんこと? 勿論代金は払いますし何なら少し多めに払ってもいいですわ」
「なんと言われようが駄目です。これはあるお方の為に買っているので、いくらお金を積まれてもお渡しする事は出来ません」
正直想像以上にきっぱりと断られて少し動揺する。私は常時スキルが発動しているので大体のお願いは通るのだがそれでも断られるとは。
「そのあるお方って誰の事ですの?」
「それもいう事は出来ません」
名前すら教えないとは、言っちゃ悪いがここのケーキは庶民やちょっとした貴族御用達ってレベルなのでそんな名前も言えない程の方が買いに来る訳がない。
そうなるとこのハゲはわざとぶっきらぼうに応対していると言う事になる。
……転生者であるこの私に歯向かうとは、身の程知らずめ。
私のスキルがあれば大体の事はなんとかなる。私の家より階級が上の貴族でもスキルで好感度を上げて謝罪すればこの程度の事丸く収まるだろう。
そんな私の心の機微に反応したのか取り巻き達も加勢する。
「リベルさんが欲しいって言ってるんだぞ! 渡せよ」
「代金以上に払うって言っているリベルさんの優しさが分からないの?」
「うぅ……、これってどうなんだろう? このままでいいの?」
少し乱暴な気もするがまあ許容範囲だろう。号泣ちゃんはまだ冷静みたいだし。
しかしハゲは揺るがない。
「いくら言われようが駄目な物は駄目です。もう行きますよ」
そのまま彼はその場を後にしようとする。しかしその態度に私の取り巻きはますますヒートアップする。
「おい!待てよ」
「そうよ待ちなさい!」
「皆さん、少し落ち着いて……」
ハゲの態度は偉そうで納得いかないが、想像以上に取り巻き達の熱量がヒートアップしていく。
流石にこれ以上はやり過ぎだろう。
「あ、貴方たち少し落ち着きなさい」
「一体何の騒ぎですか」
暴走しそうになる取り巻きを冷静にさせようとするとどこかから声が聞えた。
その美しい声は一瞬でこの場の空気を支配する。悔しいが私ですら数秒思考が停止してしまった。
声の主を探すといつからそこに居たのかハゲの数メートル先に立っていた。
「申し訳ありません、ラクリ様」
ハゲの態度からしてこの人にケーキを買う為に来ていたのだろう。
制服からしてハゲと同学年だと思うし身長も小さく子供の様に見えるのだが、その整った容姿と毅然とした態度で見た目以上に大人に見えてしまう。
駄目だ! 私は自分より出来た人間と相対すると持病の発作が起こってしまうのだ。どこか……どこか自分より劣っている所は無いのか。身長は私よりも小さいがそんな事では足りない。
容姿は十人居て五人……六人……七人は相手の方が上と、ええい私が相手の事を褒めそうになるなんて!
粗探しに全身をくまなく見まわし視線が一点で止まる。見事な絶壁ね。制服の感じからして着痩せの線もなさそうだし……勝ったわ――
「何か失礼な視線を感じるのですが?」
咄嗟に目を逸らす。何故だろう、さっきと変わらない笑顔なのに黒い影が差している気がする。
思考が冷静になって来たので落ち着いて現状を整理する。
あのハゲは彼女の為にケーキを買いに来ていたのだ。なら彼女に直接取引を持ち出せば万事解決では無いか。
私は誰にも聞こえない様、小声で唱える。
「……世界一理想の女の子」
ハゲの一件もあるので念には念を入れ少しスキルを発動して交渉する。下手な事をすると余計に面倒な事になるが、基本交渉するだけなら好感度上昇くらいの恩恵で終わるはずだ。
「そこの貴方」
私は少女に声を掛ける。
「……これがそうですか」
「……? 何か言ったかしら」
「嗚呼、いえ。こちらの話ですので」
少女は一瞬難しい顔で考え事をしたかと思うと、再度先程までの笑顔に戻る。
「まあいいわ、そのケーキを私に譲って下さらない?」
「嫌です」
「ありがとう、お金はこれで……今なんて言ったの」
「嫌ですと言いました」
その少女は微笑みを崩す事無くきっぱりと断る。
私は再度断られたのだ、ハゲの時と合わせて二回目である。
正直ハゲの時は『まあこんな時もあるか』位の認識だったので特に思う事も無かったが今回は違う。断られるはずが無いのだ。
全力では無いが確かに私はスキルを発動させたし、ちゃんとその範囲内に少女は入っていた。スキルは間違いなく掛かっているはずなのだ。それなのに彼女は自分の意思で嫌だと答えたのだ。
この異常事態に私は再度思考が停止する。
何か私の想像を超えた何かが知らぬ間に進み始めている様な。
一体何が起こっているのだ!?
「あなた……一体何者……」
つい思考がそのまま口をついて出てしまった。
彼女は少し驚いた顔をする。
「驚いた、私の事知らないんですか?」
「……え、いや。あの……」
ここで私は初めて自分が呆然としていた事を理解する。
「自分の身分に自惚れておりました。確かに自己紹介がまだでしたね」
少女はそう言うと丁寧に制服のスカートを少しつまむと少し頭を下げる。
「私は聖女神教会で聖女をしております。聖女ラクリ、ラクリ・ヴァル・ソナレと申します。以後お見知りおきを」
そう言ってほほ笑む姿は名画のようでとても美しく様になっていた。




